紫炎の契約者 ぷろろーぐっす
『紫炎の契約者』プロローグになっちまった。世界は混沌の坩堝に在った。世界各国に突如として出現した未曾有の巨塔──トロバスの塔とそれは人々から畏怖され、そう呼ばれていた。トロバスの塔より齎された現象、「トロバスの悪夢」と呼ばれるそれに感染した者は、肢体を侵食され、死に至る奇病として人々に恐れられていた。その感染網は瞬く間に拡散して行き、対処方が全く見付からず、感染者は感染から二週間余りで死に至る。その未曾有の恐怖が世界を喰らった。然し、その数ヶ月後、トロバスの悪夢に対して対処方が見付からない中、突如として人々は回復の兆しを見せ始めた。人々は神より齎された奇跡──そう信じてやまなかった。だが、それを齎したのは神ではない。数人の少女達だった。だが、世界の人々はその真実を知らない。暫くして混乱が沈静化した頃、突如として日本に在るトロバスの巨塔から膨大な量の光の奔流が放たれた。光の奔流が収まり──それは”産み”出された。トロバスの巨塔から漆黒の物体が零れ落ち、獣の形を成した。漆黒の獣──架空の獣である地獄の番犬ケルベロスに似たそれは、人々を蹂躙し始めた。直ちに自衛隊が出動したが、蠢くケルベロスを脚止めする事で精一杯だった。その混乱の最中、一人の少女が降り立った。彼女の名は──長門有希。情報統合思念体より、この地球に遣わされたCODENAME『汎用人型決戦兵器:NAGATO』その人だった。NAGATOは悠然とその地に文字通り降り立った。その小さな肢体を包み込むのは漆黒の戦闘服。その姿を人々は唖然と眺めていた。それもそうだ、眼前で在り得ない現象が起きれば、それを容易に受け入れる事など常人には到底出来ない。出来るならば、それは狂信的なオカルトマニアぐらいのものだ。しかし、やがて人々はまるで神でも見る様な──縋る様な眼で少女を見ていた。少女はその肢体に紫炎を纏い、短く纏められた紫色の髪に、不揃いの前髪から覗くのは煌く紫眼の双眸。「目標を確認した。直ちに駆逐を開始する」NAGATOはそう呟くと、片手をケルベロスに向ける。刹那。NAGATOの纏っていた紫炎が幾つもの槍の形を成し、放たれた。紫の光芒を残し放たれた紫炎の槍が数匹のケルベロスを薙ぎ払い、穿ち、焼失させた。NAGATOはその結果を認め、己の掌を眺め呟いた。「まだ、身体の調子が万全では無い……」その隙をケルベロス共は見逃さなかった。大地を蹴り、脅威的な速度で迫る。数十のケルベロスに反応するのが遅れたNAGATOの肢体を鋭利な幾つもの爪が抉ろうとした刹那、彼女の肢体が宙を舞った。一体何が起きたのか──NAGATOは宙を舞っている最中、目線を周囲に躍らせた。そして、身体中を刻まれた少年を捉えた。「何故──?」脅威に対して何の策も、力も持たない少年が何故。NAGATOは戸惑いながらも、すぐさま身を翻し、少年を喰らおうとしていたケルベロスを紫炎で薙ぐ。「ギュルァァァ!」ゴウッと音を立て、悲鳴を上げながら全てのケルベロスが焼失した。地に降り立ったNAGATOは、地に腹這いに伏せた少年に駆け寄った。「大丈夫?」「げほっ、げほっ、ぐぅ……!」しかし、少年はそれに応えずくぐもった悲鳴を上げた。少年の身体を見る。肉体の欠損が深刻だった。数箇所に渡り、肉を深く抉られた傷口から大量の血が溢れ出している。不味い──このままでは、身を呈して護ってくれた少年が死ぬ。そう思ったNAGATOは逡巡したが、少年の右手を両手の掌で包み込むと、言葉を紡いだ。「あなたを死なせない。お願い、この言葉を紡いで」──契約と。意識の中を白濁とした閃光が瞬き、混濁し、薄れていく意識の中で少年はその言葉を認識する。やがて、震える唇から小さな言葉が紡がれた。「……け、契約する……」「了解。これで契約は成された」NAGATOがそう応えた刹那。二人の周囲に紫炎が巻き起こり、二人を包む様に燃え上がる。膨大な量の光の奔流が溢れ出し、紫炎の柱が立ち昇る。紫炎の柱は雲を突き抜ける程、高く、高く、昇っていった。やがて、二人を包む紫炎が光芒を残しながら消失すると、二人の繋がれた掌に地球上に存在しない文字や紋章が輝いていた。「……あれ、僕はどうして……」少年が呆然としたまま、呟いた。「あなたは身を呈して私を救い、窮地に陥った。でも、もう大丈夫」「え?」「あなたは私と契約した」少年は訳が解らないといった様子で、怪訝な視線をNAGATOに向けた。「君は一体……?」「私は長門有希、汎用人型決戦兵器NAGATO」そう応えた長門の言葉に少年は、いよいよ意味が解らないといった様子で眉根を顰め、ややあってから笑みを溢した。「変わった名前ですね」「そう」NAGATOは首を傾げた。少年はそれを見て、笑った。「何故、笑う?」「いえいえ、これは失礼しました。僕の名前は古泉。古泉一樹です」一樹は半身を起こし、そう言った。
この時の一樹には自分が世界を救う戦いに巻き込まれたのを理解していなかった。しかし、すぐにそれを知る事になる。
これが、NAGATOと一樹の出会いであった──。
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