空と君とのあいだには/朝倉涼子の消失 エピローグ
「あなたが何故、ここに存在しているのか、理解不能」
……ほうっておけば、果てしなく長く続いて行ってしまいそうな、長い眠りだった。 目を覚ました俺の視界に、最初に飛び込んできたのは。 仰向けに寝転ぶ俺の傍らに正座をし、俺の顔を無表情で見下ろしていた、眼鏡の無い長門有希の顔だった。
「説明を」
「……わからん」 カーテンの無い窓から、容赦の無い朝日が挿し込んでいる。 長門の部屋で目覚めるのは、これで通算、四度目になるのだろうか。 もっとも、そのうちの二つは……俺の手によって、無かったことにされてしまったのだが。
「……長門、お前、ストレス溜まってないか」 「問題は無い」 「もしも今後、何か煮詰まっちまうことが有ったら、俺に話せよ」 「その必要はない」 「もし、あったらでいいんだ」 「了解した」 「なあ」 「何」 「お前、涼宮ハルヒって奴のこと、知ってるか?」 「……あなたの思考回路内に、致命的なエラーが発生していると思われる」
ああ、そうだろうよ。あんな大冒険の後だ、エラーぐらいは発生するだろうさ。 だが、いいのだ。全ては俺の胸の中にしまっておく事にする。 俺が知っていて、長門の知らないこと。 一つくらいは、そんなものがあっても良いじゃないか。
◆
たとえばの話をする。 もし。十二月十八日の放課後。 長門が朝倉に、あのフロッピーディスクを渡していなかったとしたら。 俺はどんな道を辿っていただろう?
長門の筋書き通りに、鍵を揃え、緊急脱出プログラムへ辿り着いていたのだろうか。 もしそれならば―――俺はきっと、迷わずに、世界の修正を選んでいただろう。 それと、もう一つ。 朝倉と、長門と、俺とが、共に文芸部室に存在していた、あの不思議な日々の途中で。 俺が何かの拍子に、突然、ふと、世界の選択を迫られることが、もしもあったとしたら。 俺はどんな選択をしただろう?
誰の幸せを望んだのだろう。
俺は薄情なのだろうか?
「どうした、長門。学校、遅れちまうぜ」 「……一つ、あなたに訊きたいことがある」 「何だ?」 「あなたは―――」
―――なあ、長門。
いつの日か、お前が蝶の様に笑える日が来たならば。 俺はお前に、あいつの話をしようと思うんだ。 お前が笑ってくれることを、何よりも願っていた、あいつのことを。
それが俺にできる、ただ一つの、あいつへの手向けなんじゃないかと思うんだ。
―――だから、そのためにも。
いつかその日が来るまで。 俺は、お前の近くで、日々を過ごしていたいと思う。 それは、平穏とは呼べない日々かもしれないが…… どうかこれまでのように、なんとかやっていかせてくれないものだろうか? 俺は例によって、お前に助けられてばかりになっちまうかもしれないが。 それでも、これからはできる限り、お前の助けにもなってやりたいと思っているんだ。
なあ、どうだろう?
「あなたは私に、好きといわれたい?」 「ああ、そうだな」
たとえば、そんな日々のことを。 お前は、幸せと呼んでくれるだろうか?
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