innocent world ~ イノセント ~ ①
うららかな春の木漏れ日がかがやく四月上旬、それは新しく始まる俺たちの学年のいわば恒例儀式が終わった後のことだった。 ようやく終了した校長の長話の無意味たることに今更ながら感心し、終業式、兼、朝礼に終止符が打たれてこれから帰るという時に俺を呼び止める声があった。「済まぬが、主がキョンと呼ばれる者か」 なんとも間抜けな俺のあだ名をいまさら疑問形で訊いてくる輩がまだいるのかと若干呆れつつも、律儀な俺は親切にも答えてやった。「あぁ、そうだ。 でっ、一体俺に何のようだ」「否なに、主が当の人物かとの確認を取りたかっただけだ。 然うじゃな、序でに此の高校の案内をして呉れぬかの。 今一つ、確と把握出来て居らぬのでな」 初対面で厚かましいにも程がある、ここはスッパリとノーと断わっておくべきだな。 そう思った俺は、残念なお知らせを報告しようとして、二の句が継げなくなってしまった。「自称一般人なる者と、宇宙人・未来人・超能力者、そして、神が一堂に会する場所へ…」----------------------------- とりあえず、ドアを開けて中に入る。「ほらよ、ここだ」 背中に銃口を突きつけられているような気分で案内してきた場所は、言うまでもなく我らがSOS団の活動部屋、文芸部室だ。 いや、正確には文芸部室と書かれているプレートの上にSOS団と書かれた紙を張っているからSOS団部室と言うべきか。 まあ、非公式だがな。「ほほぅ、此れはのぅ…」 爺くさい言葉とは裏腹に、眉一つ動かさない無表情振り。 みんな、なんとなく感嘆してるっぽい台詞に騙されてはいけないぞ。 その無表情たるや長門とどっこいと思っていいだろう。「面白い空間じゃな、此れ程迄に種々の力が啀み合うと云うのか、調和し合うと云うのか…。 嘸かし、此処に見合うだけの愉快な人物達が居るのじゃろうな」 目周辺の筋肉はまったく動かさず、しかし、口の端だけをミリ単位でキュッと上げるニヒルな笑い。 無表情は無表情でも、一癖ある無表情とはな。 これは一杯食わされたな。「ご感動のところ悪いが、そろそろ帰らせてくれないか。 これでも真面目な高校生をやっているんでな、無断でホームルームをすっぽかすわけにはいかないんだ」 いくらか下から目線で話しかける俺がいる。 半ば強引に連れられて来たってのに、これでは情けないではないか。 しかし、この時俺は今まで養ってきた第六感で何かを感じていた。 それを憚らせる何かを。「………心得た。 しかし、此れだけ聞かせては呉れぬか。 主、その齢に成るまでに『死』と云う物に思慮を尽くした事が、若くしは酷く思望した事が在るか」 いや、ないな。------------------------------ 後ろのドアから音を立てずコッソリと忍び込む。 今回の任務は誰にも気付かれることなく、平然と「始めからいましたけど、なにか?」みたいな顔で席につくことである、どうぞ。 なにはさておき、見付からない為の秘訣はほふく前進にある。 これをせずして任務遂行はありえないと言っても過言ではないだろう。 その代償として、ブレザーが非常に汚れるのは少しイタイが。 徐々に見えてくるマイ・チェアー、その後ろで俄然やる気満々で寝ているハルヒ。 ようし、そのまま寝ていろよ。 決して起きるんじゃない、今日一日中ずっと寝てていいから。「それじゃあ、新入生を紹介するぞ」「んがぁっ!! なんですって! こうしちゃいられないわ、あのバカはどこにいって…。 なにしてんのよ」 家政婦は見た、ならぬハルヒは見ただな。 まったく、ベタなホールド・アップじゃないか。 かえるのように地べたに這いつくばっている俺、それを軽蔑をにじませて冷ややかに見下げるハルヒ、そして後方にあつまる注目。 弁解のしようがない。 こういう状況を八方塞がりと言うんだな、いや、勉強になった。 俺は事も無げにブレザーのほこりを払い、ダラしていたネクタイをキュッとあげて、「どうぞ、つづきを」 とりあえず、岡部につづきを促してみた。 もちろん、大目玉は食らったがな。「ええっと、そうだ、新入生を紹介すると言ったんだったな。 おーい、入ってきてくれ」 教卓側の戸が引かれ、白髪の生徒が一人入ってきた。 新入生のわりに周りを包む雰囲気はふてぶてしいと言うのか図太いと言うのか、そして、のっぺりとした顔にある二つの目はまったく無感動であるにも関わらず、長門のような深淵に佇む『無』を秘めているのではなく、すべてを突き放すような野生の『厳かさ』を帯びている。「卿より紹介賜わった、無名 小次郎と申す者だ。 迂拙、他に類を見ない程の美辞麗句、俗に申すお世辞じゃな。 然う云った類の物を申す事が出来ぬ尾生之信故、我には近づかぬ事を強く勧めようぞ」 いつぞやのハルヒのビックリ紹介にも勝ろうか、という程の前代未聞の自己紹介をのたまうやつが現れた。 なんとなく、後ろの存在が危なっかしく感じる。「キョン…、ぜっっったい、あいつをSOS団にいれるわよ!」 ほら、来た 忍び声で話しかけてくるハルヒの鼻息が荒い、余程興奮しているのだろう。 俺の第六感では、やつを入れると大きな一波乱ありそうな気がして進まんのだがな。 しかし、そう進言してみたところで却下されるのは目に見えている。 無駄な努力を惜しむところも、俺のいいところだ。「そうか。 なら、好きにするがいいさ。 誘ったところで、来そうもないやろうに見えるがな、俺には」「あたしに不可能があると思ってんの?」 いいや、ちっとも 特に今のような、目を1ギガcdの輝きにほとばらせているお前はな-------------------------------- ホームルームが終わると即行動き出したハルヒが、恬然と鎮座する白髪のイガグリ頭に話し始めた。 ちなみに、こいつの席は去年の五月まで朝倉が座っていた机だ。 流石は女子群の中心となっていた人物だけに、どこか天国かカナダかに転校したにも係わらずきれいに掃除・整頓されている。「あんた、入る部活とか決めてんの?」「否、殊に決めては居らぬ」「じゃあ、SOS団に入りなさい!!」 なぁにが、「じゃあ、」だか。 どうせこの無表情が「有る」と言っても、「体験でもいいから入ってみなさい! うーうん、…入りなさい…!!」って凄みを利かせて強制させていただろうに。「折角の申し入れじゃが、断ろう。 済まぬが、儂には毛程も興味が無いんでな」 まさかのカウンターに、びっくり。 赤コーナーハルヒ、どうする。「……………とにかく、入りなさい。 いいえ、入れ」 出た、本性が「断る。 儂は部活と云う物に時間を割く程、暇では居らぬのじゃ。 まあ、仕事は為(せ)なんだら行かんがな。 まっ、然う云う訳じゃ。 潔く諦めて給れ」 まさかのさかま、あのハルヒの『押し』を、それを超える『ゴリ押し』で返したではないか。 いまだ嘗て、この攻撃を粉砕できたものがいただろうか。 いや、俺の知っている限りではいない。 しかし、なぜにこいつはここまで拒否するのだろうか。 それ相応の拒む理由があるのかも知れないが、これ以上は本当に危ない。 近くにいる俺のみが。「うがぁーーー!! ふざけんじゃないわよ! あんた、何様のつもりなの!? いいわ、キョン! あんたがどうにかしなさい!! できなきゃ、死刑よ!!」 ほら来た、厄介事が。 望んでもいないのに向こうから。「あぁー、その、無名とやら。 どんな事情があるかは知らないが、問題ないなら暇じゃない理由を教えてもらえないか」 数分の間。 俺の問いかけに答える気がないのか、素知らぬ顔で文庫本を取り出したそいつは徐に黙読を始めた。 ハルヒが騒いだおかげで一段と注目が集まった、その場に寒い空気が吹き抜けた。「音楽じゃ」 やおらボソボソと、そいつは話し始めた。「強いて挙げるなら、音楽じゃよ。 儂の同類は皆、無類の音楽好きなんじゃ。 して、儂とて例外では無い。 じゃから、此の杏壇を終えた後は至福なる音楽を聴く以外に在るまい」 難解な理由だな。 ようするに、私は音楽が大好きだと。 そんでもって、その音楽のために学校の部活に時間を割いてはいられない、というわけだな。 ということは、裏を返せば、「音楽が聴ければ、入団してもかまわない、ってことか?」「別に然うは云って居らぬがな。 しかし然う取れぬ事も無いし、然う取られても差し障り無い。 じゃが、入団とは何ぞや?」 つい癖で団々とばかり言っていたから、もろに出てしまった。「………入部と同じだ」「然様か」 とりあえず、俺はハルヒに親指を立てた。---------------------------------------- その後三人は部室に向かった。 道中例の音楽のことが話題にあがったが、この無名が「音楽が聴けぬのなら、今日行く意味が在ろうか」と言って退かないので、今日は団員に紹介するだけでさせてくれと頼みこんで、なんとか了解を得た。 ちなみに、ハルヒは団室にミニコンポの持ち込みを勝手にオーケーしていた。 まあ、学校の了解を得ないのは今に始まったことじゃない。 しかし、無名のやつはどうやって学校に持ってくるつもりなのか。 こいつのふてぶてしさからして、普通に肩に引っさげて持って来そうだ。「じゃあ、開けるわよ」 無名にそう前振りして、ハルヒは部室と戸を開けた。「じゃーん!! 新入団員を紹介するわよ!!」 軽くドアの蝶番が砕けたかと思うほど強く開けたハルヒは、そのまま部屋中に大声を響き渡らせ、ホワイトボードの前まで出、「さあ、自己紹介しなさい!」「仕方無いのう。 今日………明日から、主等と共に此の部屋に居る事に成った無名と申す者じゃ。 じゃが、此奴等の他に儂に出て行けと言う者が居れば、速やかに出て行こうぞ」 今日を明日に言い直したところがこいつらしい。 しかも、出て行けというならいつでも出て行くと臆面も無く言いやがるところも図太い。 ハルヒと俺はともかく、これには三者三様の反応をした。 古泉は「いえいえ、そんなことお気になさらず、僕こそよろしくお願いします」といつものスマイルでなにごとも無く返し、朝比奈さんは「えっ、えっと、そんな出て行けだなんて…、と、とにかく、よろしくお願いします!」と半ば泣きそうになりながら、一生懸命答えてくださった。 そして俺は異様な光景に気付いた。 いまだかつて、見たことの無いこいつの顔を。「……………」 無名と俺を交互に見遣って、凍り付いたように茫然とする、長門の顔を。 - To be continued -
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