涼宮ハルヒの喪失─第9章─
意識を失ったと思いきや、俺は変な場所にいた。辺り一面真っ白い空間、そして目の前には大きな扉。現状を理解しようと脳を酷使したが無駄に終わったのは言うまでもない。もしかしてこれはあれか、天国はたまた地獄の入り口って奴でしょうか。そうだよな、俺死んだんだもんな。でも、まぁ俺が生きていたっていってもたかだか2週間分の記憶しかない訳で、未練があるかないかと言われたら、ないって答えるさ。そりゃあんなボロ雑巾みたいな体で長生きしたって嬉しくもないさ。
とりあえず、扉の中が気になった俺はどうやったら開くものかと探っていると。いきなりバンッ!と物凄く大きな音を立てて扉が開かれた。不覚にも俺は「アヒッ!」などと奇声を上げていたのは禁則事項だ。俺は好奇心に負け、というより最初から勝負なんぞしてはいないのだが、とりあえず中を覗いてみたものの、俺は信じ難い光景を目の当たりにした。中は光が渦を巻き、どこまでも続く道を作っている。それだけを見ればとても神秘的な空間ではあるが、その奥の法で黒い何かが蠢いているからである。俺は一歩、二歩と後ずさった。おまけに尻餅もついてみたりした。別に俺がヘタレという訳でもなく、いや実際ヘタレなのかもしれないが。ともかく、俺はこれはただの愛嬌ですという他ならず自分の情けなさに、少々、いやかなりガッカリさせられたのは言うまでもない。
俺が呆気に取られて扉の中をただひたすら眺めていると、黒い塊がこちらに近付いてきた。なんだろうねこれ。新しい生物兵器かなにかと考えに耽る暇なんぞなく、扉の中から触手とも言える大量の手が伸びてきた。その手が俺を包み込むと扉の中に引きずり込まれそうになった俺は、負けじと足を踏ん張らせたが、俺という城はものの数秒で崩れ去ったのは、いうまでもない。しかし、この状況はまずい。あと、数十cmで俺は中に引きずり込まれてしまうのである。
「俺はまだ行きたくないぞ!」
俺は気付いたら叫んでいた。
「解った」
という声が聞こえた気がするが、俺がもうダメだと思った。その瞬間、みるみるうちに体に巻きついた手が俺から離れていった。あぶねぇ、後少しでおっちぬとこだったぜ。いや、もう死んでるんだけどね。はぁ…と深い溜息をつくと、俺の前に一人の男が立っていた。俺はその姿を見て驚愕した。
「よう、元気だったか?」
そいつは俺とまるで仲が良いというとてもフレンドリーな感じで挨拶してきたが、俺にはこんな如何わしい空間に友達なんぞ作ってはいないはずだと、自分に言い聞かせた。うむ、いるわけないしね。というか来るの初めてだし。しかし、なんぞその姿。俺の目の前に、若かりし頃の自分が立っていた。今と変わらないが。などとくだらない事を頭の中に巡らせているぐらい俺は動揺していたって訳さ。
「お前がいかにも死んでいます、って間抜け面していたから喝を入れてやったんだ。有難く思えよ」
いや、死ぬか生きるかを天秤にかけたら誰だって生きるを選択するはずだ。だが、俺は死んでいるのに生きるという選択をするなんておかしな話だな。
「何言ってんだ、お前はまだ死んではいないぞ。寸前で俺がここに引っ張り込んだからな。とはいっても魂と精神だけだが」
なんですと?いまいち理解できないでいると、目の前の俺。ややこしいから俺(偽)とする。俺(偽)はニヤリと不適な笑みを浮かべながら、
「俺は偽でもなければ、オリジナルでもない。俺はお前だ。お前は俺でもある」
モノローグを勝手に読まないでください。しかし、また意味の解らない事を言い出した。もっと解りやすくいってくれてもいいものだが。
「これで解らないなんて、お前どこまで馬鹿になっちまったんだ。俺は悲しいぞ?だがまぁ、解りやすくいってやる。俺がここにお前を連れてきた理由は簡単だ。今世界は破滅の危機に晒されている。その運命を変えるにはお前という「鍵」の存在が必要不可欠だ」
why?何故俺がそんな大層な役目を与えられなきゃいかん。それに、そんな突拍子もないことを言われても、俺はお前が思ってるような人間じゃないし、実際俺はただの一般人だ。変態的な属性なんぞ持ち合わせていないはずだが。俺は多分顰めっ面になっていたんだろう。俺(偽)はまるで本当の馬鹿を見ているような顔で俺を見ている。失礼な奴だ。
「次いくぞ、今の状況だ。お前が死んだ事により二人の人間が暴走したのさ、お前達がいう固体名称で言えば、涼宮、佐々木という人間だ。今のお前でも解るはずだが」
なんだって?あの二人が世界を破滅させる?どっからどうみても普通の女の子だったが。そんな俺をみて、俺(偽)は軽く溜息をついた。
「事実だ。最初は一人だけしか覚醒していなかったから、俺の力で少しは抑えられていたが、今二人が情報爆発を起こした。その莫大なエネルギー消費でこの先に繋がる世界は勿論、この世界も大半の生命エネルギーを失って、滅ぶのは間違いないだろう」
この先に繋がる世界?ってことは異世界のようなもんだろうか。しかし、こいつが言ってることはまるで映画の中でしか存在しないような、フィクションを淡々と語っているだけにしか聞こえなくもないんだが。そうもいってられない、今俺が体験してることのほうがよっぽどフィクションだ。というか、お前一人で抑えられるなら自分が出向けばいいじゃないか。
「残念ながら、俺が存在できるのはこの空間だけなんだ。いつもはここから観測はしていたのだが、よもやこのような事態に陥るとはね。後、お前が疑問に思った異世界か。まぁそれでもいいだろう。この先には、もう一つ世界がある。こことは似て異なる世界だ。隠す必要はないから言うが、お前は元はそこの世界の住人なんだ」
すまん…なんだって?
「一回で理解しろ、お前は異世界人だ」
俺は驚愕の事実を聞かされ、一瞬思考を失ったが意外に俺は冷静になることができた。言いたいことがあるんだがいいか。
「言ってみろ」
俺(偽)はそういうと黙ってこちらを見ていたので、俺は自分の全てをぶつけてやることにした。
「お家に帰してください!」
勝った、俺はやったんだ。そう、この込みてくるこの優越感、あぁ俺はやり遂げたんだという充実感に浸っていた。
「なにいってるんだ、話を続けるぞ。」
簡単に流された。
「俺はお前の全てを知っている。この姿形だけではない、記憶全てだ。なぜならば」
なぜならば、と俺(偽)が一拍置いてこれまた驚愕の事実をあっさり言った。
「お前の全ては俺が奪ったからな」
そろそろ勘弁して欲しい。俺のかなり昔のPC並みのスペックしかない頭がオーバーロードを起こしそうだ。まじで頭痛がしてきた。
「まぁ、そう顔を顰めるな。何故、この扉を通ってこちらに来る必要がお前にあったのか。なんて事はくだらない理由だから伏せておいてやる。だが、お前の覚悟は本物だった。だが、お前は全てを代価にこの世界にきた。その行程で扉の中にいた俺が、お前を貰ったって訳だ。だから、俺とお前も似て異なる存在なんだ」
そうかい、なんとなくもう諦めてきたよ。俺はそういうものに確かに昔から憧れていた気がするが。いざ、自分がその状況に置かれると、ただひたすら困惑するだけであった。
「詳しくは後で解る時が来る、さてそろそろ時間が無くなってきたようだ」
あぁ、という俺はこの時なにも理解していなかった。ただ、あぁという相槌を勝手に、あたかも自然に体が行っていただけであって、自ら望んでそのような返事をしたはないと主張してみる。そんなことを頭で巡らせていると、俺(偽)が近付いてきて。俺の頭を掴んだのである、なんだこれ。アイアンクローでもされるのか?
「少し黙ってろ」
というと俺の頭に当てられた手が光ると同時に、唐突に、そして全てを俺は理解していた。俺が元いた世界も、今のこの世界のことも、そしてSOS団の事を。
「そうか、そういうことだったんだな」
あぁ、これは俺ね。こう言わなきゃいけないくら紛らわしいのは隠せない事実である。しかし、ただの凡人と言われてきた俺が、あいつら並に変態属性を持っているなんて思ってもいなかった。ここで俺はいつもの定型句をもらしていた。やれやれ。
「俺は、お前にこれでも感謝しているんだ」
ん?俺がなにかお前にしたってのか?俺の記憶からはそうはとれないが。呆気に取られていた俺を見て、俺(偽)が少し微笑んだ。
「感情をくれたからさ」
なんだそんなことか、どうやら俺は奇妙は存在に感情を植えつけるのは得意らしい。俺はきっと満足げな表情をしていたのだろう。
「これで、お別れだな」
「あぁ、そうだな。」
俺は目の前の自分と握手を交わした。それより、俺はここからどうやって出たらいいんだ。いや、まてそれより元の体に戻ったとしてもとても動ける状態じゃないぞ。
「あぁ、それなら俺が元に戻しておいてやる。それくらい簡単だ」
おい、それなら俺が苦しんでいるときにやってくれてもいいだろう。俺は肩を竦めて、溜息をついた。
「あの時は邪魔が多くてな、なるべくここは悟られたくなかったからな。あの瞬間が一番適切だったということだ」
あぁ、なんだろうねこの感覚。俺は煮え切らない思いを胸に抱いていると。
「まぁ気にするな」
と軽くぽんっと肩に手を置いてきた。いや、普通に気にするんですが。
「よし、終わったぞ。じゃぁ今から飛ばすからな」
え、終わったって今なにかをしてる素振りを見せていなかったじゃないですか。何をしたのか詳しく教えてもらいたいもんだ。
「それも、気にするな。よくあることだ」
よくあったら困るがな、だが俺もこいつには世話になったみたいだし、お礼になにかしてやってもいいかなとい気にもなるさ。俺はそんなに薄情な人間ではないし。
「お前に言いたいことがある」
俺は俺(偽)を見て、こういった。俺が簡単に思いつく言葉なんてこれぐらいさ。
お前の名前は今から、ジョン・スミスだ。ってね。
目の前の俺が、笑顔で「ありがとう」といった。
俺は途切れる意識の中、さよならだジョン・スミスと呟いた。
待ってろ、今行くからなハルヒ。
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