涼宮ハルヒの喪失─第5章─
朝眼を覚ますと佐々木の姿はそこになかった。俺は覚醒していない頭を抱えつつ、顔を洗い朝食とった。今日は日曜日。なにも予定がないなんてなんて悲しい高校生活を送っているんだろうね俺は。佐々木に電話をしたが繋がらなかったので、
気晴らしも含め散歩でもいくか、と服を着替えた。
俺は愛車にまたがり駅前のいつもの場所に自転車を止めた。まるでここにくるのが癖になってるみたいに、自然に体が動いたのは気のせいだ。
駅前広場のほうに向かって歩いていると知った顔が近付いてきた。古泉である。古泉は俺に向かって手を振り、
「こんなところで会うとは奇遇ですね」
と微笑を浮かべている。俺は適当に挨拶を交わしてその場を離れようとした。そんな俺の行く手を阻むかのように古泉が前に立った。
「まぁ、そんな急ぐことないじゃありませんか。それより、今日はなにか用事でもあるのでしょうか?」
いいや、俺はただの暇人だ。
「それはよかった、もしよろしければ僕達とご一緒しませんか?」
僕達?と周囲を見渡すと、そこには知った顔が3人いた。長門有希、朝比奈みくる、涼宮ハルヒである。俺がぼーっとしてると、俺の手を古泉が引っ張って3人の所に連れて行った。
「あ、えーっと、その、こんにちは」
と朝比奈さん、こちらこそこんにちは。
「………」
この三点リーダは長門だ。こいつは本当に無表情だなぁと思いつつ、涼宮ハルヒのほうを見た。こいつは少し離れたところで、なにやら暗い表情を浮かべたまま俯いてる。まぁそれはいいとして、俺が迷っていると、
「どうか致しましたか?やはり、我々とは関わりたくはありませんか」
と少し残念そうな笑顔を浮かべるというなかなか器用なことをする。
「そ、そんなこと言わないで一緒にい、いきましょうよ」
少し頬を染めて微笑む朝比奈さん。いやこの可憐な方は実にいいですね。
「私もそれを推奨する」
ふと目線をしたに降ろすと長門が、俺を見上げている。
「あなたはそうするべき」
と続けていった。俺はどうするかと悩んでいると、涼宮がこちらをチラチラと見ている。ちょっと気まずいんですが。
「まぁ、少しなら構わんが」
と俺は承諾した。残念な笑顔から爽やかなスマイルを浮かべた古泉が、
「えぇ、歓迎します。それではいつもの喫茶店に行きましょう」
俺たちは古泉の後ろをついていき、喫茶店に入った。俺はとりあえずいつもの席に腰を落ち着けた。いつもの?はて、なんだろうねこの既視感は、懐かしい感じもする。全員席に着くと、ウェイターがやってきた。全員飲み物を頼んだところで、古泉が切り出してきた。
「いやはや、またこの5人でここに来られるとは思ってもいませんでした」
その表情から安堵感が感じられるものの、俺には居心地がいいものではないが。それより、今日の予定はなにかあるのか?
「実はですね、日曜はほとんど休日にあてられているのですが、涼宮さんにすこしでも元気になって頂けないかとこうして集まっている限りです。」
そうかい、じゃぁ俺と一緒の暇人の集いってわけか。
「えぇ、まぁそんなところです」
古泉が困った顔で肩を竦める横で、申し訳なさそうに朝比奈さんが手を上げた。
「あ、あのぅ。もしよかったらみんなでふ、不思議探索でもしませんか!」
よく頑張りました朝比奈さん。でも少しは落ち着いてくださいね。しかし、その不思議探索っていうのはなんです?ここで古泉がしゃしゃりでてきた。
「それなら僕が説明致します。団創設時にこの世の不思議を見つけ出す、
という概念がこの団には存在していまして。週に1度、2度の時もありますが、二組に別れて街を探索していたんです。勿論あなたも一緒に」
俺はそんな事をした覚えはないんだが、そんな事よりもっと有意義な休日の過ごし方をしないのか?
「いえ、僕としましては。それはそれで有意義な過ごし方なのですが、なによりこうやって皆さんと一緒にいられますしね。」
古泉はコーヒーを手に取り一口つけた後、あなたはどうします?といってきた。別に暇だから付き合ってやってもいいが。
「そうですか、それはよかった。では、これで班分けいたしましょう」
そういう古泉が5本の爪楊枝を握って全員に引かせた。俺の爪楊枝の先端には赤い印があった。
「印ありだ」
と3人が印なしの爪楊枝を見せてきた。ということは必然的に俺は、涼宮と一緒にってことになるだが。これはどこかの組織の陰謀?
「私も印あり…」
と今にも消え入りそうな声で喋る涼宮である。
「それでは、さっそく行きましょうか。御代は僕が払いますので先に出ていてください」
ジェントル古泉が奢ってくれるというので甘えさせてもらおう。俺はすこし憂鬱な気分で店を出た。それもそのはず、告白されて振ったわけだし。そりゃ気まずくもなるさ。
「それでは13時にここで待ち合わせということで」
では、っと三者三様の挨拶を済ませ、三人は離れていった。さて、こっちはどうするかと俺は涼宮に話を振った。
「俺達はどうするんだ?」
涼宮は俺を見上げると、またすぐ俯いた。なんなんだろうね。そうやって沈黙が続く事5分くらいか、沈黙を破ったのは勿論俺だ。
「ここにいても仕方ないから、適当に歩くか」
と歩き始めると、大人しく後ろをついてくる。あれだ、大人しくしてるととても可愛いらしい一人の女の子じゃないか。でも、その姿になにか違和感を覚える。
20分ほど歩き、着いた場所はというと並木道である。俺たちはその辺にあったベンチに腰を降ろした。そしてまた沈黙。しかし、沈黙を破ったのは意外にも涼宮だった。
「…ねぇキョン」
なんだ?
「この前は、その、ごめんね」
相変わらず俯きながら、消え入りそうな声で喋り始めた。俺は、肩を叩いて気にするなとしかいえなかった。
「キョンは、私といるの辛いよね、嫌だよね?」
悲しそうな声でいうこの少女に、俺はなにを言っていいのか少し悩んだがこう答えることにした。
「前にも言ったとおり、俺にはお前たちが言うような記憶はない。だが、別にお前らといるのもそんなに悪くないんじゃないかなぁと思う事もある。それに、別に涼宮といるのは嫌じゃないぞ、うん」
そういうと、「ほんと?」と少し嬉しそうに笑う涼宮がいた。こいつは結構単純なんじゃないかなぁと思いつつ、それは胸の中にしまっておくことにする。
「もし、もしね?私が、その、SOS団に戻ってき…じゃなくて入ってって言ったらキョンはどうする?」
とまた俯いているが、なにやらチラチラと俺の表情を伺っている。俺は少し考え、
「あぁ…別にいいけど」
と素っ気無く答えてしまった。なんでいいなんて言ってしまったのか、俺にも解らない。でもそうしたほうがいい気がしたからだ。
「べ、別に嫌ならいいんだから。無理しないでね?」
俺は無理してないぞと少し微笑んで涼宮を見た。そうすると、少し眼を潤ませた涼宮が向日葵のような笑顔をしていた。なんだ、しっかり笑えるじゃないか。と俺は安心していた。
「あぁ、だからいつまでもそんな暗い顔すんじゃねぇ」
と妹を扱うように頭を撫でてしまっていた。てっきり、怒るかなぁと思ってはいたが涼宮は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。いやぁ、可愛いね。なんでもない、ただの妄言だ。
「約束よ!」
と無邪気に笑うその少女を俺は自分の中に蠢く感情を抑えきれずに抱きしめいた。自分でも何故そんな事をしたのか解らない。しかし、こいつは今どんな顔をしているんだろうね。
「ちょ、ちょっとキョン!い、いきなりどうしたのよ」
そう言いながらも少ししてから、涼宮も俺の腰に手を回してきた。俺は胸にチクりと痛みを感じた。なんでこいつといるとこんなに胸が苦しくなるんだろう。
「なぁ、ハルヒ」
何故か俺は名前で呼んでいた。それが当たり前のような、懐かしいような気がついたら口に出ていたんだ。
「なぁに、キョン」
ハルヒが耳元で甘い声を囁いた。不覚にも少しドキッとしてしまったのはきっと気のせいだ。うん、間違いない。
「少し、こうしていてもいいか?」
「うん…」
そういうと、少し強めに抱きしめた。ハルヒも強く抱きしめ返してきた。何故だか俺は安心していた。ここ最近、なにか欠けているような違和感に苛まれていた為か、俺にも少し余裕がなかったみたいだ。
しばらくして、俺は自分がしていることに気がついた。なんつう恥ずかしいことをしてるんだ俺は。俺はハルヒを離すと、ハルヒは顔を真っ赤にしながら何故か眼を閉じてなにかを待っている。俺はとりあえずデコピンをしてあげた。
「アイタッ」
びっくりして額を押さえているハルヒ、期待を裏切られたような複雑な表情と怒った顔と笑顔が混ざるという面白い顔をしていた。俺はたまらず笑っていた。
「なによ!バカキョン!」
ふんっと鼻を鳴らしそっぽを向いたハルヒに、
「いろいろすまなかった、俺にも余裕がなかったみたいだ」
と微笑みを浮かべてハルヒの手を握った。ハルヒは顔を真っ赤にしていたが。こいつの前世は蛸なんじゃないかなぁと思ったりもしてみた。でも、ハルヒが元気になって俺は心の底から安心しているみたいだった。その後、二人で歩きながら集合時間まで散歩していた。
集合場所に行くと、3人は先に着いて待っていたみたいだ。古泉がすこし驚いた表情を浮かべ、こちらに歩いてきた。ハルヒは女子二人のほうに行きなにやら喋っている。
「これはこれは、まさかこの短時間であそこまで落ち込んでしまった涼宮さんを、
あそこまで変えるとはさすがとしか言いようがありませんね」
と顔をニヤケさした古泉。何が言いたい。
「そう怒らないでください、感謝してるんですよ。しかし、何をしたんですか?彼女に」
更にニヤケ顔が4割り増しになった古泉。なんだろうね、一発殴ったら止まるだろうかと拳を握り締めると、
「古泉君!」
とハルヒがこっちに走ってきた。俺がどうしたんだ、と声をかけると。やけに嬉しそうな顔をして俺と古泉の手を引っ張り、朝比奈さんと長門のところに連れて行った。
「今日から新しく入る新メンバーを紹介しまーす!っていっても皆知ってると思うけど」
皆が「おかえり、おかえりなさい」と言ってくれた。いやいや、新メンバーにおかえりなさいって…。でも俺は嬉しかった。
「ただいま」
今はこの懐かしさを少しでも感じていたかった。
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