猫マノイド・インターフェース曰く
引き出しを開けたら、猫耳の長門が入っていたので鼻水が出た。「これは……い、一体……」「……」「お前……お、俺の部屋で一体何を」「にゃあ」「え……?」「……猫型ロボット」 長門……それは禁則事項だぜ! 「その耳は……頭から生えてるのか?」「そう」「……さ、触って良いか」「別に構わない」 長門の猫耳はふわふわだ。ほんのりと暖かく、血が通っている事を示していた。 撫でると、ぴくりと動いた。「何か癒されるな……」「にゃあ」 小一時間撫で続けた。全然飽きない。ちなみに普通の耳もついていた。「猫耳は聞こえるのか?」「聞こえない」「そ、それは……無駄じゃないのか……?」「……にゃあ」 前言撤回。少なくとも俺には無駄じゃない。 家に長門が住み着き始めてから一週間が経過した。登下校はいつも一緒だ。 最初は苦労した。まず長門に、猫型ロボットは漏れなく青い事、そして「にゃあ」とは鳴かない事、 そもそも例の猫型ロボットには耳はついていない事、ていうかまずお前は猫型ロボットじゃない事――だが長門は「自分は猫型ロボットだ」と言い張った――を理解させなければならなかった。 次に、ハルヒを納得させる事。これは何故か容易かった。俺が「あのな、長門はその、猫型ロボットっていうか、そう、だから別に同棲とかそういうんじゃなくて、つまり別にやましい事とかは、うん」 と冷静に説明したところ、ハルヒは「うん? それが?」と首を傾げるのみだった。何でこんなに当たり前の如き対応なんだよ……?「それは、涼宮さんがそう望んだからなんですよ」「え……?」「長門さんは今、涼宮さんにとって一番頼れる人間です。もちろん、彼女自身も"頼られる側"なのですが、やはり分からない事や難しい事は自力では解決できない、それでいつしか長門さんを……無意識のうちに、あの猫型ロボットみたいだ、と思い始めたのでしょう」 わからんな。それなら何故ハルヒ自身の家によこさないんだ? 俺の家に居座らせる必要が無いだろう。「それは単純ですよ。あなたのポジションがあの眼鏡少年だからです」「……というとつまり」「ええ、これは推測ですが、僕があの金持ち、朝比奈さんは差し詰めあのガールフレンドでしょうか? そして涼宮さんは――」 あのガキ大将か。キャスティング的には確かにそんな感じはしないでも無い。そうなると長門が猫型ロボットで、軟弱眼鏡少年の家に居候するのもごく自然……なのか? 「要するに、『大体そんな感じ』です」 言わんとしてることは分かる。何かそんな感じするし。 でも、だからといってそんな軽いノリで長門の立ち位置を変えるあたり流石だよ、ハルヒ。 家族全員が長門を当たり前のように受け入れていた。「有希ちゃん、今日ご飯何食べたいかしら」「カレー」「有希ちゃん、テレビが壊れたみたいなんだ、直してくれないか?」「情報連結……云々……」「有希ちゃん一緒にお風呂入ろうっ」「……」 長門は頷き、妹と風呂に向かった。 そういえば宿題がヤケクソみたいな勢いで出たので、片付ける必要があるな。ええと――だめだ、わからん。長門に聞くか……待て! そう、長門が俺の部屋に住み着き始めてから、俺は長門に頼りきっていた。 宿題の答えは教えてもらうし、ハルヒ関連の面倒ごとは任せ切っていた。これじゃ本当にあの軟弱眼鏡少年だ。 これはマズい。 風呂から上がった長門はパジャマに着替え、ベッドに腰掛けてアイスを舐めている。 少し躊躇ったが、とりあえず宿題を教えてもらう事にした。「長門、宿題教えてくれ」「……たまには自分でやりなよ。ぼくに頼らないでさ」 な……!? 今何て言った!?「……? どうかした?」「え、ええと」 俺の聞き間違いか……? しかし、今確かに……?「大問1……(1)はア、(2)の①はウ、②はア……」 長門は何事も無かったかのように宿題の答えを唱え始めた。さっきの長門は一体何だったのだろう? その理由は翌日になってわかった。 まず、ハルヒが今まで以上にガキ大将っぽくなっているのだ。罵言の数が増えている。 古泉はイヤミっぽい感じになっていたが、あまり変わっていなかった。朝比奈さんはいつも通り麗しかった。そして俺はというと、明らかに駄目な感じになっていた。 「マズいですね。段々皆が"それっぽく"なっています。長門さんのその発言も、恐らくそれが原因かと」「……どうしろって言うんだ……」「それは――至極簡単でしょう」「え?」「あなたがあの軟弱眼鏡少年っぽくなくなれば良いんですよ。涼宮さんに何か良い所をみせてみては? そうすれば、涼宮さんの無意識下にある"あの役柄"が壊れて、皆元に戻りますから」 「……なるほど……?」 長門が本を閉じた。「よし、今日の活動はこれで終了! 明日も同じ時間に来なさいよ、遅れたら磔刑よ磔刑!」 ハルヒが良い感じに猟奇的になってきた。明日は空き地でコンサートだろうか? 家に帰り、長門とどうしたらこの状況を脱する事ができるか話し合う。長門の耳を触りながら俺は言った。「このままだとお前は外見以外が完全にあのネコロボになっちまうぞ」「ぼくは構わない」 マズいぜ。長門がボク娘になってる。それはそれで良いんだけど、やはり違和感がある。俺は元の長門が良いんだ。冷静で理知的な、「私」の長門が。俺は保守的になり過ぎてしまったのかも知れないな。 「長門、勉強教えてくれ」「……?」「明日、テストがあるんだ。このままじゃ駄目だ。俺に夜通しでも何でも良いから、勉強を教えて欲しいんだ」「……わかった」 そしてハルヒにわからせてやるんだ。俺はアイツとは違う。俺は……「俺はキョンさ」「キョン君?」 俺は黙って長門に微笑みかけた。俺をいつの間にかキョン君と呼んでいる長門、お前の耳ももう触れないかもな。ふわふわと撫でると、長門はくすぐったそうに笑った。 「さあ、はじめようか」「了解した」 その夜、俺は、俺史上最長の勉強時間を記録した。 翌日、テストを解く俺の右手は軽やかに解答用紙上を躍った。余裕だぜ! ハルヒと解答用紙を交換する。ハルヒは満点だった。そして俺も――「やるわねキョン、満点だわ」 ハルヒは笑いながら続ける。「流石SOS団員だわ」 そう、俺はSOS団員のキョン。どこぞのアイツとは違うんだ。 その瞬間からその日の部活終了まで、ハルヒは少し落ち着いた(というか、元に戻った)ような感じだった。古泉は少しイヤミではなくなっていて、朝比奈さんは麗しい。俺も、まあ多少はマシになった気がする。 その日の部活が終了し、長門と俺は俺の家に帰る。部屋に入り、長門に礼を言った。「うまくいったよ。ありがとう、長門」「ぼくは助けただけ」「え?」「キョン君が自分でやった事」「長門……」「おめでとう」 長門は少し顔を崩し、微笑した。 夕暮れのオレンジが窓から溶け出していて、俺と長門をぼんやりと照らす。俺は長門の猫耳に触れようとした。 その瞬間、猫耳はキラキラと光の粒になり、そして消えた。 翌朝、クローゼットから起きてきた長門はいつもの長門だった。 土曜の今日、長門は自分の家に帰る事になった。「さよなら有希ちゃん、またいつでも来なさいね」「ああ、有希ちゃん、待ってるぞ」「有希ちゃんさよならー!」 長門は無表情で、「さよなら」と言い、俺に向き直る。「もう、あなたに"私"の助けは必要ない」「何言ってんだ、いつでも部室で、俺はお前に会えるしお前は俺に会える」「……そう」「また助けてくれよ、長門」 長門は頷き、自らの家へと歩き始めた。途中立ち止まり、こちらを振り返る。 その長門は猫型ロボットで、猫耳を付けて笑ってるように見えたのは、多分俺だけ。
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