切り札と悪魔
ポーカーというゲームをご存知だろうか。五枚の札で役を作って競うトランプのゲームである。山札から何を引くかの運と役の作り方、そしてハッタリのテクニックが試されるこのゲームだが、なかなか気軽に出来るので俺は気に入っている。といっても俺が普段やるポーカーは、レイズやコールといったルールを使った本格的なものではなく、何回か手札を変えて役の強さを競うだけの簡単なものだ。
「たまにはポーカーでもやりませんか?」
そう古泉が切り出したのは、いつものように俺が古泉をオセロで打ち負かしたあとのことだ。普段ボードゲームしか持ちかけてこない古泉がなぜ今日はトランプで勝負しましょうと言い出したのかは不明だが、まあ深い意味はないだろう。さて、こいつとトランプをやったことはあまりないんだが、ポーカーの腕前はたしてどれほどのものか・・・。
部室にはすでにハルヒを除いたメンバー全員が揃っていた。ハルヒは掃除当番+岡部からの呼び出しということで、まだここには来ていない。長門は読書、朝比奈さんは裁縫と、いつもどおりの光景だ。そんな中、俺と古泉だけがいつもと違う遊びに興じようとしている。
結論から言うと、道具が三次元から二次元に変わっても古泉は弱かった。いやポーカーでは運の要素も大きくかかわってくることを考えれば一概にこいつが弱いともいいきれないが、それにしても十戦して俺の全勝とはどういうことか。まあ運も実力のうちともいうけどな。
俺たちがやったポーカーのルールは、手札を三回代え、その役を競うという至極単純化されたものだ。普通は一回しか代えないので、運の要素が大きくかかわってくるが、 俺たちのルールでは三回代えるチャンスがある分、最初の時点でどの役を作ろうとするかが勝負の決め手になる。途中で迷えば結局中途半端になり、役が揃わない「ブタ」という結果に終わることになるからな。まあその代わりハッタリの要素は薄まるわけだが。
俺はいつも中堅の役を狙う。ストレートやフラッシュ、フルハウスあたりが狙い目だ。結局揃わないでツーペアに終わってしまうこともあったが、古泉が相手ではそれでも全く問題はなかった。何せこの男、カードの捨て方とゲーム終了時の手札を見る限り、明らかに大バクチを打っている。どうやら10、J、Q、K、Aのどれかが手札にあれば、即座にそれ以外を捨てているようだ。 ロイヤルストレートフラッシュなんてそうそう出るもんじゃないんだぞ?
「いや~やっぱりあなたには勝てませんか。一発大きいのを当てようと思ってるんですがね」
いやいや、三回代えるチャンスがあるとはいえそれは狙いすぎだろう。マークも揃えなければいけないというのに。
「お前は無難という言葉を知らんのか」「性分なもので」
お前がバクチうちの性分を持っていたとは初耳だよ。だいたいいつも負けているやつがいっても何もかっこよくないぞ。
「何回かはジョーカーも来ましたし、もしや・・・とも思ったんですが・・・やはり悪魔に頼ってはいけないようです」
お前はジョーカーの他の使い道をもう少し考えるべきだったと思うがな。
「トランプなら・・・と考えていましたがやはりだめですか。ボードゲームに戻りましょうかね」
どっちでもいいさ。どの道勝つのは俺だ・・・と言おうとしたところで、天使が戦場に舞い降りた。
「あの~私も混ぜてもらっていいですか?」
普段勝負事というものとはほぼ無縁の朝比奈さんが、自分から参加を申し出るとは珍しい。いや、しかしポーカーくらいで戦場というのもおおげさか。所詮は遊びだしな。
「もちろん構いませんよ。では僕は抜けますのでどうぞこちらへ」
そういって古泉は立ち上がる。別に抜けなくてもいいと思うが・・・まあいいさ。朝比奈さんと二人きりでポーカーというのも悪くない。
「じゃあよろしくお願いします」「こちらこそ。ルールはさっきと同じで・・・え~とさっきの聞こえてました?」「はい、三回代えるんですよね」「ええ。それじゃ配ります」
言いながら俺は、トランプをきってお互いに配る。五枚配り終えたところで、朝比奈さんが予想外の発言をした。
「キョンくん、この勝負・・・何か賭けませんか?」
全世界が停止したかと思われた。いつもとは違う朝比奈さんがそこにいた。勝負事に乗り出しただけではなく、なんと賭け事まで・・・。一体どうしてしまったというのか。
「それはどういう・・・?」「あ、えっと・・・別に無理にやらなくてもいいんです。ただ・・・こうしたほうが面白いかなーなんて・・・」
朝比奈さんなりにスパイスを効かせてみたということか。たしかに面白くなるかもしれないが・・・しかし何を賭けるのだろう。
「朝比奈さん・・・賭けるのは別に構わないんですが、何を賭けるつもりですか?お金とか・・・?」「そうですね・・・。じゃあもしキョンくんが勝ったら、一日デート権!」
全世界が逆流したかと思われた。今このお方はなんと?デートといったか?朝比奈さんが自分からデートなんて・・・。そもそも確かにこの人は見事な美貌の持ち主だが、その美しさを自分からふりかざすようなことはしないはずだ。謙虚につつましく生活していたはずのこのお方が自らデートを、しかも賭け事のベットとして持ち出すとは本当にどうなっているんだ?古泉のほうを見ると、ニヤケ面は消えていないものの驚きは隠せていないようだ。長門は・・・まあいつもどおり無反応だな。いいベットを考え付かなかった俺は、とりあえず一日お茶等の世話をするというよくわからん内容を提示しておいた。まあつまり一日朝比奈さんの代わりをつとめるってことだな。
かくして勝負は始まった。ゲームは先ほどの古泉のときと同じで、三回代えるのを一回として合計十回勝負、勝ち負けが決まっても一応最後までやるということとなった。
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はっきりいって甘く見ていたといっていい。確かに俺はここまでの展開は予想していなかった。途中の過程を詳しく語るつもりはないが、一ついえることは俺の手は決して弱くはなかったということだ。なにせほとんどがフラッシュやストレートで、ブタは一回もなかったからな。
だが朝比奈さんはそれ以上に強かった。一番弱くてフルハウスという脅威の成績の前にフラッシュやストレートはすべて叩き潰され、俺は今、まさかの九戦全敗を喫している。
「・・・強いですね・・・」
とんとん拍子で進むゲームに、俺は言葉を発するのをしばらく忘れていた。九戦目、渾身のフルハウスを、朝比奈さんのこのゲーム四回目のフォーカードでばっさりと斬って棄てられた俺が、やっと口にできたのはそれだけだった。
「私、昔からポーカーは悪魔的に強いってよくいわれてたんですよ~。」
未来人に昔からといわれてもいまいちピンとこない。朝比奈さんが悪魔的なという言葉を使うのも珍しいな。しかしあなたは天使です。悪魔なはずはありませんよ。・・・と、今はそれどころではない。この十戦目、意地でも勝たなければ。勝負がついてもゲームを続けるというルールは、屈辱的ではあるが同時に一矢報いるためのチャンスを提供してくれてもいる。そして、運命の、いや運命はすでに決しているんだが、十戦目がはじまった。
最初の手札は9が三枚、それに10とJが一枚ずつだった。普通なら9を残してフルハウス、フォーカードを狙うのが定石だ。しかし今の俺はそうは考えなかった。定石はこの人に通用しない。九戦の経験でそのことを学んだ俺は、9を二枚捨てるという暴挙に打って出た。実は三枚の9のうち一枚と、10、Jのマークはすべてスペードだったのだ。そう、今までのポーカーでは一度も成功したことのない、いや狙ったことすらない手、ストレートフラッシュを決めるべく、俺は動き出したのである。
しかし二回目の交換で、俺の計画は狂ってしまった。しかもいいほうにだ。二枚の9と引き換えに手に入れたカードは、スペードのQとKだった。ここまできてしまうと、もはや狙うのはひとつになる。最強の役、ロイヤルストレートフラッシュだ。 くしくも先の対戦相手が狙っていた手。このえもいえぬ高揚感。古泉よ、どうやら俺もバクチ打ちになっちまったらしい。まあお前のときとはそろっている手札が違うがな。 そんなことを考えながらほくそえんでいると、朝比奈さんが口を開いた。
「私はもう代えなくていいです」
ストップがかかった。これ以上手札を代えないということは、今の手に相当自信があるということだろう。相手の手を予想する必要はない。どのみち代えられるのはあと一回、次であの一枚が来なければそれで終わりなのだ。今までポーカーでは経験したことのないほどの緊張を覚えながら、俺は9を捨て、山から運命の一枚を引いた。
・・・・・・勝った・・・!
俺の手にはスペードのAが握られていた。
ついに完成してしまった。まさか本当にくるとはな。
「じゃあ最後の勝負ですね」「朝比奈さん、今回はもらいましたよ」
本当はあとからゆうゆうと見せるつもりだったのだが、俺ははやる気持ちを抑えきれずに自分の手札をさらけだした。
「おや、ロイヤルストレートフラッシュですか。これはすごい」
いつのまにかそばに来ていた古泉が賞賛の意を述べる。ええい、お前の評価などどうでもいい。俺が聞きたいのは朝比奈さんの賞賛だ。
「すごいですね~。でも・・・ごめんなさい。私の勝ちです」
みなさんは特例というものをご存知だろうか。ふつうは認められないが、ある一定の条件下でのみ特別に許される状況のことだ。このポーカーにも、それがある。通常すべての役は、数字の札と絵札で構成できるものだ。 しかしひとつだけ、ジョーカーの力を借りなければ絶対に成立しない役がある。思えば今日は一回もジョーカーを引いていないな・・・とまあそんなことは今はどうでもいいんだが、とにかくその反則的な役は、公式的に認められているのかどうかはしらないが、たしかに存在する。
朝比奈さんが差し出した手には、きれいにそろった四枚の7、それに加えて一枚の、笑う悪魔がそこにいた。
「なるほど・・・ファイブカードですね」
・・・言葉が出ない。だけど古泉、説明はいらないさ。わかってるよ。信じられない、信じたくないが・・・俺の負けだ。
こうして俺は十戦全敗という、先ほど俺に対して古泉が喫したのと同じ惨めな結果をさらした。ハルヒがこの場にいなかったのは不幸中の幸いだ。あいつのことだからまた罰金とか罰ゲームとかいいだしそうだからな。・・・まあそれは朝比奈さんが負けても同じことか。
「それじゃあキョンくん、申し訳ないけど明日一日、お茶くみお願いします」「・・・はい、わかりました」
デートが出来なかったのが残念だったのか、お茶くみが嫌なのか、一回も勝てなかったことが悔しかったのか。いずれにしろ、俺はかつてないほど惨めな気持ちになっていた。
運が強い。それだけのことなのだろうか。だが他に理由は見つからない。こんな遊びに関して未来からの情報など得られるわけはないし、だいいちもとから決まっている山札の順番など操作できるはずもない。まあ、考えてもしかたないか。おとなしくベットを支払うとしよう。そんなことを考えながら、俺はふと、朝比奈さんの手札にあったジョーカーを見る。
朝比奈さんがお前を引き当てたのか?
それとも・・・お前が朝比奈さんを選んだのか?
悪魔はただ、カードの中で、静かに笑うだけだった。
終
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