涼宮ハルヒの明日
12月25日。今日が本当のクリスマスだ。しかし、町は気の早いもので華やかな装飾は剥がされ始め、次は正月へと向けて彩りを変えている。学校も明日から冬休みに入る為、終業式という事で学校に来たのだが、「う~…」どうやら俺はサンタのトナカイ探しやらパーティーの後の一件で雪の降る真冬に外をウロウロ歩き回ったせいで少し風邪を引いてしまったらしい。しんどい…咳が止まらない…休めば良かったかも。しかし、熱っぽいのはそれだけが理由ではないだろう。クリスマスが終わったというのに俺は未だに浮かれ気分が抜けない。昨日の夜は結局、眠れずじまいだった。一晩中、落ち着かなくてモソモソと動いていた。とうとうやっちまった…俺はとうとうやっちまったのだ…あのハルヒに…いきなりあんな事やるなんてあの時の俺はどうかしちまってたのか!?いきなりハルヒに抱きついて、今でも思い出すと恥ずかしくて顔が真っ赤になりそうな台詞吐いて、手を繋いで…やばい、また熱が出てきた。その後、結局ハルヒを家に送り届けるまでの道で2人共、照れと恥ずかしさでお互いまともに顔を見る事も言葉を交わす事さえも出来なかった。別れ際の「おやすみ」が精一杯だった。俺はどんな顔してりゃ良いんだ?ハルヒはどんな顔して後ろの席に座るのだろうか?緊張してきた…やっぱり今日は学校休めば良かったかも。 昨日の夜は全っ然、眠れなかったわ…。どんな顔して学校行けば良いのよ?普通に「おはよう」とか言って席に着けば良いかしら?でも、それだと何にもなかったみたいに受け流す冷たい嫌な女だわ…かと言って今更、可愛い子ぶりっ子なんて出来ないし!したくもないし!あぁ!!もう!!こんなの中学までで散々慣れてたはずなのに!なんでキョン如きにこの私がここまで悩まなされきゃいけないのよ!雑用係のくせにいきなり団長様を抱き締めてくるとか反則よ!キャラ崩壊の危機だわ!とりあえず、今日は早めに学校行って絶対、キョンより先に席に着かなきゃ。やっぱり何事も最初が肝心なのよ!イニシアチブは常に私が握っておかないと! 「あいつ…なんでもう教室にいるのよ!!」早いわ!早過ぎるわよ!だってまだ7時半前よ!全校生徒のほとんどがまだ来てないし、絶対に私が一番乗りだと思ってたのに!教室に二人っきりなんて余っ計に気まずい空間じゃないのよ!仕方が無いわ、とりあえず時間稼ぎに部室棟に…あっ…… 突然、教室の扉が開き、キョンと目が合った。目の前に立っている。「おぅ…」2人共、突然の事に驚いて固まっていたかと思うと咄嗟に視線を逸らした。「あの、その、何だ……」「……な、何よ?」黙ってないで何か言いなさいよ!「い、いや…お、おはよう…」「おはよう…」「…ちょっとトイレに行ってくる!」キョンは廊下に出てトイレの方へと歩いて行った。びっくりしたぁ~…何でいきなり出てくんのよ!?バカキョン!! びっくりしたぁ~…何で突然目の前に現れるんだよ!?ハルヒ!!でも、これで予想外とはいえ何とか挨拶は出来た。これで少しは落ち着いて行ける!(はず…)教室に戻るとハルヒはこちらに背を向けて窓の外の遠くの方を眺めている。配置から考えるに俺の方から声を掛けないと行けない状況のようだ。くそっ、やられた…せっかく朝に弱い俺が頑張って早くから学校に来てポジションを先取してたのにトイレに行ったせいで攻守交代だ…。 席に座って待っているとキョンが戻ってきた。やっぱりまだ恥ずかしくて顔を見る事が出来ない。わざとらしいかなと思いつつ、頬杖をつきながら窓の外の空から降ってくる雪を見ていた。「今日は早いんだな」あんたのせいよ!「ま、まぁね…終業式だし、一年の最後くらいはきっちり締めたいじゃない!?あんたこそ、早いわね!」「あぁ、そうだな…」なんて可愛くない返事しか出来ないのよ!私!2人しかいない朝の静かな教室に気まずい沈黙が流れる…… 突然、キョンが咳き込んだ。「あんた、風邪引いてんの?」「あぁ、ちょっとな」「うつさないでよね、別に今日くらい家で寝ときなさいよ!どうなっても知らないわよ!」違うわよ!私の馬鹿!そんな言い方無いでしょうが!「いや、今日だけは何があってもちゃんと学校来たかったから」え?「いや、その…あの…昨日のあれ、な……」そこまで言ってキョンは顔を逸らし、会話が途切れた。「まさか、あんた、あんな事しといて冗談でしたとか言うつもり!?」そんなのマジ、許さないわよ…。「いや!違う!あれだ…それは何というか…逆だ…」「逆?」「昨日のあれな…あれ、本気だから。それだけはメールや電話じゃなくて今日、ちゃんと直接会って言いたかったんだ。そうしないとお前に怒られそうだからな」 「あ、ありがと…」と、言うハルヒの俯きながら見せた、はにかんだ笑顔はすこぶる可愛く熱に浮かれた頭と理性は吹っ飛びそうだった。「なぁ、ハルヒ…」「な、何?」ハルヒは顔を上げ見開いた目をこちらへ向けている。「今日、終業式出るか?」「え?」「いや、通知表も貰ったし、今日やる事って終業式くらいだろ?学校サボって抜け出さないか?」ハルヒが俺を無理矢理連れ出す事は何回もあったが、俺からハルヒを引っ張り出すのは初めてのような気がする。「サボってどうすんのよ?」「なんか今日はハルヒと2人だけでいたい気分なんだ」昨日の夜から何度もシミュレーションしてきたとは言え、実際、口に出すと我ながらなんてキザな台詞だ…「私は別に良いけど…でも、あんた風邪引いてるんでしょ!?こんな寒いのに外に出るなんて無茶したら…」そういうハルヒの手と鞄を俺は有無を言わさず取り上げ、歩き出した。「ちょっとキョン!どこ行くのよ!?」そんなの決めちゃいない。「今日は…デ、デートだ!!」やっぱり今日の俺は相当、熱がある。暴走気味だ。 俺達は2人で何回、この坂道を行き来したのであろう?まだ生徒の数も片手で数えられるほどにしかいない坂道は雪で凍っていた。足を滑らせないよう一歩ずつ踏みしめながら歩く。ハルヒと2人で歩くなんて散々慣れていた事なのに今日はいつもと違う。俺が前を歩き、ハルヒの手を引いている。心臓が脈打ち、ただ一緒に歩いているだけで素直に嬉しい。坂を下った所でハルヒが足を止めた。「キョン!これからどうするのよ!?」確かにここまで来ちまったが、さて、どうしよっかな?「まだ何も決めてないが…」そういうとハルヒは溜息をついて呆れたような顔をしている。「あんた、本当に計画性のかけらも無いわね!」お前にだけは言われたくない!ハルヒは鞄から昨日、俺があげた手袋を取り出し、はめていた。「ほら!あんた、風邪引いてるんでしょうが!」と、ハルヒは俺の鞄を無理矢理あさり、昨日ハルヒから貰ったマフラーを取り出して俺の首を思いっきり締めてきた。「く、苦しい、息が出来ないって!」「いい気味よ!キョン如きが私に命令するなんて100万年早いの!だから罰よ!」と、言うハルヒは俺に太陽のような笑顔を向けていた。 2人でこの道を横に並んで歩いていこう。どっちが前でも後でもなく、2人並んで手を繋ぎ。横を向けばあなたの顔が見える場所。ここは他の誰にも譲りたくない指定席。あなたの目が、鼻が、耳が、頬が、髪の毛が誰より近く見える場所――― ただ、雪の中を2人で手を繋いで歩いていた。どこへ行くか、とか何をどうするかなんて目的がある訳じゃない。ただ、俺はハルヒと一緒にいたかっただけ。誰にも邪魔されずに。「ねぇ、キョン」ハルヒはボーッとした顔で訊ねてきた。「ん?なんだ?」「あんたバスって乗った事ある?」なんだそりゃ?「そりゃあるに決まってんだろ」「じゃあ、あのバスってどこまで行くか知ってる?」ハルヒが指差す先には停留所に白いバスが止まっていた。「さぁ?マニアじゃないから知らんな」「じゃあ、乗ってみましょう!どこに向かうか探検よ!」そんなハルヒの子供じみた思いつきはいつもの事だから驚きはしない。むしろ、外は寒いからバスで移動するっていうのは悪い手じゃないな。 バスに乗ると朝にも関わらず誰も乗っていなかった。人が集まる場所とは反対方向に走っているからだろう。「空いてるな」どこに座るかと考える間もなく、ハルヒは一番奥へとズンズン進んで行く。「やっぱりバスは一番奥の席に限るわね!」と、やたら嬉しそうな笑顔をしてドカッと座り込んだ。「まぁ、奥は席が広いからな」「あと、乗ってる人間全部が見渡せるのが良いのよね!この世の支配者~!って感じで!」いや、それは意味が分からん…。バスはゆっくりと音を立て雪の中を走り始めた。揺れる度に隣に座るハルヒの細い肩がぶつかる。バスが静かに動きを緩めて止まった。停留所で誰かを乗せるようだ。「さぁ、どんな面白い人が乗ってくるかしら?」別に普通の利用客だと思うがな。 バスに乗ってきたのは老夫婦だった。ゆっくりと歩を進めている。二人とも身体のどこかが悪いのだろうか?お互いがお互いを支え合うよう、補い合うようにこちらへと歩いてくる。おじいさんの方が俺達に話し掛けてきた。「おや?珍しい。この時間に人が乗ってるとはの」「こちらどうぞ」ハルヒは立ち上がって席を譲ろうとした。「ありがとう。どう?一緒に座りましょうよ」おばあさんは柔和な笑顔で俺達に促してきた。「うちのばあさん、一番後ろの席が好きでな。広いから夫婦で座っても誰か他の人とも一緒に座れるからって。それが好きなんじゃよ」俺達は席を詰め、おじいさんは優しく笑いながらおばあさんをそっと座らせた。バスは再び、ゆっくりと走り始めた。 「君らのその制服、北高じゃろ?」おじいさんは俺達に視線を向けている。「はい」礼儀正しいハルヒは久し振りに見た気がする。おばあさんが笑いかけてきた。「と言う事は終業式をサボって2人でデートね?」「これ、ばあさん!」見事にバレた…色々言われたら面倒だな。と考えた俺を見透かしたようだ。「ふふ…大丈夫よ。私達も高校生の時にお互い授業や式を抜け出ししたものよ、昔は見つかると大変だったけど」おばあさんは昔を懐かしむように笑っている。「このバスに乗っておるという事は港に行くんじゃな?」港?「終点じゃよ。最近は港にデートへ行くのが増えておるらしいからの。よくある、そこで結ばれたら一生結ばれるだなんだの言う話じゃよ」「私達の頃は何もなかったから2人でいるのに都合が良くて港へ行ってたけど、時代は変わってるのね」2人は笑っている。「あそこで初めて結ばれた2人っちゅうのは恐らく儂らの事じゃよ」「またその話ですか、おじいさん。いつも言ってるんですよ、この人」恐らく、その噂や伝説を広めたのがこの2人なんだろう。まぁ、生き証人が目の前にいる訳で嘘はついてないから文句も言えないが。「喧嘩もいっぱいしたし、一生結ばれるなんてそんな可愛いものじゃないけどそれはそれで悪くはない、楽しいものよ」2人の幸せそうな笑顔を見ていると納得せざるを得ない。「じゃあ、儂らはここで。席を譲ってくれてありがとう」おじいさんは俺に意味ありげな視線を投げ掛けてきた。なんだ?2人はバスを降りて行った。 「ああいう夫婦って良いよな…」俺は何気なくぽつりと思った事を口に出しただけだったのだが…「なっ、何言ってんのよ!?バッカじゃないの!?」何故かハルヒは真っ赤になって怒り出した。「でも、まぁ面白そうね!キョン!港に行きましょう!」おいおい、まさかあんな伝説を信じた訳じゃないだろな?「そういう伝説は見過ごせないわ!何かあるかもしれないじゃない!不思議探索よ!ねっ!」まぁ、時間を潰すには最適か、俺が引っ張り出した事もあるしな。ハルヒがこんなにご機嫌になるなら断る理由も無い。メールが来た。ハルヒと2人同時に終業式をサボったからまた谷口あたりがからかいのメールでも寄越したんだろう。無視だ、無視。バスは静かに終点へ滑り込んで行った。 終業式も終わり、部室に足を運んでみると長門有紀の姿しか見えなかった。「おや?長門さんだけですか?皆さんはどうされました?」「朝比菜みくるは先程来室し、すぐに立ち去って行った。あとの2人は不明」そうですか…彼と昨日サンタクロースに貰ったゲームをやりたいと思っていたのですが、いないのでは仕方がありませんね。「では、僕もここでしばらく時間でも潰しましょう」 港に着いて歩いてみると綺麗に舗装はされてあるが平日と言う事もあり、誰も人がいないようだった。きっと夜景が綺麗になる時間に人が集まって来るのだろう。時折吹く強い潮風がハルヒの髪を巻き上げる。「うぅ~…寒いわね!!」何に対して怒ってるんだ?雪が海に散りばめられる宝石のように落ちては消えていく。「まぁ、景色としてはなかなかのものね!とりあえず合格にしといたげるわ!」またハルヒは訳の分からない事を言っている。寒さのせいで鼻水が出てきた…。「汚いわね!!ほら、これ使いなさいよ!!」ハルヒは鞄の中からポケットティッシュを出してきた。「ありがと、これ貰って良いか?」「好きにしなさい!!」さっきから笑ったり怒ったり忙しい奴だ。そういうハルヒを見てるのは面白いんだけどな。「何、ニヤニヤしてんのよ!?気持ち悪いわね!!」「ん~?いや、コロコロと表情が変わるから面白い奴だなぁ~と思って」俺は今、意地悪な笑い顔になってるに違いない。「う、うるさいわね!!」ハハ…今度は真っ赤になって照れてる。本当に面白い、そして… 「…可愛いな」お、今度は驚いて目を見開いている。「バ、バ、バッカじゃないの!?あんた何!?さっきから私の事、馬鹿にしてんの!?あんまり調子に乗ってると…」 ―――!!! ハルヒのよく動く唇を塞いだ。町の喧噪は消え、静かに降る雪も動きを止めた。風の音だけが遠くで聴こえる。時間が止まったかのようだった。「……ちょっと調子に乗り過ぎたからまた罰金かな?」「本当に調子に乗り過ぎよ…馬鹿…」ハルヒは俺の手を握り締めたまま俯いている。「もうちょっと雰囲気とかタイミングってもんがあるでしょうが…本当にデリカシー無いわね、バカキョン…」「ハハ…すまん。あと俺、風邪引いてるのすっかり忘れてた…ハルヒにうつるかもな」ハルヒが抱きついてきた。「もし風邪引いたら責任取りなさいよね…」「そうだな、分かった。」この笑顔をずっと守っていこう…俺はそう誓って昨日よりも、もっと強くハルヒを抱き締めた。「あと、ハルヒ……」「……何よ?」「お前の唇って柔らかくて暖かいな」鞄で思いっきり殴られた。 新しく手に入れたボードゲームの説明書を読みながらゲームの研究をしていた。彼にはかなり大きく負け越してしまってますからどうにかして勝ちを積み重ねていかないと卒業までに逆転するのは難しそうです。彼は僕の予想ではきっと人類史上、類い稀なるゲームの達人、恐らく天才なのではないかと考えています。まぁ、彼以外とはあまりゲームをやる事はないのですが…。そういう意味では彼も涼宮さんに選ばれた特異なる人間の一人なのでしょうか?そんな事を考えていると携帯が鳴った。どうやらメールが来たようです。機関から?閉鎖空間発生?彼らはどこへ行ったのでしょうか?また彼は凉宮さんに何かしでかしたのでしょうか?「長門さん」長門有紀は何かを察知しているのか、もうすでに僕の方へ視線を向けていた。「もし彼らが来たら伝えておいて下さい。急なバイトが入ってしまいました、と」「…了解した」 ハルヒは照れているのか俺の顔を全く見てくれない。と言う俺も心臓が破裂しそうなのだが…。気が付いたらお昼を過ぎていた。どおりで腹が減る訳だ。どこかで昼飯でもと思ったが、終業式も終わってる時間だろうし、途中で何か買って部室で食べようと言う事になった。学校へ戻る為、バスが来るのを待つ停留所は寒い。缶コーヒーを買って2人で手を暖め合った。バスに乗るとハルヒはまた一番奥の席へとズンズン進んで行った。よっぽど一番奥の席が好きなんだな…。この時間帯は乗客もまばらで俺達の他には数人しか乗っていない。ハルヒは俺の手の上に細く長い指を絡ませている。車内は暖房が効いていて暖かい。エンジンの心地良いリズムと揺れも相まってハルヒは眠気が襲ってきたのであろう。俺の肩に頭を乗っけて眠りこけている。子供のような寝顔だ。かくいう俺も少し眠くなってきた…。俺も少し居眠りしようかと考えた、その矢先だった。大きな音と衝撃と共に目の前が雪化粧に包まれたように真っ白になった――― 大きな音と衝撃で目を覚ますとどっちが上か下か分からくなっていた。キョンが私に覆い被さってきている。「ちょっとキョン!いくら何でも調子に乗り過ぎよ!バスの中で私の寝込みを襲うなんて変態にもほどがあるわよ、エロキョン!」キョンの体を突き飛ばそうとした。しかし、キョンからの返事はなかった。「キョン……キョン?」私の肩にキョンの腕がただ力なくぶらりと垂れ下がっていた。ふと手に暖かい感触が残る。血だった。キョンが頭から血を流していた。「嘘…いや…」私はキョンにしがみついていた。「嘘でしょ…冗談でしょ…やめてよ、キョン…ねぇ、キョン…」自然と涙が込み上げてきた。人前でなんか泣いた事ないのに…。「キョン!!!キョン!!!いやぁぁああ!!!!!!!!!!!」私はありったけの大声で彼に向かって叫んだ――― 長門さんからのメールを見てズキンと胸に何かが刺さるような感触がして重くなった。私が病院に向かうと彼らの家族、そして彼らのクラスメイトの何人かがいた。キョン君の妹さんはキョン君の名前を呼びながら泣いている。その中に長門さんと鶴家さんが静かに立っていた。「みくる…」鶴家さんは目を赤く腫らしていた。事の詳細を訊ねると雪道でスリップした大型トレーラーが彼らの乗っていたバスに突っ込み、バスが横転してしまったらしい。その時にキョン君は頭をぶつけ、意識が無く現在、手術中だと言う事だ。凉宮さんは精密検査を受けているらしい。 凉宮さんはキョン君が咄嗟に体を投げ出し、覆い被さったお陰でほとんど無傷だったようだ。精密検査を終えて出てきた凉宮さんはずっと泣きながらキョン君の名前を叫んでいた。凉宮さんの叫びが責められているようで胸に強く深く突き刺さる。キョン君の手術は長引いた末に終わったようだ。まだ意識は戻らず予断を許さない状態で集中治療室にいる。私は…私には… 「ねぇ、キョンは…キョンはどうなったの?ねぇ、教えて!!」私はひたすらに病院の廊下でそればかり叫んでいた。それ以外に何も関心は無かった。手術は終わったとは聞いた。でも、その後は誰も何も言わない。キョンのご両親と医者がこちらへと歩いてきた。お母さんの方が声を掛けてきた。「あなたがハルヒさん?」「はい、彼に……一目だけでも良いので彼に会わせて下さい!!」キョンのご両親は医者の方へちらりと視線をやり、医者が頷いた。「あなたも事故にあったのにこんな事頼むのもあれなんだけど行ってあげてくれないかしら?」 キョンは眠っていた。顔に傷も無いせいだろう、本当に眠っているようにしか見えなかった。私は彼の手をそっと握った。きっと私が無傷だったのはキョンが体を張って守ってくれたからだろう。「ありがとう、キョン」涙が溢れてきた――― その時だった。私の手をキョンの手がそっと包んできた。キョンの目が静かに開く。「キョン…キョン!!」状況が掴めてないのかキョンは虚ろな目をしている。「キョン!!」こちらに視線を向けてきた。「ハルヒ……」私の涙がキョンの手に落ちた。「ハルヒ、無事だったんだな……」「…馬鹿。なんでこんな時まであんたは…人の心配する前に自分の心配しなさいよね」私は無理して笑った。「だ、団長命令よ…早く元気になりなさい…SOS団の活動はまだまだいっぱいあるんだから…それに…これからは…一緒に…2人で…」私は声を出そうと思ったが、涙に遮られた。「ハルヒ…」「…何よ?」「実は昨日の夜の…ドキドキであまり寝てないんだ……」「…うん」「だから、ちょっと寝かせくれないか…」「…うん」「…そんなに泣くなよ、笑ってるハルヒの方が俺は好きだぞ」「…うん」「おやすみ……ハルヒ…」「おやすみ……キョン…」2人は柔らかく、暖かく、そっと唇を重ねた……。それは永遠よりも遥かに長い長い…一瞬の出来事だった―――― 私は…私には…止められなかった…。分かっていても止める事は出来ないし、止めてはいけない事だとも十分、承知していた…。覚悟はしていた。でも…我慢出来ず、最後に一目だけでも会いたくてキョン君にメールをした…返事は来なかった…後悔だけが残る…。自分の無力さに…そして皆で過ごした日々に…。 あれから三日後。キョン君の葬儀を終えた私と長門さんは彼女の、凉宮さんの元へと向かった。小泉君はあれ以来、姿を見せていない。凉宮さんはキョン君の死が受け入れられず、まだ病院にいる。治療室から運び出される時も彼の手を離すまいとしがみついていた。凉宮さんの病室の前まで辿り着いたものの、なんと声を掛けようかなどと入るのを躊躇っていると、声を掛けられた。彼にいつもの笑顔はなく、暗く沈んだ顔をしている。「小泉君……」「先程、彼に会いに行ってきました。何というか…まだ実感が湧きませんね…」「…私もです、小泉君はもう大丈夫なんですか…」彼は寂しそうに首を横に振った。「もはや世界は僕らの手の届かない状態になりつつあります。大きく改変される事になるかもしれません。機関の人間も様子を見守るしか出来なくなってしまいました…」彼は彼なりにここ数日、大変だったのだろう。キョン君や凉宮さんの事に思いを馳せつつ…。「先程、彼のご両親からこれを預かってきました」と、小泉君は封筒を取り出した。「凉宮さんへの預かり物です。彼のノートに挟んであったようです」 僕ら3人で病室に入ると凉宮さんは重く暗く沈み、ベッドの脇にある椅子に座って空を虚ろな目で眺めていた。どうやら僕らの声は届かないらしい。「これは彼から凉宮さんにあてた手紙のようです。ここに置いておきます」窓際に封筒を置いて僕らは立ち去った。凉宮さんに掛ける言葉も思い付かなかったからだ…。 凉宮さんの病室の前のベンチに座ると朝比菜みくるが静かに泣き出した。「朝比菜さんは…」誰もいない暗い病院の廊下に僕らの声が響き渡る。「…この事実についてご存知だったんですか?」朝比菜みくるは何も答えずにただ黙って頷いた。「そうですか…だからクリスマスにサンタクロースが空を飛んでいる姿を皆で見ようと提案なさったんですね…」「…せめてこんな形になるとは言え、最後に皆で想い出を残したかったんです。…私はこの出来事を見届ける為だけにこの時代に送られたと言っても過言ではありません。それほど今回の事は未来においても重大な事なんです」「…彼を助ける事は出来なかったんですか?」言葉に出して酷い事を聞いてしまったと後悔した…。助けられるものなら助けていただろう。その時、長門有紀が口を開いた。「…これは彼の寿命。どういう形であれ、今年12月25日時点での彼の死は確定していた。変更する事は不可能。例え、それは凉宮ハルヒの力をもってしても。それはあなた達が一番よく理解しているはず」これは長門有紀なりの僕らへの慰めの言葉なのだろう…。「はい…今回の事は…未来では……き、規定……」「朝比菜さん…」僕は首を横に振り、彼女の言葉を遮った。「少なくとも、僕らSOS団の人間にとって……彼の死は……決して、規定事項なんかじゃありません。決して……」「……そう」長門有紀は静かに頷いた。 12.24 ハルヒへいきなり柄にも無く、手紙を書いてみようと思う。何故なら、興奮して眠れないからだ!お前はどうなんだろうか?ハルヒ。全く気にもせずに涎垂らしたアホ面で眠っているのだろうか? しかし自分自身でも不思議なんだ。正直、お前に初めて出会った時は見た目はまぁ、悪くはないが、頭の中身がぶっ飛んだおかしな女だとしか思っていなかった!髪型も短くする前は時々、変だったしな。それが新しく部活作るから手伝えってネクタイ引っ張られて階段の踊り場に連れて行かれた時はカツアゲでもされてるような気分だった。しかもSOS団なんて世の中の不思議を探す為とかいう妙な目的の元、珍奇な集団を作って、俺は巻き込まれた感たっぷり。 でも、今は楽しい!長門や朝比菜さん(まぁ、仕方が無いから小泉も入れといてやろう)、そしてハルヒ。団長のお前がいてこそのSOS団だ。お前がいるから楽しいし、面白いから俺もついつい部室に足を運んじまう。 最初は朝比菜さんと一緒にバニーガールの衣装でSOS団の勧誘ビラ配りしたり、(まぁ、あれはあれで悪くはなかったが…)コンピュータ研から無理矢理パソコン取り上げたり、何の知識も無い俺にHPを立ち上げろと命令してきたり、なんて無茶苦茶な奴なんだと呆れてばかりいた。でも、考えたらハルヒと一緒にいる時はいつも笑える楽しい事ばかりだ。皆で不思議探索をするのもなかなか見つからないが悪くはないし、七夕に一緒に短冊作ったり夏休みに孤島に合宿行ったり(夏休みは結局、ほとんどSOS団の皆で遊んでたし)学園祭の為にSOS団の皆で映画作ったり(大喧嘩もしたが…)クリスマスには何故か鍋パーティーが恒例になったり、雪山で遭難なんて事もあったな。サンタが空を飛ぶなんていう不思議な事にもようやく巡り会えたし、お前と過ごしているうちに俺のハルヒへの想いも少しずつ変わってきたんだろうな。次は初詣か?俺の願い事はもう決まってるが教えないぞ。人に教えたら願いが叶わないからな。とにかく、これからももっと楽しいイベントが盛りだくさんだな! で、結局、俺は一体、ハルヒに何が伝えたいのかと言うとだな、いきなり結論だが、昨日の夜、お前を抱き締めて言った事。あれは本気だ。結構、緊張したがな。そういや、ハルヒからのちゃんとした返事は貰ってないが、何となく流れ的にOKだったのかな、と勝手に解釈しとくぞ。だから、次のバレンタインチョコは義理じゃなくて本命でくれよな。それともう一つ、ハルヒに頼み事があるんだ。俺達、来年は受験生だろ?ハルヒがどこの大学に進むのか知らないけど、きっと今の俺じゃ手も届かないような所だと思う。だから頼む。俺に勉強を教えてくれ。俺も頑張って1年でどうにかしてお前の成績に追いつくから。だからハルヒ、一緒に同じ大学に行こう!そしてな、大学でまた俺達で新しいサークルを作ろう! その名も『SOS団』!!!! 悪くないアイデアだろ?問題は俺の成績なんだがな…。 これからまだまだたくさん楽しい事、笑える面白い事があるだろうし、喧嘩をする事もきっとあるかもしれん。だけど、これからもずっと宜しくな、ハルヒ!! SOS団・団員その一、兼雑用係のキョンよりSOS団・団長様、そして世界で一番大切な恋人、ハルヒへ p.s.不思議探索の時の遅刻罰金制だけどな。あれ、俺、一回も遅刻した事ないぞ。皆、来るのが早過ぎるだけだ。あれだけは考え直してみてくれ。 枯れたと思っていた涙が溢れ出してきた…。彼の深く、優しい想いが胸の中に流れ込んでくるようだった。私も昨日の夜、眠れずに考えていた。初詣のお願い事を…バレンタインにキョンにあげるチョコレートを…。SOS団の皆でお花見行って…七夕には笹の葉飾って…夏休みには合宿行って…海で泳いで…学園祭では出し物やって…クリスマスには鍋パーティーやってプレゼント交換して…まだまだやりたい事がいっぱいあった…… なんでもっとあなたに優しく出来なかったのか…なんでもっとあなたの前で素直になれなかったのか…後悔と寂しさの涙ばかりが頬を伝っていく…。なんでもっとあなたと過ごす時間をかけがえの無いものだと大切に出来なかったのか…なんで…… ごめんね、キョン……そして、ありがとう、キョン……溢れる想いはもう言葉にならなくなった…… ただ、あなたと、もっと…ずっと…ずっと一緒にいたかった―――― The End
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