涼宮ハルヒの教科書
狼が牙を研がせる襖から蕾み開いた蓮の花。散っては散っては夢の中。暴れる時の移ろいはもはや誰にも止められぬ――― 先週までのハロウィン調査(正確にはパーティー)も当たり前の事だが、特に成果もなく一旦中止となり、俺は期末テストに向けて部室で鬼教官・ハルヒの超スパルタ教育を受けている。「ハルヒ。お前、その竹刀どこから持ってきたんだ?」「つべこべ言わずに覚える!」鼻先に突きつけられた竹刀に怯みながら俺はようやくハルヒの鋭い剣筋を教科書で受け止める反射神経を身に付けたようだ。今日は日本史。俺の最も苦手な教科の一つだ。「日本史は覚えようと思っても頭に入ってこないんだよな。教科書の文字が漢字ばっかりで…。大体、試験範囲は幕末、明治維新だけって言ったってこの時代の奴ら、色んな面倒事を起こし過ぎだ。」「覚えられないのはあんたに気合いと根性と脳みそが足りないだけ!」くそっ…反論の余地無し…。目の前にいる古泉はニヤニヤしながらお茶を飲んでいる。「しばらく一緒にゲームが出来ないのが実に残念です。」勉強しなくても余裕と言った古泉の佇まいが許せない。神様はなんて不公平なんだ。いや、神様はハルヒだからえ~と…? 「はい、今から10分の休憩を入れるわ。」最初で最後の休憩時間。「キョン!はい、これ。」手渡されたのはカカオ99%の苦~いチョコと緑茶。ハルヒは「チョコと緑茶は記憶力を良くしてくれるの!」と言っていたが、俺は胸焼けを起こして集中力を刈り取られそうだ…。朝比奈さんの入れてくれるお茶が恋しい…。長門はいつものように読書をしている。まぁ、こいつに試験勉強は必要無いだろう。「今回は何を読んでるんだ?長門。」長門はそっと本を上げて表紙をこちらに向けた。しまざき…ふじむら?なんで名字が2つ並んでるんだ?「ほぅ…島崎藤村の『夜明け前』ですか。」良かった…口に出さなくて…。「キョン、どうせあんたの事だから『どっちが名字だ?』とか思ったんでしょ?」そういう勘は本当に鋭いな、ハルヒ。苦いチョコを緑茶で流し込もうとしたその時、部室の扉が開き、最近またグッとセックスィ~さを増したSOS団のプレイメイツッ!!こと、朝比奈さんのご登場だ。「こんにちは。新しいお茶の葉も見つけたんで皆にも、と思って。だから今日はここでお勉強しようかなって。」と、何故かメイド服を手に取る朝比奈さん。何故!? 朝比奈さんが「今日は珍しいお茶の葉が手に入ったんです~。」と入れてくれたのは蓮(はす)の花茶という最高級品らしく、なんでも舟で池に咲いてる蓮の花の蕾みを一つずつ摘んで作るものらしい。う~ん、フローラルな香り…。さっきまで「歴史っていうのは流れで覚えるの!」と解説用のノートを竹刀で差しながら叫んでいたハルヒは俺が黙々と教科書に向かっているのをジーッと見ていたか思うと夕陽の暖かさに耐えられなかったのか頬杖を付きながらちょっと遅めのお昼寝タイムに入っていた。俺もさっきの蓮の花茶の香りに当てられたのか眠くなってきた…。「ここでサボったら後で涼宮さんに何をされるか分かりませんよ。」俺の心を見透かしたように古泉はニヤついていた。分かってるよ…俺もハルヒに竹刀でぶっ叩かれるのはごめんだ…。その時、部室内がフッと暗くなったので窓の外に目をやるとさっきまでの夕陽が消え、灰色の空間が押し迫ってきていた。「古泉、これは…」古泉に目をやるとさっきまでのニヤケ顔と違い、真顔で驚いたような表情をしていた。「閉鎖空間のようですね。しかし、涼宮さんは眠り込んでおいでのようですが…」と、古泉が喋り終わらないうちに眩しい光が部室を包んだかと思うと、俺は気絶しそうな目眩に襲われた。 業火に焼かれる月の都の闇の中。踊る金魚は池の中。降り注ぐ血の色煙る雨の音。想う心は一つでもあちらこちらと相容れぬ――― 「ぐおっ!!」なんか思いっきり腹を踏まれた。痛い…。「おめぇ何者じゃ?妙な格好しおってからに。」何だ?ここはどこだ?あれ?谷口???ハルヒ達はどこ行った?「何しやがんだ?谷口。大体、お前こそ変な格好しやがって…」「お前、何故わ、わ、わしの名を?怪しい奴じゃ!どこのもんか知らんが、毛唐みたいな服着よってからに不届千万!攘夷じゃ!この奸賊めが!」はぁ?と思う間もなく、この着物とちょんまげ姿の谷口はでっかい刃物を取り出し、俺の鼻先に突きつけてきた。朝倉の時といい、今といい、俺は先端恐怖症にでもなってしまいそうだ…。冷や汗が背中を伝う、まさにその時だった。「いたぞ!!こっちだ!!」と、何人もの集団が大声を出しながらこちらに向かってくる。「しもうた…。」一言呟いてちょんまげ谷口は刀を納め、逃げ出していた。「おい!待てよ!」俺はとりあえずこの場の空気を読んでちょんまげ谷口と一緒に走っていた。「お、お前!何故ついてくるんじゃ!?」「うるせぇ!とりあえず逃げとけみたいな流れだったからだ!」狭い路地裏に飛び込み、弁慶と牛若丸が出てきそうな橋を渡り、寺の境内を抜け、走り続けているとそこは昔、修学旅行で行った太秦映画村のセットのような屋敷の裏門だった。「くそっ!袋小路か…お前のせいじゃぞ、毛唐!」表の大通りから声が聞こえてくる。どうやら相当な人数が追い掛けてきているようだ。お前は一体、何をやらかしたんだ?谷口。と、その時、屋敷の通用門が開くと俺と谷口は襟首を掴まれて引きずり込まれた。 これは一体、何の冗談なのでしょうか?まぁ、百歩譲って長門有希と朝比奈みくるに挟まれているのはまだ理解出来ます。しかし……何故、僕らはちょんまげを付けて妙なはっぴを着た連中に大人数で囲まれているのでしょうか?「お前ら、何者だ!?」それはこちらの台詞ですよ。「いきなり目の前に現れよって!妙な格好をしている所を見ると毛唐か?」「この人達は一体、何なんですか~!?」会話が噛み合ってませんね。この方達が何者なのか僕が知りたい所です。「…新撰組。」おやおや?「日本において残存する歴史的資料のデータと彼らの姿形が一致している。理由はわからないが、今は彼らが新撰組だと認識するのが妥当。」「ふぅ~…理由はわかりませんし、信じたくもありませんが、確かに彼らは新撰組としか見えない格好をしていらっしゃいますね。」「そして彼らはこちらを敵性と判断している。」「キョンくんと涼宮さんはどこにいるんでしょうか~?」「まずはこの場を切り抜けるのが先決。その後、2人の捜索を開始する。2人の存在も微弱ながら感知出来る。」「長門さん、どうやらここでは僕の能力が僅かながらですが、発揮出来るようです。何故かはわかりませんが、少々お力添えは出来そうです。」「…助かる。」「先程から何をごちゃごちゃと!!」キラリと光ったと思うと四方八方から刃が切り込んできた。「私が障壁を作る。攻撃はあなたに任せる。ただし、殺さない程度に力を抑えて。」「分かっていますよ!」障壁に雷のような電気が走ったと同時に逃げ道を作る為、攻勢に転じた。「さぁ、長門さん、朝比奈さん。この爆発の煙幕に紛れて逃げましょう。」 この山、登りゃ何見える?あの谷、降りりゃどこへ行く?誰にも分からぬ獣道。草をかき分け、野を抜けて道なき道をただひたすら――― 「不逞浪士に逃げられただと?馬鹿野郎!」屯所内に怒号が響く。「すみません…しかし、一緒にいたのが妙な格好をした奴でして西洋人だと思うのですが何故、攘夷浪士が毛唐共と話をしていたのか?何か繋がりでもあるのかと思いまして…」その時、外の廊下から誰かが走ってくる足音が聞こえた。「副長!副長はおられますか?」 激しく襖が開くと一人の小柄な美男子が立っていた。彼は八番隊組長・藤堂平助。北辰一刀流の使い手で常に闘いを一番手で先んじる所から隊士達の間では『魁(さきがけ)先生』と呼ばれている。「うるせぇな。今度はなんだ?」不機嫌な顔と鋭い眼光を藤堂に向けながら目の前に座っている男は答える。この周囲を沈黙せしめる威圧感と凄みを振りまいている男こそ、京の攘夷浪士から新撰組隊士までをも震え上がらせる新撰組・鬼の副長、土方歳三その人である。「それが副長。先程、三条大橋の辺りで毛唐みたいな妙な格好をした3人組を見つけやして…。連行しようとしたところ、抵抗していざこざになりそうな時にそれがまた奴ら、天狗みたいに不思議な術を使いやがるんでさ。突然、目の前に現れたかと思うと、火の玉出したり、雷が落ちたみたいに影も形もなくなって消えちまったり…。あいつらは天狗みたいな鼻してると聞いた事がありますが、本当に天狗みたいな妖術を使いやがるんですね。」副長は溜息を付いてやれやれ…という顔をしながら「お前もまたそんな訳の分からん報告を入れんのか、と言いたい所だが、さっきの島田の話と合わせると攘夷浪士達が何らかの理由で方針を変えたのか、その妙な格好をした西洋人共と何らかの繋がりがありそうな雰囲気だな。この前の桝屋古高俊太郎への取り調べや山崎の報告から今はこの京に不逞浪士が多数、潜伏し、何かを企てているらしい。浪士と毛唐が手を組むなんざ考えられんし、考えたくもないが…。ちっ…。ったく、面倒臭ぇ。そいつらも浪士共と一緒にふん捕まえて縛り上げるか、叩っ斬るか、徹底的にやらねぇといけねぇみたいだな。」 風もなく、太陽がギラギラと輝いている。メイド服を冬用に衣替えしていたのでとても暑いです。3人でなんとか狭い路地の片隅に身を潜める事が出来ました。「情報統合思念体とのコンタクトに成功。私の持つデータと情報統合思念体の持つデータの間に生じている齟齬は改善された。侵入コードを解析…。やはり時間と空間の位相がずれている。現在の日付は地球時間に換算して、1864年7月7日。空間座標は京都。涼宮ハルヒの力により何らかの原因で、5人がこの時空間に転送されたと考えるのが妥当。」その言葉を聞き、私は自分でも驚くような大声を出しました。「そんなはずありません!」古泉君にシッと声を沈めるように促されながら、2人に説明しました。「そんなはずありません…。涼宮さんが原因となった時間震動により時間平面同士の間に大きな時間の断層が出来ているはずです。私達がいたあの時間より4年以上過去には行けない状態だったはずです!」そう、そんな過去には行けない。これはもう何回も確認されている事。「でも、これは事実。恐らく、涼宮ハルヒの力によりその時間の断層を飛び越えて転送されたと考えるべき。元の時間平面上に戻るには…」「…涼宮さんの力が必要と言う訳ですね。」「…そう。」「と言う事はまずはやはりあの2人の捜索が肝要。」「…そう。」「原因の究明はその後ですね。」「あんちゃん達!」急な背後からの声に3人の動きが止まった。 くそっ…今日は踏んだり蹴ったりの厄日だ。俺は上に乗っかった谷口をはね除けて、服に付いた泥を払った。「おい谷口。さっきから言おうと思ってたんだが、お前、袴の帯、解けてるぞ。」「えっ!?くそっ!お前のせいで今日は踏んだり蹴ったりの厄日じゃ!」その時、ふと横目にちらりと入ったものに気を取られた。ポニーテール……ハルヒ!?しかし、目の前に立っていたのはハルヒと同じくらいの眩しい笑顔をした大男だった。「おまんら、さっきから大騒ぎし過ぎじゃきに。ちくっと大人しゅう出来んかえ。」あれ?この人ついさっき、どっかで見たような…。「行ったようじゃの…。しっかし、おまんら…新撰組相手に何やらかしたんじゃ?」し…新撰組?「あんな大人数に追い掛け回されるっちゃよっぽどの極悪人かいのぉ~?」言葉とは裏腹にこの状況を楽しんでいるかのような笑顔をしている。「き、貴様こそ何者じゃ!?」谷口は虚勢を張ったが、目の前の大男に威圧され、逃げ腰になっている。「おんや?おまん、長州の桂んとこに、よう出入りしちょう谷口じゃなかか?」「か、か、桂さんを呼び捨てとは何たる無礼者!!」「まっ、ええわ!ところでおまん…」大男の鋭い眼光に睨まれて俺は少し怯んだ。「変な格好しちょるのぉ~!ひょっとして、こんが西洋のジャケッツっちゅう着物かい?あ!エゲレス人には英語しか通じんかの?あぁ~…アーユージャケッツ?」あ…いえ…日本語で大丈夫ですから…。むしろ、日本語しか通じませんから。それに「あなたはジャケットですか?」ってどういう意味ですか? 「いっや~!あんちゃん達のさっきのアレ、めがっさ凄かったにょろ!!」聞き覚えのある声に見覚えのある顔。ただその人は着物姿で、こちらを好奇心いっぱいの目で見つめていた。「鶴屋さん!?」3人は何故、ここに?と思ったに違いない。「あっれ~?あんちゃん達、うちの事知ってんのかいっ!?」彼女はニコニコと微笑んでいる。「…彼女はこの時代の有機生命体。恐らくは私達の時代にいる彼女の祖先。」なるほど…あのハイテンションは遺伝だったんですね。「3人だけでごにょごにょ内緒話とは聞き捨てならないさっ!何で新撰組に追われてたんだいっ!?そんな悪そうな人達には見えないっけどな~!まっ!こうして会ったのも何かの縁さっ!うちに来なよ!あんちゃん達みたいな変わった人達は大歓迎にょろ!」3人は顔を合わせた。「ほらっ!早くっ!そんなとこに突っ立ててまた見つかっても知んないよっ!大丈夫っ!ここらへん一帯はうちの庭みたいなもんさっ!」3人の背中を押しながら鶴屋さんはずんずん進んで行く。「ところであんちゃん達のあの雷や火の玉みたいなのってうちにも出せるのかいっ!?」「…それは不可能。」「そっかい!あんなの出せたらやりたい放題にょろ?」何をやりたい放題なんですか? 煩悩は花の種。人の心に咲く花は悩みの種から芽を吹いて育つは人煩いの涙の雨と笑うお天道様の声。煩悩を捨ててはつまらぬ人生。時は移ろい全てのものは変化する。それが諸行無常と言うならば、我を捨て空に達しては開いた悟りも過去のもの――― 「いやっはっはっ!!すまんぜよ!まっさか、言葉の通じるエゲレス人がおるとは思わんかったきに!」いや、だから…なんか、つっこむのも面倒臭くなってきた…。「おい!お前、何者じゃ!桂さんやわしの事まで知っとるとは看過出来ん!」大声を張り上げながら谷口は刀の鍔に手を掛けていた。「おまん、何をいきっとるんじゃ?わしは…」谷口は刀を抜き、俺達に剣先を突きつけてきた。「やめとき…。おまんの腕じゃわしには勝てんぜよ。」2人は世界を止めたように静かに睨み合っている。その一瞬、火花が散ったかと思うと、谷口は転がされ逆に鼻先に剣を突きつけられていた。「の?言うたじゃろ?」刀を納めると彼はまた太陽のようにニカッと笑い、「さぁ~て、おまんら変な奴らじゃきに、ちくっとわしについてこい。な~に、悪いようにはせんて。」俺はこういうマイペースな人に巻き込まれてしまう性分なんだろうか? この日、土方歳三は苛立っていた。「場所は祇園にある実成院という寺の門前にある会所。隊の羽織から防具に至るまでなるべく全て今日中に運び込んでおけ。目に付かないよう一遍にではなく、いくつかに分けてな。」そのように屯所内を動かしながら三条通付近に隈無く探索方の配置を徹底していた。日の暑さと相まって精神的にピリピリしているだろう。なにせ京は盆地の為、風が無い。「少しでも多くの報せが欲しいが…しかし、妙な毛唐共とは一体、何者なんだ?」庭で子供の笑い声が聞こえる。また、あいつか…。縁側に出ると子供達に混じって少し猫背の男が大はしゃぎしていた。「おい、何やってやがる?」猫背の男がボーッとした顔でこちらを振り返ってきた。子供達は雀のように飛び散っていった。 「あ~ぁ…土方さんがそんな鬼のようなしかめっ面で出てくるから皆、怖がって逃げちゃいましたよ。」ニヤニヤと笑いながらゆるりとこちらに歩いてきた。気が抜けて隙だらけのようにも見えるが、底を読ませない怖さがある。「俺も気が張ってんだ。少し気を落ち着けたいんで碁に付き合ってくれんか?」「良いですよ。ところで先生は?」「ここでは先生ではなく、局長と呼べ。近藤さんは会津の藩邸だ。ところでな、探索に出していた島田と巡回中の藤堂から入った報告なんだが、何でも三条近くで妙な毛唐共が攘夷浪士共と一緒にウロウロしていたらしい。何の因果か知らんが、もし毛唐と不逞浪士が手を組むなんて事になったら一大事だ。しかもそいつら、変な火の玉や雷を出すんだとよ。」「土方さん、熱でもあるんですか?」「真面目に聞け、馬鹿。」「フフ…じゃあ、斬っちゃえば良いんじゃない?」「無茶言うな。」この時代、幕府は開国させられただけでなく、外国と不平等ながら条約を結んでいた。いわば攘夷運動はゲリラ的なテロ活動である。京都守護職である会津藩の預かり、新撰組も外国人の横柄な態度をすんなり受け入れている訳ではないが、立場上、外国人を斬りつけるような行動は取れない組織である。ただ、この2人が話している怪しい奴らは宇宙人、未来人、超能力者であるのだが…。「あぁ~!駄目だ。総司、俺はちょっと散歩してくる。」「いってらっしゃい。」碁の相手をしていたこの飄々とした男。新撰組の中でも一、二の使い手と言われた一番隊組長・沖田総司である。 城?「ここがうちの屋敷にょろ!さっ!入った入った!」門をくぐり、様々な季節の木や草花の生い茂る庭を歩いている。玄関はまだ見えない。「無駄にだだっ広い家さっ!うちでも時々、迷子になるからね!アッハッハッ!」人影が見える。…も、森さん?「お帰りなさいませ、お嬢様。」「やっほ~!また池の掃除してんのかいっ!」「旦那様お気に入りの池でございますから。」鶴屋さんは鼻歌交じりに庭の飛石を一足飛びで駈けていく。「さっ!入りなよ!たっのも~!」自分の家に何を頼むんだろうか?「お帰りなさいませ、お嬢様。」居並ぶ人、人、人。「そんな堅っ苦しい挨拶は抜きさっ!この人達を居間に通しておっくれ!あと、お腹空いたから何か食べ物も出して欲しいにょろ!」「畏まりました。」凄っ…。 池に小舟を浮かべましょ。折り紙折った小さな舟を。蓮の小島に辿り着きゃ仏と居眠り暇潰し。 もじゃもじゃ頭でポニーテールの大男は2人を引っ張って歩いていく。そういや…SOS団の皆は、ハルヒは今、どこで何をやってるんだろうか?そもそもこれは夢か?それとも俺だけ閉鎖空間に飛ばされたのか?等と思案していると大男は俺を問い質した。「ところでおまん、名はなんと申す?」今更ですか…。「なんじゃ言えんのか?エゲレス人の名くらい儂にだって分かるきに。ジョン・スミスとかそんな感じじゃろ?」本当に人の話、聞いてませんね。じゃあもう、それで結構です…。「ほぅ~!正解か!?ジョンじゃな!ジョン!」なんか犬みたいで小馬鹿にされてる気分だ…。大男は立ち止まった。「さぁ!入るぜよ。」 促されるように小さな門をくぐると庭で2人の男が話をしていた。「いや~!勝さん、陸奥。ただいま帰ったぜよ。暑い暑い!海軍操練所の新しいスツーデンツを連れて来たきに。」この、もじゃポニー男の突然の言葉に俺も含めた4人は呆れたような顔をしている。ハルヒ並みに無茶苦茶な人だ。「龍さん、おめぇはまたこんな訳の分からん輩を…」「いや、勝さん。こいつらは見込みあるきに。のぅ!谷口!ジョン!」谷口は暴れている。「なんだ?ジョンってぇのは?」「この変な服着たエゲレス人の名ぜよ。ジョンじゃ!」「そいつぁ西洋人には見えんが…」「ところで陸奥、ここにはおまんしかおらんのかえ?亀達はどうした?」「望月さん達は人に会う約束があるとかでどっか出て行きましたよ。」「ほぅか…今の京は危ないきに。あんまウロウロしてたらいかんぜよ。ちくっとあいつらにお灸据えとかんとな。」あなたはどうなんですか?もじゃポニーさん。「おめぇの言えた事かい!龍さん。おめぇも色んな嫌疑掛けられて追われる身だ。」「儂ゃ何もやっとらん。ただ船で海に出たいだけぜよ。あ!ところで勝さん、新しい船の話はどうなったきに?黒船が欲しいぜよ!」「無茶を言うない!まっ、黒船とはいかんが、それなりに当てはあらぁ。その話はまた後でするとして、それよりもだ、龍さん。おめぇ、薩摩の西郷って知ってっかい?」「あの寺の釣り鐘みたいな男じゃろ?」「よくわっかんねぇ例えだな。俺も会った事はねぇんだが、おめぇは土佐の脱藩浪士で色んな厄介事も抱えちまってる。もし、これから京で動き辛くなったらそいつを頼んな。薩摩が守ってくれるさ。話は付けといた。」「そりゃありがたいのぉ~。さぁて!おまんら、とりあえず飯じゃ!陸奥も食うぞ。」未だに俺はこの状況が飲み込めん…何なんだ、一体。 「これから私達はどうしましょう~?」朝比奈みくるはお茶を飲みながら話を切り出した。「あ!このお茶、美味しい♪」「…この時空間は特殊。私の能力もいくつか制限されている。…あの2人の位置座標までは特定出来ない。でもこの時間にいるのは確か。」「どうにかして捜索しないと、こんな物騒な所に飛ばされたとあっては僕らが襲われたと言う事から考えると、彼らの身にも危険が迫ってると考えてもおかしくはないでしょう。」「…そう。」その時、襖が凄い勢いで開いた。「食べてっかい!御三人。おっや~、なんだか随分と暗い顔してっけど!?」ここはやはりこの方に頼るしか手はありませんね。「鶴屋さん。実は僕ら、外国から来た旅の者なのです。」鶴屋さんは目をぱちくりさせながらこちらを見ている。「5人でここへ来たのですが、一緒に来たあとの2人とはぐれてしまいました。どこへ行ってしまったのか皆目、見当も付かないのです。あとの2人の捜索のお手伝いを頼んでも宜しいでしょうか?」鶴屋さんは何かを考え込むような顔をして、「私が知ってる外の国の人達は雷や火の玉を出したりはしなかったにょろ?あんちゃん達の顔も西洋の人より私達に近いし、言葉も通じるし、うちはまた、妖術使いかなんかだと思ってたさっ!まっ!深い事情がありそうだから詳しくは聞かないでおくよっ!」あの異常に勘が鋭いのも遺伝ですか…。「その2人ってのもあんちゃん達と同じような格好してんのかいっ!?」「えぇ、まぁ…。」「じゃあ、簡単さっ!そんな格好してる人なんて他にいないから目立つしさっ!すぐに見つかると思うにょろ!森ちゃん!皆に言ってこのあんちゃん達と同じような格好した2人を探して欲しいにょろ!頼んだよっ!」やはりいつの時代も只者ではありませんね、鶴屋さん。 「ぷっはぁ~!食った食った!ん?どうした?谷口。おまん、ほとんど箸を付けとらんな。要らんなら儂が貰うぞ。」谷口は急に立ち上がって大声を張り上げた。「儂ゃ、これから大志をなさんといかんのじゃ!大切な用事もある!こんな所で呑気に飯を食っとる時じゃないんじゃ!」もじゃポニーさんは呆気に取られたような顔をしたかと思うとポツリと語り出した。「おまん…大志の為に死ぬんか?おまんらが何をするつもりかは大体、分かっちょう。その覚悟はえぇ。しかし、死んだら元も子もない。全て終わりじゃ。おまんらがやろうとしちょるんは大志じゃなく、ただの無謀じゃ。事を成すなら生きて事を成すべきじゃ。こんな狭い島国の中で仲間同士、いがみ合っておってもせんない。陸奥や望月、おまんらみたいな若い者がこの先の日本には必要なんじゃ。1人でも多くの有能な人材が必要なんじゃ。儂ゃそういう奴らを集めて外国と貿易するんじゃ。その貿易で得た財で私設艦隊を作り、こん国を外国にも負けん強い国にしちゃる。まっ、その前に船を手に入れにゃいかんがの!時代は否応なく変わるぜよ…。そん時を見られんっちゅうはつまらんじゃろ?」谷口は拳を握り締めた。「さきほどの小男は幕府軍艦奉行の勝であろう?あの西洋かぶれと通じておるとは貴様、何者じゃ!?」もじゃポニーさんは頭を掻いている。「ありゃ?まだ名乗っとらんかったかのぉ~?そりゃすまんかったわい。儂ゃ、土佐脱藩浪士、今は神戸海軍操練所の塾頭をしちょる坂本竜馬っちゅうもんじゃ。ところでおまん、舟は大丈夫か?あれは体が揺れて酔うけんのぉ~。儂も未だに船酔いには慣れん。そんな奴が海軍の頭っちゅうのもおかしな話じゃがの!」彼は快活に笑い飛ばした。この、もじゃポニーさんが坂本竜馬?どっかで見たと思ったのは日本史の教科書か…。ますます事態が呑み込めん…。 「さぁ~て、と。じゃ、行くか。」もじゃポニーさんこと、坂本竜馬は刀を手に立ち上がった。谷口はさっきから黙って俯いている。「あの坂本さん…どちらへ?」「船じゃ。ジョンと谷口もついてこい。陸奥はここで待っちょいてくれ。勝さ~ん、行ってくるぜよ!」奥からの『おぅ!』という声に見送られ、俺は坂本さんについていった。太陽がギラギラと輝いている。谷口は未だに納得がいかないのか、少し離れて歩いている。 その時、バラバラと男達に囲まれた。新撰組だ。「おい、貴様。名を名乗れ!」坂本さんはニコニコしながら「薩摩藩士、才谷梅太郎じゃ。」と、ネーミングセンスゼロな名前を名乗った。「訛りが薩摩の者とは違うようだが…。」「ふ~ん…きっとずっと京におったからでごわす。」怪し過ぎです。無理矢理過ぎですよ、坂本さん。「そうか、ところで才谷とやら。おまん、ここで何しちょうぜよ?」「ちくっと知り合いの所に顔を出しに行くきに。」「やはり、土佐の者か!!」バレバレ過ぎです、単純な罠に引っ掛かり過ぎです、坂本さん。「あっちゃ~…なんで分かったんじゃ?」この人、アホだ…。 「見た所、妙な格好の毛唐もいるな。副長が言っていた不逞浪士と毛唐というのはこやつらの事か。とりあえず斬っとくか。」一斉に刃が斬り掛かってきた。俺はひたすらに避けては逃げる。期末テストの鬼教官・涼宮ハルヒの竹刀に鍛えられた反射神経、舐めんな!坂本さんは刀を縦横無尽に舞わせている。「ジョン!谷口!逃げるぞ!」必死で走っていた。夢ならそろそろ覚めてくれ!!!「永倉隊長、逃げられましたね。」「あのもじゃもじゃ頭、あいつはきっと強いぞ。やり合ってみたかったわ。」 鶴屋さん…何をやってらっしゃるのでしょうか?「だって、これ凄いよ!何なのさっ!この乳!」朝比奈みくるはどこの時代に行っても同じ扱いを受けるんですね。「止めて下さ~い!」「良いではないか、良いではないか。ウッヒッヒッヒッ。」ふと襖に影が降りたかと思うと声を掛けてきた。森さんだ。「お嬢様。」「どったぁ~?」「ただいま、旦那様に御客人が御出でなのですが、その中に偶然なのか、旅の御三方とよく似た格好をした者がおりまする。」3人は顔を見合わせた。「キョンくんと涼宮さんです!」「これは凄いですね!探す手間が省けたと言うものです。それにしてもどうして彼らは僕らがここにいるのが分かったのでしょうか?」「行ってみりゃ分かるさねっ!」僕らは鶴屋さんについて応接間に向かった。応接間の中には3人の人間が座っていました。そこには確かに彼の姿がありました。しかし…「キョンくん!」「朝比奈さん!長門!古泉!お前ら、どうして!?なんでここに?」「なんじゃ?ジョン、おまんの知り合いか?」「こちらの方につれられてここにお邪魔しています。」「鶴屋さん!」「あっれ~!君もうちの事、知ってんのかいっ!?有名になったもんだね、鶴屋さんも!」「涼宮さんはいないようですね…とりあえず、詳しくお話しましょう。」 浮き世の旅は当ても無く、時の縛りも無い故にちょっと一服、笹団子。見つめる先は鈴の音と旅人行き交う東海道。 朝比奈さんの「禁則事項です♪」と言う言葉に従い、他の皆さんには席を外して貰う事も考えたのだが、この時代の彼らの協力無しにはハルヒの捜索は行えない、という古泉の意見を採用し、俺達は外国から旅をしてきた人間だ、という設定で、まずはお互いの状況を簡潔に説明し合った。 まずここが1864年7月7日の京都だと言う事、ハルヒもここのどこかにいるが行方不明だと言う事、 3人は新撰組に追われた事、そこでここの鶴屋さんと出会った事、家に隠まってもらってた事、鶴屋さんに2人の捜索を依頼した事。 そして俺はクラスメイトの谷口にそっくりな男と一緒に新撰組に追われた事。その時この、もじゃポニーの坂本さんなる男に助けられた事。その坂本さんに無理矢理、勝という人の所に連れて行かれ、海軍に入れと言われた事。今も新撰組に追われている事。坂本さんの船購入に出資してくれるのが鶴屋さんである事。 「僕は涼宮さんはてっきりあなたと一緒にイチャついてるのかと思っていたのですが…」「誰がイチャつくか!?俺もハルヒはお前らと一緒なんだと思ってたよ…。」また振り出しか…ハルヒ、お前は一体、どこに行っちまったんだ?「ジョン!おまん、人探ししとったんか!?なら、はよ言や良かったんじゃ!」坂本さん、あなたが喋らせてくれなかったんでしょうが…。坂本さんは長門に興味を惹かれたようだ。「ところで、そこのおなご。おまん、航海士かぇ!?その着物、セーラーじゃろ!?セーラーは海軍の証拠じゃきに!どうじゃ!?儂の海軍に入らんか!?しっかし、随分と破廉恥なセーラーぜよ!外国じゃ、おなごはこげに肌を露にするもんかぇ!?」話がややこしくなる。静かにしといて下さい、坂本さん。あとスカートの中身をあまりジロジロ見ないで下さい、坂本さん…。「それにしても俺達はなんでこんな所に…朝比奈さんの話では、えぇ~と、ここらへんに来るのは不可能だったんじゃないんですか?」「それが私にも不思議なんです~…。」古泉が笑いながら制止した。「それはまた後ほど。」「しっかし、おまんらの話はどっか、芯のよう掴めん話じゃのぉ~…。なんか気になるし、面白そうぜよ!儂もおまんらについていこうかの!」えっ!?「じゃあ、うちも行くにょろ!」「谷口、おまんはどうする?」谷口は返事をしなかった。「ふ~ん…まぁ、納得いかんのに無理矢理引っ張るのもあれじゃきに。おまんの好きにせぇ。」谷口は無言で何かを思案しながら、俺達と別れた。 古泉が俺の耳元に囁きかけてきた。気持ち悪っ!!あ…息は吹きかけるな…。「先程の何故、僕らがこの時代に飛ばされたのか?というお話ですが、恐らく…涼宮さんが願ったからではないか、と。あなたの覚えがあまりに悪いのを改善するにはどうすれば良いのか?と、涼宮さんは思案し、あなたの身体に覚え込ませる為にここへ直接、放り込めば良いのではないか?と彼女は考え、そして、閉鎖空間とはまた違う世界が構築された。それに部室にいた全員が巻き込まれたのではないかというのが僕ら3人の意見です。この世界では不完全ながら僕の力も有効化されますし。」ハルヒ…あんまり無茶させんな…。「ところであの天然パーマの方、ひょっとしてあの坂本竜馬ですか?」「あぁ、みたいだな。どうやら本物らしい。色んな意味で信じられんがな。」「これは凄い!坂本竜馬、勝海舟、新撰組と、本当に歴史の教科書の中に飛び込んだ世界のようだ。」笑ってる場合じゃないだろ…。 「あんちゃん達は皆、三条大橋の近くで離ればなれになったにょろ?じゃ、もう1人もその近くにいるかもしんないよ?皆で行ってみようさっ!!」次の行動が決まらない俺達は鶴屋さんの提案に賛同したが1人、坂本さんだけは渋い顔をしていた。「三条大橋の周りは今はちくっと危ないぜよ。京にいる攘夷志士から新撰組まで一斉にあの辺り一帯に集まっちょる。それにジョン達の格好は目立ち過ぎる。服だけでも着替えておくべきじゃきに。」確かにこの時代にセーラー服やメイド服は目立ち過ぎる…。それにもうこの格好であの町には出たくない…。斬られるのはごめんだ。「じゃ、うちにある着物を貸してやるさっ!その服は風呂敷にでも包むんだね!」まるで夏祭りにでも行くようですね、と古泉は笑いながら呑気な事を言っている。「あん破廉恥なセーラー服も堪らんけんど、それもなかなか悪くないっちに。」と、坂本さんは長門に冗談を飛ばしている。森さん達にも捜索してもらっている事もあり、ひとまず全員で固まって動き、現地で二手に分かれる事とした。ハルヒ~…早く出てきてくれ…。 アケビ、椎の実、銀杏(いちょう)に蓮の実。供物捧げる盂蘭盆(うらぼん)にゃ、仏様の蓮の葉座布団、摘んどけ、買っとけ、載っけとけ。言う事聞かないお転婆娘は蓮の葉女にされちゃうよ――― 京都は夏真っ盛りである。風鈴も音を鳴らさないほど風もなく、制服で歩き回るのは確かにしんどい。6人は三条大橋に着いたものの、東海道の終点である宿場町と言う事もあり、人がごった返していた。「凄い賑わいですね~。」朝比奈さんは物珍しそうな顔をしながらキョロキョロしている。落ち着きの無い俺に古泉がニヤニヤと笑いながら話し掛けてくる。「涼宮さんの捜索という目的がなければ、京の風情を味わいたい所ですね。まぁ、心配しなくても涼宮さんなら大丈夫ですよ。僕には分かります。正確には分かってしまうと言った方が正しいのですが…。」長門が呉服屋の店先に置いてある鈴の付いたかんざしを見つめている。「お!おまん、仏頂面の割には可愛いもん欲しがるの!買っちゃろか?」「…ユニーク。これは何という武器?」武器じゃありませんっ!! 6人でどう二手に分かれようか相談していると、急に町が騒がしくなった。喧嘩でも起きているのだろうか?「どうやら新撰組がおるようじゃ…。また攘夷の連中が暴れちょるんかの?」おいおい…また斬り掛かってこられるのは勘弁だ…。遠くの方で土煙と怒声が舞っている。「こりゃ大捕物さねっ!」人のごった返す通りをかき分けながら何十人という大所帯の新撰組が抜き身の刀を振り回し、こちらへ駈けてくる。「ここは危ないようです。ひとまず身を隠しましょう。」横の路地に入ると大声で喚き散らしているのが聞こえる。「副長!!副長!!」「あっちに逃げたぞ!!!」「待て!コラッ!!!」「囲め!逃がすな!!」「叩っ斬れ!!」こりゃあ、ヤバいんじゃないか?やれやれ…物騒な所に来ちまったもんだ…。「儂ゃ近眼じゃきに、よう見えんがどうやらこっちに来るようじゃの。」「バレてしまったのでしょうか?」「いんや!誰かが追われてるようにょろ!」俺はふと大通りに目をやり、騒ぎの中心を覗いてみるとあまりの驚きに目を疑った…。 ハルヒッ!? 「……どうやら涼宮さんのようですね…。」 ………………。 今度は何をしでかしやがったぁぁぁあああ~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!???ハルヒィィィイイイ~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 土方歳三は沖田総司の一番隊を借りて京の街を歩いていた。ここの所、探索や暗殺、拷問と立て続けに面倒事が舞い込み、諸々の準備にも時間を取られるのと蒸し暑いのとが相まって気が張って苛立っているようだ。だが、これも新撰組を最強の武士集団とする為には仕方の無い事。ちょっとでも気を抜いて取り締まりを緩めれば何が起こるか分からない。こっちの命があっさり取られかねない事も重々、承知している。「副長!!」声を掛けられて振り向くと永倉新八率いる二番隊の連中がそこにいた。「ちょうど良い所で会いました。先程、妙な浪人2人と西洋人に出くわしました。やはりあいつら、毛唐共と手を組み、何かを企んでいるやもしれません。」ちっ…。ったく、つくづく面倒臭ぇ…。どうも攘夷の連中は俺の神経を逆撫でする為だけに生きているような連中が多いようだ。「斉藤の三番隊も今日はこの辺りを巡回中だったよな?一度合流して配置し直すか…。」三条大橋の近くで斉藤一率いる三番隊と合流すると、こいつらは何人か斬ってきた後のようだった。気が荒れて、ささくれ立っている。「おめぇら、息を整えろ。これから一番隊、二番隊、三番隊の配置を決める!どうやら攘夷志士の連中は毛唐共と手を組んで何かを企てているという報告が入っている。いいか!!怪しい輩は生かしておかんでもいい!!局中法度を思い出せ!気を引き締めろ!!俺達の任務は京都の治安を守る事!面倒な奴らは徹底的に根絶やしに…ん??………はべしっ!!!!!!!」「…副長??…副長!!!!」 目を覚ますと私は見た事もない川縁の土手に寝転んでいた。部室にいたのは夢だったのかしら?あれ?こっちが夢?しぱしぱした目でキラキラ光る川を見ると一枚の葉っぱが流れてきた。「ここ、どこ!?」周りを見渡すと変な格好をした人達で溢れかえっていて私をジーッと見つめていた。「何、見てんのよ!?」手元にあった竹刀を振りかざすと皆、散っていった。「キョンはどこ?自分から頼んどきながら勉強サボって私を一人にするなんて、マジあいつ罰金と死刑をダブルで宣告するわ!」立ち上がって歩いてみると本当に不思議な町だった。時代劇のセットのような町。むぅ~…なんかジロジロと視線が気になる…。「おい!そこのおなご!」声を掛けられて振り向くと全員お揃いのダッサいはっぴを着た男共がいた。アイドルオタクか何かかしら?気持ち悪いわ…。「何よ?」「お前、何者だ?何だ、その格好は?」あんた達に言われたくないわよ。「何よ?文句あんの!?マジ殺すわよ!!」そう言うとそいつらは無礼者だなんだ言い掛かりを付けてきて刀を突きつけてきた。そんなおもちゃの刀でこのSOS団団長、涼宮ハルヒ様に逆らおうなんて良い度胸じゃないのよ!?目にもの見せてやるわ!!30秒もかからなかった。雑魚ばっかね…そんな腕で私に挑んで来ようなんて100万年早いのよ!!倒した連中を踏んづけてるとアイドルオタクの仲間らしき連中が30人近くの大人数でこちらへ向かってきた。さすがにあの人数を相手に真正面から1人で闘うのは戦略的に不利だわ。ここはゲリラ的戦術の採用決定ね。 引いては押し、押しては引いて、路地に身を隠しては迂闊に飛び込んでくる馬鹿の鳩尾に一発!屋根に上って近付き下でうろちょろしてるアホの脳天に一発!身を伏せ通り過ぎた所を背後からフルスイングで顔面に一発! 「ふぅ~…何とかかなりの人数を仕留めるのに成功したわ。全く何なのよ?あいつら、SOS団を脅かす悪の組織か何かで真っ先に団長たる私を狙ってきたのかしら?それとも、ただ単に気持ち悪いアイドルオタクとして可愛い女の子に襲い掛かってるってのなら可愛いのも罪よね。」屋根の上であぐらをかきながら次の戦略を練っているとアイドルオタク達はどこかへと去って行った。「ふん!逃がさないわよ!この私に喧嘩をバーゲンセールで売りつけるなんてとことん敗北と後悔にまみれさせて服従させてやらないと気が済まないわ!」屋根伝いにアイドルオタク達を尾行すると集まって何やら話し合いの真っ最中のようだった。「私を倒す為の相談かしら?どうやらあの一番前で偉そうに突っ立ってる陰気そうな奴がアイドルオタクのリーダーって訳ね。」屋根の上からそ~っと近付き、アイドルオタクのリーダーの真上にまで来た。「ふふん…まだまだ甘いわね。隙だらけだわ!」竹刀の構えに力を込めた。「ていやっ!!!」「…ん??………はべしっ!!!!!!!」「…副長??…副長!!!!」何よ?副長って事は二番手?じゃあ、真の黒幕はまだ他にいるって事ね!見てなさい!アイドルオタク共!この涼宮ハルヒ様を敵に回した事を後悔させてやるわ!! 俺が今、頭痛と目眩で倒れそうなのはこの町の暑さのせいだけではないだろう。何故なら、あの涼宮ハルヒが目の前で大人数の新撰組を相手に大立ち回りを演じているからだ。「助けに行きましょうか?」あぁ…そうだな…。「あれがおまんらの探しちょう者かぇ?こん大人数の新撰組を相手にあん体裁き。只者じゃないぜよ。」えぇ…確かに只者じゃありません…。「ひゃ~!凄い暴れっぷりさっ!」「でも、涼宮さんが危ないです~。」「…私が前線に出て障壁を張る。その隙にあなたは涼宮ハルヒを保護して。」ラジャー、長門。「行くぞ!」さすがに緊張するよ…俺は何の術も持たない一般人なんだ。6人で一気に飛び出し、暴れるハルヒの元に駆け寄った。「何すんのよ!?離しなさい!」助けに来てやったのに竹刀で殴られるとは…。「キョン!?あんた何やってたのよ!?遅いわよ!」お前こそ何やってんだよ、ハルヒ…。「SOS団では遅刻は厳禁!罰金よ!」やれやれ…。長門が前線を抑え、坂本さんと古泉が襲いかかってくる新撰組を撃退してくれている。「さぁ!ハルヒ行くぞ!」「ちょっと!!待ちなさいよ!!真の黒幕はまだ存在してるの!!SOS団を脅かす悪の組織たるアイドルオタク達との闘いはまだ終わってないわよ!」何を言っとるんだ、こいつは…とりあえずさっさと行くぞ。 俺達は布と剣を目の前にして暴れる闘牛のようなハルヒを俺と朝比奈さんと鶴屋さんの3人は力ずくで鶴屋さんの家まで引きずっていった。遅れて長門と古泉、坂本さんが走ってきた。「何とか撒いてきたぜよ。もうあんな大人数に襲われるのはごめんじゃきに。」古泉はまたニヤニヤ顔に戻っていた。「でも、さすが涼宮さんですね。あの人数を相手に一歩も退かないとは。」「何なのよ!?あともう少しで全員ぶっ倒す必殺技でも出そうだったのに!!」こいつは本気で言ってるんだから困る…。「ハルヒよ…お前、今度は一体、何やらかしたんだ?あんな大人数に追い掛けられて逃げ回るなんて余程の事だぞ。」ハルヒは竹刀を俺に突きつけ叫んだ。「私はあんなアイドルオタクの雑魚共から逃げてた訳じゃないわよ!さすがの私にもあの大人数相手に1人では多勢に無勢だったから体勢を立て直す為の戦略的な一時撤退よ!前にも言ったでしょ!SOS団に敗北主義者は要らないの!それをあんた達が邪魔するから!次やったら全裸になって校庭で組み体操の刑よ!八本足の宇宙人に連れ去られる~!って叫びながらね!あのアイドルオタク共、次、会ったらボッコボコにしてやるんだから!」おいおい、こいつは日本最恐と言われた暗殺集団にまで喧嘩を売るつもりかよ…。 鶴屋さんの家の居間でこれからの善後策を練る事にした。ハルヒは汚れた制服を着替える為に鶴屋さんと奥へと入っていった。とりあえずさっさと元の時代に戻りたい…。「ふふ…どうやら涼宮さんは随分と楽しんでいらっしゃるようですね。」古泉、呑気な事を言ってる場合じゃないだろ。長門と朝比奈さんは何事もなかったかのようにお茶を飲んでいる。2人共、違う意味で鈍感だから羨ましい。坂本さんは森さんと何やら話をしている。「それは失礼しました。ですが、涼宮さんは過去に飛ばされたというのに気が付いていらっしゃらないのが救いです。悪の組織か何かの陰謀に巻き込まれたと本気で信じているようですから。」長門がぽつりと口を開いた。「…大丈夫。ここは改変された世界。元の時代に帰還した際、完全とは言えないまでも情報統合思念体の力によりある程度の記憶の情報操作、改変、再構成、再構築する事は可能。例え、涼宮ハルヒが時空間移動の事実を認識したとしてもそれは消去出来る範囲。但し、行動の記憶までは消去出来ない。あくまで認識の部分に於いてのみ、改変可能。」って事は悪の組織と闘った~、みたいな記憶だけ残るって事か?「…そう。だから戦闘等の行動に問題は無い。」いや、大有りだ。生まれるよりも前の時代で死ぬなんざ、ごめんだからな! 「ところで俺達が元の時代に戻るにはどうすれば良いんだ?朝比奈さんの力でも無理なんでしょうか?」「そうなんです…。私達がいた時代より4年前の涼宮さんを中心とした時間震動による時間断層が存在しています。私達が過去に飛ばされてしまったので今度はあの時間より未来にはどうしても行けなくなってしまっています。」「長門はどうにか出来ないのか?」「やってはみる。ただし、初めての事例で保証は出来ない。結局は涼宮ハルヒの力を利用するしか無い。」「涼宮さんに元の時代に戻りたいと願ってもらう以外に方法はなさそうです。と言う事はやはり、今回もあなたの力が不可欠な訳です。」3人の視線が一斉に俺に突き刺さる…そんなに期待しないでくれっ!ハルヒが楽しそうな笑顔で居間に入ってきた。黄色地にピンク色の蓮の花が施してある着物に着替えたハルヒは茶道か華道でも習う着物美人なお嬢様にしか見えない。竹刀さえ持ってなかったら、の話だが…。隣に座った坂本さんが声を上げた。「いんや~!さっきの破廉恥なセーラーも悪うなかったけんど、浴衣着て竹刀を持つおなごとはなかなか。剣の腕と言い、気迫の強さと言い、まっこと、さな子さんにそっくりなおなごぜよ!」さな子とはかつて龍馬が通っていた江戸にある北辰一刀流桶町千葉道場の当主、千葉定吉の娘、千葉さな子の事であろう。「ジョン!おまんもおなごにゃ尻に敷かれる男かぇ!?」古泉が意味ありげに笑う。「さぁ!これからSOS団緊急ミーティングを開始するわよ!」 闇夜に蠢く蛇一匹。池に浮かぶや蓮一輪。泳ぐ蛙は睨まれて慈悲を乞う為、蓮の上――― 頭が痛ぇ…。くそっ…あのアマ!一体全体、何者だ?大衆の面前で人の脳天に思いっきり一本振り下ろしてきやがって!次、見つけたらただじゃおかねぇ!「どうした?歳。随分と苛立ってるようだが…。」近藤勇は笑顔で訊ねる。沖田総司が代わりに、からかうように答えた。「今日、土方さんね、三条大橋なんて人の大勢いる目の前で女の人に竹刀で脳天かち割られてぶっ倒れちゃったらしいんですよ。」近藤は豪快に笑う。「歳、お前は昔から女たらしのくせに冷たくあしらう所があるからな。またどこぞの女にでも手を出して恨みでも買ったんだろうよ。」土方は益々、不機嫌になった。「要らねぇ事くっちゃべってんな、総司。それよりも明日の事だ、近藤さん。桝屋古高俊太郎への取り調べから明日、攘夷浪士共の会合があるのは確かだ。長州、土佐、肥後あたりの面子だろう。ただはっきりした場所が分からねぇ。探索に出している山崎や島田からの報告によるとやるとすれば四国屋丹虎か池田屋。」近藤は先程までの笑顔を解き、真顔になっている。「隊を二手に分けておくか。」「あぁ、そうした方が良いだろう。会津や桑名だけに手柄を持ってかれるのはごめんだからな。」「しかし、事実なのか?歳。いくら過激な攘夷浪士共とは言え、御所に火を放ち、一橋公と容保公を暗殺、天子様を長州に連行するなど正気の沙汰とは思えんぞ。」「事実かどうかは問題じゃねぇ。事は始まってからじゃ遅ぇんだ。」 ハルヒは「SOS団の未来を守る為、敵対する悪の組織は徹底的に根絶やしにすべきだわ!」と強く主張していたが、全員の説得でなんとか踏みとどまらせた。「じゃあ、仕方ないわね。今日は一旦補給の為、休戦!明日の決戦に備えなさい!」どこの何と決戦なんだ…教えてくれ。俺は坂本さんが浮かない顔をしながら言った「明日か…。」という言葉が引っ掛かっていた。眠りにつきながら俺は祈った。目が覚めたら部室かベッドの上に戻っていて欲しい…………俺の祈りは通じなかったようだ。低血圧で目覚めの悪い俺は一番遅い目覚めだったようだ。ハルヒは物凄い勢いで白飯をかき込んでいる。「今日は決戦よ!長い一日になるわ。十分に補給しときなさい!」お前が何もしなかったら何も起きん。ボーッとした頭で朝飯に手をつけていると森さんの声が聞こえた。「皆様、おはようございます。坂本さん…少々お時間を。」坂本さんは森さんと話し込んだかと思うと、浮かない顔つきで戻ってきた。「…儂と同じ土佐者で今は共に海軍操練所におる亀と北っちゅうもんがおるんじゃが、昨日、見当たらんかったきに、ここの者に捜索を願ったんじゃ。」望月亀弥太と北添佶摩の事であろう。「どうやらあんの阿呆共、面倒な厄介事に首を突っ込んどるようぜよ。過激な尊王攘夷の連中とは手を切れと何遍も言うたんじゃが…。おまんも知っちょる谷口もおるらしい。ジョン、すまんがこの後、ちくっと手伝うてくれんかの?」「手伝う?」「あいつらをここに引っ張ってくる。」 新撰組の屯所では土方が部隊を2つに分け編成を行い、一人一人に指示を出していた。「何度も言うが、場所は祇園にある実成院という寺の門前にある会所。固まっては動くな。通常の巡回や町に遊びに出てきた態を装ってそこへ集まれ。今夜は生死を分つ時になるやもしれん。覚悟と準備を怠るな。全員集まった後、もう一度そこで編成の確認をする。」三条大橋で出会った妙な輩共とあばずれ女の行方も気にはなるが、隊士の言う所では攘夷浪士と一緒にいた毛唐共とはあいつらの事らしい。そう言えば確かに見慣れない妙な格好をしていた。女に至っては肌を露出させたふしだら極まり無い着物だ。もし、攘夷浪士と毛唐が手を組んでいるのならば今夜の会合にはあいつらの姿もあるだろう。まとめて叩っ斬っちまえば良い。今夜は新撰組の浮沈を懸けた決戦だ。土方は刀を持って屯所を出た。 ハルヒは目を輝かせていた。「事件の匂いがプンプンするわ!その依頼、我がSOS団が引き受けましょう!」こいつが出てくると何でも無い事まで大事件に発展する。「ほぅか!おまんみたいな、強かおなごの力が必要かもせん!おなご2人が破廉恥なセーラー着て航海士やって戦闘員まで兼ねるとは外国はほんに不思議な所ぜよ!」面倒だ…誰か、俺とツッコミ役を代わってくれる方、メールしてくれ。「まっ、とりあえず飯じゃ!」長門はこういう和食の朝は初めてなのだろうか、興味を惹かれたのかしきりにおかわりしている。朝飯が終わり、一服しているとハルヒが袖を引っ張ってきた。「ねぇ、キョン。あのもじゃもじゃの人、坂本さんだっけ?なんであの人、あんたの事、ジョンって呼んでるの?」そうか…ハルヒにジョン・スミスの事は言えないな…。「いや、なんか聞き間違えをそのまま勘違いしてるみたいだ。キョンとジョンって響きが似てるからな。」納得したようなしてないような顔をしている。「まっ、良いわ。さぁ!SOS団捜索隊、任務開始よ!」 頭の中で坂本さんの言葉が鳴り響いていた。『事を成すなら生きて成せ。死んだら終わりじゃ。時代は変わる。』儂ゃ何がしたいんじゃ…。「…口。おい、谷口!!」ハッと顔を上げると座を占めていた面々がこちらを見つめている。「お前は普段から締まりの無い男じゃが、こういう場くらいしゃきっと出来んか?これから長州藩のひいては尊王攘夷の行く末が決まる時なんじゃ。」上座に座る男が鋭い言葉を放つ。「今夜にでももう一度集まろう。その時には桂もおるじゃろうて。」その言葉で各々、散って行った。尊王攘夷、か…。はっきり言うと尊王攘夷とはどんなものなのか自分自身、未だによく分かっていない。なんだか祭りの熱に乗せられて京まで出てきてしまった気がしている。「里に帰ろうかのぉ~…。」そんな事を考えながら歩いていると、見覚えのある集団に取り囲まれた。 「その亀とか言う変な名前の奴らをふん捕まえれば良いのね!楽勝だわ!」とハルヒは楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いている。またあの橋の所まで行くのか?絶対に襲われる…絶対に新撰組に捕まる。俺の勘はもはや百発百中なのか、そりゃそうだろう。こんな怪しげな集団が7人連なって歩いていたら誰だって気になるに決まっている。「お前ら、どこへ行く?」坂本さんと古泉はニコニコと笑っているが、ハルヒは今にも竹刀で飛び掛かって行きそうな勢いだ。「このあんさんらが、ちょいと祇園はんにでも顔出そか、言わはりましてなぁ~。」気が付くと鶴屋さんが艶っぽい京訛りで新撰組の連中にしなだれかかっていた。「もうすぐ祇園祭でっしゃろ?舞妓はんらの踊りもそりゃ幽玄なもんでっせ?どや?お侍はんらも、うちと一緒に来はりまへんかぇ?」くっ…朝比奈さんとはまた違うセックスィ~さだ…。「い、いや。遠慮しておく。任務があるからな。あまりうろちょろするなよ!」と、新撰組は立ち去って行った。「アッハッハッ!!東のお芋さんは京訛りの女に弱いのさっ!ちょいと色で仕掛けるとすぐにこうさねっ!ちょろいもんにょろ!」確かにあれは男としては堪らない…。「ちょっと、キョン!何、鼻の下伸ばしてんのよ!?このスケベ面!」…悪かったな! 望月と北添は会合が一旦解散となった後、京の町をブラブラと練り歩いていた。「龍さんにはなんと言おうかの?」亀こと望月亀弥太はぽつりと口を開いた。「おまん、そげに気になるかぇ?確かに海軍を作るっちゅう龍さんの言には一理も二理もある。けんど、今すぐやらにゃいかんっちゅう事もあるぜよ。」北添は身近な仲間が抜けて1人になるのが嫌だったのであろう。引き止めるように言葉を続けた。「確かにおまんは龍さんから航海術を習い、腕もよう磨いちょう。でんも、その術を活かすには活かすだけの世が必要じゃ。今の海は毛唐共に支配されちょる。こん国から海に出るにはまずこん国から毛唐を追い出し、天子様を芯に据えた強き国を作らにゃいかんぜよ。」亀はその意見も分かるし、龍馬の言葉も分かる。要は優先順位の問題だ。「とりゃっせぃ!!」亀と北の脳天に衝撃が走った。 「坂本さん、とジョン。」はいはい…ジョンですよ。そしてハルヒ、暴れるな。「まだ生きちょったの、谷口。」坂本さんはにこやかに話し掛けた。「あれ?土佐の亀と北じゃ。」亀と北はさっき、ハルヒの竹刀を脳天に喰らって気絶している。「ちくっとこいつらとおまんに話があっての。少し行き違いがあったが、まぁ、こいつら儂の仲間じゃ。そして、おまんもな。来い。」坂本さんはぶらりと歩き出した。「何よ?3人に話があるから引っ張ってくるっていうのはのして無理矢理連れてくるって意味じゃなかったの?」そんな訳ないだろ、ハルヒ。気絶して抱えられている亀と北の目を覚まして突然、脳天をかち割った事を何とか誤魔化し、鶴屋さんの「さっ!歩いて喉も渇いたし、団子とお茶で一休みにょろ!」の言葉により、茶屋に入った。 「さぁ!おまんら。これからどうするんか、ちゃっと決めぇ!ちゃっと!」坂本さんは珍しく熱くなっている。「悩む事は良ぇ事ぜよ。悩み考えんと出てこんもんもある。しっかし、何も考えんと事を始めるのはただの馬鹿じゃきに。」その言葉に北が、「儂らは今やるべき事をやって、きっちりけじめを付けたいぜよ。」と言い返した。「亀、おまんもか?」という坂本さんの言葉に亀は眉間に皺を寄せて頷いた。「谷口は?」谷口はうんともすんとも言わずにただ黙って俯いている。それにハルヒがイラついたらしい。「あんた、男らしくないわね!さっきから黙ってないで何か言ったらどうなの!?どうせそんなんじゃどこ行ったって使いっ走りがせいぜいなんでしょうけど!」お前は黙っとけ。話がややこしくなる。しかし、ハルヒの煽りに谷口は我慢出来なかったらしい。「儂ゃ元々、坂本さんとは昨日初めて会っただけの縁じゃ。助けて貰った恩はある。それはいつか必ず返す。でも、それとこれとは別じゃ!」坂本さんは大きく溜息をついた。「おまんら、揃いも揃って頑固者ばかりぜよ。分かった。もう何も言わん。ただ、一つだけ覚えとけ。必ず生きて帰ってこい。おまんら、帰ってきたらまた海で遊ぼうぜよ。」坂本さんは少し寂しそうな笑顔を浮かべていた。 唸る狼、群れをなし、牙を尖らせ、鼻磨き、眼は爛々と輝いて闇夜の獲物を取り囲む――― 昼に3人の探索をしたせいで着物を汚してしまった事を謝って俺達は制服に着替えた。(朝比奈さんだけはメイド服だが…)夕方、鶴屋さんの家に戻ると坂本さんは縁側で寝仏のように横になりながら微動だにしなくなった。何かを考え込んでいるようだった。俺達も考えなくてはいけない。元の時代に戻る方法を。蒸し暑い夜だった。長門は漢字ばかり並んでいる鶴屋家の蔵書を読みふけっている。ハルヒと鶴屋さんは朝比奈さんに「みくるちゃんが着物を着てると帯を回したくなる悪代官の気持ちが分かるわね。」等と、セクハラ三昧のいたずら放題をしている。なんて羨ましい…。俺と古泉は将棋を指している。3連勝中。森さんが勢い良く駆け込んできた。「皆様!どうやら新撰組の方々が三条木屋町の池田屋さんに踏み込んだようです。尊王攘夷の方々が多数、集まり会合を開いていたようですが、坂本さんのお知り合いもいらっしゃるのではないかと思いまして…」その話を聞いた坂本さんは刀を手にして縁側からもうすでに外へと駆け出していた。「僕らも様子を見に行ってみましょう。」「ハルヒ!」ハルヒはもう竹刀を手に外に出ていた。「分かってるわよ、みくるちゃん!有希!行くわよ!」「はい!」「……。」5人で走り出した。………戻ってきた。「鶴屋さん!森さん!池田屋ってどこ!?」 森さんと野次馬根性丸出しの鶴屋さんに案内され、池田屋のある方向へと来たのだが、闘いの真っ最中なのだろう、街中の路地と言う路地に兵が蠢いていた。森さんの話では新撰組だけでなく、会津、桑名の藩兵も出てきているらしい。「こちらです。」森さんが全員を近くの家の屋根の上へと導いた。この時代の森さんも得体の知れない人だ。騒がしい大声の聞こえる方へと進み、屋根の上から池田屋の見える位置に移動した。入り口で一人の男が抜き身の刀を手に仁王立ちしている。新撰組の人間以外は敵だろうが、味方だろうが入れる気はないらしい。「あぁ~!!あいつよ!アイドルオタクの副リーダー!!」飛び出していきそうなハルヒを全員で押さえつけた。坂本さんはどこだ?「一度、三条大橋に行ってみましょう。」森さんの言葉に一斉に屋根の上を動き出した。こちらにも何百何千という藩兵が道を固めていた。坂本さんはどこだ?「…待って。」突然、長門が立ち止まった。「…こっち。」長門が歩き出した方角へ進んで行くと路地の陰に坂本さんに抱えられた谷口と亀が見えた。2人とも重傷のようだ。坂本さんにも多少の切り傷が付いている。「おぅ…おまんら、やっと来たかぇ…。さすがに2人抱えて逃げるのはしんどいぜよ。」しかし、長門。なんで居場所が分かったんだ? 3人を屋根の上へ乗せようとしたその時であった。側面から火が噴いた。「キャッ!!」「ハルヒッ!!」一番手で屋根に登ろうとしたハルヒは屋根の上から真っ逆さまに地面へと叩き落とされた。「ハルヒッ!!大丈夫か!?ハルヒッ!!」「こっちだ!!」藩兵が駆け込んできたのが見えて俺は倒れているハルヒを抱えて全員で大通りに逃げると三条大橋の目の前で四方全てが囲まれてしまった。くそっ…万事休すか。「…橋の上を突破する。」長門が一歩前に出てきた。「では、僕が後方の抑えを担当しましょう。」「…助かる。」「おい!大丈夫か、長門。」「…問題無い。対有機生命体コンタクト用インターフェースの力は物質を介在する事で増幅され、更に一方向に集中させる事で拡散しているエネルギーを圧縮する事が可能。」どういう事だ?「…大丈夫。…本気を出すから。」ちゃりんと鈴の音がした。あれは…坂本さんに買ってもらってたかんざしだ、と思った瞬間、朝が来たのかと思う程の眩い光が辺りを包み込んだ。 突然の眩しい光に眼を開けていられなかった。ようやく眩しさに慣れて眼を開くとそこには信じられない光景が広がっていた。橋の上にいた何百人、何千人という人間が跡形もなく、消えていたのである。いや、一人だけ橋の手前で倒れていた。長門である。「長門っ!!」くそっ…ハルヒと長門、2人も…。「古泉っ!!!!!!!長門を頼む。逃げるぞ!!撤退だ!!」「はい!」全員で逃げようとした時だった。「亀っ!!」坂本さんに抱えられた望月亀弥太の背中に刀が突き刺さっていた。「……何しょるんじゃ、貴様ら!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」刀を抜いて斬り掛かって行こうとした坂本さんに誰かが飛びついた。谷口だ。「行かせんぞ…。生きて事を成せ、言うたのはお前じゃろうが…。時代が変わるのを見せてくれるんじゃろうが…。お前がおらんのうなったら誰と一緒に海で遊ぶんじゃ!!」「坂本さん!!」坂本さんは歯噛みしながらこっちへ駈けてきた。横を走っていた古泉の息が乱れている。「ここまで来れば何の問題もなく、逃げられそうですね。」と、橋を渡り終えた瞬間、急に身体が重くなって倒れて込んでしまった。 目を覚ますと、橋の横の土手にいた。しかし、後ろから追ってきていた藩兵達はいなくなっている。鶴屋さん、森さん、坂本さん、谷口の4人の姿も見当たらない。夜の帳が下りて物音一つしない。「どうやら僕らだけのようです。」声を掛けられて振り向くとドキッとした。目の前に古泉のニヤケ顔があったからだ。近いんだよ、顔が!「そうだ…皆は!?」「…問題無い。」うおっ!長門。「涼宮ハルヒは落下の衝撃により気絶しているだけ。特に損傷等は見られない。朝比奈みくるも、じきに目を覚ます。」「お前も倒れてたが、もう大丈夫なのか?長門。」「…問題無い。瞬間的に全エネルギーを開放した為に起きた反動。動作用のエネルギーが注入されれば問題は無い。」「ところでさっき、橋の上で人が消えたのって…」「…空間座標を移動させただけ。命までは取っていない。数が多かったのでエネルギーを消耗した。」こいつのエネルギーの源って何なんだろう?飯は普通に食ってるよな?「ふぁ~い…。あれ~?どうしたんですか~?」朝比奈さんがお目覚めだ。「ところで一体全体、何が起きたんだ?坂本さんとか鶴屋さんや森さんはどこに行った?」古泉と長門が目を合わせた。 「どうやらここは先程までいた時代とはまた別の時代に来てしまったようです。」は?「空間の位置座標に変化は無い。但し、時間の位相がずれている。地球時間に換算すると1867年12月10日。先程の時間座標から3年後の未来。」…嘘だろ。「なんで、今度はそんな時間に飛ばされちまったんだ?」「長門さんのお話ですと、あの時、三条大橋を渡り終えた時にですが、何でも僕らの元々いた時代に戻る時空間移動の震動が波形として現れたらしいのです。」じゃあ、なんで…。「…そう。理由が分からない。何故、時空間移動の最中にこの時間座標に落下してしまったのか。涼宮ハルヒの力によるものなのか、外的要因によるものなのか、原因は不明。」朝比奈さんが真剣な顔つきで聞いている。「それはひょっとすると…」「何かご存知なんですか?朝比奈さん。」「う~ん……禁則事項です♪」おい…。 これからまた面倒事に巻き込まれるごめんだぞ…。と思っていると、長門が歩き出した。「…こっち。」え?長門は何も言わずにどんどん進んで行く。俺はハルヒを背負ってついていった。「ちょっと待てよ、長門。どこへ行く気だ?」「…すぐに分かる。」そのまま5人で歩いて行くと、とある店の前についた。醤油屋さん???どうした、長門。また腹減ってんのか?長門がその店の番頭と話をしたかと思うと、二階の部屋へと通された。そこにいる人を見て驚いた。「坂本さん!!」確かに坂本さんである。もう一人、見た事の無い人がいた。「おぉ!!ジョン!!久し振りぜよ!!」久し振り?あぁ~…そうか、坂本さんにとっては3年振りか…。「おぉ、中岡!!こいつらはジョンとその航海仲間じゃ。以前、話した事があろう?」その中岡という人は頷いた。「こいつは中岡。同じ土佐者で一緒に色々、やっちょうきに!いんや~!懐かしい!おまんらとは三条大橋で離ればなれになったきりぜよ。ところでおまんら、今日はなんじゃ?」長門、何かあるんじゃないのか? 「おぉ!そうじゃ!そこの仏頂面の女航海士!」と、坂本さんは懐から何かを取り出した。「おまんから預かっちょったかんざしの鈴、返しとくぜよ。」綺麗な鈴の音が長門の手の平で鳴った。「実は儂、女房を持ってのぉ~!さすがに女房の前で他のおなごからの贈り物じゃなんて言うたら何されるか分からんきに!」と、坂本さんは快活に笑った。俺達は知らなかったのだが、かんざしには二つ鈴が付いていたらしい。長門が坂本さんに買って貰った時に一つ、お礼としてあげていたらしい。実に長門らしいお礼の仕方だ。「あっ!そうそう!ところでエゲレス人のジョンなら知っちょるじゃろ。実はの……今日はこの坂本龍馬のバースデーなんじゃ!!」へ?「それはおめでとうございます。」「バースデーとは西洋では、なんじゃ祭り開いて盛り上がるんじゃろ?」中岡さんが口を出してきた。「龍さん、いかんぜよ。風邪引いちょる言うちょったじゃろ?」「中岡はほんにつまらん男じゃきに。」俺はふと思い付きを口に出してみた。「でも、鍋とかだったら身体も暖まりますよ。」「おぉ!それじゃ、ジョン!藤吉!藤吉!」と、坂本さんが誰かを呼ぶと階段を登って相撲取りのような巨漢の男が入ってきた。「藤吉。すまんが、鶏を買うてきてはくれんかの?儂のバースデーに皆で鶏鍋をしたいぜよ!風邪にも効くしの!」と、中岡さんの顔を見た。仕方が無いと言う感じだ。すみません、余計な事言ってしまって…。 随分とお世話になったのだし、俺が言い出してしまったと言う事もあり、せめて俺達で買い出しくらいには行こうとその藤吉さんに鶏を売っている店の場所を教えてもらった。「いんや~!ジョン、すまんの!積もる話はまた鍋の時じゃ!」眠っているハルヒを置いて行こうとしたら朝比奈さんに止められた。「いつまた何が起こるか分からないんだから涼宮さんをひとりぼっちになんかしちゃ駄目です!」と、怒られた。反省…。 疲れた…本当に疲れた…。眠たい…布団に入ったら思いっきり寝てやる。通りの向こうから提灯の灯りが歩いてくる。今夜は鶏鍋か、美味そうだ。提灯の灯りがすれ違った瞬間、ふと何かが引っ掛かった。あれ?坂本龍馬の誕生日って…。「なぁ、長門…。」「…何?」「今日って何月何日だったっけ?」「…さっきも言った。1867年12月10日。」「もう一回。」「1867年…」「違う!旧暦で!」「…旧暦に直すと…慶応3年11月15日。」 俺は振り返って、今来た道を引き返そうとした。しかし、朝比奈さんが必死にしがみついて俺は止めていた。「駄目です!!キョンくん!!」無視だ…関係無い…今はそんな言い争いをしている場合じゃない…。「絶対に駄目です!!それにキョンくんが行っても何も変わらない!!これから起こる事は規定事項なんです!!」規定事項という言葉に心臓を掴まれたような衝撃が走った…。「さっきから規定事項だなんだって………大切な人1人、守れもしないで何が規定事項ですか!!!」「規定事項なんです!!!!!」朝比奈さんは泣いていた…。「ごめんなさい……。でも、あなたが今やろうとしている事は、禁則事項なんてレベルの問題じゃない。歴史の改変です。皆で坂本さんを助けたのも規定事項なら今日の事も規定事項なんです。あなたがどうしようとやっぱり歴史は変えられない……。」霞む目の前で坂本さん達がいた部屋の灯りが消えた…。冷たい風に長門の持つかんざしの鈴が鳴り響いていた――― 全員押し黙って歩いている。冷たい風が身に染みる。ハルヒが目を覚ました?「ねぇ、キョ~ン…今日はもう帰りましょうよ…。皆、疲れてるのよ…。」またハルヒの寝言か…… いずれ、この身が滅ぶとも魂までは滅びやせん。終わり結末、如何なれど運命共にし、一蓮托生――― ……はべしっ!!!「ちょっと、キョン!!あんた、何サボってんのよ!?日本史覚えたの!?」…舌が噛んだ…目の前がチカチカする…涙出てきた。「痛ぇな!!何しやがんだ!?」パンッ!!「へぇ~…この私にいつからそんな大口叩けるようになったのよ?言ってご覧なさい!キョン!」「おやおや、またですか?」頼む!とめろ、とめてくれ、古泉。「暖かいお茶入れますね♪」ハルヒ、竹刀で顔をグリグリするな! ―ちゃりん。 新しく読み始めた本に合わせて、新しいしおりを手に入れました。二つの鈴が付いた澄んだ綺麗な音の鳴るかんざし。島崎藤村『夜明け前』ページは今、開かれたばかり――― 「キョン。随分、元気ないわね。テストやっぱり駄目だった?」「いや。今回の日本史は覚えるのにまさに命を懸けたからな。ハルヒのお陰でほぼ完璧だ。」ハルヒは満面の笑顔になった。「じゃあ、もっと嬉しそうな顔しなさいよね!」今回のテスト勉強はいつも以上に疲れたんだよ…。「私に感謝しなさい!お礼はきっちりして貰うから!さっ!行きましょ!」と、ハルヒは俺の手を取って歩き出した。「どこへ?」「どこでも良いわ!お礼!」また何か奢る羽目になるのか。ん?雪か…。「今日は冷えると思ったら雪が降ってきたわね。天気予報も当てにならないわ…。」「あぁ…そうだな…。」「ねぇ、キョン。雪って下から見上げると幻想的で綺麗よね…。」「あぁ…綺麗だな…。」もうすぐクリスマスか…。 The End
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