キョンの懐事情6
「ははあ、お渡ししたその日のうちに全額没収、ですか。」
片眉を引き上げて、古泉が苦笑する。
「まあ想定の範囲内ですがね。無論、今回の場合お金の出処について涼宮さんに疑念を抱かれない事の方がよほど重要です。今後も、そうした場合に返答に窮したら僕や長門さんに遠慮なく振ってしまって下さい。こちらの方でいくらでもフォローはできますので。」
「しかし、あなたもよほどついていないお人だ。」
いや、別に俺はいいんだよ。少なくとも借金は返せたんだし、あんなのは言ってしまえばただのあぶく銭なんだしさ。まあ、ちょっとの間、夢を見させてもらったって事で納得するさ。
中庭の休憩所、ジュースの自販機の前で俺は古泉に先程の成り行きについて説明していた。
あの後ハルヒは団員全員が集まるや否や緊急特別会議を開き、今はその白熱した---主にハルヒ一人のだが---議論の水入りの休憩時間、朝比奈さんのお茶も断って、古泉をここまで引っ張ってきたのだ。
緊急会議自体は、ハルヒの壮大な基調講演からはじまった。
「さぁて、お集まりの団員のみんな。今のご時世はみんな知っての通り、ろくに定収もない人たちに何とか理屈をつけて お金を貸し付け始めた連中がいたおかげで-----
「でもね、投資銀行ってのは、昔からこんな阿漕な商売ばっかりしてたわけじゃあないわけよ。事の始まりは40年前、 ボーリングのピンを立てる機械を作る会社に目をつけた----
「しかたがないっちゃないわよね。いつまでたっても大時代な王様気取りで、世界で自分が一番偉いって思い込んでるような 連中の集まりだったんだもの。でも、そのときは違ったの-----
「だけど、あの国は上がしっかりすると、しばらく力を伸ばす傾向はあるのよ。そりゃあしばらく輸血をするななんてのは、 いくらなんでも滅多なやり方だけどね-----
ハルヒの話は世界情勢と経済を織り交ぜた内容で、正直俺には10分の1程度もわからなかったが、朝比奈さんは顔を強張らせて聞き入り、古泉は腕組みしながらも時折「ほう」やら「ふん」やらと相槌を入れていた。
「以上の話をまとめて言えば、ま、世の中相も変らずバカばっかり。上がったものはまた下がるんだし、デタラメな連中にはつけいる隙がいくらでもあるって、そんなことにも気づかずに、弱い立場の人に責任を押し付けて元も子もなくしちゃう、腰抜けぞろいの今のご時世こそ、まさにSOS団が大躍進するまたとないチャンスってことよ。」「そこで今幸いと言うか、ここに当北校が誇る投資家の鑑、キョンが預けてくれた100万円があります。私たちSOS団はこの100万円を元手に事業を起こし、欲と脅えに汲々とした連中相手に快進撃、世界経済を大いに牛耳ろうと言うというシナリオよ!」
演説が一区切りついたところで俺が休憩を申し出、古泉に目で合図しながらコーヒーを飲みたいと言う口実で教室を後にしたのがだいたい今から20分ほど前の話だ。
『しかしお前は、あいつの話が理解できたのか?流石だな』
「いや、僕も断片的な知識しか持っていなくて、涼宮さんのお話を聞いて点が線になったというところですね。まあ彼女の場合何か一つの分野に興味を持ったその瞬間、彼女自身がその分野のエキスパートになっているという可能性もあるんですから、別にあの話を理解できなくても何も問題はないと思いますよ。」「そんな事より、そろそろ部室に戻らないと、彼女がしびれを切らしている頃でしょう。」
「休憩は10分って言ったのにいつまでダラダラしてんのよこのグズキョン!!さっさと席に戻りなさい!!」
「超CEO」の腕章を着けたハルヒのカミナリに首をすくめながら、席に戻る。部室では休憩前にはなかったホワイトボードが長机の前に引き出されてきており、おそらくは朝比奈さんの字であろう、「事業計画」と丸まっちい字で盤面の左上の方に書かれていた。
「さあ、みんな揃ったわね。じゃあ、今からこのSOS団が何をするか、何をしてこの世界経済の荒海に漕ぎ出していくかを決めようと思います。各人何か一つずつ案を出す事。じゃあ、まずはみくるちゃんから。」
ホワイトボードの前でペンを片手に佇んでいた朝比奈さんは、まさか書記の自分が発言を求められるとは思っていなかったのだろう、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で「ふぇ?」と面食らっていたが、人差し指を口元に当ててしばらく考え込んだ後、発案した。
「あのう、お花の苗や、種を買ってきて、みんなで面倒を見て、大切にしてくれる人に買ってもらうっていうの、わたしはしてみたいです…」
ハルヒはそれを聞くとしばし目を細め、唇を水鳥の嘴状に突き出して考えた後、口を開いた。
「まあみくるちゃんらしい案ね。でも、よっぽど珍しい花の種や苗でもないか、わたしたちがもう100年に1人くらいの花育ての天才っていうのでもない限り、ちょっと業界に打って出るのは難しいんじゃないかしら。それに何より、事業を手がけてから最初の売上までにかかる時間がちょっと長すぎるかも。でもまあいいわ、書いときなさい。次は有希。」
ホワイトボードの事業計画に、可愛らしい字で「お花屋さん」と記された。指名された長門が立ち上がって答える。
「私が提案する事業計画は、大規模な初期投資も緻密なノウハウも比較的必要としないコンテンツ産業。具体的には、去年生徒会に強いられて作った私たち団の会誌、あの延長で行きたい。」「連載小説、エッセイなどのコンテンツを携帯サイトか、メール配信で販売する。機器は部室のものを使えばいいし、システムは私が構築する。費用はサーバー代ぐらいで、リスクも低い。」「私も今回は読者を意識した形式で文章を書こうと思うし、朝比奈みくるのグラビア画像をコンテンツにすればおよそ数百人の固定購買者が見込める。一号あたり50円程度、隔週で発刊すれば月5万円程度の売上にはなる。利益率も申し分ない手堅い事業だと私は考えるが、どう?」
グラビアと聞かされて朝比奈さんは「ふぇぇ」と悲鳴をあげたが、ハルヒは机に肘をついた腕で顎を支え、またも唇を突き出して面白くなさそうな体である。
「これまたいかにも有希らしい、って案ね。コンテンツ産業ね、そんなにうまくいくかしら?まあ、あんたのことだから何事もぬかりはないんでしょうけど… 贅沢を言わせて貰えば、そのいかにもザ・虚業ってところが今ひとつなのよね。製造業とは行かないまでも、もうちょっと形のあるサービス業で世の中をかき回してやりたいのよ、私としては。ま、いいわ。それも書いときなさい。」
事業計画に、「デジタルマガジン刊行」が書き加えられた。
「花き栽培にコンテンツ産業っと、うーん、悪くはないけど今ひとつってところね、ま、人の案にケチつけてばっかりもなんだし、ここで一つ団長である私の案もご披露といこうかしら。」「低成長率の今の時代を渡りきる、この超アントレプレナー涼宮ハルヒの超事業計画、それは」
「ズバリ『出張メイドカウンセリング』。これが、私の案よ。」
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