Missing You 最終章 青い扉
俺は夢の様な世界で、某漠とした時間が流れて行くのを感じながら、決意を固め始めた。俺が開く扉は………。そう『青い扉』だ。「そう、それがあんたの選んだ未来なのね」ハル(小)が哀しげに俺を見詰めながら、微笑みかけてくる。「あぁ」その笑みが心に突き刺さる。だが、俺はハルヒの全てを受け入れる覚悟なんてなかった。ハルヒ(小)に別れを告げ、俺は扉を開いた。その瞬間、瞬く間に光に包まれる。これが俺が選んだ未来…か。
冬独特の乾燥した空気と穏やかに光を放ち続ける太陽光を浴びならが、俺は自転車を漕ぎ出した。そして、いつもの待ち合わせ場所である駅と駐輪場の中間地点に着くと、そこに佇む人影を見付けた。「おはよう、成崎」「あっキョン君、おはよう」随分早くから待っていたのだろうか、彼女は寒そうに体を小刻に震えさせている。「すまん、待たせたみたいだな」「えっ?あっあの、私が勝手に早く来ただけだから…その…」恥ずかしそうに頬を朱色に染めながら伏し目がちに話す彼女。「そっそうか?ここにずっと居るのもなんだし、行こうか」俺は彼女の鞄を受取り、籠の中に入れ後ろに乗る様に促した。二人分の重みをペダルを踏み込む脚に感じつつ、背中に当たる温もりを感じながら俺は自転車を漕いだ。
最早ハイキングコースとも呼べる坂道を二人で歩いていると、何処かで見た気がする様な人物が視界の端に入る。妙に気になった俺は、分厚いハードカバーを片手に持ち無造作に切られたボーイッシュな髪の小柄な少女を見詰めていた。俺の視線に気付いたのか、此方に視線を向け見詰め合うこと数秒、飽きたのか再び視線を本に戻した。歩きながら本なんか読んでたら危ないぞ?などと思っていると。「どうしたの?」と成崎が怪訝そうに俺を見上げてくる。「いや、知らない奴なんだがな。なんか妙な既視感が…」「あっあの娘?確か、長門さんじゃなかったかな」長門…か。何処かで聞いた事あるような無いような妙な感じを感じつつも長い坂道を登っていた。
教室に着いた俺は、成崎に一瞥した後自分の席に向かう。いつからか忘れたが誰も座る事がない自分の後ろの席を横目に、俺は机の横に鞄を掛け椅子に腰を下ろした。「よう、キョン」何だ、谷口か。「何だとは連れないな、俺とお前の仲じゃないか」「そうかい、それで朝から何の用だ?」「フッ聞いて驚くなよキョン、この俺に彼女が出来たのさ。何処で出会ったのかと…」やけに自慢げに語り始める谷口の言葉を聞き流しながら外を眺める。「…それでな、俺の優しさが解ったのか…っておい、キョン聞いてんのか?」正直、延々と続く自慢話など聞いていたくもない俺は、無理矢理話題を変える事にした。「なぁ谷口。俺の後ろ誰が座ってたんだっけ」「何言ってんだ?そこの席最初から誰も座ってないだろ」俺の問掛けに谷口は呆れた様な顔をしていたが。何故か妙な違和感を感じずにはいられなかった。
放課後、成崎は部活があるから今日は先に帰ってて、という言葉に甘え俺は一人帰る事にした。俺もそろそろ部活でも始めるか…などと考えている内に、何故か知らないが俺は文芸部室の前に立っていた。何故、俺は此処に来たのか正直自分でもよく解らなかったが。取り敢えず、俺は扉を開けてみる事にした。扉を開けた俺の視界に飛び込んで来たのは、窓辺で本を読んでいる。長門さんとやらが一人だけだった。此方に気付いたのか、液体ヘリウムの様な瞳が俺を見詰めていた。「何」「いや、特に用という訳でも無いのだが…」「そう」平坦な声で呟く様に喋る彼女が、席を立ち長机にしまわれていたパイプ椅子を一つ引き出すと、「どうぞ」と言って再び先程座っていた席に腰を下ろした。若干気まずさを感じながら、勝手にお邪魔して早々帰る訳にもいかなく俺は用意された席に腰を下ろした。何をする訳でもなくただ呆然と外を眺めていると、無表情がデフォルトとも思える顔が此方を向いた。「貴方は自分が置かれている曖昧な状況に違和感を感じているはず、だから此処に来た。違う?」淡々と何の感情も込められていない平坦な声で語る長門の言葉に、驚きを感じずにはいられなかった。このお方はエスパーか何かの類なんだろうか。「何故自分が此処に来たのも解らないんだが…、まぁそうだな。長門さんが言う様に違和感を感じているのは間違いない」俺が言葉を返すと、長門は俺を見詰めたまま瞬きを二回すると、再び視線を本に落とした。一体何が言いたかったのだろう。俺、そろそろ帰っていいかな?「じゃあそろそ…」「待って」俺が席を立ち上がろうとすると、いつの間に横に来たのか知らないが俺の袖の端を掴んでいる。「貴方は知りたいはず」そうだな…まぁすっきりしないよりはした方が良いしな。「それで?何か知ってるのか?」「解らない」何だそりゃ。今までの思わせ振りな態度は一体何だったんだ?「私は貴方を知っている。たが、私は自分自身の事が解らない」その…つまり何だ、記憶喪失みたいなものなのか?「それに似た症状」ふむ、何だかよく解らないが深く関わらない方が良いのだろうか。
いや、待て確か俺の事を知っていると言ってたな。「なぁ長門さん、俺の事知ってるって具体的には…」「解らない。でも無視出来ないレベル」本格的に何だかよく解らなくなってきた。さて、俺はどうしようか。俺と長門が見詰め合っていると、
カチャリと音を立てて扉が静かに開いた。俺と長門が揃って扉に視線を向けると、なんとそこにはえらい美少女が居た。「失礼します…。あのー…」緊張しているのか、しきりに周りを見回している。「どうしたんです?」「いえ…何故だか解らないんですけど…気付いたらこの部室前に…その…」口篭る様に伏し目がちに喋る彼女が、俺を見詰めて来た。「あのう…私達何処かで会った様な…」「そんな気がしないでもないんですが、多分初めてお会いしますよ」俺がそう答えると、彼女は寂しげにうつむく。「そう…ですよね。私の勘違いですよね」彼女もきっと何かを感じてこの場に来たんだろう。ここまで来るとさすがにうやむやには出来ないか?「長門さん、あなたはどう思います?」俺が長門に話を振ると、長門は目の前の少女を見詰めたまま三秒程経った後。「入る」いや、何に入るんだ?「入る?」首を傾げながら彼女に問掛けている。どうやらコミュニケーションが苦手らしいな。そんな長門の言葉に彼女は俺と長門を交互に見詰めた後、何かを考える様に顎に人指し指を当て「うーん」と、なんとも可愛らしい声で唸っていた。その仕草といい正直、堪りません。「解りました。ふつつか者ですが、宜しくお願いします」目の前の少女が丁寧にお辞儀をした後、柔らかい微笑みを向けて来た。それはまるで見た者全てを恋に落としそうな笑顔だった。いかんいかん、俺には成崎という彼女がいるじゃないか。「貴方も一緒何ですよね?」その言葉は誰に向けられているのかと言うと、この状況から言って俺しかいない。というか此処は文芸部だろ?正直柄じゃないしな。さて、どうしたものか。などと考えていると、熱い眼差しが俺に向けられているのに気付いた。その視線の元を辿ると、俺の横にいる長門からだった。いや待て、訂正しよう。俺に向けられていたのは、凍てつく様な眼差しだった。「貴方は既に部員」すまん、何だって?「この部室に入った時から」さいですか。つまり、強制という事になるのか?「そう」俺に投げ掛けられた言葉はなんとも理不尽な物であり、俺の尊重やら自主性等は全て無視されていた。「嫌なんですか…?」いやいや、滅相もない。あなたみたいな美しい女性と居られるなら、例え火の中水の中でも俺は構いません。「決まりですね」「私は構わない」どうやら俺は自分で墓穴を掘ったらしい。まあいいか、丁度部活に入ろうと思っていた所だしな。「おや、何やら愉しそうですね。僕も混ぜて頂けないでしょうか」唐突にドアの方から声が聞こえる。その声の主を確認する様に、俺達は入り口に視線を向けた。そこには、街歩けば女が10人いれば、その内8人は振り向きそうな美男子がいた。
突如現れた乱入者を含め、取り敢えず、長机の席に座り喋る事もなく淡々と時間だけが流れていった。何だこれ、一体何がしたいんだ。「そうだ、取り敢えず自己紹介をしませんか?」半分投げ槍な俺の提案により、各自自己紹介をする事になった。「長門有希」空気が死んだ。そう、先陣を切った文芸部部長である長門が自らの名前だけしか言わなかったのである。幾らなんでもそれはないだろう。なんとなく想像はしていたが。「あっわわ私は朝比奈み…みくるです!皆さんよりは一学年上になると思います…」成る程、通りで見ない顔だと思いました。所で朝比奈さん、もう少し落ち着いてくださいね。「僕は古泉一樹です。この文芸部室に惹かれるものがあり参じました」ふむ…。俺達と似たような感じな訳か。まぁいい、それよりそんなに微笑み続けて疲れないのか?気が付くと三人が此方に視線を向けている。おっと、俺の番だったか。俺は漸く周りから自分の本名で呼ばれるだろう、という感極まる思いで椅子から腰を上げた。「あー俺は…」「キョン」「キョン君」「キョン君」俺が名乗る前に、言葉を遮る様に俺の情けないあだ名を二人して口にした。何故だろう、何故今日会ったばかりの三人が俺のあだ名を知ってるんだ?「なっ何で俺のあだ名を?」「何だかよく解らないんですけど、そのあだ名が思い付いたんです」「そう、朝比奈みくるの言う通り。私も同じ」「僕も同じです。しかし、こうも同じ日に集まると何か運命めいた物を感じますね」そうかい、それは良かったな古泉。しかし、どうやらここでも俺はこのあだ名で呼ばれるらしい。まったく…やれやれだ。
部活動の終わりを告げるチャイムが鳴る前に、突然長門が席を立った事に驚きつつも俺達は帰る事にした。あぁそうだ、成崎もそろそろ終わった頃だろう。「ごめん、俺先に帰ります」と言い鞄を手に持ち俺は部室を飛び出した。階段を駆け降り、渡り廊下に消えて行く彼女を見付け追い掛ける。「成崎!」思わぬ人物の登場に驚いたのか、体を上下に揺らした後此方に向けられた表情は正に驚きを体現していた。一緒に歩いていた美術部の女性徒に一礼した後、彼女は此方に駆け寄って来ると。「キョン君!?先に帰ったんじゃ?」成崎が訝しむ様な面持ちで俺を見上げてくる。「いや、話せば長くなるんだが…。あ、一緒に帰らないか?」俺はそう言うと成崎に向かって左手を差し出した。成崎は恥ずかしそうにその手を取り、俺の横に来ると嬉しそうに微笑んでた。きっとこれが幸せって奴何だろうな。
「…という訳で、文芸部に入る事になっちまったんだ」今俺は成崎に文芸部に入る事になった成り行きを話している所だ。「ふーん」俺の文芸部入りが不満だったのか、成崎は寂しそうに俯いている。「駄目…だったか?」「そんな事…ないけど。美術部じゃ駄目だったの?」痛い所を突かれた。さて、俺もそう思っていた矢先の事だったからな。しかし入るのを強制的とは言えど承諾してしまった訳で。さて、この状況どう切り抜けたらいいかね。「まぁ…何だ。きっと俺が居たら成崎は絵画の作成に集中出来ないんじゃないかと思ってな。そう、やっぱり邪魔しちゃいけないだろ?」明らかに苦し紛れに出た言い訳だったが、それを聞いた成崎はというと。「そんな事はないと思うけど…。でもいっか。やっぱりキョン君は優しいね」とはにかむ様な笑顔を見せてくれた。少し罪悪感を感じずにはいられなかったが、彼女が納得してくれたからいいか。「それに…」それに、何だ?「これで毎日一緒に帰れるね」と何とも殊勝な言葉なんだろうか。俺の心を掴んで離さない彼女の言葉に緩む顔を引き締め、俺は繋いだ手を少し強めに握った。「ねぇ、キョン君」「何だ?」「ずっと一緒にいようね」「あぁ、もちろんさ」すっかり冷え込んだ寒空の下、お互いの温もりを確かめる様に寄り添いながら歩を刻む。そんな俺達はきっと幸せなんだろう。だが、俺の心は何か大切な物を忘れている気がしてならなかった。
そう、一番大切なにかを。
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