北京
「キョン、『ほっきょう』って何県だったっけ?」最初は何を言っているのかさっぱり分からなかったが、意味を理解した瞬間飲んでいたお茶が鼻から怒涛の滝のごとく噴き出していた。ここ数日続いた季節はずれの暑さでハルヒの脳みそがショートしちまったらしい。くそっ、鼻と喉と腹が痛い。これは死ねる。 「ちょっと、何で笑うのよ・・・・・・あ」ハルヒもようやく自分の犯した過ちに気づいたらしい。顔がゆでだこみたいに真っ赤になった。だが、時すでに遅し。部室の中は俺と古泉の笑い声が充満していた。せめてもの救いは長門が『ほっきょう』もどこ吹く風のようで黙々と本を読んでいることと、朝比奈さんがきょとんとして首をかしげていらっしゃることだろう。どうやら、この今世紀最大の勘違いのオチが分かっていないようだ。 「ちっちっちっ違うのよ!!ほら、中国の行政区分って省の二つ下に県があるでしょ。あたしの言った県はそっちの意味で、決して日本の県のことを言ったわけじゃ・・・」 もうよせ。恥の上塗りになるだけだ。ハンカチで顔をぬぐった俺は必死で抗弁を続けるハルヒの前に立って、そっと肩に手を置いてやった。ちらりとハルヒの使ってた最新型パソコンの画面を見る。ああ、やっぱりな。 「ハルヒ。学の無いお前に一つだけ良いことを教えてやる。北の京と書いて『ほっきょう』と読むんじゃない。『ペキン』と読むんだぞ」ああスカッとした。心の奥底から笑えた上に、日ごろこき使われているストレスまで解消できて二重にスカッとした。俺は自分で実感できるほど晴れ晴れした表情をして、恥辱にまみれたハルヒの顔を覗き込んだ。 「まあまあ、気にするな。誰だって間違いは・・・」「黙れ」「はい?」「黙れって言ってるでしょ、このバカキョンがぁっ!!」「ほっぎょう!?」見事なまでのアッパーカットが俺の顎に炸裂し、場面が暗転する。「お目覚めですか?」ぼやけていた視界が復活してきた。おお、そこにいるのは部屋の隅で四つん這いになって笑っていた古泉ではないか。「あなたと違ってちゃんと声を殺していましたよ」嘘つけ。俺の鼓膜はお前の笑い声をしかと記憶しているぞ。「とにかく今はそれどころではありません。緊急事態が発生しました」何だ?恒例の神人祭りか?「ええ、普段の倍以上の閉鎖空間が発生して神人が暴れまくっています。ですが、今回はおまけが付いてしまったようなのです。中華人民共和国の首都の読み方が『ほっきょう』になってしまいました」 中国の首都の名前を思い浮かべてみる・・・・・・たしかに『ほっきょう』になってるな。ハルヒよ、赤信号みんなで渡れば怖くないってわけか。「機関が確認したところ世界規模で改変が行われたようです。人の記憶、書籍、インターネット、看板まで残さず。しかし、よほど気が動転していたのでしょう。人々は一時間前まで中国の首都の読みが違うものだったことを覚えています。おかげで世界中が大混乱に陥ってますよ」 ははは・・・・・・元々はあいつが自分でこけたんだ。俺にゃ関係ないぞ。それじゃさいな・・・「逃げないでください」立ち上がってドアに向かおうとした俺は腕をガシッとつかまれた。「紹介が遅れました。こちら中華人民共和国外交部の王さんです。機関の存在を知る数少ない中国政府関係者の方ですよ」黒いスーツを着たやせ気味のおっさんが腕をつかんでいた。顔は無表情・・・・・・じゃないな。こめかみに出ている青筋が何よりも王さんの感情を表していらっしゃる。 「あなた、キョンさんでしたね?国家主席はたいへんお怒りです。責任、とってくださいね?」腕をつかんでいる手にさらに力がこもる。すまん、妹よ。今日は帰れそうにない。そんな言葉が、速攻で製作中のハルヒ説得案と共に頭の中で踊っていた。
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。