キョン「絵文字くらい使えよな」
年を取ると月日の流れが早く感じると言うのは体験してみるとまったくその通りで、大学の3年は高校の3年よりももっと早く通過していった。それこそ矢の如し。留年することなく無事に4年生になった俺にはその3年間を懐かしむ余裕さえなく、思春期のそれとは違った現実と将来に直結した悩みに頭を抱えていた。「え、じゃあキョン先輩、院行くんすか?」「いや、今はまだ迷ってる段階なんだけどな」「でも、院行ったら就職きつくないですか?」「お前は文系だからそう聞いてるだろうけど、理系だとわりとそんなことはないんだぞ。内定もらえないから院に行くってやつも結構いるし」「へー、初耳っすね。あー今から就活怖ぇぇ!!文学部なんか入んなきゃよかった!!」「なんだそりゃ」ありがたいことに、内定はもらえた。県内の中堅の器械系企業が一つ、県外の繊維関係の企業が一つ。どちらも決して悪くはない。だからどちらを選ぶかという悩みもできてしまう。県外の大学に行った谷口に話すと「贅沢な悩みだな、けっ」とぼやかれて終了。同じ大学にいる国木田には「それはキョン自身が決めることだよ」とだけ言われた。悩んでいるとは言っても、自分の中ではある程度の答えは出ている。もう少しだけ、自由に研究する時間がほしい。一流の企業になると商品開発とあまり関係のない研究にも資金を出してくれるらしいんだが、あの2つの企業にそれを求めるのは無理な話だろう。しかし、だかしかしという話だ。あと2年、院にまでやるつもりは親にはなかったはずだ。口では「自由にすればいい」といってくれてはいるが、やはり申し訳ない気がする。ハルヒから久しぶりにメールが来たのは、丁度俺がそんな風に決心がつかずぐずぐず悩んでいた時だった。Re:無題いつもの国道沿いのファミレスに来なさい!4年なんてどうせ暇でしょ?-----------END----------絵文字くらい使えよな。全く、こんなところは本当に変わらないな。ちなみに今は良い子でなくても寝てるような深夜。どうやら我らが元団長のゴーイングマイウェイぶりは健在のようだ。いいさ。今日は散々に愚痴ってやる。多少は気が晴れるやもしれん。窓から道がよく見える席にハルヒはぽつねんとたたずんでいた。ガムシロップやらミルクやらの散乱具合からして、だいぶ長居しているようだった。ていうかそんなにぐちゃぐちゃにして、小学生かお前は。「よう、久しぶりだな」「遅いわよ!罰金!」ずいぶんと懐かしい台詞だが、なんだ、奢れってのか?ひとりファミレスの上に財布忘れたなんて、とんだ野郎だな。「ちゃんとお金持ってるわよ!それにさっきまで二人だったの!」ほう。じゃあ自分で払えよ。ちなみに、さっきまでいたという奴はいづこに?見たところ荷物はハルヒのしか無いようだが。まさか、よくある別れ話の後という重い状況だったりするのか?「馬鹿、友達よ。彼氏に呼び出されて帰っちゃったの。だから暇で暇でしょうがなかったのよ」「それで俺が呼ばれたわけか。いったい俺をなんだと思ってるんだ」「決まってるじゃない。SOS団の雑用係よ」「3年たってもそれは変わらないのか」変わらない。それはどこか嬉しくて、でもなぜだか少し寂しい気がした。「すいません、ドリンクバー一つ追加、それとハンバーグセットとライス下さい」「こんな真夜中にそんなもの食べるの?」「晩飯食ってないんだよ」「あんた実家でしょ?」「実験が長引いたところにお前の呼び出しだ。帰る暇なんてないだろ」長引いたと言っても器具の片付けに果てしなく時間がかかるだけなんだがな。その辺は伏せといたほうが多忙な感じがして見映えがいいだろう。しかし実際は本当に暇だったから、久しぶりに会えたのは嬉しいんだがな。「暇ってことはお前、内定は決まったのか?……あ、違ったな、お前は」「そう。教採終わったからわりと時間はあるのよ」「ん?」「教員採用試験よ、略してキョウサイ」「あぁ、そう略すのか。で、自信のほどは?」「ばっちしよ」ハルヒが小学校の先生とは、なかなか意外だったな。教師も様になるとは思うんだが、お前はもっとキャリアウーマンとか起業家とかになりそうなイメージだったんだがな。「まぁお前のことだからなんだってうまくやるだろうが、間違っても洗脳教育だとか集団催眠実験だとか無茶なことはするなよ」「あんた、私をなんだと思ってるのよ」「おお怖。カルト集団SOS団の初代団長様だと思っておりますが」「なによ、それ」不満そうに言ったが、ハルヒは笑っていた。その笑顔が、ほんのすこし懐かしく感じた。「あんたさ、行くとしたらヨーロッパと東南アジア、どっちがいい」「ん、なんだ連れていってくれるのか?」「そんなわけないじゃない」じゃあ何故聞いたんだ。紛らわしい。俺が文句を垂れるよりも早く、ハルヒは鞄からいくつかのパンフレットを取り出した。ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、イギリス、グァム、インド、インドネシア、シンガポール。中にはチベットなんてものもあった。「どうしたんだ、これ」「卒業旅行の行き先候補よ。本当は全部行きたいんだけどね」無茶を言うな。金はもちろん時間だって相当かかるだろう。一生かけて回るって言うならまだしも。「なによ、夢ぐらい見てもいいじゃない。せっかくの卒業旅行なんだからさ、精一杯楽しみたいじゃないの」卒業旅行か。そうか、そうだよな。大学出て就職したら、まとまった休みを取ってみんなで海外旅行、なんてことも難しくなるんだよな。みんなが社会に出て、しっかり金稼いでる間、俺はまだ学生なのか。院に行くとしたら。「ねぇ、聞いてるの?」「ん、何がだ」「だから、気負って海外にいくよりも国内をじっくり回る、ってのもいいんじゃないかっていう人もいるんだけど、せっかくだから海外の方が良いわよねって話よ!やっぱり聞いてなかった!」「すまんすまん、別のこと考えてた。うん、俺はどうせなら海外に行ければいいと思うけど、皆でいくんだからな。なんとか折り合いつけないと。国内派と海外派は何対何くらいなんだ?」「海外派が私とあやかとミヤの3人で、国内派が志摩さんとマッキーの2人。微妙に海外派が多いんだけどね」俺の知らない名前がいくつか挙がった。志摩さんだけなんでさん付けなんだ。まぁ、俺はハルヒの友好関係なんて、どうだっていいんだがな。「あーあ、どうしようかなー。もうあんまり日もないのよね」「そういや、どういう集まりなんだ?その5人は。サークルか……あ、入ってなかったな、確か」「おんなじ学部の友達。地元の学校に勤めたいっていってる子もいて、バラバラになっちゃうから」「ふーん、聞いといて悪いがあんまり興味なかった。ドリンクバー行くけど何か入れきてやろうか?」「コーラとオレンジジュース混ぜたやつ」小学生か。なら俺はCCレモンをコーラで割ろうかな。「で、完成したのがこれだ」「ウーロン茶のコーラ割りに更にカルピス、ガムシロ2つに目一杯のタバスコ……」俺とハルヒが深夜のテンションで作り上げた傑作は、ドリンクグラスの中でグロテスクな色彩を放っていた。気がふれたバーテンダーの遺作、命名するならばそんな感じだ。「……あんた飲みなさいよ」「そういえばお前、髪伸ばしてるんだな。どのくらい切ってないんだ?」「話そらさないで。飲むのよね?」まぁ待て。ひとまずこの狂気の沙汰を写真に残そう。そう言ってなるべくゆっくり携帯電話を取り出す。そうだ、ついでにこいつを広く世に知らしめよう。手始めに…「はい、早く飲んで」「ちょっと待ってくれ、なんで俺が飲むことが確定してるんだ?お前もノリノリでタバスコ入れてたじゃないか!」「最初にお茶とコーラ混ぜようって言ったのあんたじゃないの!昔あんたが茶クエリアスとか言って変なの作った時はちゃんと私が飲んだでしょ!?今度はあんたが飲みなさい!」「いや待て、茶クエリアスはそこまで破壊力がなかったって言ってただろうが!ていうかよく覚えてたな!」「つべこべ言わずにさっさと飲む!」ここで俺のポケットから着信音が。ナイスタイミング。「もしもし。あ、古泉か」『写メ見ましたよ。何やってるんですか』「俺とハルヒの気の迷いってやつだ。どうだ、飲むか?」『遠慮しときます。ファミレスでデートとはまた雰囲気のない…』「ちげーよ、暇だからって呼び出されたんだよ。お前もう帰ってきてるんだよな、暇なら来ないか?」『いいですよ、すぐ行きます。でも、それまでにちゃんとそのえげつないものを処分しといてくださいね』「ハルヒに頼めよ」ピッ「古泉くん?」「あぁ、今から来るってさ」「なら第二弾作らなきゃね」まずこの第一弾をなんとかしろよ、氷が溶けてより一層不味そうだ。混ざりきっていない液体が苦悶の表情を浮かべているように見える。その苦悶の表情は、しばらくして俺とハルヒに移って消えてなくなった。「おう、久しぶり」「やっほー!こっちこっち!」「どうも、お久しぶりです」それほど時間を置かずにやって来た古泉は、相変わらずのにやけ顔で軽く会釈した。「どうする、喫煙席に移るか?」「いや、今禁煙しようとしてるところなんですよ」「この間会ったときもそんなこと言ってたわよね。今、何日目?」古泉は苦そうな顔で笑って、二本指を立てた。全然駄目じゃないか。ハルヒが原因の閉鎖空間の数や規模はだいぶ減ったからストレスも減ったらしいと言うのに、煙草の量だけは減っていないらしい。「よし、そんなお前にスペシャル禁煙ドリンクを作ってやろう」「遠慮しときます」「まぁまぁ、そんなこと言わないで」ハルヒはグラスを持ってウキウキとドリンクバーのコーナーへ向かった。俺はタバスコの瓶を持って待機している。古泉は苦い顔をしっぱなしだ。南無三。「で、閉鎖空間の方はどうなんだ?最近」「変化のある年なので覚悟していたんですが、朝比奈さんの卒業や大学進学の時ほどではありませんね。随分楽ですよ」そいつはよかった。肺以外は健康そうな古泉の姿を見る限り、それは嘘ではないらしい。大学受験の時期の古泉は、痛々しいほど疲弊していて見ていられなかったからな。「お待たせ!はいキョン、あと仕上げよろしく」「おう、任せとけ」「え、あっ!」タバスコの出が悪くてあまり入らなかったが、カルピスなどをフィーチャリングしたハーブティ(HOT)は中々の異形だった。「さぁ古泉、男らしく行こうか」「マジですか」「私の入れたお茶がぬるいから飲めないっての?」「いや…もうすでにお茶じゃないですよ、これ」頑張れ、古泉。なんだかよくわからないのを飲み干した古泉が口直しのコーヒーを入れに席を立ったとき、ハルヒの携帯から少し古いラブソングが流れた。「あ、有希だわ」なんでも近くの銭湯に行っていたらしく、今から朝倉と一緒にこっちへ来ると言うのだ。朝倉はすっぴんだから、とまごついているようだがそれを見られてどうかなるような仲じゃないだろうに。ちなみに朝倉は、地元の大学を受験し入学。両親はまだカナダに在住したままで、こちらで長門とルームシェアをしている、ということになっている。程なく、少し髪を湿らせた2人が店にやって来る。「あ、来たみたいですね」「やっほー!有希ー!涼子!」「……久しぶり」「お久しぶりー。これだけ揃うのどれくらいぶりだろう?」「えーと、涼子が日本に帰ってきた記念の時ぐらいかしら?あとみくるちゃんと鶴屋さんが来たらフルメンバーね」そんなに会ってなかったか?思い返してみると、何人かで会うことはあっても予定が合わなかったりして全員が揃うことは無かったかもしれない。「そう言えば有希、また眼鏡にしたのね」「そういえばそうですね。視力落ちたんですか?」古泉は言いながら、それはないと思っているだろう。長門は細い銀縁の眼鏡を人差し指でかけ直す。高校1年の最初の頃だけかけていて、それ以降はずっと外したままだったのに。「眼鏡も似合ってるとは思うんだが、なんだかまだ違和感があるな」「まだって、あんたたちちょくちょく会ってるの?」「いや、たまたま図書館でな。どれくらいだ?眼鏡かけてたのは三ヶ月くらい前か?」「……それくらい」へぇ、とハルヒは肘をつきながら長門の眼鏡姿を眺めた。そんな姿を見て、朝倉は意味ありげに微笑んだ。「ね、長門さんが眼鏡かけ始めた理由、知りたい?」「え、目悪くなったからじゃないの?」「……ちょっと涼子」若干の焦りを隠しながら、ニヤニヤと笑う朝倉を制止する。俺も気になるな。教えてくれないか?「…やめて」「うふふ、どうしようかしら?」「あっ!もしかして恋!」「違う」とは口で言いつつも、目に見えて焦り出す長門は、なんだかとてもかわいかった。「そうなのか、長門。恋人でもできたか?」「違う、その逆なのよ」朝倉はまだニヤニヤしている。逆って、失恋か。それならそんなニヤニヤしながら話すことじゃないだろ。「いや、それがね。可愛らしいのよ長門さん」「気になるじゃない!聞かせてよ!」「……お願い、涼子」「いいじゃない長門さん。そういうことなんでしょ?」その言葉で、長門は目をキョロキョロ泳がせて、何かを言おうと口をぱくぱくさせたり、何かを握ろうとしてかてをふにゃふにゃさせた後、耳まで真っ赤にして押し黙った。「ふふっ。長門さんね、好きな人がいたの」「うん」「で、その人がね、眼鏡は無い方が好きだなって前に言ってたんだって」「それでそれで!」「でも、その人には好きな女の子がいたのよ。で、最近やっと吹っ切れてね。眼鏡かけ始めたのはその印なんだってさ」「えー!好きなら奪っちゃいなよ有希!」「………………」黄色い声できゃいきゃい騒ぐハルヒを俺はやれやれと言う感じで見ていたが、ちらりと見た古泉も似たような顔をしていた。朝倉の暴露で長門が死んだ後、ハルヒと朝倉は今やっているドラマの話をしはじめた。その話には俺と古泉はさっぱりついていけない。「古泉、それなんだ?」「ハーブティですよ。あなたたちが遊ばなければいい香りのお茶なんですよ」「へぇ。なかなかきれいな色だな」この話を聞いたハルヒが携帯をカパカパ開いて、少し悩んだあとに言う。「折角だから、みくるちゃんと鶴屋さんも来れないかしら?ダメ元でメールしてみるわ」「偶然でこれだけ揃ったんですから、きっとお二人も大丈夫でしょう」なんだ、その理論は。確かに二度あることは三度あるなんて言うが、2人はもう社会人なんだからいくらなんでも……「そうね。ここまできたら揃わない方がおかしいくらいよ」朝倉まで、一体……あぁ、そうか。忘れてた。ハルヒがいるんだ。「やっほー!ちょー久しぶりだね!」「おひさしぶりですぅ」30分もたたないうちに、テーブルには7つのドリンクグラスが並んだ。朝比奈さんも鶴屋さんも明日「偶然に」有給を取っていて、今日はオールだろうがなんでも来いだというのだ。「え、キョン君と涼宮さん、こんなの飲んだの!?」「いやー深夜のテンションって怖いわね。無茶にもほどがあったわ」「古泉くんは…この、お茶?を飲んだんですよね…」「……もはや罰ゲーム」「わりと本気で死ぬかと思いましたよ」「まあまあ!死ななくてよかったじゃないかっ!」ひとつのテーブルに7人も座ると、芋洗い状態でかなり窮屈だった。どうしようか、カラオケにでも場所を移すか?「んー、このままでいいんじゃないかしら」「……ハンバーグを食べたい。がっつり」「あ、私もなにか頼もうかしら。銭湯の後から何も食べてないからお腹空いちゃった」「今からカラオケ行っても、時間半端ですしねぇ。行くんならもうすこししてからにしましょうよ」多数決をとるまでもなかった。まあ俺も移動するのは億劫だしな。別にいいか。「ちょっと、外行ってきます」「あら古泉くん、禁煙してたんじゃなかったの?」女子陣全員にニヤニヤ見られながら、居心地悪そうに古泉が退場した。「俺も煙草吸ってくる」「あれ、キョン君も吸うんだ。意外だなぁ」「たまにですよ、たまに」ファミレスの外は、夜だというのに蒸した空気で溢れていた。青い光に誘われた羽虫が電撃ではぜる音がする。店の内と外は、全くといって違う世界のようだ。「いやはや、こうもうまく全員揃うとは」不味そうに煙を吐きながら古泉が言う。「大学生になって彼女の力もだいぶ弱まってきていたので、ダメ元のつもりでしたが」明るい店内ではしゃぐ、ハルヒたちを見る。もういい大人だってのに、その姿はまるで高校の時に戻ったようだ。「先程、最近閉鎖空間の規模も数も減退してきたと言いましたが」携帯灰皿で火を消しながら、古泉はつぶやく。「つまり、まだ涼宮さんの力は失われていないし、現実に対する不満もまだまだあるということなんです」この歳で現実に満足してるやつがいたら見てみたいもんだな。「しかし彼女の願いは昔より卑近なものになった、と言えるでしょうね。たとえば今日のような」「ハルヒの力なんかじゃないさ」店の内のハルヒが、俺と古泉を手招きしている。「きっと単なる偶然で、別にハルヒの力がなくたってみんな揃ったさ。今日ぐらいは」古泉が一瞬驚いたような顔で俺を見たが、またすぐにいつものにやけた顔に戻った。「さて、さっさと戻るか。お嬢様方がお呼びだ」空になった箱を握りつぶして捨てて、ドアに手をかける。「僕は昔、あなたと涼宮さんは付き合うべきだと思っていました」「お二人が両想いになって、恋人になって、涼宮さんが精神的に安定する。そうすることで涼宮さんは現実に対する不満を忘れ、それで世界は救われる。そう思ってました」「………」「でも、そうならなかった。涼宮さんは終始不安定で、僕たちはいつもそれに振り回されました」団員の中で、お前が一番日常的にやつの機嫌に振り回されていたな、そういえば。機関の方にも本当に迷惑をかけたな、色々と。古泉は首を横にふって、にこやかに俺を見る。「でも、そのおかげで今でもこうやって会うことができるんです。振り回された日々も、今ではいい思い出です」「そうかい」ドアを開けると、冷たい空気とどこか懐かしいような騒がしい声がぶわっと吹き付けてきた。酒入っていないでここまではしゃげるんだから、世話ないな。「遅かったじゃない」「男同士、つもる話もあるんだよ。なぁ、古泉」「えぇ、なんですかぁ?気になります」「要はとるに足らないような話、ということです」「もしかしてこの間言ってた女の子の話かい?古泉くん!」「え、ちょっ、鶴屋さん!それは…」鶴屋さんのその一言で、女性陣の興味は一気に古泉に集中した。もちろん俺も興味津々なんだが、古泉が今日はなんだか不憫なことになってる。かわいそうに古泉。さぁ、ゲロっちまったほうが楽だぞ。多分。「トリプルハンバーグとフライドポテトお待たせいたしましたぁーご注文の方以上でよろしかったでしょうかぁ」「長門さん、来たわよ」「……やっと……」古泉が言い渋っている間に長門の頼んだ料理が来て、話は流れる。「有希ー、ポテト一本ちょうだい」「ゆきんこ、あたしももらうよー!」「ちょっと……あ……」二皿頼んだポテトは、長門の必死の制止にもかかわらずあっという間になくなった。「………あ」「なぁにまた注文すればいいっさ!」「……いい、私は肉に専念する」なんだか、昔鍋をやったときのことを思い出した。あのときはハルヒが張り切って、肉買い込みすぎて、冷蔵庫がないから全部食わなきゃなんなくなったんだよな。なんとか食いきったけど、翌日になっても鍋のにおい消えなくて。あぁそういえばその直前だよな、ハルヒが消えちまったのは。あのときは朝倉もまだあんなで、それこそ今こうやって一緒にダラダラしてるのなんて想像もできなかった。そう思うと、いまみんなでここにいることが、なんだか、奇跡みたいに思える。…臭いな、我ながら。でも、うん。こうやって集まれて本当によかった。そうだ。「なぁみんな。せっかくこうやって集まったんだから」「しっ、静かに!有希食べながら寝てるわ!」「あっ、本当!」「ちょっと待ってください、僕のスプーン曲げは無視ですか?」咀嚼を一休みしていた長門は、そのままうつらうつらと頭を揺らしていた。一同が見守るなか、長門は静かな寝息を立てている。いや、俺の話は「写真撮りましょう!」「鶴屋さん、ムービーとはなかなかえげつないですね」「にゃはは!後々のいいネタになるよこれは!」「うふふ、かわいいですね」俺の話は、……まあ、いいや。みんなとこうやってバカができるのは、何も今日だけの奇跡なんかじゃないんだ。「よし、俺も撮ろう。起きてくれるなよ長門」携帯のカメラを起動して、長門に向けてそっと近づいていく。「………っ、……何をしているの」「え、いや、なんだ」目を覚ました長門は、物凄い形相で俺を睨んだ。怖いぞ、長門。「……貸して」そう言って俺の携帯電話を奪い、おもむろにそれを畳もうとする。逆側に。「ま、待て長門!寝ぼけてんのか?寝ぼけてるんだよな!?ちょっと、返せ!」「あははっ、長門さん目が本気よ」「ゆきんこー!やっちゃえー!」「お前ら、なにを無責任な……てか、お前らも写真撮っただろう!!」結局、俺の携帯は無事元の姿のままで戻ってきた。鶴屋さんと朝比奈さんが車で朝倉とおねむな長門を家まで送ることになり、残された俺たちも、昨日見た夢だとか変な面接官の話だとか下らない話をしながら駅まで歩いていった。「古泉、電車あったか?」「わりとすぐにありました」「えー?もうちょい話しましょうよ」「すみません、これが終電なんです」申し訳なさそうにする古泉を、俺とハルヒは改札口で見送った。人のいない駅のロビーに、階段を登り去っていく古泉の足音がこだましながら小さくなっていく。また、俺とハルヒの2人きりになった。「お前の電車は?」「ん、もう少しかな」「そうか。帰っていいか?」冗談だ。冗談だから、そんなに睨むなよそして蹴るな。せめてなんかしゃべれ。けっこうな威力の蹴りに怯んでいる俺に、ハルヒは言った。「よかった。元気そうで」たった今猛烈に弱っているのに、何をいっているんだ。ハルヒはさっきよりも優しく微笑んで、俺の目を見た。「ファミレスに来たとき、あんた酷い顔してたじゃない。自覚なかった?こんな風に眉間にシワよせてさ、辛いですって感じで」「そんなにか?」ハルヒは大袈裟に眉を寄せて険しい表情の真似をして見せたが、それがどうしても間抜けに見えたことは黙っておこう。「でも、今は昔みたいにいい顔してるわ」「昔もお前に振り回されっぱなしで辛かったんだけどな」だから蹴るなって。せめてなんかしゃべれ。「あ、もう電車来た!」甲高いブレーキ音とともに、ホームに電車が入ってくるのを見てハルヒは駆け出した。「じゃあまたね!旅行のおみやげ楽しみにしてなさいね!」「おう、またな。転ぶなよ」ハルヒは肩越しに微笑んで、俺に手を振った。俺もそれに手を振って応えた。辛そうな顔、か。バレてたんだな。そういえば愚痴りに来たはずだったのに、すっかり忘れてたな。なんだろう、今日は馬鹿なことしかやってないような気がするな。まぁいいか。首の骨をゴキゴキならして、深呼吸をする。さて。帰るか。夜だというのにまだ蒸し暑いし、月の光が明るすぎる夜道をひとり歩いていく。「キョン先輩、院試っていつなんですか?」「おう、もうすぐだな。夏休み中にある」「へぇ、でも部室にも顔出して、わりと余裕なんすね」「いや、昨日過去問見たんだけどな、さっぱりだ」「え、じゃあなんで部室に来てるんですか?」「そりゃお前らも人手ないと困るだろう?学校祭も近いし」「そりゃありがたいですけど……え、ヤバイんじゃないんですか?」「おう、ヤベエよ。しばらくまともに寝れないだろうな」「……大丈夫なんですか?」「おう。大丈夫だ」ハルヒの笑顔を久々に拝めたんだ。しばらくはそれだけで頑張れるさ。おわり
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