朔-Distorted pain- 第三話 ”『ザクロ』イノ血ノミズ”
『…人の聲が聞こえる』 「涼宮ハルヒではなく我々が神であることを証明するときが来た」「この”Distorted Pain”が成功すれば『機関』との戦いでとても優位に進める事が出来る」「コレがある限り勝利は我々にあるも同然だ」 『私の事を話してる・・・私は誰?』 「わざわざ……を攫ったのだ」「こいつも幸せだろう。自分の大好きなキョンとやらを殺せるのだから」「困ったガキだぜ」 『キョン…? …アア…キョン…さん…キョン、お姉さん……』 「しかし小学校六年生だろ? よくもまぁ、あそこまでやるよな」「子供でもストーカーになれるんだから怖いもんだ」「全くだな。あはははははっ!」 『そうだ…私、お姉さんをずっと見てたんだ…そうしたら……』 「しかし、そんな恋焦がれた記憶もあるまい」「いや、あるかもしれないぞ。それが起爆剤となって殺すかも」「ヤンデレかよ」 『殺す…? オ姉さんを? そんなの許さない……』 「被験体が目を覚ましたのか?」「どうやらそうらしい」 ―――ビキッ…ピシッ……。 「おい、水槽に皹が…!!」「急激に温度が上がって、気化して内部の液が膨張してるんだ」「一体何事だ…!!」 『駄目…やらせない……』 ………………。 「こちらAブロックの第三区! 俺達だけじゃもたない! 他の地区からも応援を…ひっ……うわぁっ!!」『どうした! おい!!』『基地内に居る人間は全員武器を持て! 被験体1076を捕獲せよ!!』 『殺させない…お姉さんは、私が殺させない…私のお姉さんだもん……』 「ひっ…やめ、ぎぁっ」「化け物だ…俺達じゃどうしようもねぇ!!」「こんな銃じゃ使い物にならねぇ! カール・グスタフとかねぇのか!!」 『いつだって優しいお姉さん…私のお姉さん……』 「銃を構えろ!!」「一斉発射用意!」「撃てー!!」 『あ…痛い…お姉さん…怖いよ…痛いよ…助けて…痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い!!』 「くそ、ガキが…!」「どうするんだ。こんなのどうしようもねぇぞ」「逃げろ!!」 『お姉さんに…お姉さんに…いつものように、頭撫でて欲しいから……』 「もう駄目だ!」「来るな、来るなあぁぁぁぁーーーーッッ!!」「うああぁぁああぁあぁっっ!!」 ………………。 「…いつも会った時のように、頭撫でて欲しいから…邪魔しないで……邪魔、しないで」 ―――これはもしものお話。だけど現実のお話。 ―――これは彼のお話。だけど彼女のお話。 ―――決して交錯しないもしもの現実世界のお話。 『朔』-Distorted pain- 第三話 ”『ザクロ』イノ血ノミズ” 「涼宮さん達には先に町を出て貰う。その後、長門さんだけこっちに戻ってもらうの。喜緑さんの協力は既に得ているわ」「ハルヒと朝比奈さんに実害が及ばないように、という事ですか?」新川さんが運転する車の中。助手席で森さんが現状をそう話している。つまり私と古泉くんは後ろの席に居るわけ。ついさっきまで更にもう一人居たんだけど、単独で任務があるからって途中で降りていた。名前は確か…そうそう、スネークって言ってたかな。「そういう事ね。私達は貴女を安全な場所に送り次第、この町に戻ってアレの殲滅にあたる事になってるわ」「先ほどの…えっと…スネークさんは、どういう任務を?」「具体的には言えないけど、結構この任務の要ってところかしら」よっぽど凄いんだろうなぁ…一人でやるってことは。それにしてもこの町に戻ってくるということは……もしかすると。古泉くんもまたここに戻ってくるということなのかな…。大丈夫かな。もしかしたらまた死に掛けてしまうんじゃ。いや、むしろ死ぬとか。もちろん心配なんてしていない。ただ、SOS団が一人でも欠けると気持ちが悪いというだけ。そのとおり。私は心配なんてしていないんだから。うん。それにしても町はどうしてこんな状態になってしまっているんだろう。生物兵器が町を荒らしていたとしても、どうしてビルが倒壊したりしているの。まさかあの連中がビルを押し倒したっていうの? そんなまさか。「…あれは、何でしょうか…」ふと新川さんがポツリと呟く。私達はその声に釣られて前を見た。何かがある。ちょっと先。道路を塞ぐようにして何かが。いや、違う。何かがあるんじゃない。何かが、そこに居る。「ひっ…」不本意ながらそう声を出してしまうようなグロテスクな物体。それは地面を覆いつくす蠢く人の群れだった。いずれもどろりと解けて、一つになり、どこからどこまでが一人かも解らない状態だった。解けて液化した人の中にたくさんの顔が浮かんでいる。そう形容するといいかも。とにかく人体で出来た巨大な水溜り。大きさはどれぐらいだろう。とにかく広く道を占領している。何だってこんなところにこんな物があるの。こんなのが居るの・・・。凄く、嫌な予感がする。鳥肌が立っているし。「何これ…」私が思わずそう呟いたその時。どろりとしたそれらの顔が一つこちらを思いっきり睨みつけてきた。それを皮切りに顔が一斉にぎょろりとこちらに向けた。 かたかたかたかたかたかたかた―――。 そして一様に歯を打ち合わせて鳴らせ始めた。背筋が凍るような寒気と嫌な予感。それはつまり悪寒なんだけど。「新川、バック!」そう森さんが指示したと同時だった。群れがこちらに向かってその液体のような体で迫ってきたのは。まるで坂道を流れていく水のように異常な速さでそれはせまってくる。そのどろりとした中に私は見てしまった。濁流の中からたまに姿を現す人間のようにそれが表面に出てきてしまったから。見なければ良かったと後悔してる。けど、見ちゃったものは仕方がない。液化した人体に飲み込まれた人の姿を。そして群れの、いや、群れという一つの個体の中にあるいくつかの顔が、その群れに飲み込まれた人を食べているのを。「うっ……」吐き気がした。「大丈夫ですか?」「ごめん…大丈夫、だと思う」古泉くんが背中をさすってくれる。今回だけは私に触れる事を許してやるとしよう。うん。ふと、森さん側のドアのウインドウが開いた。「森さん、危ないですよ」「大丈夫よ。ねぇ…これ、何の瓶か解る?」そう言って何かを私に見せてくる。何だろう、お酒か何かだと思うけど解らない。「解りません」「これはスピリタスという蒸留酒の瓶よ」そう言って封を開ける。そしてそれを一口飲む。「ちょっと高かったんだけど、仕方ないわね。まぁ、まだ新品があるし良いけど」呟きながら、その瓶をウインドウの隙間から前方に広がる群れへと投げた。スピリタスは群れに飲まれ、何処にあるかも見えなくなる。「これで倒せるかは解らないけど、逃げられるとは思いたいわね」そう言って森さんは吸いかけのタバコを手に持ってビン同様投げた。タバコが群れに飲み込まれる。刹那、炎が一気に包んだ。「スピリタスはアルコール度数が高いからたまにこうやって使うの」化け物の大量の顔が苦しそうに口を大きく開く。が、声は全く出ていない。体がドロドロになっている影響で声帯が無いのかもしれない。それはちょっと救いかな。もしあれが声を放ったとしたらそれはとても吐き気がするはずだから。「さて…早く、町を出るわよ、新川」「そうしたいのですが今度は違う事に困りましたな」新川さんがぼそっと呟く。「えぇ、通るのは若干危険ですね。あの先に何があるか解ったものではありません」古泉くんが理由を補足するように賛同する。「じゃあ、違う道を通ったら良いんじゃないの?」「キョンさんの言うとおりなのですが、何分残ってる道というのがちょっと遠回りでして・・・」「まぁ、それはそれで仕方がないわね。あの化け物を撃退しなくちゃいけなかったんだから」「遠回りだけではありませんよ。衛星写真によると、瓦礫が大量に落ちていてところどころ車から降りてどかす必要がありますね」「…仕方ないわ。それでもその道を通るしかないんだもの」 …………………………………………。 「よっこいしょ…!」そういうわけでオフィス街に入ったあたりで早速、丁字路を塞ぐ物をどかす作業に入っていた。今どかしているものは本当に大変。倒壊したビルの瓦礫が道を塞いでしまっているんだから。少しは森さんが爆破させて飛ばしたけど、それでも人が車どころか人も通れない。どうしてこんな丁字路を塞ぐように倒壊しているんだろう。なんか、そこはかとない悪意を感じる。よりにもよってオフィス街を通ることになるなんて・・・まだまだどかす必要があるものが多そう。「はぁ、疲れる…」「少しだけ我慢して下さいね」せっせと古泉くんと共に瓦礫をどかす。車が通れるようになるまであとどれくらい掛かるのか。もう、やってられない。「あ~もう! 何かこう、思いっきりぶっ飛ばすような道具はないのっ!?」思わず私がそう叫んだ時だった。「あれは・・・ダンプカー、ですか?」古泉くんが向こう側を見てぼそっと喋る。「そうそうダンプかトラックでドカーンと…」「いえ、そうではなくてですね…あれですよ」言われて見てみるとよく解らないけど大きな車がこちらへと走っているのが見えた。トラック…いや、古泉くんの言う通りダンプカーかもしれない。うん、それっぽい。「『機関』の人ではなさそう?」「えぇ、一般の方でしょう。まだ生きている一般人が居るのなら避難誘導しなくてはいけませんね」と古泉くんがトラックの進路に立つ。徐々に徐々に狭まっていく間の距離。このまま轢かれてしまえばきっと楽しい絵になるんだろうなぁ。ニヤニヤしながら不名誉に死んだら良い。うん。そう思いつつ、しばらくしてふと疑問が浮かんだ。 …何で減速しないんだろう。 本当に古泉くんが轢かれたらそれはちょっと嫌だ。何ていうか…そうだ、目の前で人に死なれたら嫌だもん。そりゃ確かに大嫌いだけど。大嫌いだけども、やっぱり何と言うか後味が悪いっていうか…。そこまでお得意の思考を展開して、古泉くんの表情から笑顔が消えているのに気付いた。「これは、マズいです…森さん、新川さん!!」すぐ近くで瓦礫の処分をしていた二人もそれに気付いた。それぞれが回避行動に出た次の瞬間、私達に向かって轟音と共に突っ込んできた。というか、早すぎるんじゃない…!?「駄目…当た―――」「危ない!」古泉くんが私に向かって跳ねる。「きゃっ…!!」抱きかかえられるようにして地面に倒れる。間一髪、私は古泉くんに救助されて助かった。すぐ後、ダンプカーが私がさっきまで立っていた場所に突っ込んできた。「っ!!」「くっ…!」衝突の衝撃が伝わる。砂煙が舞い、やや呼吸が苦しい。ふと、その私をそっと古泉くんが引っ張って砂埃の外へと先導してくれた。うぅ、なんという不名誉。まさかこのニヤケマンにここまで助けられるなんて。「大丈夫ですか?」「げほっ…うん…えっと…ありがとう」「どういたしまして」「そ、それはそうと…う、腕をどけて! …ちょっとだけ際どいところに当たってるから」「あ、すいません」パッ、と慌てた様子もなく手を離す。むぅ…古泉くんは私を女として見ていないのかな。まぁ、だから別にどうって事はないけどモヤモヤっとする…えっと…そう、あれよ。何ていうか女なのに女として見て貰えないっていうのは辛いでしょう?だってこれだけの美少女に触れてなんも感じないなんておかしい話だもん。 うん、それだけ。…自分で自分を美少女っていうのもどうかとは思うけどね。「はぁ…。それにしても、これは困ったかな…」目の前に聳える瓦礫の山。ダンプカーが突っ込んできた影響はそうとう大きかった。森さんと新川さん、私と古泉くんという形で分断されてしまったのだ。「そうですね。道をこうも塞がれてしまっては…新川さーん! 森さーん!」「古泉ー! 大丈夫ー!?」「えぇ! 僕らは大丈夫です! これからどうしましょうかぁ!?」「ここがこう塞がれてしまった以上は仕方ないから警察署で落ち合いましょうっ!」「了解です! 早急に向かいます!!」森さんと古泉くんの会話を聞いててふと疑問が浮かぶ。「え? 何か、すぐに遭遇できる道ってないの? 路地とか」何かしらすぐに合流できそうな道ぐらいあると思うんだけどなぁ…。古泉くんはそんな私の質問に苦笑いを浮かべた。「生憎ですが、ここは数百メートルに渡り、道が一本しかないのですよ」「そんなのあり!?」どんな道なの、それ。あぁ、道理でずっとなんか瓦礫処分中ずっとこの道に変な違和感を感じてたわけ。「そういうことで、しばらくは僕達二人で行動しなくてはなりません」「まぁ、それは仕方ないから良いけど…警察署までどれぐらい時間が掛かるの?」「車で十分ぐらいですが、今回は足で移動かつ瓦礫等障害物もありますし相当時間が掛かると思います」「どうしてそんなところに集まるの? もっと近いところで良いんじゃない?」「あそこには『機関』の緊急避難所があるのですよ。車もありますし、恐らくそれが目当てかと」「あぁ、瓦礫とか、徒歩だと危ないもんね…」「それにどこに何が居るのかも解りませんからね。車だと多少は安心して動けるし、有用性が高いのですよ」そういう事で、私達は慎重に警察署へと歩を進めることにしたのであった。
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