長門有希の嫉妬生活
「ただっいまー!」彼が仕事から帰ってきた。赤ちゃんから長い間目を離すことができなくなったから、最近はもう玄関で出迎えていない。「…おかえ……」「霙ちゃーんっ!」彼はリビングにいた私に何も言わずに霙の元に駆け寄った。「ただいまー、パパだよー!」ぶんぶんと手を振り回す霙の手に自分の指を掴ませて遊んでいる。 …。 「…おかえりなさいませ。」「あ、ああ。ただいまっ!」こちらを向いてニコッと笑ってみせると、またすぐ霙のほうに戻った。 「うーん、かわいいなぁ…霙は…。」 …。 「…夕食はいかがなさいますか?…先に入浴されますか?」「先にご飯食べようかな。…ところで何?その口調。」「…別に。」私にもよくわからない。 「アレか?ちょっと前に流行ったメイドさんってやつか?あはははは…!」彼は笑いながら食卓に着いた。…なんだろう、すごく胸がもやもやする。 ほぎゃあ、ほぎゃあ…! …多分、あの泣き方はお腹が空いたんだ。「…よしよし…。」霙をあやしながら抱き上げて、母乳を飲ませる。彼の方を見ると…育児の本を必死に読んでいる。 …。 「今日、霙はどうだった?」「…自分でやったげっぷに自分で驚いてた。」「ウヒヒヒ、かわいいな!俺も見たかったよ!」 …。 その日、私は原因不明の暗雲を胸に抱いたまま眠りについた。 翌朝、彼を見送った後、ゴミ出しに表に出た。「あらぁ、有希さん、おはよう。」隣家の勝木さんだ。「お宅の霙ちゃん、静かねぇ。夜泣きしないなんて。」「…私も驚いてます。」「旦那さん、昨日スキップしながらお家に帰ってるの見ましたわよ。よっぽど嬉しいんでしょうねぇ」彼女はオホホホ、と笑った。「…。」「…あら、どうしたの?」…勝木さんは出産祝いにと、紙オムツをたくさんくれたいい人。(なんでもそういう会社に勤めてるかららしいけど、やっぱり嬉しかった。)彼女になら話してもいいかもしれない。「…何故か、気分が優れなくて。」「あらぁ、育児疲れ?」「…多分…違うかと…。」霙の世話はとても楽しい。疲れだなんて、とんでもない。「…それじゃあ…」彼女はニヤリと笑って…「あんまり旦那さんと上手くいってないんじゃない?」「………。」「例えばぁ…あんまり育児に関心がない、もしくはありすぎてあなたをないがしろにしてるとか。」「………っ。」「あらぁ、図星?もしかして今気付いた?オホホホ、じゃああなた、霙ちゃんに嫉妬してるのね!」…嫉妬?「だってそうよぉ、霙ちゃんに旦那さん取られて、いじけちゃってるのよぉ!かわいらしいのねあなたって!」そしてまたオホホホと笑った。 …私が、嫉妬…。 「…どうすれば?」「あらぁ、奪回作戦?オホホ…そうねぇ…。」 オギャー! 「あらら、霙ちゃんよ。早く行ってあげなきゃ。」…残念。「…失礼します。」ドアに手をかけると後ろから声をかけられた。「…後で霙ちゃん連れてうちにいらっしゃい!」「…ありがとうございます。」一礼をしてから家に戻った。 「…はい、お茶。」「…ありがとうございます。」ずずず…と茶を啜る音だけが部屋に響く。 「…さて、どうしましょうかね…!」彼女はニヤニヤしてる。…なにか、恥ずかしい。「…どうしましょうか。」「そうね…王道を行くなら……『たけやーさおだけー』……でしょ?」「…なるほど。…他には?」「私がやったのは……『…毎度おなじみちり紙交換ですっ!…』……かしらね?」「…おぉ…。」「その後……『磯野ー!野球やろうぜー!』……で完璧よぉ!」 その後も奪回作戦&育児方法について色々話し合った。外の音がたまにうるさかったけど、私はちゃんと聞こえてたから、別にいい。「…そろそろ。」「あら、もうこんな時間。買い物行かなくちゃ!じゃあ、またね!明日報告よろしくっ!」「…失礼します。」 …早速、今夜試してみよう。 「ただーいまー!」「…おかえりなさい。」作戦その1…決行中。「おやぁ、霙ちゃんはママに抱かれてご機嫌かな?よしよし、かわいいなぁ!」「…『ご機嫌です』(裏声)」「うっひゃー、かわいい、かわいい!」…作戦、効果なし。むしろ逆効果。 まだまだ…夕食後がある…。作戦その2、開始。「…ねぇ…あなた。霙を…お風呂に…。」「お?任せろ任せろ!」「…それで、私も「はーい、パパと入ろうねー!」 ――――脳内議会 A『…作戦中止?』B『…やむを得ない。』V『…諦めるにはまだ早い。』V2『…そう。私も一緒に入ればいい。』V3(会長)『賛成。他に意見がないようなら多数決を取ります。』 …満場一致。ワアアアアア…!!パチパチパチ…!!―――― 脱衣所にすっ飛んで行った彼を追いかける。「…私も、一緒に…。」「んー?霙が出たらすぐ拭いてあげたりしないとだろ?」「…そう。」 …脳内議会の会長には辞任してもらおう。 作戦その3。れでぃ…。 「有希、寝ようぜ。」 ごー。 「…霙に、おっぱいあげないと。」「ん、そうか。先にベッド入ってるぞ。」…想定の範囲内。霙を抱き上げて、母乳をあげる。この時、いつもなら片方の乳房は隠すけど、あえて出しておく。「…有希、おっぱい見えてるぞ。」「…あなたも、飲まない?」「…っ!」彼は両目を見開いた。…かかる。餌は目の前。「あ、ああ…。」 計 算 通 「あ、いや…。」「…?」「やっぱ、やめとくわ。」「…っ。…そう。」 …削除、削除、削除…。 …凄く虚しい。うなだれながらベッドに入る。…彼には背中を向けて寝よう。 「…なぁ、有希。」「…何?」「…久しぶりに…どうだ?」彼が私の肩に触れてくる。「…触らないで。」「…な、なに怒ってるんだよ。」「………。」…完全にいじけている。ムキになっている。誘った時に来ないで、後から来る態度に素直に喜べない。なんで私がこんな態度を取るかきっとわかってないのだろう。 …ぎゅう 「…ごめんな。」「…触らな「…しばらく、有希の相手してあげてなかったな。」 ………ッ!彼の方へ振り向く。「…ごめんな。」そう言って私の頭をゆっくり撫でてくれた。「…有希のこと、ちゃんと見てあげてなかったな。…寂しかったよな。…ごめんな。」 「………っ。」頬を熱いものが伝う。 「お、おい、泣くかよっ。…ま、参ったな…そこまで寂しい思いさせてたか…。」 ふるふる 「…違うのか?」 …コクリ 「………???」「…気付いてくれて…嬉しくて…。」「…っ!…あ、あはは…。…なぁ…有希?」 ………………ちゅ。 「…で、昨日はどうだったの?」「…あ……う…。」「あらぁ、顔赤らめちゃって!その様子だと上手くいったのね。肌も潤ってるものねー!」…頷く。顔が真っ赤な気がする。声が思うように出せない。「でも、あんまり旦那さんを独り占めしてたら霙ちゃんかわいそうよ?あんまりやり過ぎないようにね。」 …大丈夫。彼は何も言わなくても気付いてくれたから。…私のアクションが足りなかっただけ。 彼は…きっと私と…霙と。二人をちゃんと愛してくれる。 確か、彼…私が初めての恋人。 …そんな彼に、二股が…ちゃんとできるだろうか… 彼を取り合う私と霙 …でも、私は…母親だから 少しくらいはあなたに譲ってあげる …4:6……くらいで…
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