うさみくる
カプ要素キョン×みくる うさみくる 「あ、キョン君」 あれ? 朝比奈さんじゃないですか。 昼休み、弁当を忘れて購買部の列に並んでいた俺が見たのは愛らしい上級生のお姿だった。「もしかして、キョン君もお弁当を忘れちゃったんですか?」 もって事は、つまり。「私もそうなんです」 それを聞いた俺は迷う事無く列から抜け出し、照れ笑いを浮かべる朝比奈さんの後ろに並びなおした。 珍しいですね、朝比奈さんがお弁当を忘れるなんて。「えへへ。実は今日、寝坊しちゃってお弁当を作る時間がなかったの」 照れ笑いを浮かべる朝比奈さんだが、つまりいつも自分でお弁当を作ってるって事なんだろうか? 考えてみれば、俺はSOS団の中では長門の家にしか行ったことがない。とはいえ、ハルヒにも古泉にも家族が居るんだろうと当然の様に思っていたのだが、はたして朝比奈さんはどうなんだろうか?「? どうかしましたか」 俺の顔を、不思議そうな顔で朝比奈さんは見ている。 どうみても上級生には見えない――というか中学生に見える事もある――朝比奈さんの正体は、本人曰くハルヒを観察する為にやってきた未来人である。 そんな事情を話せる……というか信じてくれる人が居るとは思えない。となると、まさか学校が終わればずっと1人で生活しているんだろうか?「キョン君、注文待ってますよ」 え? ああ、はい。 いつの間にか最前列まで来ていたらしい。 俺は残り僅かな惣菜パンの中から適当に3つ選んで、購買のレジの横に置いた。 サンドイッチ一つだけで足りるんですか? テーブルの向側でハムサンドをちまちま食べている姿を見て、思わず聞いてみた。「……実はこの後、アイスも食べようかなって」 アイスじゃお腹は膨れないと思いますが……。 早々と惣菜パンを胃に押し込んだ俺は、ゆっくりと食事を続ける未来人さんの様子を観察する事にした。 小さなお口でもそもそとパンを食む姿を見ていると、小学校の時にクラスで飼育していたウサギの食事を思い出す。 ――当時、小学4年生だった俺は教師に言われるままにウサギの食事当番をこなしていた。 ウサギから見れば定時にやってくる自動餌出し機でしかなかったんだろうが、自分が来なければこいつらは死んでしまうのだろうという思いから、なんというか親的な感情移入をしていたような気がする。「あの、どうかしたんですか?」 真剣に見すぎていたらしい、朝比奈さんは食事の手を止めてこちらを見ている。 朝比奈さんって、寂しい思いしてたりしませんか?「え?」 あ、いや。ほら。朝比奈さんって、その……。未来人なんですよね? 最後だけは回りに聞こえない様に小声で聞いてみる。「はい。そうですよ」 この時代で頼れる相手って居ますか? 住む場所とか、食事とかは大丈夫ですか?「あの……その」 朝比奈さんが申し訳無さそうに言葉を濁すって事は……。 禁則事項なんですね。 寂しそうに、朝比奈さんは頷いた。 ――ウサギは寂しいと死んでしまう。 そんな豆知識をどこからか仕入れて以来、俺は頻繁にウサギ小屋に通うようになった。 家にウサギを持ち帰る訳にはいかない事くらい当時の俺でもわかっていたから、これ以上できる事はないんだと勝手に思い込んでいた訳さ。 しかし、斜め上の発想をする奴はどこにでも居る。 特に小学校にはそこら中に居る。 そいつが誰なのか結局わからなかったが、その日ウサギ小屋に行った俺が見たのは壊された小さな扉と、無兎の小屋だった。 後から教師が言った言葉によれば、そいつはウサギを自然に戻してやろうとしたんだとよ。 クラス総出で捜索した結果……そうだよな、戻るべき自然はこんな街中にある訳がないもんな。 生き物に触れる事で感情豊かな子供を作りたかったらしい教師の思惑は、ある意味想像以上の結果をもって終わりを迎えた。 ウサギ達がどうなったのかって? ……想像にお任せするよ。 ちなみに。 実はウサギは寂しくても死なないという事を俺が知ったのは、それからずっと後になってからの事だった。 「涼宮さん、今日は遅いですね」 放課後の部室、朝比奈さんはいつものメイド姿で暴君の訪れをじっと待っている。 かつてコンピ研で酷い目にあわされた時に、朝比奈さんはハルヒから逃げないいくつかの理由を言って、その理由の中には何故か俺の名前もあった。 となれば、俺がこの人にしてあげられる事はこの部室に通う事しかないんだろうな。「今日は、ずいぶんと優しい顔をしているんですね」 ん? そうか。 薄気味悪い古泉の突っ込みを、俺は長考の結果思いついた改心の一手で黙らせる。 その一手で前線までようやく辿り付いた古泉の駒は、主と自分の命を計りにかける事になった。 同時に勢いよく開く部室の扉。「ん~……お腹空いた」 第一声がそれか、ハルヒ。「だって秋なんだもん」 なるほどな、完璧な理由だ。「でしょ? だから肉まん買って来て。1、2、3、4……5個。あんたも食べるなら6個ね」 なあハルヒ、皮肉って知ってるか? 俺の言葉を無視しつつ、ハルヒは団長席に座った。「ほら! 早く行きなさいよ? みくるちゃんのお茶が熱い内に間に合わなかったら色々と酷いわよ!」 理不尽を体現するハルヒの隣では、被害者候補第一号とも言える朝比奈さんが脅えた顔をしている。 危ないと感じたら逃げるんですよ? なんて、ウサギに言っても無駄だったし、朝比奈さんに言っても無意味なんだろうな。 大人しく席を立ちあがって、 古泉、肉まんの代金を半分持ってくれたら今の手は待ってやるぞ。 俺は目前の超能力者にたかるのだった。 走れメロスって話があるが、後世の人間に命令形でそんな事を言われる事になるとはメロスも王様も名前が長いセなんとかも思って無かっただろうな。 寒空の下を適当な速さで走る俺の手には6個の肉まんがあり、代わりにポケットの財布はいくらか軽くなっている。 早く戻って朝比奈さんの暖かいお茶と、暖かい笑顔と、叶うならば暖かい抱擁を……等と妄想しながら部室のドアを開けると。「寒いから早く閉める!」「ひっ! み、みないで~!」 俺がウサギの事を考えていたせいなのか? ハルヒの手によってバニー姿に着替えさせられようとしている、殆ど裸に近い状態の朝比奈さんがそこに居た。 ――すぐさま扉を閉めて「お疲れ様です」トイレに行っていたらしい古泉と一緒に部室の前で震えながら待つこと数分。「……どうぞ」 悲しげな声がドア越しに響き、部屋の中にはご機嫌なハルヒに絡まれる朝比奈さんの姿があった。 ちなみに、2人ともバニー姿である。「キョン。みくるちゃんを泣かせるなんて極悪人ね」「ううう」 団長椅子に座ったハルヒの上には、脅えた顔の朝比奈さんが無理やり座らされていた。 無駄だと分かっていても抵抗したのだろう、朝比奈さんのバニー服は所々乱れていて違う趣味に目覚めてしまいそうな気がする。 なあ、ハルヒ。「何よ」 涙目の朝比奈さんがたまりませんとか、この寒いのにバニーはないだろとか色々言いたい事はあるが。 ともかくあれだ。冷める前に食べろ。 俺はテーブルの上に肉まんの袋を置いて「やったぁ!」ハルヒの物理的な呪縛から朝比奈さんを助け出す事に成功した。 なるほど、餌で釣るしかできない動物園の新人飼育係ってこんな気持ちなんだろうな。「キョン。あんた今、変な事考えたでしょ」 考えたぞ。人間って一口で肉まんを食えるもんなんだなってな。「うっさい!」 とはいえ、咀嚼という過程はハルヒにとっても必要な物らしい。 俺はその隙をついて肉まんを一つ掴み、ストーブのそばにしゃがんでいた薄幸のバニーへ届けに行った。 ……なんて言うか、元気だしてください。「ありがとう。キョン君」 涙目、っていうかちょっと泣いている朝比奈さんに肉まんと上着を手渡して立ち上がると……おい、ハルヒ。「何?」 俺は6個肉まんを買ってきた。 念の為に財布から出したレシートには、確かに6個と印字されている。「そうね」 それで、だ。お前は1個掴んで即座に口に入れて2個目を手に取り、古泉と長門も一つずつ持って行った。これで4個だ。 まあ、ハルヒが2個食べるってのは想定内だとしよう。6個って聞いた時点で予測できたしな。「ごちそうさまです」「ありがとう」 あいよ。そして5個目、朝比奈さんの分を俺は届けた訳だが、何でテーブルは空になってるんだ? そう、振り向いた先には空のビニール袋があるだけで、俺の分の肉まんはすでになかったのだ。 ハルヒは無駄に真面目な顔で頷きながら、「不思議ね、宇宙人のせいかしら? これは調査する必要があるわ」 などとわざとらしく呟く。 そうだな、第一に疑われるのは不自然に膨らんでるお前の腹だ。「キョン! あんた何失礼な事言ってるのよ! セクハラよ?」 じゃあ聞こう。肉まん2個食べた結果がその膨張した腹部なのか、それとも3個食べたからそんな状態になってるのかどっちだ。「3個よ!」 ……即答するくらいなら最初から言えよ。 ともあれ部室の中に漂う暖かい肉まんの香りは、昼食から既に十分な時間の経過を経た結果空洞と化している俺の胃は切なげな訴えを始める。 もぎゅう。「あの、キョン君。半分食べちゃいましたけど、わたしの肉まんでよかったら」 遠慮がちに提案してくれる朝比奈さんの手には残り半分程になった肉まんがあったが、「ありがと!」 即座にハルヒの手によって持ち去られたのだった。 ……ここまでやられたら俺だって怒る、ああたまには怒らせてもらおうじゃないか。 日本人は食い物に関してはやけに怖いって事を教えてやらねばなるまい。 俺はふつふつと湧き上がる怒りを行動に移すべく――朝比奈さんの食べかけというプレミア価値がついた――最後の肉まんを、至福の笑顔で食べているハルヒの前を通り過ぎ、立て付けの悪い部室の窓の前に立った。 ハルヒに見えないように、朝比奈さんにそっとブロックサインを送る。 内容は「上着を着て下さい」だ。 上着を羽織る仕草を何度か見せると朝比奈さんは俺が伝えたい意味がわかったらしく、いそいそと俺が渡したブレザーに袖を通し始める。 ――準備よし。晩秋の寒さで悔い改めろハルヒ! 俺は一切躊躇わず、文芸部の窓を……ん、……あ、あれ? 開かない?「ふっふ~ん。あんたの考えなんてお見通しよ」 得意げなハルヒの声に振り向くと、ハルヒの手には何故か木工用ボンドがあったのだった。 そそくさとバニー服の上に制服を着て、「じゃあまたね!」 ウインクひとつ残し、ハルヒ(うさ耳付き)は去っていった。 自分の作戦が上手くいった事が余程嬉しかったんだろうな、あんなにご機嫌なハルヒは見た事がない。 質量保存の法則じゃないが、ハルヒの機嫌が良くなった分だけ機嫌が悪くなった奴が居る。 俺だ。 古泉、最後に言いたい事はあるか。「僕を疑う気持ちは大いにわかりますが、今回に関して言えば僕は潔白です。先ほどの貴方の顔を見て、笑ってしまった事に関しては謝罪しますが」 ああそうかい。 お前が顔を隠して、声を殺しながら笑ってやがった事を俺は忘れるつもりはない。 しかし、ハルヒはなんで俺が窓を開けるって知ってたんだ? 思いつきの行動だったのに。 ハルヒが新たな力にでも目覚めたのかと考えていると、「あの。涼宮さんは長門さんが窓際で寒そうにしていたから、隙間風が入らないようにボンドで窓を固めてました」 申し訳なさそうに朝比奈さんが教えてくれた。 確かにこの部室は古い建物だけあって寒いとは思う……それにしても、少しは手段を選ぼうぜ? 真っ白な接着剤で埋められた窓枠と窓の隙間を撫でつつ、俺はハルヒが春になった時どうやって窓を開けるつもりなのかを考えて――考えてないんだろうなぁ――溜息をついた。 「あの衣装、久しぶりに着たから恥ずかしかったな」 帰り道、夕焼けよりも赤い顔をした朝比奈さんが隣を歩いている。 肉まんの礼なのか知らないが、朝比奈さんが着替えている間に長門と古泉は先に帰ってしまったので2人っきりだ。 こんな事を言うと怒られるかもしれませんが、似合ってましたよ。「……やっぱり、男の人ってあーゆー服が好きなんですか?」 上目遣いで見つめられると、今度は俺の顔が赤くなってしまう。 えっと、その。着ている人によります。 答えになっていない俺の苦しい言い訳に微笑んで、「じゃあ違う質問……涼宮さんとわたしだと、どっちが似合ってました?」 嬉しそうに朝比奈さんは問いつめるのだった。 そりゃあ……。 朝比奈さんです、と言いたい所なのだが実際問題ハルヒのバニー姿が似合ってないのかと言われれば、反則級に似合っているのも事実なのだ。朝比奈さんの男心をくすぐる愛らしいバニーと、野性味溢れるハルヒのバニー姿。甲乙付けがたいところだが、ここはやはり「ぶー。時間切れです」 俺の唇に人差し指を押し当てて、朝比奈さんはくすくすと笑っていた。 ……朝比奈さん。「はい?」 可愛い過ぎてどうにかなりそうです――なんて、言えないよなぁ。 何でもないです。「なんだろう~何を言おうとしたのかな?」 俺の顔を見るご機嫌な朝比奈さんの視線がくすぐったく……正直、心地いい。 ちなみに朝比奈さんは今、殆どくっつく程俺の近くを歩いているので不可抗力で俺の腕に色々と当たったりしているのだが、彼女はそれを気にしている様子は無い。 これはまあ、公園でお話を聞いたあの頃よりも親しくなったって事なんだろうな。 ――楽しい時間はあっという間に過ぎていき「じゃあ、わたしはここで」 どうして俺の家は朝比奈さんの家(どこだか知らないが)と離れた場所にあるのだろうか? 考えるまでもない、朝比奈さんはハルヒの観察に来ているのであって、俺の観察に来ているのではないからだろう。 交差点を前に足を止める朝比奈さんに、俺は無理やりな笑顔を返す。 せめて、その愛らしいお姿が見えなくなるまで見送ろうじゃないか。 そう思って動かないでいた俺なのだが、「……」 何故か朝比奈さんも足を止めたまま、その場所から動こうとはしなかった。 お互いに見つめあったまましばらく立ち尽くし、「帰らないんですか?」 何かを期待するような声で朝比奈さんはそう言った。 朝比奈さんが見えなくなったら、帰ろうかなって。「……私も同じだから、2人ともお家に帰れませんね」 朝比奈さんの手がそっと伸びてきて、俺の制服の端を掴む。 えっと……あ、朝比奈さん? 俺のネクタイと顔の間を朝比奈さんの視線が彷徨い、高速で俺の理性が吹き飛んでいく。 落ち着け。いや落ち着くな? これはいったい何がおきてるんだ? 状況を整理しようとする頭を無視して、俺の両腕はそっと朝比奈さんを包む様に伸びていく。 どこかで逃げられるだろう。 もしくは誰かの――というかハルヒの――邪魔が入るに違いない。 残念だったな~俺。 これまでの経験からそう考えていた俺なのだが……分速1メートル程の速さで動いていた俺の腕は、あっさりと朝比奈さんの背中で合流してしまったのだった。 腕に押される形で、朝比奈さんの体がぐっと近づく。 そんな状態でも朝比奈さんは逃げ出そうとはせずに、迷うような視線を俺に向けている。 思考停止――。 これが夢なら夢で構わないさ、少しでもこの時間が長く続いてくれればそれでいい。 カーディガン越しに感じる朝比奈さんの体はあまりに小さく、そして柔らかい。 何かを喋ればこの時間が終わってしまう気がして、俺は何も言わないままじっと朝比奈さんを見つめていた。 やがて、彷徨い続けていた朝比奈さんの視線が俺の顔の辺りで止まった。「キョン君」 ……はい。「暖かい」 朝比奈さんの小さな両手が、俺の胸に添えられる。 もう少しだけ強く抱きしめてみよう。俺がそう思って腕を動かそうとした時、「暖かくて、離れたくなくなっちゃうから……」 そう言って、彼女は俺の胸をゆっくりと押し返した。 朝比奈さん。 俺は目の前で寂しげな顔をする上級生の名前を口にしたが、それ以上何を言えばいいのかわからなかった。「……えへへ、困ったな。きっと怒られちゃいます」 悲しげに呟く朝比奈さん、彼女は――未来人なのだ。 来るべき時が来れば、彼女は元の時代に帰ってしまうのだろう。 そして、未来人のルールでは過去の時代の人間と深く関わってはいけないらしい。 そんな彼女に俺ができる事ってなんだ? してもいい事ってなんだ? 無力なただの一般人でしかない俺が、彼女にしてあげられる事は……。 涙目になっていた朝比奈さんに近寄って、俺は再びそっと腕を伸ばした。「キョ、キョン君?」 戸惑う彼女を無視して、その小さな体を包み込む。 朝比奈さんの手が俺の体を押し返そうとそっと力を加えてくるが、俺は動かない。何故なら。 今日は寒いから、朝比奈さんを暖めてます。 ……我ながら、何とも白々しい嘘だ。 俺の言葉に、朝比奈さんはきょとんとした顔で動きを止めている。 暖めてるだけです、それ以上でもそれ以下でもないんです。この時代ではこれが普通なんです。 ――あの日、草むらで見つけたウサギは二度と動かなくなっていた。 すでに冷たくなっていたうさぎに俺がしてやれたのは、無駄だとわかっていても抱きしめてやる事だけ。 そして高校生になった今も、俺はこんな事しかできないでいる。 俺のくだらない言い訳に、朝比奈さんは俯いて笑っている。 小さく揺れる朝比奈さんの体をくすぐったく感じていると、「……ありがとう」 俺の胸に額を当てて、朝比奈さんはそう囁いた。 うさみくる ~終わり~
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