キョンむす第二弾 未来の未来の話
未来の未来の話 夫婦の仲がいいのは良い事である。 それはごく当たり前で、誰一人としてそこに疑問を感じないであろう概念なのだが……俺にとって、それは不満でしかない。 傍目に見る分にはいいさ、所詮は人事だ。 親しい友人という立場だったとしても何も不満は無いだろう、どうせ住居を同じくしている事もないのだろうし。ここで問題となるのは――当事者の家族だ。「はいっ! あ~ん」 差し出される箸、その先にある料理。「……」 そして、箸を前に苦い顔で口を閉ざす父さん。「ね~口を開けて?」「……はぁ」 満面の笑みを浮かべる母さんに負けて、父さんは口を開いた。 溜息をついていたのは父さんだけではない。 テーブルを挟んで食事を続けていた俺もまた同じように溜息をついていた。 ちなみに、今日は2人の結婚記念日でも、初めて会った日でも、何かの記念日でもないただの月曜の朝だ。 ……毎日毎日、四六時中よくやるよ……2人とも。 目の前で繰り広げられる普段と変わらぬ両親の行為に、俺は溜息を残して食卓を離れた。 昔、母さんから聞いた言葉で、今の俺の原動力になっている言葉がある。「ないんだったら、作ればいいのよ!」 なるほど、確かにそうだ。 何もしてないのに疲れた体で階段を上り、部屋に戻った俺はこれまで何度と無く見てきた北高校の願書を取り出してみた。 このまま行けば、俺はこの北高校に行く事になるのだろう。 母さんの強い推薦もあったし、子供の頃から色々と聞かされてきた事もあって俺自身も両親の母校に対して興味が無い訳ではない。 一度、文芸部って所にも行ってみたいって思ってたんだけどな……。 両親から聞いた、一年中、魔法みたいな愉快が限りなく降り注いでいたというその場所に。 北高校の願書が入った茶色の味気ないA3版の封筒を暫く眺めた後、俺はそれをひとまず机の上に置き、引出しの下の薄いスペースに隠してあった、いくつかの封筒を取り出してみた。 家族にも友達にも秘密にしてあるその封筒には、県外の高校の名前が書かれている。 ただ、一人暮らしに憧れているだけかもしれない。 いざ一人になってみれば、親元のありがたさを思い知るだけかもしれない。 ……それでも、これは俺の望んだ事だから。 俺はその封筒の束を、大事に机の下へと隠した。 数ヵ月後、高校受験を終えた俺を待っていた答え―― 北高の合格発表の翌日、自分宛の郵便局止めの封書を前に俺はただ落ち込んでいた。 ……マジかよ……。 ここまで落ち込んだのは何時以来だろうか? ――サンタクロースが実在しないのだと知った、あの日以来かもしれない。 封筒の中にあった不合格の通知を手に、俺は疲れた体を引きずって郵便局を後にした。 重要な話をする時、俺はいつも最初に父さんに話をしていた。 どっちかっていうと母さんの方が的確な助言をしてくれるのはわかっていたんだが……何となくね。 父さんに相談をする時、いつも使っているファミレスの中。「なるほどね……北高校より上の高校に合格すれば、ハルヒを説得できるって思ったのか」「そう」 俺と同じように溜息をつく父さんは、不合格通知と俺を見比べて苦笑いを浮かべていた。 母さんを説得するよりも、自分で外へ出る方法を探したほうが確実。 俺の発想は父さんの意見と同じだったらしい。 タバコを取り出し、火をつける手前でここが禁煙席だと思い出した父さんは再びタバコをしまう。「それで? 俺にどうして欲しいんだ」「俺が県外で受かった高校は2つ、でもどっちも北高よりレベルが低いし母さんを説得できるような奇抜な教育方針も無い」「随分詳しいんだな」「そりゃあ調べたからね。……本当は、父さんに俺が県外へ出る事を応援して欲しかったんだけど……さ」 そこで言葉を止めたのは、父さんの援護だけでは母さんの意見を変えられないんだってわかっていたから。 そしてそれは、父さんも同意見だったらしい。 同時に溜息をついた俺達は、互いに顔を見合わせながら小さく笑った。「で、父さんからの話って何?」 聞いてもらえて少し気が楽になった俺に、「ああ、そうだった。まさかお前が同じ様な事で相談してくるとは思わなくて忘れてたよ」 同じ様な事? そう言って、父さんは手荷物から一枚の封筒を取り出した。 俺に差し出されたその封筒には、見た事の無い学校の名前が書かれている。「高校時代からの友達がそこで教師をやってるんだ。で、色々あって男子生徒を募集しているらしいんだが、お前にどうかって薦められてな」 父さんがそう言い終える前に封筒を見直してみた俺が見たのは、見覚えの無い学校名の下に記載された隣の県名の住所だった。「その人はハルヒの友達でもあるから、合格すれば進学を許してくれるかもしれん。細かい事情はおいといて、お前に行くつもりがあるのなら願書の件は何とかしてくれるらしい……でも試験は明後日なんだ。急な話だがどうする?」 そう尋ねる父さんは、俺の顔を見て返事を聞くまでも無いと気づいて笑った。 そして今、俺は真新しい校舎の前に立っている。 あの日、ファミレスで見た学校案内の写真と同じ学校の前に。 周りには自分と同じ制服に身を包んだ見覚えの無い顔が溢れ……えっと、何かがおかしい気がするんだが。 俺の中に浮かんだ疑問は、体育館の中で行われた入学式の間に解決する事になり……父さんが言っていた「色々あって」という部分が何なのかも、俺はようやく理解した。「――昨年、女子高から共学へと教育方針を変更したこの高校の、新たな歴史の1ページをこれから皆さんと一緒に――」 高齢の女性校長が続ける挨拶を聞いた時、体育館に居る生徒の約8割以上が女子だった事が俺の気のせいではないのだとようやく気づいた。 変だと思ったんだ、入学式だってのに男子生徒の姿が全然見当たらないから。 期待に満ちた新入生の中、一人溜息をついていた俺を遠くから見ていた人が居ることに、俺はその時気づかなかった。 入学式も終わり、教室へと振り分けられた俺達は担任教師が来るのを待っていた。 父さんに似て社交性が低く、しかも他県から進学してきた俺は当たり前の様に一人だったが……それはそれでよかった。 普段からあの母さんを見てきたせいなのか、俺はそもそもあまり女子と話をするのが好きじゃないんだ。どちらかといえば、まだ男子と一緒に居た方が気が楽かもしれない。 しかし、だからといって数少ない男子生徒に話しかけるのも面倒な訳で……ただのんびりと席に座り、一人の時間を楽しんでいた時の事だった。 女子の声が溢れる騒がしい教室の中に、誰かが扉を開ける音が聞こえてきた。 同時に静まり返る教室の中――この空間が瞬時に静まり返った理由を即座に認識させてくれる存在が、教壇の前に立つ。「遅れちゃってごめんなさい。えっと……今日からわたしが、皆さんの担任になります。先生の名前は――」 甘い、男心をくすぐる声が一旦途切れる。 黒板に向って俺達に背を向ける先生に、生徒の視線が集まるのも無理は無い。 教師よりも、モデルの方が適職ではないのかと思ってしまうような抜群のスタイル。微妙にウェーブした長い栗色の髪は腰まで届き、今は黒板の上をチョークが動くたびに小さく揺れている。 名前を書き終えた先生が振り向き、再び生徒の前にその整った顔立ちが現れた途端、教室内に感嘆の溜息がいくつも吐き出されたのも無理は無い。 胸の部分が苦しそうな白いブラウスに、黒いミニのタイトスカート。 抜群のスタイルに加えられた、どうみても父さんより年上には見えない魅惑のロリータフェイス。 神が趣味で人を創るとこうなるという実例――黒板に書かれた名前が、妙に丸っこかった事を覚えている。「わたしは朝比奈みくるといいます。みなさん、どうぞよろしくお願いします」 えらい美人がそこに居た。 丁寧に頭を下げる先生に、ただ俺達は唖然とするしかなかった。 「いや~この学校を選んだ俺の目に間違いは無かった! 今なら何の迷いも無くそう言い切れるぜ。例え女子高から共学になったからって、単に女子生徒の割合が多いだけでいい女が必ず居るって保証はないって家の親父は言ってたんだが……朝比奈先生を見れただけで、ここを受験したかいがあったってもんだ」 そうかい。 昼休み、元々少ない男子生徒は自然と一箇所に集まるようになり、何故か俺に話しかけてきた谷口って生徒と俺は昼飯を食べていた。 やけに煩い奴だが、まあ新学期早々静かに一人で飯を食ってるよりはいいだろう。「昼からは部活の案内だったな……さて、どこから攻めようかね?」「やけに楽しそうだな」 目当ての部活でもあるのか?「当たり前だろ?! 俺達新入生以外に男子が居ないって事はつまり、男子生徒はそれだけで貴重。うまく部活を選べば、ハーレム状態を確保できるかもしれないチャンスなんだぜ?」 谷口。お前、何しに高校に来てるんだ。 パンフレット片手に午後の計画を立てる谷口を無視しつつ、俺は黙々と飯を口に運んだ。 さて、俺はどうしようか。 午後は自由行動なので、このまま帰ってもいいらしい。 谷口に付き合って部活見物ってのもいいが……でも、先にやるべき事をやっておきたいしな。 コンビニで買った弁当を胃に詰め込み終わり、席を立とうとした俺の隣に誰かがやってきた。「……」 その姿を見て、対面に座っている口うるさい谷口が口を開けたまま固まっている。 谷口の視線の先にいったい誰が居るのか――まさか校長先生とか? ――と顔を上げた俺が見たのは「こんにちは、キョン君」 教室中の視線を一身に集めながら俺を見ている……朝比奈先生だった。 ――な、何で先生がここに? いやまあ、貴女は担任なんだからこのクラスに居るのは普通だとは思いますが、どうして俺の席に?「あ、キョン君って呼んでもいいかな? お父さんにそっくりだから、ついそう呼んじゃったんだけど」 混乱する俺に気づいた様子もなく、朝比奈先生は自己紹介の時と同じ甘えた様な声で聞いてきた。「別にいいですよ」 中学の時もそう呼ばれてたし、親父に似てるって言われる事にももう慣れました。「よかった。わたしの事、お父さんから何か聞いていますか?」 ええまあ、朝比奈先生の言うとおりにしろって言われてます。 肯いて答える俺に、先生は嬉しそうに微笑んだ。『この学校には俺とハルヒの友達の朝比奈さんって人が居る。その人の指示に従う事が、俺がお前の味方をする条件だ』 ――この高校へ進学する条件として、父さんは何故かそんな条件を言い出した。意味不明な提案だったが、まあ家を出られるのならこの際何でもいいさ。 そう思い、出された条件を受け入れた俺だったんだが……さて、この人が俺に向ける不思議な視線を見ていると軽率だったのかとも思えてきたぞ?「今日はこの後自由行動ですけど、キョン君はどうするの?」「もう帰ります。部屋の片付けをしないといけませんから」 母さんの「一人暮らしをしたいなら、せめて入学式までは家に居なさい!」という命令があったせいで、まだ引越しすら終わってなかったりする。 ……今日は徹夜になるかもな。 憂鬱な思いに溜息をついていると、「あ、そうなんだ……。じゃあ、後10分だけ待っててくれる? すぐに帰り支度をしてくるから」 あの、その前に一緒に帰るってのは規定事項なんですか? 苦い顔をする俺に気づかないのか、無視しているのか。 周りの視線が気になってきた俺はこの場を収めようと、とりあえず肯いてしまった。「それじゃあ、校門の前で待っててね」 異性の心拍数を極端に跳ね上げる秘密兵器の様なウインクを残し――それを見て、何故か谷口が胸に手をあてていた――朝比奈先生は教室を出て行った。 高校って、もっとのんびりした所だと思ってたんだけどな……まあいいか、一度朝比奈さんとは話をしてみたかったし。 嵐の去った教室の中、俺は自分へと向けられた視線を無視して身支度を始めた。その一挙一動を見られている様な気がするが、きっと自意識過剰なだけだろう。 さて……校門だったかな。 ようやく準備を終え、席を立った俺の両手を「キョ~ン、俺たち友達だよな?」 復活した谷口が掴んでいた。 駄目だこいつ。 「今更だけど始めまして、キョン君。わたしの事はみくるちゃんって呼んでね」 朝比奈先生の車の助手席に座る俺に、朝比奈先生は嬉しそうにそう言った。 彼女の年齢的に考えれば、それは無茶な愛称のはずなんだが……先生を見ているとそう思わないのは何故なんだろう。 この人、本当はいくつなんだろうか? ……って女の人にそんな事聞けないけどさ。「……先生、今のは父さんが言っていた条件に含まれますか?」 我ながら可愛げのない事を聞き返す俺に、「ん……えっと。どうしようかなぁ……」 先生は指先を唇にあて、本気で考えているようだった。 カーラジオから流れる軽快な音楽が一曲終わる頃になって、「やっぱり、今のは無しでお願いします」 朝比奈先生はそう訂正した。 まあ、俺はどっちでもいいんですけどね。「お父さんから、わたしの事はどんな風に聞いてるの?」「父さんと母さんの大事な友達だと」「うんうん」「後は……高校の教師をしているって事です」「……それだけ?」 少し、意外そうな先生の声。「はい」「そっかぁ……キョン君は悪くないんだけど、やっぱり寂しいなぁ……」「俺ですか?」 何かしましたか、俺。「あ、ごめんなさい。今のは、貴方のお父さんの方です」 そうですか。 その後も続いた朝比奈先生の意味深な視線を、俺はわざと気づかない振りをした。 実際問題、朝比奈先生と父さんとの間にどんな関係があっても、俺には何の関係も無い――その時俺は、心からそう思っていたんだ。「わざわざ送ってもらって、ありがとうございました」 父さんに準備してもらった、これから一人暮らしをする俺の部屋の前。 朝比奈先生はキーケースの中から一本の鍵を取り出し、「いえいえ。どういたしまして」 当たり前の様に部屋の鍵を開けた……開けた?「あの。なんで、先生が俺の部屋の鍵を持ってるんですか」 もしかして、父さんが念の為にと渡しておいたんだろうか? 俺のそんな発想は、練乳並に甘かった。「え? だって……ここは私達の部屋じゃない」 ……私……達?「面白いキョン君」 くすくすと笑いながら部屋へ入っていく先生を追っていくと、これって―― そこに広がって居たのは、可愛らしいデザインの家具がセンス良く配置されたモデルルームの様な部屋で、俺が想像していた殺風景な家生活感の無い空間とはまるで縁の無い内容だった。 未開封のダンボールも、配線の終わっていないガス器具もない。 頬を抓ってみるが普通に痛い。 って事は……これは現実で……「これからよろしくね? キョン君」 ただ驚く俺に、朝比奈先生は無邪気な笑顔を浮かべていた。 ……疲れた……。 俺に準備された個室の中、数個のダンボールの中身を適当に配置し終えた時、俺はぐったりとベットに倒れこんでいた。 父さんにべったりな母さんから離れたくて県外に進学したら、何故かそこは女子だらけの高校で、しかも担任の教師はびっくりするような美人。 更に一人暮らしが始まるはずが、何故か美人教師との同棲がはじまった……とか、これ何てエロゲだよ。 自分の置かれた立場を考えた瞬間、出てきた物は溜息だった。 神様、世の中には適材適所って言葉があります。こうゆう状況は谷口みたいな奴にこそ与えるべきであって、俺には犬小屋の様に狭いワンルームでいいんです。 祈るべき祭壇も神棚も無い部屋の中、俺はとりあえず目を閉じて神様って奴に祈ってみた。「――お邪魔しま~す。あ、もう綺麗になってるね~凄い凄い。キョン君、夕飯出来たから一緒に食べよう?」 しかし、ドアを開けて俺の部屋に入ってきてくれたのは神様と呼ぶよりはむしろ天使様だった訳で……まあいいか、今はただ成り行きにまかせよう。 ――恐らく、かなり努力したのだろう。 テーブルの上に並ぶ料理はどう見てもスーパーの惣菜。それを隠すつもりもないのだろう、視界の端にある台所のゴミ箱には、空になったパックや袋が山と積まれていた。 だがまあ、まな板や三角コーナーに無残に散った食材達を見れば、この惣菜は最終手段だったのだという事は窺い知れる。 俺の視線が何を見ているのか気付いたのか「ご……ごめんね? 今日はキョン君との記念すべき同棲一日目だから、久しぶりにお料理頑張ってみたんだけど……」 ――毎日やらず、久しぶりに頑張るからこうなるんです、何て言えないか。 父さんとの約束を破れば、仕送りがどうなるかわからないもんな……。自由を手にしたつもりが、次の不自由が待ってただけとかもうね。 まあいいさ、現状を嘆くよりさっさとバイトでも見つけて生活能力を手に入れよう。 そんな本音は胸にしまったまま黙って椅子に座り、俺は逆らえない同居人に笑顔を向けた。「凄く美味しそうです。ありがとうございます」 食事の最中――「……ふふ、こうやって人と一緒にご飯を食べるのって久しぶり」 朝比奈さんは、そんな事を言った。「そうなんですか?」 大抵の男なら貴女が食事に誘えば喜んで来るでしょうし、昼間の様子を見る限り谷口なら声をかけなくても来ると思いますよ。「ええ、いつもは一人だから。今、とっても楽しいの」 本当に楽しそうに笑う朝比奈さんの言葉を適当に聞き流しつつ、俺は惣菜へと箸を伸ばす。 ご飯を食べる、お茶を飲む、吸い物を飲む。 何故かわからないが、朝比奈さんは俺の仕草を見ては隠れて微笑んでいた。 ――まるで、恋人でも見る様な親しげな目で。 自分が今日会ったばかりの美人に惚れられるような外見じゃない事くらいわかってるさ。そして、彼女の視線が初対面の俺に送られるにしては親密過ぎる理由もね。 朝比奈さんは俺をキョンと呼び、彼女にとってのキョンってのは父さんの事。 つまり……朝比奈さんが見ているのは俺であって俺じゃないんだよな。 朝比奈さんにどんな事情があるのか知らないが……どうせなら、はっきりと代用品だと言ってくれた方が気が楽なんだが。「キョン君は楽しいかな? 私と一緒にご飯を食べてて」 いえ、楽しくないですね。 心が即答した返事に思わず笑いながら、「はい、とっても」 俺はまた、嘘をついた。 一見、滑り出しよく始まったかの様に見えた同棲生活だったが。「おいキョン聞いたぞ。お前、朝比奈先生と同じマンションに住んでるってのは本当か?」 翌朝、教室に入った俺を待ち構えていた谷口に俺は溜息で答えた。 ええい、朝っぱらから鬱陶しい。「……その様子だと本当らしいな」 俺は谷口を押しのけて窓際の自分の席へと進む。「ああ。で、誰から聞いたんだ?」 まさか先生が自分で言ったとか言うなよ?「あのマンションにはこのクラスの奴も何人か住んでるんだよ。昨日、お前が朝比奈先生と一緒にマンションに入ったのも全部目撃されてるぜ」 なるほど……って事は、俺が先生と同じ部屋に住んでるって事がばれるのも時間の問題だな。「なあキョン。朝比奈先生とお前はいったいどんな関係なんだよ? 大人しく素直に吐いちまえって?」「関係ねぇ……」 自分の席に座った俺の前に立ち、机に手をついて問い詰めるような視線を送る谷口の質問に……そうだな。「よくわからん」「はぁ?」 呆れ顔の谷口には悪いが、「正直、わかりたくもないな。さ、そろそろ席に戻ったらどうだ、ホームルームが始まるぞ」「お、おい? ――くそっ! 後で絶対聞きだすからな!」 いちいち声が大きいんだよ。 周りから感じる視線に顔を顰めつつ、俺は教室に入ってきた頭痛の種に視線を向けた。 ――そこはやはり教師なのだろう。マンションの中とは違い、学校での先生は俺の事を特別扱いする事もなく普通に一教師だった。 授業でやけに当てられもしないし、時折感じるごく短時間の視線も他の生徒には気づかれないだろう――谷口は気づくかもしれないが。 つまり俺は、2人っきりの時だけ我慢すればいいんだ。 そう考えれば、この新しい生活もそこまで気は重くない。一緒に暮らしてれば、俺と父さんが別人だって事くらい先生もわかってくれるさ。 ――この時、適当にノートを取りながら授業を聞いていた俺は、現状を前向きに考えようとするだけの余裕があったんだ。 その日の帰り道の事だった。 俺は部屋の整理を早く終わらせたくて、今日も真っ直ぐ家に帰る事にした。 一緒に帰ろうと先生に誘われたのを断わらなかったのは、どうせ同じ場所に帰るのだからというそれだけの理由で、俺に他意はなかったんだが……。 マンションの地下駐車場の中、俺は今先生の体の下に居る。 薄暗い車内、助手席に座ったままでいる俺の目の前には先生の顔があり、彼女の唇が俺の唇と重なっていた。 両手を押さえられ、身動きできない俺の身体に彼女の身体が押し付けられて柔らかな感触が伝わってくる。 何が起きたのかわからなかった。 車が止まった後、自分のシートベルトを外した先生が何故かか俺の方へと体を寄せ、俺は先生がダッシュボードの中の物を取ろうとしてるんだと思ったんだ。 だから探し物がしやすいようにと体を後ろに倒したんだが……何故か先生はそのまま俺に覆いかぶさってきて――重なって。 何も言わない先生の気持ちが解らない俺は、ただじっとしていると、「……ごっ……ごめんなさい」 彼女は、まるで自分のやった事を後悔する様な声で謝り、離れていった。 俺だって所詮は男だから、先生みたいな美人にこんな事をされて喜ばない訳じゃない。 ……でも高校生ってのは、それだけで動ける程もう子供じゃないんですよ。 俺は運転席で辛そうな顔をしている先生に、「降りましょうか」 そう言って、自分から先に車を出た。 部屋の片付けが残っていてよかったよ。 本棚に適当に詰め込んだ本を並べ替えつつ、気を抜くと思い出しそうになる先生の唇の感触を脳の隅へと追いやった。 ――駐車場を出てから、結局先生とは一度も口をきいていない。 俺から何か言う所じゃないだろうし、先生も大人なんだから言いたい事があれば自分で言ってくれるだろう。 今度は、行動の前に説明して欲しいけどな。 作業に没頭していたせいか、部屋の片付けは思うよりも早く終わった。 やる事がなくなり、ベットの上に座った俺の頭には先生の事が思い浮かんできて……まあ、それが普通だよな。 やけに柔らかいまくらに頭を沈めながら、俺は先生の事を考えてみた。 どうやら、俺が思っていたよりも先生と父さんの間には何かあったらしい。 今更だけど、いくら生徒とはいえ高校生の男子と一緒に一人暮らしをするなんて普通じゃない事だ。 先生が、俺を通して父さんを見ているのはわかっていたつもりだったんだが……ったく。見てるだけじゃ我慢できないのかね? 絶対に言えないが、もしも今の現状を谷口に話したら何て言「代われ! 俺と代わってくれ! 頼む! この通りだ!」音声付で脳内に再生されたからもういい。 時計の針はそろそろ20時か……。 昨日と同じなら、そろそろ夕飯になるんだが……さて、俺はどんな顔をしていればいいんだろう。 笑ってればいいのか? それとも、怒っていればいいのか? ――そしてそのどっちが自分の本音なのか。 溜息をついていた俺の耳に、遠慮がちにドアをノックする音が聞こえてきた。「……あの、キョン君。入ってもいいですか?」 ドア越しに聞こえる声。 昨日あった男に平然とキスできるのに、この人は何でそんな事をいちいち聞くんだろう?「どうぞ」 俺の返事に、先生はゆっくりとドアを開けて部屋に入ってきた。「あの。……さ、さっきは!」 先生は部屋に入ってくるなり、「ごめんなさい! 急に、あんな事をして」 そう言って、別にそんな事をしなくてもいいのに俺に頭を下げてきた。「いいですよ。別に」 気にしてませんから。 なるべく軽い口調で言ったつもりだったんだが、先生の表情は暗い。 ……まるで、俺が受験で失敗した時みたいな顔だな。「えっと……その……」 視線を落とし、指先を合わせながら何かを言おうとする先生だったが……、どうやら考えがまとまっていた訳ではないらしく、沈黙が流れる。 何となくドアの向こうを見てみると、テーブルの上はまだ何も置かれていなかった。 ……ま、同居人が暗いと俺もしんどいからな。 色々とあった複雑な思いはとりあえず胸にしまい、俺は顔に笑顔を作った。「朝比奈先生」「は、はい!」 そんなに驚かなくてもいいですよ。「実は、谷口にこの辺で美味しいご飯を食べさせてくれる店ってのを聞いてるんですが、もし今日の夕飯がまだ決まってなかったら食べに行きませんか?」 「ご馳走様でした。すみません、奢ってもらっちゃって」「ううん、いいの。これくらいさせてください」 運転席に座る先生は、その後に何か続けようとして……結局、口を開かなかった。 助かります、色々とね。 外食をした事でせっかく普通に喋れるようになったのだから、この関係を壊したくないと言っているみたいだった。 それにしても、谷口から聞いた『俺様デートスポットランキング』は意外に役に立ったな。 狭い個室だったおかげで人に見られる事も無かったっぽいし、これは明日にでも礼を言わなければならないかもしれない。 そんな事を考えている俺の様子を、先生は時折横目で見ている。 許しを請う様で、何かを期待する様なその視線――彼女は何を考えているんだろう? 俺は父さんじゃないのに。 食後の心地よい睡魔と戦いながら、俺は助手席の窓の向こうを流れる夜景に視線を移した。 「おいキョン。お前、俺に言う事があるだろ」 またお前か。 教室の入口で俺を待ち伏せていた谷口を押しのけつつ、また俺は自分の席へと向かった。 やれやれ……この机だけが俺の心の安息地だな。先生もここでは他人として話してくれるし。 歴代生徒によって掘られた穴だらけの表面、立て付けが悪く高さの足りない引出し。どこを取っても素晴らしい、理想の机で間違いない。「で、何の事だ?」 俺は目の前に立つ谷口に、用件を聞いてみた。「とぼけるな」 珍しく怒気を含んだ谷口の声。 お、本気だな。こいつ。「お前、昨日朝比奈先生と何かあっただろ」 ……あったと言えばあったかもしれん。 レストランに行ったのを見られたのか? そう俺は思ったんだが……「駐車場」 谷口のその一言は、俺の顔を引き攣らせるには十分過ぎた。 ……おいおい、そっちを見られたってのかよ……。 無言でいる俺を見て、谷口はそれを肯定と取ったらしい。「驚天動地だ。……まさかあの朝比奈先生が、お前みたいな「ザ・普通の高校生」と……おいキョン! お前、先生のどんな弱みを握ってるんだ! 吐け!」 俺の制服の襟を掴んで、谷口は真っ赤な顔をしている。「弱み?」「ああ! お前、朝比奈先生の弱みを握って無理やりキ……キ……くっ……。覚えてろよぉっ!」 勝手に盛り上がって、勝手に泣いて。 男泣きに泣いて谷口は俺の襟を離し、自分の席に戻っていった。 好き放題叫んでくれたおかげで、教室中から感じる視線が重いんだけどな。 ったく、弱みを握られてるのは俺のほうだっつーの。 ――そして、この話は程なくして朝比奈先生の耳にも入ってしまったらしい。 生徒指導室――本来、その名の通り生徒を指導する為の部屋の中、ソファーに座っている俺は余裕な顔をしているのに、何故か先生は真っ青な顔だった。 昼休みに入ってすぐ、この部屋に俺を呼び出したのに……「先生?」「は、はい!」「昼休み……終わりそうなんですけど」 先生の話は、まだ始まってもいなかった。「ごめんなさい」 いえ、別に俺はいいんですよ? 授業さぼれるし。 来客用の茶菓子を食べつつ、俺は先生の言葉を待っていた。 その内、授業の開始を告げるチャイムが聞こえてきた頃になって「あの……昨日の……事なんですけど」 ようやく先生は口を開くのだった。「その前に先生、授業はいいんですか?」 当たり前の事を聞く俺に、「はい。代理をお願いしてありますから大丈夫です」 あまり大丈夫ではない返答が返ってくる。 ……こんな私用でそんな事していいんですか?「あの、キョン君にこんな迷惑をかける事になってしまって……本当にごめんなさい」「迷惑?」「……私と、キスしている所を他の生徒に見られてしまって……」 しているっていうか、無理やりされたんですが。「気にしてないからいいですよ。人の噂なんて、どうせその内消えますから。俺は先生にキスしてもらってラッキーって事で終わりにしませんか」 あっさり本音を告げると、先生はその言葉にショックを受けたみたいだった。「……気にしてない……ですか……」 気にしたら困るでしょう? 生徒が教師にそんな、ねえ。「私は! わ、私は……」 辛そうな顔の先生には悪いが……そろそろ言ってあげた方がいいのかもしれないな。 適当に馴れ合っていれば、それで過ごしていけるって思った俺が間違っていたんだろう。 先生にも聞こえるように溜息をついて、俺は先生の目を見て話しはじめた。「先生って、父さんの事が好きだったんですか?」「え?! なな何でそれを?!」 今更そんなに慌てなくてもいいですよ。「そりゃあわかりますよ……。だって、俺と先生は会ってまだ数日です。先生はそんな相手を押し倒してまでキスしたりするんですか? そうでないとしたら、俺と先生の接点は父さんだけです。高校時代の父さんと今の俺はそっくりですからね」 もう、隠し通せないと気づいたのか「……はい」 俯いて、先生はそう答えた。「先生が俺をどう見てても別にいいんです。一緒に暮らしていく上で、ある程度の距離さえ守ってくれれば、先生の考えについては何も言いません」「……」 そんな寂しそうな顔をされても困ります。 残念ですが……俺は父さんじゃないんですから。「もし、それができないんなら……。すみませんが、あの部屋から出させて下さい。できれば、このままでいたいと思ってますが」 部屋を出たければ出ればいいような話だが、所詮経済力の無い俺にそんな自由が無い事くらいわかってるんだ。 自分の言った言葉の意味を数回考え直すくらいの時間が過ぎた後、先生は何も言わないまま肯いた。 先生の肯きの意味は、俺の意図した通りの意味だったんだろう。 生徒指導室で一件以来、朝比奈さんは先生と生徒という関係以上の事を俺に求めなくなった。 通学もバスになったし(小遣い的には痛かったが)、当たり前だがキスされる事も無い。 谷口は相変わらず煩いが……元々煩い奴だし、あまり気にする必要もないだろうさ。 さて、今日は何を作ろうかな……。 シンクの前で適当に手を動かしながら、俺はようやく手に入れた平穏に心から感謝していた。「あの……何か手伝いましょうか?」 背後から聞こえる先生の申し訳なさそうな声、あの後わかったんだが先生は料理ができない。 全くと言っていい程に。 何度か食材を生ゴミに変えるのを見て、この部屋の料理担当は俺になったのは自然な成り行きだったんだと思う。 別に頼みたい事は無いんだが……そうだな。「じゃあ。テーブルを拭いて、箸とコップを並べておいてもらえますか?」「はい!」 役割ができてよほど嬉しいのだろう。 先生は元気よく返事をして、食器棚に向かっていった。 他人行儀な中でも俺に優しく接してくれる先生に、俺は安堵と……うまく言葉にはできない、小さな寂しさを感じていた。 それは、ようやく俺の生活にパターンが生まれて余裕が出てきた時の事だ。 先生がシャワーを浴び終わるのを待つ間、リビングでテレビを見ていた俺の携帯電話が着信を知らせて鳴り始める。 液晶画面に写っていた見覚えのある名前と「よう、元気か」 携帯電話から聞こえる、自分によく似た声。「まあまあだよ。そっちはどう?」 そう聞き返す俺に、父さんは「こっちは相変わらずだ……」 溜息と共にそう答えた。 何か疲れてるように聞こえるのは、多分俺が居なくなって母さんが暴走してるからなんだろうな。 久しぶりに聞いた父さんの声に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。 何となく申し訳ないような気持ちで世間話をしていた時、「あのさ」「ん?」「朝比奈さんの事なんだけど」 なんでだろうな。 俺は何故か、聞かなくてもいいって思っていた事を聞いていた。「……いよいよか、いつか聞かれるって思ってたよ」 だったら、聞かれる前に教えてくれたらいいだろうに。「朝比奈さんは俺と母さん長門と鶴屋さん、あとついでに古泉の共通の友達。って所までは知ってるんだよな」「うん」 それだけじゃないって事もね。「そうだな……朝比奈さんは俺にとって憧れの人だった」「ふ~ん」「初めて朝比奈さんを見た時は、すんげー美少女だって思ったよ。光る球が先についてる棒でも持たせたら魔女っ子にでもなるんじゃないかって……って、俺は息子に何を言ってんるんだ?」 まったくだ。「で、何で先生じゃなく、母さんと結婚したの?」 こんなの、意味のある質問じゃないのは解ってるけどさ。「……いや、何でそこで結婚の話が出てくるのかわからんが……。俺と朝比奈さんじゃ釣り合わないだろ」 まあ確かに、でも「それを言うなら母さんだって釣り合ってないんじゃない?」 肉親だからって遠慮の無い言葉に、「……そう言えばそうだな」 父さんはあっさりと肯定した。 そう、言ってしまえば父さんも俺も女の人にもてるような顔じゃない。 普通に考えて、俺が女だったら古泉小父さんの方を選ぶだろう。 しかし現実には父さんの言った6人の中で、結婚しているのは母さんと父さんの2人だけ。「ま、いいさ。ともかく朝比奈さんは美人さんで、俺は今のお前が羨ましいって事だけは確かだよ」 なんだそれ? だったら代わってくれよ、先生もその方が喜ぶ。家庭は崩壊するかもしれんが。「あれ、何か知らんがハルヒが煩いからそろそろ切るぞ」「うん」 多分、さっきの俺の状況が羨ましいって所を聞かれたんだろうな。「じゃあまたな」 そう言って電話を切った父親のその後を心配しつつも、俺は自分の言った質問の答えを考えていた。 何故――父さんは朝比奈さんではなく、母さんと結婚したのか。 「ふぅ……お先でした」 いつものように――やけに胸が膨らんでいる――パジャマを着込み、脱衣所から出てきた先生を「先生、ちょっと聞いてもいいですか?」 俺は久しぶりに呼び止めていた。「え、なあに?」 俺の後ろを通り過ぎようとしていた先生は、その呼びかけに嬉しそうに俺の向かいのソファーに座った。 シャワーで上気した、薄赤い顔の先生の姿に自然と緊張するのを隠しながら、「何で、先生は父さんと結婚しなかったんですか?」 俺はそう、聞いていた。「え……」「プライベートな事ですから無理に聞きたい訳じゃないんですけど……どうしてかなって思って。今、父さんと電話で話してたんですけど、先生の事を憧れの人だったって言ってましたよ」 俺の言葉に、先生は嬉しそうな顔をして「……うん。どうして……かなぁ」 そのまま、目を潤ませていくのだった。 せ、先生? 俺変な事言いました?! 急な事に驚く俺は何て言えばいいのかわからなくて、逃げ出すこともできすにその場でうろたえていた。「私……凄く、好きだったんです。貴方のお父さんの事が。でも、事情があって、恋心を抱いちゃいけないって思ってたんですけど。一緒に居る間に、どんどん魅かれてしまって……こんなのダメなのに……そう、わかっているのに……今でも好きなんです」 笑顔のまま涙を流す先生に、俺は何も言えなかった。「酷いですよね……いくら私が貴方のお父さんの事を好きだからって、貴方の気持ちも考えないまま、あんな事をして……距離を置いて欲しいって頼まれたのに……こうしてまた泣いちゃって……嫌われたって、仕方ないですよね」 俯いて小さくなる先生は、そのまま消えてしまいそうだった。 ――その姿を哀れんだ訳じゃない。 その場を誤魔化そうって思ったんでもない。 初めて教室で見たあの日から、俺がこの人に抱いていた感情を伝えなきゃって……そう、思ったんだ。 俺は父さんじゃない……けど。それだけじゃない。そうだろ? この年齢不詳で、おっちょこちょいで、料理も下手で、生徒にもからかわれてる愛らしい人を、俺はただ不満に思って見ていたわけじゃない。 その姿を見るたびに、俺が目を細めていた理由……それは、 先生。「……はい」「俺、先生の事嫌いじゃないですよ」 その言葉に、先生は顔を上げて驚いていた。「父さんとして親しくされるのは辛いから、せめて他人として接して欲しいって頼みました。それは俺の本音です……でも、それだけじゃないんです」「……わたしは……その」 わかってます。 朝比奈さんの思いが、簡単に忘れられるような物じゃないって事は。「だから、全部保留じゃいけませんか? 昔、父さんとあった事とか、今でも朝比奈さんが父さんの事を好きだって気持ちとか、全部脇に置いておいて保留ってことで。その上で、一人の男としての俺の事も見て欲しいんです」 それは、俺が朝比奈さんに伝えた初めての本気の言葉になった。 何故だろう、先生は俺の言葉を懐かしそうな顔で聞いていて……また、泣きそうになっていた彼女の顔に笑顔が戻った後「……はい、はい!」 朝比奈さんは何度も何度も肯いたのだった。 ――なるほど。俺が何故、父さんと母さんの仲がいい事を不満に思っていたのか今なら解る気がする。 俺はきっと、父さんをいつも独り占めしている母さんに嫉妬していたんだろうな……なんとも子供っぽい理由だが、朝比奈さんを見ていると……そんな気がしてくるんだ。 あ、そうだ。「朝比奈さん。1つお願いがあります」「何ですか」 これを言っておかないと、今度は父さんに嫉妬し続ける事になりそうだ。「朝比奈さん。俺の事、キョンじゃなくて本当の名前で呼んでくれませんか? 俺の名前は、未来(みらい)。父さんがつけてくれて、自分でも気に入ってる名前なんです」 これだけは、どうしても譲れないんです。 そんな俺の提案に、「……はい。未来君」 朝比奈さんはちゃんと俺の顔を見て、しっかりと肯いてくれた。 ――さて、これから俺と朝比奈さんの関係がどうなるのか……なんて事は、今の俺にはわからない。 朝比奈さんは結局、父さんの事が忘れられないのか……それとも? どうしても結末が知りたい奴は――そうだな、未来の俺にでも聞いてくれ。 未来の未来の話 ~終わり~
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