涼宮ハルヒの喪失─第8章─
俺は誰だ。
目を覚ました俺を絶望に落とすにはその一言で十分だった。俺は突如いいしれぬ虚無感と脱力感に襲われていた。俺は自分が人という事と、ここが病室という事ぐらいしか認識出来ないみたいだ。体を動かそうにもまるで糸を切られたマリオネットの如く、だらりと伸ばされた四支は動く事はなかった。だが少しは感覚だけはあるみたいだ、目線を下に落とすと俺の手を握りベットに突っ伏して寝ている少女がいた。俺はそれがなにか認識するのに少し時間を要したが、声をかけようにも声帯の損傷がかなり酷いのか、発声する事すら許されないようだ。
変化に気付いたのか少女は急に起き上がり、俺の方に心配そうな表情で、
「…あれ、あたしいつのまに、あ…キョン?よかった、気が付いたのね。待っていて、私先生呼んでくるから」
彼女は立ち上がり、寝惚け眼を擦りながら病室を出ていった。どうやら俺はキョンという変わった呼称で呼ばれているらしい。
彼女が医師を連れてくると、医師は驚いた表情を浮かべながら、「信じられない」と言っていた。自分がどんな状態か明確に理解はしていない俺には理解し難かった。医師が彼女に説明をすると、彼女は「ありがとうございます」と何度も頭を下げていた。
「キョン、私もう目を覚まさないんじゃないかって心配したんだよ?」
といって安心した表情を浮かべていたが、俺が物も言えぬ、体も動かせないという状況を理解したようである。彼女の表情はみるみる変化していき、この世の終りがきたみたいな絶望の表情を浮かべ、
「いゃ…こんなのって…、こんなの酷すぎるよ…」
彼女は肩を上下に揺らし両手で顔を覆っていた。そんな彼女に何もしてあげられない俺は複雑な気分になった。しかし、少し疲れたみたいだ。意識が薄れていく中、彼女のすすり泣く声が響いていた。
夢を見た。俺は黄色いカチューシャをしていた女の子に手を引かれ駆け回っている。目的地もないのに、ただひたすら。彼女はこちらを振り返り、「もう離さないよ」と微笑を浮かべていた気がする。なぜか、顔がはっきりと認識は出来なかった。
目を覚ました俺は目を周囲に配った。周りの状況を確認するためだ。俺の視界に椅子に座ってこちらを伺っていた男が入った。
「おや、お気付きになられましたか。」
というと安堵の表情をを浮かべていた。
「いつものあなたならば、ここで説明を求めると思うので、説明させて頂くことにします」
という表情は真剣そのものであった。俺は視線を天井に向け男の話しを聞く事にした。
「まず、凉宮さんですが、僕が来ると彼女は落胆の色を隠せずにいました。実は、彼女にはあなたが昏睡状態だとしか伝えていなかったもので。あなたの状態を見て大変ショックを受けたみたいです、僕も余裕がなかったもので、なんせ一刻を争う事態でしたから。申し訳ありません。それで彼女には、ここは僕に任せて一度家に帰って休むようにと促したのです」
一回話を切った彼は一息付き、続きを喋り始めた。
「あなたは発見時、瀕死の状態でした。体はまるであなたが活動出来ないようにするために、両手足の腱を切られ、筋肉もかなり損傷されていました。頭部の損傷も酷く二度と起きる事はないと思われていたのですが。何故あなたがこんな惨劇に見舞われてしまったのでしょう…、僕はあなたの力になりたかった。すいません、これ以上はあなたを混乱させたくないですから。ここら辺でやめておきます。そろそろ時間のようです。彼女が来るので僕は失礼します」
彼は手を振ると病室を出ていった。話によれば結構悲惨な状態だ、多分。もう動くことも出来ないと思うと、悔しくなり涙を流していた。こんな体ならもういっそ殺してくれ。頼むから。もう楽にしてくれ。俺は絶望し、痛みが身体中を這い周り、俺の思考を麻痺させた。俺は意識を失った。
俺はまた夢を見た。小さな女の子が夜の公園でブランコに乗って、なにやらうつ向いているせいか、表情が伺えない。。少女にの肩に手を置き声をかけた。こちらを見上げた少女の顔に俺は戦慄を覚えた。真っ赤な瞳、そして目を見開き壊れたラジオみたいな声でケタケタと笑い始めた。俺は必死でそこから逃げていた。追い掛けてくる少女は手に鉈を握り、笑い続けている。とうとう追い詰められた俺に向かって振り上げた。そこで映像が途切れた。 目を覚ました俺は辺りを確認した、だがそこには少女ははいなかった。どうやら俺はかなり精神的にも蝕まれてきているみたいだ。そろそろ幻覚でも見始めるのかなと思っていたら、
「大丈夫?」
と首を傾げている小柄な女の子が窓際に座っていた。彼女は俺の側に寄ってきて、
「あなたがそうなったのは私のせい」
と申し訳なさそうな表情を浮かべて俺の手を握っていた。
「わたしがこの事態を予め予測していれば防げていたはず。だけど、私は油断をしてしまっていた。だから私のせい」
彼女は瞳に涙を溜めて、俺の手を強く握った。気にするな、お前のせいじゃないさ。と心の中で呟いた。彼女は俺をじっと見つめ、「ありがとう」と言った。何故、俺の言いたかった事が伝わったのかと不思議に思っていた。
「私は、私の中に蓄積されたあなたのデータを基に行動パターンを割り出した。あなたなら、気にするな。というはず」
俺は少し呆気に取られていたかもしれない。彼女は俺の手を持ち上げ自分の頭の上に置いた。
「こうやって手をおいて」
というと、彼女は大粒の涙を流していた。こらこら、泣くんじゃありません。俺には優しく声をかける事も許されていない現実を憎んだ。
しばらくそのままでいた俺達を沈黙が包んでいた。ガラッと扉が開いた、なんと入ってきたのはすごい美少女だった。
「キョン君、大丈夫ですか?」
どうやらこの方も知り合いらしい。栗毛の女の子は、
「長門さん、お待たせしました」
となにやらコンビニの袋を渡している。そうか、こいつは長門っていうのか覚えておこう。長門がこちらを見て、栗毛の女の子を指差した。
「朝比奈みくる」
と解りやすくいってくれたのはいいが、また読心術ですか長門さん。長門はこくりと頷いた。その後、朝比奈さんが買ってきた飲み物が全然違うものだと、不機嫌になった長門が朝比奈さんを睨んでいたが、朝比奈さんは「ふぇえ~」と言いながらガクブルしていた。こんな光景を見ていると、今の俺には解らないがきっと俺は満足出来る人生だったんだろう。
あぁ、疲れたな。少し休もう。
俺が病院で目覚めてから二週間くらいか、その間にクラスメイトと思われる奴らも見舞いに来てくれてた。毎日来るのは涼宮と長門、朝比奈さんと古泉、後は佐々木という子だ。彼等の好意や心配は嬉しいのだが。俺は肉体的も精神的にも最悪の状態という局面に立たされていた。日々衰弱していく、肉体と精神。もう、俺には生きる気力もなくなった。
体は完全になにも感じなくなり、目も思うように動かす事が出来なくなってきた。胃が悪いのか、吐血も止まらない。衰弱しきった体はまるで死の宣告を受けたみたいに蝕まれてた。皆は最期まで諦めるなと言う。勿論、今ここで見舞いに来てる奴らは特にうるさい。当の本人は諦めているっていうのに。
「キョン、はやく元気になってどこかに出掛けようね」
涼宮は俺の手を握りながら微笑んでいた、いや違うな目が笑っていない。こいつも参ってきているんだろう。佐々木も心配してる中にも、なにか罪悪感を感じてるような表情で俺を見つめている。他の奴らも各々の定位置に着いて笑顔を作っているのだろうか、微妙に顔がひきつっている。古泉に至っては顔色が悪いし、会う旅に怪我の箇所が増えていく。
俺はただぼーっと薄れる意識の中、部屋がオレンジ色に染まっていくのを見ていた。
だが、死神は俺を待ってはくれなかった。
急に前進に激痛が広がり、俺は大量に血を吐いた。
皆は生きた心地はしないんじゃないかと思う。他に気を回す余裕なんてないからな。
あぁ…ちくしょう。
目が霞んできた。
周りでなにか叫んでる声が聞こえるが、それすら上手く聞き取れなくなっていた。
このまま死ぬのかな、俺は。
俺の意識が途絶えた。
ピーと虚しく鳴る機会音と涼宮ハルヒの叫び声共に。
「キョン!?キョン!!イャァァァァァァァァァ」
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