朝倉涼子の軌跡 ─この世の真実─
『この世の真実』「涼宮ハルヒと私は普通の人間じゃない」開口一番、妙な事を言い出した長門。キョンは呆気に取られながら、首肯する。「なんとなくだが、普通じゃないのは解るけどな」「そうじゃない」膝の上で揃えた指先を眺めるように伏せた長門から否定の言葉。「性格に普遍的な性質を持っていないという意味ではなく、文字通り純粋な意味で、彼女と私はあなたのような人間と同じとは言えない」キョンは理解出来ず、眉根を寄せ怪訝そうに長門を見詰めていた。そんなキョンに構う事無く長門は続ける。「この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース。それが、私」(SF小説の読みすぎじゃないのか。長門)「私に与えられた任務は涼宮ハルヒを観察し、入手した情報を統合思念体に報告する事」淡々と、初めて饒舌に言葉を紡ぐ少女を真っ直ぐに、それでいて間の抜けた顔で見詰め続ける。「生み出されてから三年間、私はずっとそうやって過ごしてきた。この三年間は不確定要素がなく、いたって平穏。でも、最近になって無視出来ないイレギュラー因子が涼宮ハルヒの周囲に現れた」伏せた面を上げ、真摯な瞳で真っ直ぐにキョンを捉え、十分に一拍置き。「それが、あなた」(は……?俺が……?何だって?)キョンは狼狽を隠せなかった。与えられた情報は余りにも現実離れしていた為、容易に理解する事が出来なかったからだ。 「情報統合思念体は地球に発生した人類にカテゴライズされる生命体に興味を持った。もしかしたら自分達が陥っている自律進化の閉塞状態を打開する可能性があるかもしれなかったから」情報統合思念体は発生段階から情報として生まれ、情報を寄り合わせて意識を生み出し、情報を取り込む事によって進化してきた。宇宙開闢とほぼ同時に存在し、宇宙の膨張とともに拡大し、情報系を広げ、巨大化しつつネットワークを構成し、発展していった。全宇宙にまで広がると思われる情報の海から発生した肉体を持たない超高度な知性を持つ完全無欠の存在である。だが、情報統合思念体は自律進化の閉塞状態にあった。それは全にして一、一にして全であるが為であろう。「そして三年前。惑星表面に他では類を見ない異常な情報フレアを観測。弓状列島の一地域から噴出した情報爆発は瞬く間に惑星全土を覆い、惑星外空間に拡散した。その中心に居たのが涼宮ハルヒ。涼宮ハルヒから発生した情報フレアは、情報統合思念体にすら解析不可能であった。それは意味を成さない単なるジャンク情報にしか見えなかった。しかし、有機生命体としての制約上、限定された情報しか扱えないはずの地球人類の、そのうちのたった一人の人間でしかない涼宮ハルヒから情報の本流が発生した事が重要。そして、この三年間。あらゆる角度から涼宮ハルヒという固体に対して調査がなされたが、今もってその正体は不明。しかし、情報統合思念体の一部は、彼女こそ人類の、ひいては情報生命体である自分達に自律進化のきっかけ与える存在として涼宮ハルヒの解析を行っている」「……」最早、キョンは考える事すら不可能な状態に陥っていた。しかし、長門有希は一向に語る事を止めないでいた。「情報生命体である彼等は有機生命体と直接的にコミュニケートを取る事が出来ない。言語を持たないから。人間は言語を抜きにして概念を伝達する術を持たない。だから情報統合思念体は私のような人型の有機体の端末を作った。それで、統合思念体は私を介して人間とコンタクトできる」言い終えて、長門は湯飲みを手に取って口を付けた。「……」長門の話が一段落したのは解ってはいたが、キョンは二の句がつげないでいた。「涼宮ハルヒは自律進化の可能性を秘めている。恐らく彼女には自分の都合の良いように周囲の環境情報を操作し改竄する力がある。それが、わたしがここにいる理由。あなたがここにいる理由」「待ってくれ……」すっかり混乱しきった頭を片手で支えつつ、ようやっと言葉を発する事が出来た。「正直に言う。俺は長門が何を言っているのか、さっぱり解らない」だが、長門は気に留めるでもなく、「信じて」紡がれた言葉ははっきりと力強く。黒曜石の様に輝く双眸はこれまでには無い程真摯だった。「言語で伝えられる情報には限りがある。私は単なる対有機生命体用の端末でしかない。情報統合思念体の意思や思考を伝達するには私個人での処理能力ではまかえない。理解して欲しい」「大体、何で俺なんだ?長門がそのナントカ体?の端末だってのを信用したとして、それで何故俺に正体を明かすんだ?」「あなたは涼宮ハルヒに選ばれた。涼宮ハルヒは意識的にしろ無意識的にしろ、自分の意思に絶対的な情報として環境に影響を及ぼす。あなたが選ばれたのには必ず理由がある」「ない、と思うが」「ある。多分、あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。あなたと涼宮ハルヒが、全ての可能性を握っている」「本気で言ってるのか?」「勿論」キョンは真っ直ぐに捉えていた長門を再び怪訝な面持ちで見詰めていた。(無口な奴だとは思っていた。それがようやっと喋る様になったと思えば延々と、到底信じられない話を持ち出した。まさか、ここまで変な奴だとは)「俺がハルヒに聞いたままを伝えたらどうするんだ?」「あなたが彼女に言ったとしても彼女はあなたがもたらした情報を重視したりしたない」「言われてみれば……、そうかもしれないが……」「地球にいるインターフェースは私一つではない。統合思念体の意識には積極的な動きを起して情報の変動を観測しようという動きもある。あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。危機が迫るとしたらまずあなた」正直、付き合いきれなかった。キョンは深い溜め息を付き、かぶりを振った。*この二人の話を聞き耳を立て、動揺していた少女がいた。朝倉涼子だ。涼宮ハルヒに対して、積極的にしろ間接的にしろ、感情の起伏を操作しその変動を計っていた彼女は、自身の所属する急進派の上層部の動きが悟られている事に、明らかに動揺していた。(嘘……、これじゃ計画が台無しじゃない……)主流派である長門有希は、地球に置かれているインターフェースの統括者だ。彼女は自分達以上の権限と、処理能力、情報操作能力を持っている。彼女に抗う事は、すなわち消滅に値する。故に、動揺したのだ。持ち上げていた御玉を落す。(どう……すれば、どうすればいいのよ!?)憤りを隠せない。処理不能のエラーが多数発生していく。理解不能の情報の奔流の中、彼女の中で何か引っ掛かりを感じた。その感覚を発生させた言葉を反芻する。(「あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。危機が迫るとしたらまずあなた」)彼に危機が迫る。そう思ったら胸が締め付けられる様に苦しくなった。(何……、これ?……そう、か。これがそうなのかな。だとしたら……私は……)一人得心し、胸元をぎゅっと握り締めたまま、涼子は振り返りキョンを見詰めていた。その表情は、以前の様に悪意など微塵にも感じられないほど、殊勝であった。頃合いを見計らって、重苦しい沈鬱な空気が漂うリビングに、キョンが帰ると言い出す前に、涼子は家主に声を掛けた。「長門さん、お料理運ぶの手伝ってもらえる?」 「わかった」長門は首肯し、席を立つ。未だ混乱の中に在ったキョンはその後ろ姿すら追えないでいた。「はい、これと……これ。お願いね」涼子は取り分けたシチューの皿を載せたお盆を手渡し、長門はそれを受け取り首肯で返す。足音も立てずにキッチンから去って行く少女の後姿を認めた後、涼子は三人分のガーリックトーストを乗せたお皿を両手に持ち、キッチンを後にした。*帰ろうと腰を上げた所で、朝倉に止められ、折角用意してくれた料理を頂かない訳にはいかなく、空腹を誤魔化すのも限界であった為、キョンはその場に留まる事にした。朝倉が作った料理はシンプルだったが、想像以上に絶品であった。料理に舌鼓を打ちつつ、正面の長門に目線をやる。淡々と、それでいて豪快に口の中に放り込む動作は、機械的にも思える程乱れる事無く一定のリズムを保っていた。長門の皿はどんぶりで、並々と注がれたシチューは瞬く間に減っていく。一体その小さな身体の何処に収めているのか、不思議でしかたなかった。キョンから見て、左に位置する朝倉は至って乙女らしく、小振りな口に見合った量を丁寧に運んでいた。一体この二人の関係は一体何なんだろう、とキョンは疑念を抱く。「そういえば、何の話をしてたの?」唐突に、食器が奏でる甲高い音色しかなかった空間に、朝倉の涼やかな声が響く。「いや、なんていうか……俺にもよく解らない話で……」そう答えるのがやっとだった。長門は猫まっしぐらよろしく、シチューにまっしぐらといった様子で、朝倉の声に耳を傾ける事無く、口に運ぶ手を止めずにいる。答えてやれよ。「そう、そんなに難しい話しだったの長門さん?」ピンポイントで話しを振られ、ピクリと身体を揺らした後、ゆっくりとした動きで朝倉に顔を向ける。キョンはその一連の動きに危うく噴出しそうになり、「ごふっ!……げほっげほ」と咳き込む。「多分、難解だと思う」「そう、ごめんねキョン君。この子たまに変な事言うから」朝倉の微笑に一瞬心を奪われ、惚けそうになる頭を必死で振った。「いや、お前が気にする事じゃないし。別にそんなに変じゃない……と思う」長門をフォローしつつ、誤魔化す様にガーリックトーストを口に運んだ。「……ん。これ、美味いな」素直に感嘆の声が漏れる。その言葉に朝倉は嬉しそうに声を弾ませ、満面の笑みを浮かべていた。「本当?良かった……。実はね、今日はね、いつもより上手く作れたの。何でだろ?」首を傾げるその様は、実に愛らしく、お持ち帰りをお願いしたい欲望に駆られるも、咀嚼したパンとともに飲み込む事に成功する。「んー……、俺は料理の事は全然解らんからな。でも、これならこっちから弁当をお願いしたいくらいだ」自然と緩む口端。先程まで混乱していた頭はスッキリとしていて、穏やかな心持で居られた。これは朝倉のお陰と言っても過言ではないだろう。と、キョンは得心し、一人頷く。「本当?良かった……、断られたらどうしようって思ってたんだ。じゃあ、はりきってお弁当作らせて貰うね。勿論長門さんの分も、ね」弁当の話題が出てから、長門の視線は朝倉に釘付けであった事をこの時に知った。長門は朝倉の言葉に満足したのか、一つ頷くとガーリックトーストを手に取って目一杯頬張った。実は長門は物凄い食いしん坊じゃないんだろうか。一つ無駄な知識が増えたキョンであった。*晩餐まで振舞ってもらい、別れを惜しむ様に高級の分譲マンションを去ったキョンは帰途の中、
確かめるように反芻した。涼宮ハルヒの持つ、望んだ事象をあらゆる物理法則を完全に無視して意識的にしろ無意識的にしろ思うが侭にしてしまう能力。それに加えて銀河を統一する情報統合思念体なる者の存在を知らされたキョン。到底信じられる話では無かった。それもそうだ、非現実的な事柄を安易に理解するなど無理な話だった。「訳分かんねぇって……」実際に自身の目で確認すれば話は少しは違えたかも知れないが、余りにも漠然としていた為、終始呆気に取られていただけだった。「涼宮が……ねぇ……」事の真偽を疑う前に、傲岸不遜、猪突猛進の少女の不適な笑みが脳裏をかすめた。だが、それらを打ち消す様にかぶりを振った。「まあ、いっか」幾ら自分が悩んだとして結果は自明であった為(内容が眉唾なだけに)、事の成り行きに身を委ねる事にした。そう思うと、少しだけ胸中はすっきりとした。然し、自転車のペダルが心なしか重かった。涼宮ハルヒは、日々の不満が積み重なり憂鬱に陥っていた。「まったく……、何も起きないのはどうゆう訳?」苛立ちを隠せずにいたハルヒは乱暴にクッションをベットに投げつけた。無口な眼鏡っ娘、萌え要素が満載のロリっ娘。それに加えて謎の転校生を引き入れたはずなのに、己の周囲で事件が起きる気配など皆無であった。「何よ……、『何が信じていれば必ず逢えるさ』よ……」その言葉をくれた、ある男の事を思い出していた。ジョン・スミス。そう名乗った男。一見日本人にしか見えないのに、わざわざ偽名を使ったおかしな奴。「あいつは……今、何処にいるのかな?」そう呟く少女からは、常の覇気は無く、何処にでもいる普通の少女であった。ハルヒは窓から一眸出来る夜景を眺めては溜め息を溢した。どこか寂しげな表情をして。古泉一樹は、けたたましく鳴る携帯端末からの呼び出し音に、酷くげんなりとしながらも手に取った。「古泉です」『遅い、何度言ったらお前は改めるのだ!』凛とした涼やかな女性の声が、開口一番怒号を放つ。古泉は困った様に眉根を顰め、冷静に返答を返した。「すみません、森さん。手が放せない事情がありまして」『言い訳はいい、お前も感じただろう?』「ええ、規模は小さいですが時空震動は確認しました」『なら話は早い、新川を迎えに寄越した。さっさと支度しろ。以上だ』「了解しました」携帯端末を切ると同時に、外から車が停まった気配を感じた。流石、新川さんだ。老練のエージェントを誉め称え、しかし内心苦笑した。「しかし、困った神様だ」常の様に張り付けているペルソナを脱ぎ捨て、鋭く光る双眸、緊張からか引き締まった凛々しい雰囲気から、これから赴く場所が如何に危険か見て取れる。古泉はハンガーに掛けてある紺のジャケットを羽織、部屋から飛び出した。朝倉涼子は困惑していた。長門有希の発言が起因しているのは明白ではあるが、彼女が案じているのは事の一部にしろ打ち明けられた少年にあった。異端にある者で無ければ到底理解の及ばない話を彼がどう解釈したのか、この後彼が涼宮ハルヒに対してどの様に振る舞うのか。そんな自分の心境を見透かしているかの様な口振りで、傍らで緑茶を淡々と飲んでいる少女は、「彼は平気」と確信めいた一言だった。だが、実際彼が関係する因果律は複雑に絡み合い明確な未来が確定出来ない。不確定
要素が多すぎる故、そう言い切るには早計ではないか。だが、長門有希は全く揺るぎのない真摯な瞳で再び言い放つ。「大丈夫」涼子にはその言葉が含む意味が理解出来なかった。
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