畏怖・涼宮ハルヒの静寂2 第1周期
第1周期 Ctrl+S 部室には妙な沈黙が漂っていた。 珍しくハルヒが来ないのである。 俺には遅刻すら容赦なく罰する団長が無断欠席とはこれいかに。 俺と古泉は何年度版かもわからない人生ゲームをしている。よくも追突しやがったな古泉。「故意ではありませんので」 ああそうかい。その横では、長門がいつものように読書にいそしんでいる。朝比奈さんは何かノートに書いている。課題だろうか、大変そうなので声を掛けるのをためらってしまう。 「涼宮さんと掛けまして」 古泉が突然口を開いたかと思えば、謎かけを出題しやがった。 ……いいだろう。「提出書類と解く」「そのこころは?」 まるで何か受信したかのように突然俺の頭に浮かんできた、我ながら上手いと思う。恐らく口元が緩んでいただろうな。「どちらも期限(機嫌)が重要」 最後まで言い切る直前に嵐がやってきた。 勢いよくドアが開いたのだ。入って来たのは勿論ハルヒだった。 無言でその場に立っている。まずい、今のを聞いてたか…? ハルヒは随分走ってきたようで、肩で息をしていた。「………」
突然の事態に俺達は困惑した。 ハルヒが泣いていたのだ。今の俺に原因として思い当たるものは全くない。 真っ直ぐ立ったまま、ぽろぽろと溢れる大粒の涙を拭こうともせずに、しっかりとした視線でこちらを見ていた。 今にも声が漏れそうなのだろうか、ぐっと唇を噛んでいた。「うわあああああああああああああー!!」 いきなり走ってきたかと思うと、そのまま俺に抱き付いて子供のように泣き叫んだ。「お、おい。どうしたんだ一体」 顔を埋めたまま何度もしゃくりあげて泣くハルヒに、俺は勿論のこと古泉も朝比奈さんも長門も戸惑いを隠せなかった。 強い力で抱き締められているので、肺が圧迫されて呼吸がしにくいので苦しい。 暫くすると落ち着いたのか、泣き声を上げることはなくなっていた。 俺はまっすぐ下に垂らしていた両手をハルヒの肩に置いた。 ハルヒは華奢な体系ではあるが、どうしてだろうか余計小さく思えた。「何があったんだ?」 ハルヒは顔を押し付けたまま首を横に振った。服と髪がこすれてがさがさという音がする。 それからもずっと、そのまま寝てしまったのではないかと思う程にじっと動かなかった。何かを確かめているかのような深い呼吸の音だけが聞こえていた。 どれほど経っただろうか、ようやく離れた時には、ハルヒの目は真っ赤になりまぶたが腫れ上がっていた。 そしてふらふらと歩いていくと、今度は長門に抱きついた。 ばさっという音がしてハードカバーの本が床に落ちた。 同様のことが古泉と朝比奈さんにもあったが割愛させてもらう。 ハルヒはようやく落ち着いたようだが、何か考えているような様子で突っ立ったまま団長席に座ろうとしない。視線を追うと窓の外を見ているようだ。「なあハルヒ」「後で全部話すから待ってて」 思い切って話しかけてみたものの質問を最後まで言わせてくれなかった。「全部って……一体なんのだ」「それも後で話すから黙ってて頂戴」 おかしい、きつい口調なのだがまるで覇気がない。それも今回の異変の理由だろうか。 だがノーコメントを繰り返す今のハルヒに何を尋ねても堂々巡りだろうから黙って待っていた。「あの、涼宮さん……?」「いいよ、入って」 ハルヒが扉に向かって言う。誰かいるらしい。 だが誰も入って来る様子はない。「大丈夫だから、ね」 静かに扉が開く。 現れたのは、ワンピースを来た小さい女の子だ。 小学生だろうか。背は低く、妹とあまり変わらない。 だが注目すべきところはそこじゃなかった。 こいつ……ハルヒにそっくりじゃないか? 長門が(本当にわずかであるが)驚愕の表情を見せている。「貴方は……誰?」「それは後ほどに説明します」 とても小学生とは思えないはっきりとした物言いに、俺や朝比奈さんは驚いた。 そのしっかりとした視線は、意志が強そうな印象を俺達に与えている。俺の妹とは大違いである。「みんな座って」 ハルヒの指示によって全員が長机を囲んで座った。 がちゃがちゃというパイプ椅子の音がして各自が着席する。そして全員が黙り込んでしまう。「あの、お茶入れましょうか…?」「そう? ありがと」 助かったよ朝比奈さん、おかげであの重たい沈黙から解放されました。 しかし結局、朝比奈さんがお茶を入れている間、誰一人口を開くことはなかった。 古泉は時折視線を横に向けて謎の少女の方向を向く。いつものスマイルはすっかり消え、「仕事」の時の表情に近いように見えた。 朝比奈さんが入れたてのお茶を配る。俺は目の前にある湯気の立っている液体の波紋を見つめていた。「どうぞ……」
「ありがとう」 朝比奈さんはがハルヒのところに湯呑を置く。手が若干震えていたのは熱さのせいだったのだろうか。 ハルヒは熱いお茶を一口だけ飲むと、見回してから言った。「これより、SOS団緊急会議を行うわ」 一体どんな議題なんだろうか。この場に同席しているこの子は俺たちと同じ扱いであってただの小学生じゃないんだろうな。 見た目はハルヒの幼少時代の姿をそのままコピーしたのではないか(実際は見たことないが)という程にそっくりだが、相違点もいくつかあるので単純にクローン的な存在ではないだろう。 大人しく座っている様はミヨキチみたいだ。 しかし何だろうかこの妙な緊張感は。物音を立てるのをためらってしまうかのような、そんな静けさだった。「いい? 今から言うことは全て事実よ、分かった?」 ハルヒが真剣な面持ちで言う。皆が静かにうなずく。ハルヒの隣に座っている少女も緊張している様子だ。とてつもなく重大なことなのだろうか。「大丈夫?」 ハルヒが少女に言う。確かにさっきからうつ向いていて元気がない。 少女が無言でうなずく。 ハルヒが立ち上がると、皆の視線がそちらに集中した。 小さく深呼吸をしてから、ゆっくりと話し始めた。「あのね、あたし……自分のことについて全部知っちゃったのよ」 それを聞いた瞬間、長門が椅子を壁まで吹き飛ばす勢いで立ち上がった。「……」「ごめんね有希。みんな知っちゃったのよ」 俺は石像と化していた。とんでもないことを言ったぞこいつ。自分の能力を自覚してしまったと言うのだ。 どうして知ってしまったのだろうか。そしてどうしてそんな驚愕の事実を知ってここまで冷静にいられるのだろうか。下手をすれば世界を滅ぼしていたかもしれないその力。「その後にね、世界を滅茶苦茶にしたのよ」 その瞬間、部室に4体の石像が出来上がった。「は?」 思わず出た言葉がこれだ、間抜けだろ。 またしてもとんでもないことを言った。 ハルヒが、世界を、メチャクチャに? 世界の崩壊、それはここにいる全員が避けたい最悪のシナリオだ。 古泉は真っ青になっている。機関はそれを防ぐための組織だからな。 朝比奈さんは「えぇ…?」と声を漏らした。世界が崩壊したなら朝比奈さんの暮らしていた未来は存在しない。 たとえ地球が爆発しようがどうってことないであろうパトロンに属する長門は、穴があきそうな程に強い視線で少女を見つめていた。「でも安心して、それはこの先の未来で起こったことだから」「それは、一体どういうことなんですか」 そう尋ねた古泉にハルヒはこう答えた。「何年も掛かっちゃったけどリセットに成功したのよ、この子のお陰でね」 リセット?「詳しくは言えないけど、この日まで時間を巻き戻して原因を排除したのよ」 なんだかよくわからないんだが。「分からなくて当然よ、突然言われたところで理解できるほうが怖いわ」「どうして原因を伏せる」 長門がストレートに言った。「言ってもいいの?」 おいおい同意を求めるってのはどういうことだ。そんなにタブーなのか?「偶然の重なり合いであったということを念頭に置いて、の話だけどね」 どうして俺を見る。「キョン、アンタが関わってるのよ」 そう言った瞬間、皆の視線がこちらに向いた。「俺が何をしたんだ? お、俺が世界崩壊の一因なのか?」「それもリセットしたから誰も知らないはずよ。知らなくていいことだし」 だが俺に向けられた視線の数割は冷たさであるように感じた。 その視線に長時間耐えられる自信はなかったので話題転換を図った。「こいつのお陰って言ってたが、一体誰なんだ?」「私の妹よ」「お前に妹がいたなんて聞いてないぞ」「そうね、いなかったわよ。あの時まではね」 長門が口を開く。「つまり、貴方が生み出したということ?」「そうなるわね、無意識下だったんだけど。この子には随分と辛い思いをさせちゃったの」 そして、遂にハルヒは何が起こったかについて語り始めた。 数十分に及んだそれを要約すれば以下のようになる。 この先のこと、なかったことにされた未来でハルヒは精神を病み自らの力の全てを破壊に向けた。 (どうして精神が狂ったのかについて、その過程を話すことはなかった。何故言いたくないのかは分からないが、ひどい経験をしたに違いない) 自分の意思に反して繰り返してしまう殺戮によって生存者は街の中でもたった数人だけになってしまっていた。 そんな自分の力を手放そうとしてもそれが出来ず、嘆いていた時のことだ。 ハルヒは無意識のうちに新たな人物を生み出してそいつに力を押し付けたのだ。 その人物というのが、今俺の正面に座っているまだ小さな少女なのである。 彼女の名前はハルナ。名付けたのは勿論ハルヒである。 突然、惨劇の最中に生を受けたハルナは、ハルヒを止めて世界をリセットしなければならないことを知った。 だが自分には、ハルヒに押し付けられた闇の力した有していなかったためにどうする事も出来なかった。 戸惑ったまま具体的な行動が出来ず、最後まで生き残っていた「俺」の殺害を許してしまう結果になってしまった。 ………………………………「もうやめろ」 俺は途中でハルヒの話を遮った。なぜかって? 見りゃわかる。その惨劇を説明していたハルヒの表情は今にも泣き出してしまいそうだった。「俺達にはお前とハルナがどんな経験をしたかは分からないかもしれんが、話してて辛いんだろ?」 ハルヒは下を向いて黙っている。否定しないなら肯定だな。「無理に急ぐ必要はない。十分落ち着いてからでもいいと思うぞ」「そうね……続きはまた今度にしていいかな」 俺達が頷き、ハルヒはようやく着席した。「本来、私は存在してはいけないんですよね」 ハルナが消えてしまいそうな声で呟いた。姉はそれを聞き逃さなかった。「ハルナ!!」 それまでは弱々しい表情だったハルヒが立ち上がり激昂した。本日最も大きな声であった。「それは言わないって約束したでしょ!?」「……ごめんなさい」 姉はうつ向く妹の肩をしっかりとつかむと強引に引いて自分と向かい合わせにした。「何回でも言ってあげる、ハルナはここにいていいのよ! いなくなるなんてあたしが許さないからね!」 そしてしっかりと抱きしめた。これで何度目だろうか、沈黙が支配している。「ごめんね、今まで散々振り回しちゃって」 しっかりとハルナを抱きしめたまま言った。「なんで謝るんだ?」「だって、今までもあたしのせいで」「確かに突然の告白には混乱しているさ、だが今までのことについて謝らなくてもいいと思うんだが」「そうですよ。謝る必要などありません」 朝比奈さんがハルヒの肩に手を置いた。「涼宮さん、元気出しましょう」「SOS団は不変」 長門もそう言った。「みんな……ありがとう」 が、ここで古泉が厳しい現実へと引きずり込んでいった。「世界崩壊の危機はなかったことにされて回避できたとしますと、問題は……ハルナさん、貴方の出現による影響ですね」「おい古泉」 とうとうそこに触れやがったか。「僕自身、これは言いたくない議題ではありますが黙っているわけにはいかないでしょうし」 そう言って朝比奈さんと長門を見る。朝比奈さんはその視線を受けて縮みあがっていた。「確かに……突然現れたのだから何も変わらないわけはないだろう。だが、都合が悪いならばこいつを消すとでも言うのか?」「我々としても善処はします」 その一言が我慢できなかったね。瞬時に顔が熱くなるのが分かった。「『善処はする』ってどういうことだよ『善処は』ってのは!?」「キョン」 ハルヒが俺を見上げている、そうか俺は怒りでいつの間にか立ち上がっていた。 それに気付いた俺はなんとか激昂だけはしないで済んだが、まだ怒りが完全におさまった訳じゃない。「だがハルヒ、こいつの言い方はあんまりじゃn」「やめて」 なだめられた形になってしまった。 ハルナは下を向いて今にも泣きそうに震えていた。姉の袖を掴み、顔を押し付けていた。 姉はそんな妹の頭を撫でながら……頼む、そんな悲しい表情で見ないでくれ。 申し訳ない気持ちで埋め尽くされて大人しく着席した。「すまん」「いえ、こちらも言葉を選ぶべきでした」 考えたくはないがこれは避けられないのである。 この事態に、各勢力はどう動くのだろうか。 これからが本当の会議の始まりである。 まず最初に口を開いたのは朝比奈さんだった。「あの……こちらは組織からの連絡がないのでどうなったのかは分からないです」 それに続いて古泉が言う。「先ほど連絡がありましたが、こちらもまだ情報が届いたばかりらしく議論が不十分ですので結論は出しかねます」 とはいうもののさっきの発言もあるので本心を確かめたかった。「お前個人としてはどうなんだ」「機関の関係者ではなく、ですか。僕としては賑やかになるのも悪くないと思っていますが」「つまり賛成ってことでいいんだな」「勿論です。未来人組織と超能力者機関に今のところ動きは無しということでよろしいですね」 古泉はそこで言葉を区切ると、まだ回答していない長門を見ていた。「問題は統合思念体ですか」 古泉の言う通り、強大な力を持つ統合思念体の動きによっては俺達は手も足も出ないことになってしまうかもしれない。「長門、お前のパトロンはどう動く」「恐らく統合思念体は両論に分かれる。どの派閥が代表格になるかは未知」「統合思念体に対し、現状の維持を要求します」 いきなりハルナが立ち上がって発言したので、長門も思わず黙ってしまった。 自分よりの大きな高校生に、しかも常識では考えられないようなバックが付いている集団を相手に堂々としている。さっきまでの弱々しさが見られない。 簡単に言えば、ハルナの存在を認めろという要求であるが、相手が相手だけに通用するか心配だ。「もし却下された場合には」 長門の言葉を遮るようにハルナが言った。「要求が通らなかった場合は、統合思念体は自身が持つ一切の権限を喪失します」 思い切ったことを言った。 統合思念体は長門曰くこの銀河を統括しているらしい。一切の権限を失えば、情報操作とかが全く出来なくなってしまうのだ。あの周防九曜が属する天蓋とかいう連中にテリトリーを奪われるだろう。 もしかするともっと他の勢力がこの銀河を狙っているのかもしれない。 統合思念体は力を失うだけで自身の存在を消されるわけでないから、領分を侵される様子をただ指をくわえて見ているしかなくなってしまうのだ。「待て、そうなった場合に長門はどうなるんだ」「情報意識体製のインターフェースについては主との切断という形をとります。なので、自身が所有する情報操作能力を残したまま存在することが出来ると思います」 だが、その権限喪失よりも先に統合思念体によって自分が消されるかもしれない。これは大きな賭けである。 長門が頷いた。ハルナの要求に同意したのだ。「分かった。こちらとしても出来るだけのことをする」「ありがとうございます」 ハルナが深々と礼をした。「今日はこのくらいにしないか、大きな動きがない今議論したって対応し切れんだろうし」 本心はただこの緊張感から速やかに逃げたかっただけなんだが。「そうですね。では緊急の場合の召集場所だけでも決めておきませんか?」 さっきまでと比べれば随分と軽ーい話し合いの結果、緊急召集場所は長門のマンション前の公園に決定した。 それが決定した時点で解散になったのであるが、ハルヒに俺だけ残るように言われた。 皆が帰って三人だけになった部室はまたしても静かである。運動部の活発な声や生徒の騒ぐ声が聞こえるのみだ。 窓を背にして立つ涼宮姉妹と改めて対面する。二人共に真っ直ぐな視線を俺にぶつけてくる。「キョン」「何だ」「聞き忘れてたけど、アンタとしては、どうなの?」 それを尋ねるだけのために残ったのか?「そういえば言い忘れてたな。俺は文句なしの大賛成だ」「そう、よかった。でも、どうして?」「『何で?』の圧迫面接は勘弁な」「しないわよ。で、理由を聞かせて頂戴」「反対する理由がない」「ロリコンだから?」 思わず吹き出してしまった。まさかこんなとぼけた質問が飛んでくるとは思わなかったからな。「なぜそうなる」 どう考えたら賛成=ロリコンになるんだ、しかも俺だけ。「アンタ妹居るじゃない、だからそっちの方面に目覚めたり」「ねーよ。俺はいたって健全な高校であってよからぬ方向の性癖はない」「必死に否定している場合はアウトよ、分かった?」「え……あ、うん」 変なことを吹き込むな。ハルナもそんな視線でこっちを見るんじゃない。「そんな危ない思想は持ってないから安心しろ」 ハルナは迷っていたがこっちに来た。 そりゃあ可愛いさ、だがそれとこれとはベクトルが違う。 頭に手を置くと、一瞬びくっ目を閉じて身構えていたがすぐに落ち着いた。「……」「……」 むに。 俺は何を思ったのか、頬をつついてみた。 勿論ハルナはきょとんとしている。「えっと……」 次の瞬間には視界が上下反転していた。うん、馬鹿だな俺。「あ、だ、大丈夫ですか」 吹っ飛ばされて無惨に床に転がる俺をハルナは心配そうに見つめている。「いてえよ、なんでドロップキックを喰らわなければならないんだ」「やっぱロリコンでしょ」「違うっての」 俺とハルヒが漫才を繰り広げている様子を、ハルナは少し笑いながら見ていた。
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