「もみじ」
*微エロ注意* 「もみじ」 季節は秋―― 色鮮やかな木々が適度な間隔で並ぶ林の中、まっすぐな歩道をのんびりと歩く俺達SOS団の一行。 ちなみにここは鶴屋さんのお家の私有地だそうで、鶴屋さんは先に目的地へ行って準備をしてくれている。 見上げる空には雲一つなく、絶好の行楽日和だな。「ねえキョン。ところでもみじ狩りって何を狩るの? もみじなんて狩れるわけないんだから何かの当て字なんでしょ? キノコ? 猪? あんた?」 歩きながらシャドーボクシングを始めるハルヒ。 お前は誰と戦っているんだ。「キョン君。実は私も、もみじがりって聞いた事なくって。あ、もしかして焼き芋とかだったりしませんか?」「……」 朝比奈さんの微笑ましい回答に、何故か機敏に反応する長門。 焼き芋でもありません、残念ながら。 まあ、食欲の秋やスポーツ(?)の秋ってのもいいんだろうが今日の趣旨とは違う。 おい古泉、紅葉狩りの目的ってものを教えてやってくれ。 俺は傍観者を決め込んでいた超能力者に頼んだ。「え? あ、実は僕もよく知らないんです」 ……マジかよ。「キョン、自分で言い出したんだからあんたは知ってるんでしょ? もみじ狩りってなんなのかさっさと教えなさいよ」 やれやれ、まさかみんな知らないで来てたとは予想外だったぜ。 周りの視線が集まる中、俺が口を開こうとすると「やー! こっちこっちー! お待ちかねちゃったよー!」 歩道の先に見えてきたのは、円形に切り取られたような敷地に作られた小さな休憩所と、手を振って跳ねている鶴屋さんの姿だった。 休憩所には紅茶や茶菓子のセットが所狭しと並んでいて、文化祭の時に着ていた喫茶店の衣装に身を包んだ鶴屋さんは本物のメイドさんにしか見えない。 鶴屋さんは待ちきれなかったかのようにこちらに走ってきて、さっそく朝比奈さんを捕獲すると「みくるげーっと! さ~て、さっそくもみじマークつけちゃうぞ~」「ふえ? や、あ、だめです! 脱がさないでください?」 わたわたと抵抗する朝比奈さんの服を、鶴屋さんの手が容赦なく脱がして……って! ちょっと待ってください! 鶴屋さん!「なんだいキョン君? スタートの合図がまだとかなんて男らしくないにょろよ? 渡る世界は早い者勝ちって言わないっかな?」 言いません。じゃなくて、鶴屋さんは今日の目的がなんなのか知ってるんですよね?「もっちろん! みくるの真っ白な柔肌に平手でもみじマークをつけて、誰が一番綺麗なもみじを作れるか競う日本古来の伝統芸能、もみじ狩りだよね?」 未来人を古来から存在させないでください。 ある意味今までで一番近いですが果てしなく違います。いいですか? 俺は今歩いてきた街路樹を指差して疲れた声で言った。 紅葉(もみじ)狩りっていうのは、紅葉した景色を眺める事なんです。 …………なんだ? この沈黙。「え? それだけ? 眺めるだけ? 狩らないの?」 そうだ。狩らない食わない脱がさない。 「いっや~……まさかみ~んな帰っちゃうとは予想外だったよ」 俺を慰めようとしているのか、鶴屋さんは楽しそうにそう言った。 まず、「……退屈そうだから帰る」 そう言ってハルヒが帰り「す、涼宮さん?」 そんなハルヒを追って朝比奈さんが俺の顔を気にしつつ去って行き、「お芋」 一言呟いて長門も帰ってしまい、「僕はご一緒しますよ。たまにはゆっくりするのもいい……で……すみません、その」 わかってるよ。 楽しみにしていた休日が、こんな地味なイベントだった事にハルヒは腹を立てたんだろうな。古泉は冷や汗を浮かべながら走り去って行った。 なんていうかすまん、世界の運命は頼んだぞ。 結果、鶴屋さんと俺だけがその場に取り残されてしまった訳だ。 せっかく色々準備してもらったのにすみません。片付けるのだけでも手伝いますね。 木製のテーブルに並んだ茶器セットに近づく俺を、鶴屋さんの手が止めた。「なんでしまっちゃうのさ? キョン君もあたしを残して帰っちゃうつもりなのかい?」 え? その、俺だけじゃ鶴屋さんが退屈でしょう。「そんな事はないさ~。むしろ2人っきりでどっきどきだね! 何か起きちゃいそうな気がしてないっかい?」 ご機嫌な鶴屋さんに押されて丸太を輪切りして作られた椅子に座ると、すぐにティーカップが目の前に置かれ並々と紅茶が注がれるのだった。 「……静かだね」 そうですね。 聞こえるのは、時折風に揺られて落ちる枯葉が落ち葉に触れる乾いた音だけ。視界に入るのは赤々と色づいた木々……ではなく涼しげな上級生の横顔なんだが。 あの、鶴屋さん?「何かな」 なんで、貴女は俺の上に座ってるんでしょうか。 休憩所にはいくつも椅子があるのに、何故か鶴屋さんは俺の膝の上に横掛けで平然と座っていた。 最初は何かの冗談なのかと思ったのだが、1分以上経った今も鶴屋さんが立ち上がる気配は無い。「他の椅子が雨で濡れちゃってて、この椅子しか無事な椅子がないのさ」 じゃあ俺は立ちますから。「え、あたしが座ってたら重くて大変?」 いや、そんな事はないですけど。「じゃあいいよね」 何がいいかわからないが、鶴屋さんは納得した様子で立ち上がる気配は微塵もなかった。 まあ、以前から次の行動が読めない人だとは思ってはいたけどさ。 じっと動かないでいるのに疲れてテーブルから紅茶を取ろうとしたが、俺の右手側に鶴屋さんの背中があるのでテーブルまで届きそうに無い。仕方なく左手を伸ばすと「紅茶かな? はいは~い」 鶴屋さんは俺のカップを取って、そっと口元まで運んできてくれた。 あ、あの、自分で持って飲めますから!「だいじょぶだいじょぶ、これは基本料金内のサービスにょろ。あ、口移しの方がどっきどきかな?」 怖い事を言い出した上級生がさらなる行動に移る前に、俺は目の前にあったカップに口をつけた。 暖かな液体が、喉を通って体を温めていく。 紅茶を飲む間、俺の顔をずっと見ていた鶴屋さんが、「……困ったな。なんだかあたしが先にどっきどきになってきちゃったかも」 頬を染めてそう囁いた。 秋の寒さに色づいた木々のように上級生の横顔はその色を変え、それに伴って俺の緊張も高まっていく。 ええい落ち着け俺! 今日は何をしに来たんだ? 最近寒くなってきたから色づいた紅葉を見に来たんだろ? 林を凝視して理性を総動員させる俺を見て、鶴屋さんは楽しそうに笑い「キョン君もどっきどきかな?」 俺の胸の上に、そっと掌を当ててきた。「あれ~? ん~わっかんないな~」 鶴屋さんの小さな手が器用に動き、指先だけで服のボタンを外して中へと侵入してくる。 シャツ越しに心臓の辺りに手が辿りつくと「わわ! もうどっきどきだね!」 嬉しそうに俺の胸と顔を見比べるのだった。 これ以上はまずいです、色んな意味で限界なんです! 胸の上を這う鶴屋さんの手を、俺はつかんで止めた。「……間違っちゃった」 な、何をですか?「キョン君を試してみるつもりだったのに……もうギブアップにょろ」 俺がつかんでいたはずの鶴屋さんの腕が弧を描いて動き、次の瞬間には逆に俺の腕が鶴屋さんにつかまれていた。驚く間もなく俺の手は引き寄せられていき、鶴屋さんの胸の上に辿りつく。「ほら、どっきどきでしょ?」 その言葉通り、鶴屋さんの胸の鼓動は服越しにでも分かる程だった。「……服の上からじゃわからないよね?」 鶴屋さんの手が俺の腕から離れても、俺はその手を胸の上から動かそうとしなかった。 じっとして動かない俺を見て鶴屋さんは小さく息をつく。 その息の熱さとそれ以上に熱っぽい視線に、俺の思考は停止してしまっていた。 俺にできるのはゆっくりと動く彼女の手の動きを、じっと目で追っていく事だけ。 鶴屋さんの手が、自分の襟元にあるボタンを一つ外し、少しずつ下へと動いていく。 二つ目のボタンが外れて、首筋の白い肌がその姿を現した。 三つ目のボタンに手がかかり―― ――みっみっみらくる! みっくるんるん みっみっみらくるみっくるんるん でんででーん でんででーん ででっ ででっ ででででっで すーなーおーにー好きーとー 言ーえーなーい君ーもー 勇気をー出ーし――――ピ!「はいはーい! ――今? まださっきの林に居るよ~。――うん、キョン君も居るっさ! え? ハルにゃんと一緒に戻ってくるの? うん! じゃあ待ってるね! ピ!――っと」 鶴屋さんは俺の膝から飛びのき、通話が終わった携帯電話を胸元にポケットにしまった。 その間俺は今起きた事と、目の前で赤い顔をして服装を整える上級生の気持ちについて考えていたんだが……。「キョン君」 はい。 俺の目を見て鶴屋さんは目を閉じ、溜め息をついた。 その溜め息は後悔? それとも――「今のってセフセフ……かな?」 目を開いてこちらを見る鶴屋さんの顔はまだ熱っぽく、掌に彼女の熱が残ったままの俺は何も言えなかった。 「――ええっ? また紅葉狩り?」 放課後の部室――「そうっさ! 今の時期にしか出来ない事なんだよ? 今週末も行こうよ~」 団長席に座るハルヒにお願いしているのは鶴屋さんで、「ん~誘ってもらって悪いけど、今度こそ私はパス。……ねえ、あれって何が面白いの?」 ハルヒは不思議そうに聞き返している。 残念そうな顔で鶴屋さんは引き下がり、「そっか~。まあ、無理には誘えないや。あれって地味な趣味だからハルにゃん向きじゃないもんね。……じゃあキョン君、また2人で紅葉狩りしてみる?」 ハルヒに背を向けた上級生は俺の目の前に立って、あの時と同じ熱っぽい視線を向けるのだった。 「もみじ」 ~終わり~
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