片想いコンプレックス
ため息をついてもどうにもならないことくらい知っていた。未練がましく北高に進学したものの、憧れの彼女は今やSOS団なる奇妙な組織を作り、数名の仲間とともに活動している。そもそも、その活動場所と言うのが文芸部室だ。文芸部員になろうとした僕はどうすればいい?ため息をつかずにはいられなかった。
そもそも、その文芸部に入ろうと思ったのも、中学生のころに付き合っていた彼女のためだ。彼女は宇宙人だとか未来人だとか、超能力者だとか、果ては異世界人がいると信じ、それを探している。中学生の頃は、理系の人間だった僕はその話を聞いた時に思わず笑ってしまった。まさか、それが原因で振られるなんて思いもしなかったな。 その後の彼女は、まさにひっかえとっかえ、彼氏を作っては別れ、彼氏を作っては振ることを繰り返していた。僕はその中のどうでもいい人間の一人だと知った時、愕然とした。周りは『涼宮の被害者第一号』として、僕のことを憐れんでいたが、僕は自分を被害者だと思いたくなかった。 彼女が気に入らないのなら、彼女が望む人間になればいい。 その日から僕は、それまで懸命にしていた勉強をやめ、SFだとか、オカルトの小説を読み漁った。ほとんどの本の内容はインチキくさくて、中学生の僕でも分かるほどの矛盾で満たされていた。始めはそんなものを認めて読むことが苦痛だったものの、自分なりの理論を組み立てながら読み進めて行くようになると面白いと思えるようになった。本を読むことが苦痛ではなくなったころには、自分でも驚くほどに成績が上がっていた。十分に、県内トップクラスの学校に進学できる。担任にはそう言われたが、北高に進学した。全ては彼女のため、彼女に認めてもらうため。谷口には『とうとう涼宮病の感染者が現れたか』と言われたが気にしなかった。 しかし、いざ北高に進学してみたものの、彼女に話しかけることもできず、彼女のようにエキセントリックな行動に出ることもできず、時間だけが過ぎていった。クラスも違うので彼女の行動すべてを見ることができるわけではなかったが、噂だけはすぐにやってきた。彼女は今、同じクラスの男子生徒その他と妙な組織を結成中。その男子生徒達には嫉妬する。彼らは彼女に選ばれたという事なんだろう。僕はもう一度ため息をついて、部室棟から離れようとした。
「ん?あんた……」部室棟出入り口で出くわしたのは、紛れもなく涼宮ハルヒだった。「す、涼宮!」思いがけない遭遇に驚いてしまった。この女こそ中学時代の元彼女、涼宮ハルヒだ。「何よ、いきなり人の顔見て驚かないでくれる」不機嫌そうな顔で睨まれる。再会後の印象は最悪か。「ところで、あんた誰だっけ?見たことある顔なんだけど」しかもすっかり忘れられてるのか。「あー、中学時代の同級生だよ」流石に元彼とは言えなかった。「ふーん、そう」彼女は僕を上から下まで疑わしげに眺めまわすと、興味をなくしたように溜息をついて横を通り過ぎようとした。「ま、待ってくれ」それを、思いがけず呼び止めてしまい、彼女がピタリと止まったところで後悔した。今さら呼び止めてどうするんだ。「何よ?」案の定、少し怒ったようにふりかえる。ここでやっぱり何もありません、などと言った日には何をされるか分かったものではない。「そ、相談したいことがあるんだ」思わず出た言葉がそれで、それを聞いた彼女は不思議そうに首をかしげていた。
「ふーん、片想い、ねぇ」今、僕は憧れの彼女と屋上にいる。その彼女に彼女への想いを相談しているのだ。自分でも滑稽だと思う。「でも振られちゃったんでしょ?諦めちゃいなさいよ」彼女は呆れた顔で僕の方を見る。諦めた方がいい事くらい自分が一番分かってる。「でも、諦めきれないんだよ」僕は彼女の目に、真剣なまなざしを向けた。彼女は気づいていないだろうけど、これは君に対する告白だ。「バカね」彼女はため息をついた。「恋愛なんて一時の気の迷いよ。その人を好きだって言う想いだって、もっと素敵な誰かが現れたら忘れちゃうのよ」彼女は腕に腰を当てて、まるで小さな子供を諭すかのように「だからとっとと諦めなさい。こう言うのもなんだけど、そんな子よりずっと素敵な子だって周りにいるんじゃないの?」と、言って僕とは反対の方を向いて、屋上からの景色を眺めるように腕を後ろで組んでいた。その姿はやっぱり素敵で、彼女は彼女以上に素敵な人がいると言っていたけれど、そんな人はやっぱりいないような気がするのだ。「だったらさ」僕は彼女に一歩近づいた。「その、僕と」言葉は続かなかった。何となく、自分がずるいような気がする。「言ったでしょ」ため息が聞こえた。けれども、その顔は困ったように笑っていた。「恋愛なんて一時の気の迷いよ」彼女は僕以上にずるかった。
僕は今一人で屋上から階段を下りている。彼女には三度も振られてしまった。何ともまぁ…。もしかしたら、今、彼女も叶わない恋をしているのかもしれないと思った。それが、彼女の中学時代からの奇妙な行動をさせている原因で、理由。噂では彼女は、奇妙な団体の一人の冴えない男子生徒と付き合っていると聞いたが、話を聞く限りそんなことはないはずだ。それでも、噂が立つほど仲がいいのだろうその男子生徒が羨ましく、同時に悔しい。ある種の劣等感も覚える。校舎を出る頃には、そんな男子生徒のことよりも、彼女以上の女性がどんな女性なのかを考え、やっぱりいないんじゃないだろうかと言う虚しさが渦巻いていた。もしも今から走り出して、恋愛マンガのように誰かとぶつかるなんてことはあるだろうか。気がつくと僕の足は、知らない場所に向かって歩き出していて、どこかに向かって走ろうともしていた。この先に誰かいるといい。僕は知らない誰かと会うために、公園に向かって走り出していた。
「ハルヒ、遅かったな」部室のドアを開くと、そこには冴えない男が座ってお茶を飲んでいた。「変な男に絡まれてたのよ」まさか、恋愛の相談を受けていたとも言えない。だから、適当にそう答えた。不思議と間違ってはいない気がする。「お前が絡んでたんじゃないのか?」「そんな訳ないでしょ」あたしは乱暴にカバンを置いて、全体を見渡せる特等席に座った。今日は彼と二人っきり。あたしは、『恋愛は気の迷いだ』と言った。それは間違いないと思う。それでも、あの日会った、怪しい男が忘れられなくて、自分でもよく分からない想いがあって。その想いと同じものを、今、同じ部屋にいる彼にも感じていて。彼には何もかも勝っているはずなのに、いつも別の何かで負けている気がする。小さな小さなコンプレックス。悩みを持った彼と同じ、片想いの劣等感(コンプレックス)「ハルヒ」急に彼があたしの名前を呼ぶ。「何よ」あたしはそっぽを向いて答えた。「ずいぶんご機嫌だな。何かあったのか?」片想いに悩んでいるのが、機嫌よさげに見えるのらしい。でも、確かに気分はいい。
今日は彼と二人っきり
~fin~
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