「ほ か ろ ん」
文字サイズ小でうまく表示されると思います
寒さを気にしない子供ですら家路を急いでしまう、そんな冷たい風が吹き抜けるとある秋の日の夕方。 人影途絶えたはずの公園の一角に、何故か行列を作っている10人ほどの集団とその先頭に駐車されている一台の改造軽トラ。 その行列に居る誰もに共通している事は、くそ寒い中で何かを待っているというのに笑顔だという事。 等と言っている俺も、この車から流れる伸び切ったテープの音声で呼び寄せられた一人だったりするんだけどな。「はいおまちどうさん」 新聞紙に包まれたサツマイモを受け取り、包みから伝わる暖かさと耐え難い甘い香りに笑顔を溢れんばかりにしてまた一人、また一人と去っていく。 つまるところ、俺は石焼き芋の移動販売に並んでいる訳だ。 妹の超人的な聴覚によって察知されたこの販売車、日に100本限定という販売数とその味の良さで町内では絶大な人気を誇っている。妹曰く、そうらしい。 この時をのがせばあるいはえいきゅーに! 永久に意味も知らんはずの妹に懇願され、念入りに上着を着込んだ俺はおっさんの地声を録音したらしいテープの音をおってここに辿り着いてしまった。 適当に時間を潰して帰るつもりだったのによ。 ――そんなこんなで十分ほど過ぎた頃、おっさんは行列の残りの人数を数え始め、最後尾に居た俺の後ろに立て看板を置いた。 なになに、本日売り切れ……お、ぎりぎりだったのか。「こっからはおひとり1本でお願いします。代わりに次回から使える1割引の割引券をつけますんで、ご勘弁ください」 先頭に戻ったおっさんは、小さな体を曲げて頭を下げている。 妹には2本買って来いって言われたが、まあ仕方ないよな。 行列に並んでいた客達はそもそもこの店の常連だったらしく、不満の声は一つも上がらなかった。 本数が減ってどんどんと短くなっていく行列、そしてついに最後尾。つまり俺の番になった。 すみません。1本お願いします。「あいよ~。兄ちゃんついてたな、一番大きいのが最後に残ってたぞ」 残ってたも何も、残してくれていたのでは? なんて言ったら身も蓋もないよな。 ありがとうございます。……ところで、何で途中から一人一本にしてたんですか? それに割引券なんて使ってたら、お店としては売り上げが減るとおもうんだが。「ここに並んでた人はみ~んな笑顔だったろ? なるべくならさ、大勢の人に喜んでもらいてえじゃねえの。まあ、おかげで儲けなんて殆ど出ねえんだけどな」 焼き芋を包む新聞紙よりもくしゃくしゃな顔を、さらにくしゃくしゃにしておっさんは笑った。 素直に頭を下げ、代金と引き換えに焼き芋と手書きにしか見えない割引券を受け取っていると「嘘! そんなぁ……ってキョン?!」 驚愕、悲鳴、また驚愕。 例の売り切れ看板の前で忙しく表情を変えて騒いでいるそいつは……「な、なによ! 言いたいことがあるなら言いなさいよ」 中学時代の物と思われる真っ赤なジャージ上下を着こみ、素足にサンダルを履いたハルヒがそこに居た。「ありゃあ、お譲ちゃんいつもありがとうねぇ。……申し訳ねえけど、この兄ちゃんで売り切れなんだわ」 ジャージ姿を見られた上に焼き芋屋の常連だって事まで知られたせいなのか、ハルヒは古泉が携帯を確認しそうな顔で震えている。 ……じゃない、寒いのか。 上着を着込んで着た俺ですら今日は寒いんだ、ジャージにサンダルじゃ罰ゲームだよな。 ハルヒ。「何よ」 そう拗ねるな。ちょっとこれ持ってろ。 新聞紙越しでも暖かい焼き芋をハルヒの腕に押し付けてやる。「……一本じゃなかったら、奪い取ってる所だわ」 妹のお使いなんでな、悪いがやるわけにはいかん。 俺は手早く上着を脱いで、ハルヒの肩にかけてやった。「え? この上着が無かったらあんたが寒いじゃない」 俺の家の方がここから近いから別にいいさ。その上着、明日学校に持ってこいよ。「……」 寒さのせいなのか、体を包む俺の上着を握りしめたままハルヒは黙っている。 そんなハルヒから俺は焼き芋を受け取り……そのまま新聞紙を開いた。包みの中からはおっさんが言った通り極太の焼き芋が現れ「あ」 焼き芋は、俺の手によって体積をほぼ等分に分断された。 半分やるよ。「い、いいの?」 躊躇うハルヒの手に半分になった焼き芋を押し付ける。 ……しょうがないだろ? なるべく大勢の人に喜んで欲しいっておっさんが望んでんだから。 寒いからホカロン代わりにでもしろ。じゃあな。 焼き芋と俺の顔とを交互に見つめるハルヒを残して、俺は寒空の中を駈け出した。 お、流石はおっさん。 懐に残された半分になった焼き芋は、家についてもまだ温かさを伝えていた。 妹に全部取られたけどな。
「ほ か ろ ん」 終わり
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