畏怖・涼宮ハルヒの静寂2 第4周期
第4周期 Dear my sister 卵の殻が向けるようにして真っ赤に染まった世界は崩れてゆき、現れた空の色は灰色だった。ハルナの精神世界が消滅して元の閉鎖空間に戻ってきたのである。「なぜだ」 なんと目の前に神人がいるではないか。 しかもこちらを覗きこむようにしてじっと見ているではないか。 まさかのまさかとは思うが、狙われているのではないか? 蛇に睨まれた蛙の如く、神人に見られている俺は硬直してしまった。「なーに固まってるのよ」「いや、だって目の前に居るんだぞ……」「そうね、でもまあなんとかなるんじゃない?」 そう言っているハルヒも、神人の意図がつかめないらしく、にらめっこが一分弱ほど続いた。 俺達を見たまま、腕をあげてとある方角を指をさしている。「向こうに何かあるみたいね、行ってみましょ」 ハルヒは走りたいようだがハルナを起こさないことが優先されたらしく、早歩きで進んでいく。俺は慌る必要もなくその後をついて行った。
「古泉君!」「お疲れ様です」 神人が指していた方角には、古泉を先頭に機関の御一行が俺達の帰還を待っていた。 ここにいたのが古泉だけだったら「何だお前だったのか」と言っていたが、今は森さん達がいるのでそう言えまい。「約束を破って申し訳ありません。言われたとおりに待機していたのですが、神人が現れたので万一のことを考えて迅速に行動できるよう閉鎖空間で様子を見ていました」 「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、何とか今日のところは解決したわ」「こちらは何一つ異変はありませんでしたから、うまくいったようですね」 その察しは正しいが、無駄に爽快なスマイルをいちいちこちらに向けるのは控えて頂きたい。「ひとつ残念なことは、時間が巻き戻されてしまったということでしょうか」「なんだって!?」 俺がそうリアクションをすると、森さんが加えるように言った。「涼宮ハルナさんは昨夜11時以降存在していませんでしたから、それに合わせる形になったのでしょう」「じゃああたし達はハルナが寝た時間に戻されちゃってるってことね。やれやれ」 そう言うとまたハルナの髪をなでた。 また一日をやり直さなきゃならんのか……。「別にいいじゃない。また寝られるんだし」 ハルヒが眉間にしわを寄せ、口を尖らせて言う。そこまで不快だったのだろうか。「そう言う考えでいいのか」「そういうもんよ」「とは言ったものの、どうやって戻るんだ」「そうねぇ、普通にここから出てもいいんだけど、それだと家まで帰るの面倒だし」 確かにここから自宅まではかなりの距離がある。時間がかかりそうだ。「よろしければ我々が家まで送りしますが」「ありがとう、でも一番手っ取り早いのは……」 古泉の申し出を断ると、俺の顔を覗きこんで言った。「前と一緒の方法でいい?」「は?」 と言いますと……あれですか……。ハルヒは眠っているハルナを森さんに預け、準備万端といった面持ちである。「SleepingBeauty」「過剰なまでに分かりやすく言わないでくれないか、というか何で知ってるんだ」「あたしをなめないで頂戴。じゃ、さっさと帰りますか」 そう言うとハルヒは俺の襟首を掴んで引き寄せる。当たり前のことだが顔が近い。「ちょちょちょちょっと待て心の準備が」「準備なんか要らないわよ馬鹿」 次の瞬間には、もう俺は言葉を発することが出来なくなっていた。
嗚呼、機関の皆さんの目の前で……。
「ぅはっ!?」 そして気付くと、自室の机に突っ伏して寝ていたわけである。「ん、戻ったのか……」 目を開けて十数秒後、頬に張り付いていたのはよだれでしわくちゃになった数学のノートであると気付いた。そこから寝起きとは思えない素早さでティッシュペーパーを掴んで染みを拭き取ったが、健闘むなしくそこに書いてあった数式はもはや救いようのない状態となっていた。 ノートの救出を諦め、ティッシュを丸めてゴミ箱に投げた。時計を見ると、午後11時を過ぎたところであった。確かにハルナの寝た時間に戻されているようだ。 今改めて考えても、ハルヒのあれは強引過ぎやしないだろうか。いや、確かに俺の場合も……何を言わせるつもりだ。 嗚呼翌日古泉に何といわれるのだろうか。そしてどのように弁明すれば良いのだろうか。「なんつうことしてんだよ俺……」 そしてまたあの時のように頭を抱えて一人悶絶していたのである。「いや、したのは俺じゃないだろ! ハルヒが強引に……ぁぁ」 ダメだ、いくら言い訳したところで何も変わりはしない。思い出したら恥ずかしさ満点だ。 翌朝古泉にどのような措置を取ろうか対策案を考えるのは学校に行ってからでも十分間に合うだろうと考え、もう寝ることにした。 正直なところ、超絶リアルお化け屋敷を探検して心身ともに疲れていたのである。 そして俺はベッドに横たわり、目を閉じた。
「ん?」 ふと目を開けると、見上げた空は暗く、辺りは灰色に包まれている。「ってまたかよ!」 勢いよく跳ねるように飛び起きると、しばし茫然としていた。 また制服を着ている。これで俺がいる場所は確定した。「閉鎖空間……」 そう呟いた俺の声が半泣きだったのはなかったことにしてもらいたい、余りにも情けない。 もう一回寝られると言っていたではないかハルヒよ……。 確かに時間は巻き戻されていたわけだが、これじゃあ眠れなさそうだ。「あ、キョン君が起きましたよ」「おや、お目覚めになりましたか」 その声のした方向を向くと古泉と朝比奈さんがいた。「……おはよう」 訂正及び追記、長門もいた。 勿論全員が制服姿である。みんなが閉鎖空間に集合するとは珍しい。「俺達はどうしてここにいるんだ?」「涼宮ハルヒに呼ばれたと考えられる」 まあその答えは全くもって予測通りであって。「何のために1日に2回も連続で……」「え? キョン君は2回目なんですかぁ?」 そのことを知らない朝比奈さんが見事なリアクションを見せてくれた。「ええ、いろいろありまして彼と僕は2回目なんですよ」 こっちを見ながら『いろいろ』とか言わないでくれ頼むから。朝比奈さんのその視線からすると、間違いなく古泉のせいで勘違いしている。「ハルナのことで一悶着ありまして」
誤解を解こうと弁明を始めたその時、青い光が灰色の世界を照らした。「現れましたね」 学校のグラウンドに神人が姿を現した。下を向き、腕はだらんと下がったまま動かない。「あれは一体何なんですかぁ……?」 朝比奈さんが不安で泣きそうな顔をしているが、前回同様あいつが何をするということもなければ大丈夫だろう。「そう言えばハルヒはどこだ?」「あそこ」 長門が指さした先、ハルヒがいたのはなんと神人の目の前だった。「あんなところに、大丈夫なのか?」 その距離は20メートルあるかどうかという至近距離である。 さっきは大丈夫だろうと言ったが訂正する。今回の神人がアグレッシブではないとはいえ、あれだけ近いと流石に不安になってきた。神人が一歩でも歩き出せば大変なことになる。 「僕も懸念していましたが、あの状態から全く動いていないので、さほど危険ではないと思います」「そうは言ってもだな、あれが動き出したら……」「その時は僕が何とかしますのでご安心を」
長門がはっとした表情を浮かべた。「どうした」「情報フレア発生の予兆を感知、直ちに観測を開始する」
「あいつ、これを見せるために呼んだのか?」 ハルヒの周囲がやけに眩しい。「……………始まる」 まるで長門のそれを合図にするように、神人が光の粒子となって消えていく。その粒子が渦を巻き、竜巻のように高速回転していた。「これが、フレアなのか?」「まだ。これから」 竜巻はしばらくすると消えてしまった。
……。「来た」「?」 長門曰くもう始まっているらしいが、さっきまで眩しかった光はすっかり消えている。見た目では何も変わったことはない。 とてもフレア(爆発)が起こっているとは思えない静けさである。「本当にフレアが起こってるのか?」「情報は物質ではない。視覚化させなければ目視出来ない。でも、涼宮ハルヒを中心として膨大な情報が生み出されているのは間違いない」 今、グラウンドに立っているハルヒからとてつもない勢いで情報が生み出されている(らしい)のだ。 その情報量がどれくらいかは分からない。バイト数で表すとそれに必要な接頭文字はテラ(10^12)やペタ(10^15)では足りないだろう。もしかしたらヨタ(10^24)でもゼロがたくさん並んでしまうような量かもしれない。 長門のパトロンが待ち望んでいたような規模の現象なのだから、世界トップクラスのスーパーコンピュータでも処理出来ないような代物に違いない。「今視覚化する。待ってて」
突然、目の前にガラス片のような物体が現れた。それらの量といったら、前方にいるハルヒの姿が全く見えないほどだ。しかもそれらが高速でこちらに飛んできているではないか! 「うわっ」「ひゃぁっ」「うおっ」 長門以外の3人はそれらから身を守ろうと重い思いの手段を講じていた。しかし破片はそのまま身体をすりぬけていった。「これが、情報?」「その人が最もイメージしやすい形になる。だから見え方は人によって異なるかもしれない」 俺には七色に輝くガラス片に見える。物質ではないのでぶつかることはないにしても真っすぐ飛んでくるのはやはり怖い。 その情報のかけらたちは四方六方に飛び散った後、はるか上空へと真っすぐに飛んでいき闇の中に消えていく。
どのくらい続いただろうか、次第にガラス片のような情報のかけらの数は減っていき、情報爆発とやらは終わった。「観測終了」 長門がそう呟く。俺達は、目の前で起こった「すごいもの」が脳に焼き付き、言葉が出なかった。 どこか宙ぶらりんになっていた意識を戻したのは、ハルヒがこちらへ走ってくる足音だった。 ハルヒは息切れしていた。何もそこまでして走らなくても。「どうだった? すっごいでしょ」 ああ、確かに超大規模な超常現象だったよ。 俺がそう答えると、ハルヒは高らかに言った。「えー、この度は団長主催の第一回情報フレア観測会にご参加いただき誠にありがとうございましたー!」 主催って、やっぱりお前が呼んだのか。「何よ、わざわざ招待したんだから有り難く思いなさい」 そう言って膨れっ面をするので、「はいはいありがとうな」と言って頭を撫でたら思い切り払い退けられてしまった。俺を一睨みすると視線を長門へ移す。「有希、どうだった?」「問題なく観測は完了。統合思念体に送信して分析を行なっている」「そ、じゃあこれにて解散!」 そう言うと俺の襟首を掴んで引き寄せる。今にも顔と顔がぶつかりそうなほど近くに……、 え?「なによ、文句ある?」 いや、文句ある無し以前にまたですか。俺だって何をしようとしているのかは分かってるぞ。「なら尚更よ。この方が手っ取り早いんだからいいじゃない。それとも深夜の暗ーい住宅地をたった一人で帰れるのかしらー?」 こいつ、俺がハルナを連れて戻るのにどんな怖い経験をしたか知ってて言っているだろ。何という悪魔の笑顔。「じゃ、2回目いきますか」 ……お前、顔赤いぞ。「う、うっさいわね、あたしだってそれなりの準備はいるのよ」 古泉、期待するような視線は止めろ。長門と朝比奈さんも興味津々な表情をしないでください。 その視線がハルヒにも気になっているのか、しばらくこう着状態が続いた。「……」「しないのかよ」「さっきはあたしがしたんだから、今度はアンタからしなさいよ!」「無茶言うな」 しかしこの状況、生殺しだ。「もーじれったいわね! するならする、しないならs……」 うるさいのでその口を俺が塞ぐことになってしまった。あくまでもそうなってしまったんだからな。
「うぐぉっ」 そして今度はベッドから転落して目が覚めたのである。「さ、3時……」 時計を掴む手は震えていた。「二度も……あんなことを……」 そして次の瞬間にはいつかの時と同様に頭を抱えて悶絶していた。 お陰で今月最高に眠れぬ夜となったのであった。
翌朝、俺は今シーズン最高の睡眠不足による強烈な眠気と戦いながら、通学路を歩いていたのである。 途上、何やら話しかけてきた谷口のトークを軽く流しながら昇降口に進み、止まることのない欠伸を噛み殺しながら上履きに履き替える。 廊下で待ち構えていた長門に会った。また報告があるらしい。「貴方に報告すべきことがある」「昨日のフレアについてか?」「それはまだ分析中。今回は涼宮ハルナについて」 今度はどうなったのだろう。少し緊張しながら長門の報告を聞く。「反対派は、涼宮ハルナの記憶修正を条件に賛成に回るとしていたがそれを却下した」「どうしてだ、せっかく相手が譲歩してきたのにそれを突っぱねるなんて勿体無いぞ」 正直、俺も記憶修正には反対していない。あんな記憶を背負っていくなんて辛いだろうと考えているのである。 しかし長門は首を横に振った。「記憶がフラッシュバックした場合を想定した結果、取り返しのつかない事態になると判断した」「二の舞どころじゃ済まなくなるってことか?」「そう。リセットできない可能性もある」 それを考えていなかった。フラッシュバックして凄惨な記憶が一気になだれ込んだらどんな精神状態に追い込まれるか、想像するまでもない。「シュミレーション結果を提示したところ、反対していた主要な派閥は折れた」 軽く反省していた俺に飛び込んだその言葉に、一瞬耳を疑った。「…………なに!? つまりOKってことだな!?」「そう。こちらの主張が通った」「よくやった長門!」「痛い」 歓喜のあまり、肩を掴んで激しく前後に揺さぶっていた。「あ、すまん」 そうだ、ここは廊下だ。またしても「何してんだこいつ」という視線が四方六方から容赦無く突き刺さる。(心が)痛い。
「いい。また放課後に」 俺には大ダメージを与えた視線という名の矢は長門には効果がないのか、そう言うと背を向けて歩いていく。「忘れていた」 立ち止まって振り返る。長門が言い忘れるとは珍しい。「2人の『あれ』は非常に興味深い」 長門から放たれた矢がぐさりと突き刺さる、一番ダメージがでかかったのではないだろうか。既にボロボロだった俺の精神はオーバーキルされていた。「ちょ、長門……」「ジョーク」 あはは、冗談がきつ過ぎますよ長門さん……。
(半ば抜け殻の冗談で)教室に入ると、既にハルヒがいた。いつかの時のように外を眺めていて、着席した俺に気付いていないのかわざとなのか、こちらを見ない。「ハルヒ」「……なに」 聞いているのか微妙な返事である。「寝不足か」「……さあ」「……」「……」 会話が成立しない。 諸問題は解決したというのに、結局昨日や一昨日と変わらずセロハンのように薄っぺらな言葉のみを交わすだけであった。
放課後、部室に行くと俺はまたしても遅刻のようで、ハルヒがまたしても仁王立ちしていらっしゃる。「遅い!!」 すっかりいつものテンションに戻っているらしい。一方の俺はといえば相変わらずである。「どっかの誰かの所為で夜眠れなくてな、どうも素早い行動がとれないんだ」「ばっかじゃないの?」 何で顔が赤いんだ、お前がみんなの前でやったんだろうが。お前も眠れなかったのが今朝ぼーっとしていた原因か?「だっ、誰がそんなお間抜けと一緒なもんですかっ」「……ツンデレ」「有希!?」「迂濶」 長門の二度目の爆弾発言の投下により、俺とハルヒはどこかに矢が刺さった状態になっていた。
「……まぁそれはいいとして、みんな揃ったことだし、第3回緊急会議を始めましょ」
「まず、何か新しい動きがあったらどんどん言ってちょうだい」 ここで、朝比奈さんが手を挙げた。「今朝、報告がありました」「ようやく未来人も動き出したのね」「どうだったんですか?」「ハルナちゃんの出現による未来への影響は、危惧されていたよりも少ないみたいです」「そう、よかった。じゃあこれで心配する必要は無いってわけね」 これは一昨日には朝比奈さん(大)から聞いたことなのだが、それは知らないことにしているのだ。「こちらも涼宮ハルナが提示した条件を呑むことで一致した」 長門のその報告に、ハルヒの顔は一気に眩しく輝いた。「それホント!? ありがとう有希!」「じゃあ、これで解決ってことでいいんだな?」「揉め事が起こらなくてよかった、もうこれで安心ね」「では緊急会議を開くことはしばらくなさそうですね。おや?」 部室の扉が開いた。そこには、赤いランドセルを背負ったハルナがいた。走ってきたらしい。肩で息をしているし、汗でぐっしょりになっている。「昨日は、ごめんなさい」 俺達は軽く困惑していた。ハルナが謝る理由は分かっていたが、それは謝る必要があるのだろうか。「私のせいで大変なことになって……それで……」「あのなぁハルナ、別に謝……」 俺が言うよりも、ハルヒが立ち上がるのが早かった。そしてまたあの高い音が部室に響いた。 ハルヒがまたしても思い切りハルナの頬を叩いたのである。やり過ぎだ、と言いたかったが、ハルヒの物凄い剣幕に負けてしまった。「よくもそんなことが言えるわね!!」 マジギレというものだろうか。ハルヒが烈火のごとく怒鳴っている。 俺と古泉は正直怖くてとても手が出ず、長門も硬直していた。 終いにはそのまま蹴飛ばしてしまうのではないかという程の怒りようであった。 朝比奈さんが勇気を振り絞ってハルヒを止めようとしたが、顔のまわりを飛ぶ虫を払うかのようにあっさり振り払われた。「あたしが世界のためにやってきたと思ってるの!?」 ハルナの肩をしっかりと掴んでいる。もう一回叩かれると思ったのだろう、ハルナは目をぎゅっと閉じていた。 が、ハルヒはハルナを抱き寄せていた。「ハルナのために決まってるでしょ!!」「…………ありがとう……」
その週の土曜日、涼宮姉妹を除いた俺達は長門の部屋に集合していた。 長門が時計を見て言った。「来る」 皆がうなずいた。俺は立ち上がり、準備を始めた。 ハルヒには、ハルナと一緒にここへ来るようにメールを送信してある。メールに書いた時間よりも早く来るのは想定の内である。 待機して5分と経たないうちに扉が開いた。「キョン、あのメールはどういう……」 玄関で待ち構えていた俺は、二人が入って扉を閉めたタイミングを狙ってそれを構えた。「え……?」「ちょ、ちょっとキョン?」 喰らえ。 マンションの一室に火薬が炸裂する音が響いた。「………………へ?」 身の危険を感じてハルヒの腕にしがみついて目をつぶっていたハルナは、予想外のことにちょっと間の抜けた声を出した。俺はそれに思わず吹き出しそうになった。 手荒い歓迎によって涼宮姉妹は金色のテープまみれになっていた。 大量のテープの束を頭に被ったハルナはその状態のまま目を点にしている。ほぼ同じ状態のハルヒは静電気で髪や服にまとわりつくテープをに不快感を露にしていた。 「うーわ……、ちょっと何よこれ」 バズーカ型クラッカー、2000円也。貴重な一発なんだぞ。「あのねえ、そういうのを訊いてるんじゃないの。ここでするなんて聞いてなかったわよ」「サプライズってのは重要だと思うんだがな」「最初に提案したあたしを差し置いて計画を変更するなんていい度胸してるじゃないの」 パキパキと指を鳴らす音が聞こえる。「すまん」 その眼光で凍りついた俺は反射的に謝罪の言葉を述べていた。どうか罰は無しの方向でよろしくお願いします。「姉さん、これは……?」 妹の髪に絡み付いたテープを払いながら姉がネタバラしをした。「遅れちゃったけど、ハルナの誕生日パーティーよ」
あの日を悲劇があった日ではなく、ハルナの誕生日にしようということが満場一致で決まったのだ。 そしてそのことはハルナには内緒にして各々がパーティの準備をしていたのだが、ここで行うことはハルヒにも内緒にしていたのである。
「涼宮さん、早く早く」 玄関にいる俺達に早く来るようにと、朝倉が催促をしている。「ってぇ! 何でお前が!」「あら、悪いかしら?」「お前を呼んでないしそもそもお前はパーティーのことは知らないはずだろ」「こういった場は賑やかな方がより盛り上がる」「あ、長門が誘ったのか?」「そう。何か問題でも」「いえ全く」
朝倉も飛び入り参加し、大勢が集まった誕生日パーティーはそれはもうにぎやかなものであった。 ハルナは見事にロウソクの火を一発で消した、さすがである。 さて、ロウソクの火が消えたことだし、ケーキを切って……朝倉、ケーキを切るのにそのナイフを使うな。「ダメかしら」 駄目だ、ちゃんとした調理用具を、って聞いちゃいない。長門、その横でイチゴの数を数えるのは止めなさい。「こっちが多い」 後で均等になるように分けてやるから我慢しなさい。おい朝倉、切ったあとにナイフについたクリームを舐めるなよ行儀の悪い。「いいじゃない。クリームが勿体無いもの」 わざわざ妖艶な笑み浮かべてこっち見んな、調子に乗って舌切っても知らないぞ。「おやおや、世話好きですねえ」 お前はニヤニヤするのを一刻も早く止めて手伝え古泉。さもなくばお前に回ってくる食い物はないぞ。「それは恐ろしい」 今上げてる両手に皿をのせてこい。
パーティーが始まると、みんな騒がしく会食していた。
その喧騒の中、ハルヒが飛び級の提案をしたがハルナはそれを拒否した。「どうして?」 姉の問いかけに、下を向いて答えようとしない。「怒らないから言いなさい」 その台詞ってかなり矛盾してるよな、と俺が呟いた瞬間、俺の視界は音速で繰り出された拳によって真っ白になった。酷くないかこれ。「え、あ、大丈夫ですか……?」「ぁぁ大丈夫、続けて……くれ」「それで? 理由は何なの?」「学校で友達ができたから」 なんとも微笑ましい理由であった。「そこのロリコン、ニヤニヤしない」 なぜこうも冷たい。「だーかーらー……」 哀れな俺を誰か救ってくれ。
パーティーがお開きとかなると、今回の一連の騒動の最後の仕事が始まろうとしていた。「座標計算中」 ハルヒとハルナは、平行世界の「俺」に謝罪しに行くのだという。そりゃあ、一度殺そうとしているのだからな。 各勢力の協力の元、二人は別世界への小旅行に向かうのだ。「準備ができた」「ありがとう有希」「確認する。貴方はこれが最初で最後であると言った。これに間違いはない?」「勿論よ。これ以上迷惑をかける訳にはいかないしね」「分かった」 二人は私服を着ているので制服に着替えたりしなくていいのか尋ねたが、曰く私服は別世界のハルヒであることの証明とのこと。もっと効果的な手段もあるらしいが禁則事項らしい、どこがどう禁則なのやら。 「向こうにも、アンタとあまり変わらないキョンがいるんだけどね。改めてみるとやっぱり別人かもね」「そりゃあ全く同じということはないだろうな」「あっちのキョンの方が勇敢で格好良かったわよ」 な、なんだと?「半分冗談よ」 半分ってどういうことだよ半分って、俺が劣ってるのに変わりないじゃないかそれじゃあ。「はぁ……思い出してきちゃった……」 頭に手をのせてしゃがんでしまったハルヒの肩に、ハルナが手を置いた。それに反応してハルヒが顔を上げた。弱々しい笑みを浮かべていた。「ごめんね」 ハルナが首を横に振った。「謝らないで」「ありがと」 ハルナと手を繋いで立ち上がる。と同時に長門が告げる。「戻るタイミングは貴方達で決められる。でも、長居は禁物」「分かったわ。じゃ、行ってくるね」 長門が何やら唱えると、二人を光が包んだ。それが二人の影を見えなくするほどに眩しく輝くと消えていった。
二人がいなくなった部屋で、片付けを済ませていた俺達は何をするということもなくくつろいでいた。朝倉はくつろぐどころか、部屋の一角を占領して熟睡していらっしゃる。 「しっかし、俺達がどうなったのか詳しくは教えてはくれなかったな。長門、お前のところにそれに類する情報はあるんだろ?」「涼宮ハルヒの記憶はごく一部のみ閲覧が可能だった。でも、私には許可が下りていない」「どうしてだ?」「理由を尋ねた。統合思念体からの答えは、想像を絶するという短いコメントのみだった」 想像を絶する、か。俺がハルナの精神世界で見せられたのはちょっとした記憶の片鱗に過ぎないから、それ以上なのだろう。「そういえば、あの時の情報フレアはどうだったんだ?」「統合思念体が観測出来た情報の多くは、未知の暗号化が施されていた。分かっているのは、同一の情報を複数回送り出していたということだけ」「何で暗号化なんてしたんだろうな、発信した意味がない気がするが」「恐らく、」 古泉が割り込むように言った。「ストレス発散のようなものではないでしょうか。愚痴を紙に書き連ねて破って捨てるのと同じようなものだと思います」 確かにハルヒが経験したものはかなりの負担だろうからな、古泉の主張も一理ある。「統合思念体は情報の解析を保留している。破棄する可能性もある」「せっかく受信した情報フレアを調べないで捨てるのか?」 待ちに待った情報フレアを観測出来たというのに、それは勿体無いのではないかと考えるのは素人なのか。「そう。仮に解読が出来たとしても、それが本当に重要なものであるかは疑問」「そうか、じゃあ、完全になかったことにしてもいいのか?」「そうはいかないかと思います。お二方共に記憶はしっかり残っているわけですし、闇も完全に消えたとは言えません。今後どんなことが起こるかは」「闇の影響は報告されてないです」 再び割り込んできた古泉にそれ以上言わせない勢いで朝比奈さんが割り込んだ。「ハルナちゃんはしっかりしてますし、大変な事は起こらないと思います」「済みません朝比奈さん、ですがこれが我々の仕事ですから」
「古泉、お前のところの機関はどうなるんだ?」「これからも我々の活動方針に変更はありません。しかし貴方に頼る回数が増えるかもしれませんね」 そうか、ハルナの精神世界が発生した場合、入れるのは現段階では俺とハルヒしかいないのか。あの空間は入る人を選ぶんだったよな。「頼るのはいいが早くハルナに信頼されるよう努力するんだな」「肝に銘じておきます」
「長門、因みにあの情報フレアの量はどれくらいだったんだ?」「現段階での情報量をバイト数で表すとおよそ3GcB」 なんだか知らない単位が聞こえたような気がするのだが。「ぐ、ぐるーち?」「そう」「それはどれくらい大きいんだ?」「分かりやすく表現するならば、SI接頭辞ペタの1024倍の1024倍の1024倍の1024倍の1024倍」 その説明が果たして俺にとって分かりやすいのか分かりにくいのか……。ペタってのがテラの1000倍だったよな、つまり……。「すまん、逆によくわからない」「10の30乗」「ああ、とりあえず馬鹿デカイってことはよくわかった」「そう」 長門は読書を始め、古泉は持参してきたマグネット将棋で俺と対局している。朝倉は相変わらず寝ている。 朝比奈さんが煎れてくれたお茶を飲む。うん、うまい。「いつ戻ってくるでしょうか」 急須を見つめながらそう呟いた。「何か都合があるんですか?」「いえ、お茶が一番おいしくなるタイミングがあるものですから」「帰ってきてからでもいいんじゃないですか?」「丁度のタイミングで出せたらかっこいいかなーと思ったんです。ちょっと無理ですかね」 そう言ってこちらに微笑みかける。そのスマイルのおかげでお茶が更においしくなる。「賭けましょうか。俺は今から30分後だと思います」「んー、25分後くらいでしょうか」「では僕は35分に」「40分」 どうやら全員(寝ている朝倉を除く)がこの賭けに乗ったようだ。「勝った方はどうします?」 古泉のその言葉に俺は内心焦った。朝比奈さんはわたわたと慌てている。「え? あ、いや、本当に賭けるんですか?」「冗談です。あくまでも予想するだけですよ」 まさか古泉のジョークにここまで動揺するとは、不覚である。 もう一口飲む。朝比奈さんの煎れるお茶はたとえ冷めても十分においしい。それでも朝比奈さんにはこだわりがあるのだろう。 ようやくいつものSOS団に戻った。今後、ハルナがどんな騒動を起こしてくれるのか、少し楽しみである。世界を変えない程度にな。「角は貰った」「あ、ま、待って下さい」「待ったは1回だけな」
二人が戻ってきた時に何と言ってやるべきだろう。 シンプルに「おかえり」でいいか。
周期数不明 Brack Jenosider
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