朝倉涼子を婚約者 第六話「Valse de vampire ~Qui est-ce que je suis?~」
俺はどこかを歩いていた。漠然とした意識。そのどこかでこれが夢なんだと知っていた。だけど、夢じゃない。意識だけが浮遊しているような状態。そんな状態だと知っていた。霊体だけを体から分離させて漂っているのだと気付くのには時間を有さない。すぐに気付いた、というよりも知ったからだ。例の如く、目覚める記憶で。ふと、俺の目の前が水晶の渓谷へと変わった。綺麗な、だけど地球とは違う空気。しかしそこは確かに地球だ。これはあの存在のせいだ。大きな蜘蛛が居る。そいつのせいだ。 第六話「Valse de vampire ~Qui est-ce que je suis?~」 「―――」蜘蛛はこっちを見上げる。そして、その足の一本を少女に擬態させる。それはかつて蜘蛛が捕食した誰かの姿。俺は全く知らない少女。「ようこそ水晶渓谷へ。ずっとここから呼んでたの」「あぁ、そう。初めまして」俺の意識とは別の意識のような、でも確かに俺の意識で会釈をした。「初めまして。貴方の事は私もキョンと呼ばせて貰うわ。血を吸われず、なおかつ吸わない人間の”死徒”」見た目に違わず、可憐な声を少女の姿をした足は発する。だがその言葉の中に俺は疑問という引っかかりを覚えた。「俺は死徒なのか?」ORTと名づけられた蜘蛛のような生物に問う。「貴方は固有結界を有しているから。吸血鬼ではなく人間だけど、死徒と呼んでも相違ないと私は思う」「それだけの理由か」曖昧だと思わずには居られない返事に苦笑いを浮かべる他、する事が無いのはご了承願いたいね。「そうよ。だから、吸血鬼である事に強く拘る他の死徒がそれをどう思うかは解らないけど」そう答えを返されて、俺はしみじみ何か物思いに浸ってみた。「そうか。持っているのか、俺も」俺の意思か。俺の意思じゃないのか。解らなくなってくる。本当に勝手にベラベラと俺の意思に反して”俺”の意思にしたがって喋るな、俺は。「そう。気付いていないだけで、キョンは最高の固有結界を有してる。私の『水晶渓谷』を越える結界を」そこで相手に笑みを見せる。そして、俺は言う。「お前を超える力、あるなら見てみたいけどな」「持ってるわよ・・・十分に強いのをね。だから今現在、最強の存在の筈よ」「へぇ・・・全ての要素を取っ払えば、というよりも今現在最強の君以上に?」少女は苦々しく笑って。「えぇ・・・私も勝てないでしょうね。キョンが人間の身ではなく吸血鬼の身なら、その栄華は一生続くのに」と答えた。俺は肩を竦めてその言葉を却下した。「悪いが、俺はそんな気はさらさらない。人間の身のままでありたい。アインナッシュの実を得られるなら、死徒化しても構わないけどな」「なるほど。死徒化しても実を食べれば吸血衝動を抑えられるものね・・・まぁ、貴方ならそれも可能でしょう?」「・・・だと良いんだが、俺に自信は無い」「それに、いつかきっとキョンは自ら取りに行くはずよ・・・必ずね」「予言かい?」「えぇ、予言よ。この私、”タイプ・マーキュリー”のね」「ふぅん・・・そうか。なら、もし当たってたらココイチのカレーを奢ってやる」「ふふっ。それが何かは解らないけど楽しみにしてる」話は終わった。「じゃあな」「じゃあね」そして俺は自分の体の眠る場所へと戻る。 ―――・・・・・・・・・・・・・。 ―――ん・・・。 「んぅ・・・・・」そよそよと吹く風に吹かれなびく、カーテン越しに目蓋にちらつく光。やがてそれはバサッと開かれ、光はちらつかなくなりはっきりと顕現する。あ~朝ですね。窓から入ったその眩しさに俺は耐え切れなくなって目を開けた。まだぼんやりとした視界に映る人影がこっちに近づいてくる。むろん、誰かはわかってるさ。「おはよう、キョンく―――きゃっ」そいつが喋ってる最中に悪いが、その腕を強く引き、抱き寄せてやる。近付いてくる顔。多分、影は重なっているだろうが生憎目の前には顔しか見えない為確認は出来ない。しばらくして離れていくが、なんとも名残惜しい話だね。「・・・おはよう、朝倉」「いつもいつも恥ずかしいわ・・・・・」顔を真っ赤にする朝倉の表情を見て、実は未だに寝ぼけていた意識を瞬時に覚醒させた。朝っぱらから馬鹿な俺万歳だな。だけどそれだけ愛しいからね、この朝倉って人は。だからこそ朝一番に味わいたくなるもんだな、これが。おっと・・・ある意味変態なのは、自分でも気付いているさ。頼むからそっとして、放っておいてくれ。これぞ俺の愛であり、それと同時に正義なんだから。ラブ・アンド・ジャスティス。ごめん、言ってる本人が訳がわからない。毎朝やってるんだから回避も出来るだろうにしないのは朝倉自身もそれを望んでるからだと思う。何て言ったって俺達は真性のバカップルなんだからな。いや、正直バカップルかは解らないけどな。「それにしても甘かったな・・・。朝倉、何か食べたか?」「バニラアイスをちょっと食べたかな」「そうか。・・・って、まさか俺の!?」「もちろん。昨日、私のガブリチュウ食べたのを忘れたとは言わせないわよ?」「ぐぐっ・・・おのれぇ」 苦々しい気分だが、微笑まずにはいられない。この程度の些細な会話でも笑顔になれる。こんな日常に浸っているのだから俺は物凄い幸せ者なんだろうな、とややおじさんみたく物思いに老ける。ハルヒに怒鳴られる心配もまず無いだろうし、あ~、何と気楽だろう。 ―――TO SLAY AND DEAD BORN~♪ TO SLAピッ ふと、俺の携帯電話が鳴り出した。誰か確認するべくディスプレイに浮かんだ文字に俺は出るか否か躊躇せずには居られなかったね。非通知。俺はハルヒの電話に出たくないのとは別の理由で出たくなかった。そんな訳で通話ボタンを押さずに電源ボタンを押した。 ―――TO SLAY AND DEAD ピッ しばらくして、また鳴り出す携帯。間違い電話では無さそうだが、通知ぐらいはして欲しいね。もちろん、切ったぞ。 ―――TO SLAY AND ピッ しつこいな。くそったれ。何だ? そんなに俺に出て欲しいのか?まったく、どこのどいつだよ。次鳴ったら怒鳴りちらしてやろう。 ―――TO SLAY AND DEAD BORN~♪ おのれぇぇえええええ!! 上等だ!! 出てやろうじゃないか!! ピッ ―・・・―・・・―・・・―・・・―・・・―・・・―。 「で、何のようだ。大野木・・・と、いつぞやの誰かさん」俺は大野木といつぞやの誰かを挟んで喜緑さんが働いている喫茶店に座っていた。何回目かすら覚えてない回数しつこくかけられた非通知に出たらいきなりここに来いと言われたからだ。いつぞやの誰かさんは顔つき的に多分俺達と同じぐらいの年齢、に見える。ただ日本人ではないな、明らかに。「失礼な。私にだって名前はあるぞ」いつぞやの誰かさんはむっとした表情でそう言ったあたり癪に障ったらしいが知った事じゃない。「お前の名前なんか聞いた事ないだろうが」そうだ。名前なんか知らなければどうしようもない。もし反論があるなら聞いてやろう。「なんと言う無礼な態度! せっかくこちらから出向いているものを・・・この場でしばいてや―――!!」反論どころか殺害宣告だ。何という奇人っぷりだ。あぁ、狂ってると言ったらありゃしない。だいたい今の何処が無礼だ。当然の言葉だと俺は思うけどね? あ~、なんという幼児性だ。「何だと!?」「あれ? 俺、声に出してた? それはそれはごめんなさいねー」「くそ・・・そこに直れ! 叩き切ってやる!!」いや、本当にまさか声に出していたとは気付かなかったんだな、これが。「お客様、静かにお願いします」「・・・・・くっ」ほれ、怒られてやんの。格好悪いねー。ナイスだぜ、喜緑さん。俺は当然のお礼として小さく頭を下げる。喜緑さんは小さくいえいえ、と手を振ってくれた。「というわけで、非常識なのはそっちだな」「用が無くなったら真っ先に殺してくれる・・・」おやおや、怖い事言うがこいつに俺が殺せるのかね?「殺人狂っていうか、子供か、あんたは。で、名前は何て言うんだ。俺の名前は、もう知ってるんだろう?」まだ若干憮然とした表情であったが深く深呼吸をして、そいつは口を開いた。「ナルバレック。それが私の名前だ、キョン」「ナルバレックか・・・」体が覚えている知識が記憶として俺の脳内に供給される。ナルバレック。埋葬機関を統べる家系か。ついでに埋葬機関についての情報もいくらか脳内へと移る。目の前の人間は殺人狂という事だが・・・うそこけ。・・・っつか俺初対面の人間にもキョンって呼ばれる運命なんだな。あ~我ながら悲しくなってくるぜこの運命というか宿命というか、仕方ないのかね。ったく、どこのどいつだ、こんなあだ名を導きやがった神は。ゼウスか? トールか? 天照か? もう、誰でもいいや、こん畜生。「さて、用件を言うぞ。その馬鹿面についてる耳の穴を開いてよく聞け、能無し」「そこまで言われて誰が聞くか、餓鬼」「私は餓鬼なんかじゃない! こう見えてお前より―――」「ムキになってる時点でどう見ても俺よりチビです本当にありがとうございました。だいたい、身長の話じゃなくて、内面の話だ」「このぉ・・・!!」本当に怒りやすいな。殺人狂っていうか単なる短気か。いや、短気だから色々と殺しまくっちゃってるのかもね。「二人ともいい加減にして下さい!」大野木の怒鳴り声がボサノバの流れる喫茶店内に響く。一瞬で静まり返り、沈黙。正しい行動かもしれないが、周りの視線が痛いぞ。喜緑さんも苦笑いをしながらこちらの様子を伺っている。「今回の重大さを知ってる貴女がこんな事でどうするんですか」「部下に怒られるとは・・・・・返す言葉も無い」大野木の方が上司に向いているんじゃないのか? あぁ、絶対そうだな。「しばらく落ち着きましょう。いいですね?」と、言うわけでしばらく俺達はコーヒーを啜って落ち着く事にした。俺はコーヒーを一気飲みしてしまった関係でどうにもこうにも暇になってしまった。もちろん、お代わりは自由だ。しかし、同じ味を味わい続けるのも退屈だ。「すいませーん。コーヒーお代わり。あとチョコパフェ下さい」そんなわけで俺はコーヒーついでにチョコパフェを頼んで食べる事にしたわけだ。喜緑さんの手の上のおぼんから俺の目の前に出されたチョコパフェ。うん、神々しい輝きだ。間違いなく喜緑さんが作ったものに相違ない。一口食べれば普通の人間のとは味の違いが歴然と―――ん?「・・・・・」そこで俺は目の前の視線に気付いた。「・・・?」チョコパフェに注がれるゲレンデも溶けそうなぐらい熱い視線。それは自尊心故に頼めないという態度がバレバレなぐらい。「食うか?」その言葉にナルバレックはむっとした表情を作るも口元の緩みを押さえられない様子だった。「食べたくは無いけど食べてやろう」訳の解らない言葉の後、光よりも早くスプーンを奪い去り、それを口に運ぶ。そしてハルヒに勝るとも劣らない、というかハルヒ以上に子供のような笑顔を浮かべた。「へぇ・・・あんたも子供みたいな笑顔を浮かべれるんだな」俺はニヤニヤしながら言ってやった。「うるさい!!」もちろんナルバレックは叫んださ。顔を真っ赤にしてな。さて、こういう紆余曲折があってやっと本題に入るわけだ。「貴方のクラスメイトが殺された事件を覚えてる? えっと・・・ハトウとゴヤマ?」「後藤と葉山だ。その程度を間違える奴が居るか」俺はわざと意地悪く言ってみた。すぐ様、相手の頭に血が上ったのが解る。「そんな事はどうでもいいであろ、ふんがっ」「・・・で、その頃にもう一つ殺人事件が起きてたの」そんな再び怒鳴ろうとしていたナルバレックの口を大野木が押さえて代わりに喋り始めた。うわぁ・・・周りから殺人狂って言われてる人を押さえつけてる。扱い慣れてるのか。「へぇ~・・・もう一つね」「その事件は、死体がどこにも見当たらないから死んだとは限らない、というのが公の発表だけどね」「なら、なんで殺人事件って言うんだ?」それに対し、一拍おいて言った。「根拠があるの。それは動物の毛よ」動物の毛。その言葉に体が反応し知識がまた一つ目を覚ます。そして自分から得たそれにより俺は知る。666の動物達を駆使する厄介な吸血鬼を。「ネロ・カオス・・・・」「モゴモゴ・・・ぷふぁー・・・知ってるの?」自分の口を塞いでいた手をようやく振り解いて、ナルバレックが目を大きく見開いて俺を見つめる。「いや。ただ、いきなり記憶が目覚めるんだ」「記憶が目覚める?」声のトーンが急に落ち着いた。何かを観察するような目付きで俺を見てくる。「そう。何か関連した事柄に触れると何か記憶がパァーと」まぁ、事柄だけではなく、その事柄に関連する何かが近くに無いといけないんだけどな。今回の場合は埋葬機関の人間という事柄に関連する人が近くに居る為に記憶が目覚めたのだ。その言葉にナルバレックが怪訝そうに眉を顰める。しばらくして何かに気付いたようにハッとした顔になり、俺を見つめる。「どうした?」何となく不安になって聞いた。俺自身が関わってるし。「いや・・・何でもない」そう言う顔は明らかに苦々しい顔をしている。何か高い壁に遭遇したような顔だな。俺はそれが何ゆえか理解できていない。ナルバレックの隣に座っている大野木も同じようである。ただ当の本人はそれを完全に理解していると見て間違いないだろう。・・・なんだ、この物凄くヘヴィな空気は。あぁ、もう!「・・・話を続けようか。お前は、ネロ・カオスがこの町に居るというのか?」何か空気が重くなってそれに耐え切れず、俺は自分から切り出すことにした。「えぇ。それだけじゃないわ。この町には死徒二十七祖が沢山集まってる」「沢山?」死徒二十七祖。強大な力を持った吸血鬼。奴等が沢山来る。それはとても恐ろしい事だ・・・と眠ってた記憶がおっしゃっています。まぁ、あんまり俺自身はよく解らないけどな。目覚めた記憶は後々に風呂で整理しないとどうにも使えない。「まだ誰が居るか、とかは確認出来てないけど、まず間違いなくワラキアが来る」「ワラキア・・・この前、大野木が言っていた奴だな」「えぇ。正式にはワラキアの夜。別名はタタリ。存在そのものが固有結界の化け物よ」大野木は若干トーンを落として解説した。どうやらワラキアに関する記憶はさほど体に無いらしく、あんまり関連する用語が頭に流れる事は無かった。が、大野木の説明から得られた説明でどうにかなりそうだった。今までに目覚めた分の記憶の知識と合わせながら聞くことで理解できる。・・・第六法はチンプンカンプンだが。「そしてメレム・ソロモン。彼は私達の仲間だけどね。他の死徒は解らないけど、まだ居るのは確実よ」「俺の体の変化と言い・・・何が起ころうとしてるんだ?」「解るなら、解りたいわよ・・・それが出来ないから手助けが一つでも多く欲しいの」たとえそれが貴方のようなむかつく人であっても。そう言ってナルバレックは歯軋りした。恐らくこの先に何が起こるかを想像出来ないという恐怖があるのだろう。何かあった場合の想定をしていると同時に、その範囲外の場合を考慮してるのだ。だからこそ俺が何で呼ばれたかもすぐに理解できる。「俺に協力しろと言いたいのか?」それ以外、ありえない。「えぇ。すぐに答えを聞く気はないわ。しばらくじっくり考えて欲しいの」「あぁ、そうして欲しいね。答えなんて早々出せる話じゃない」「でも、なるべく早めに聞かせて欲しいわ。あ、支払いは私に任せて貰っていいわよ。じゃあ、良い返事を期待してるから」ナルバレックはそう言ってレシートを手に取った。俺は大野木にちらりと視線を向ける。やや複雑な視線を酌み交わしたあと。「じゃあね、キョンくん」「あぁ」そう声を掛け合って。俺は喫茶店を出る。もう夕方か。一回チラッと喫茶店の方を見て、とことこと家への帰路を辿る為に歩き始めた。 ―――・・・・・・・・。 あいつらが、ハルヒの事に触れる事は無い。俺は今回の話の中でそれを確信した。ハルヒとは無関係に何かが起きて、それが進んでいる。ハルヒとはあくまでも別次元の話。平行して交わる事の無い事柄が確かにそこに居る。古泉のような超能力者も、長門のような宇宙人も、多分朝比奈さんのような未来人も解らない何か。完全なるイレギュラー。それを対処出来るのかという事態。古泉、長門、朝比奈さんの三人に、それとは別に大野木とナルバレックが居るような状況。いつもの三人ならともかく不明な点が多い二人。いつもの三人は知らないだろう、俺の現状を。何が、どの程度、どうなのか。それをいつものように理解できるならどれだけ楽だろうか。「キョン」さてそんな考え事をしていたら話しかけられたぞ、聞き慣れた声に。「なんだ、谷口」毎度毎度どこからいつ現れるか解らないスーパーおバカさんのご登場だ。全米も大注目な空気読めなささ。全く・・・空気読めよな・・・。いや、もう良いや。こいつに空気を読む事を期待する事が愚行過ぎるのは重々承知済みのはずだからな。「偶然出会ってやったんだからもっとフレンドリーに接してくれよ」フレンドリーに接しろだと? 本当に空気読めよな。「おいおい。何故そこまでしなきゃならないんだ」「俺達親友だろ」「お前は悪友だ」はぁ・・・何だってここでこいつと出会ってしまうかね。ナンパでもおとなしくしてれば良いのにさ。ま、会っちまったもんは仕方が無い。等と思っていると不意にいつもバカしてる顔にさっと陰りが出来た。「キョン・・・後藤と葉山、死んじゃったんだよな、本当に・・・」そして、ぽつりとそう言葉を漏らした。まさかこんなテンションになるとは思わなかった。っていうかこいつ人が死んだら落ち込むんだな。ずっとけたけた笑ってるイメージだったんだがな。まぁ、これはいくらなんでも不謹慎な考えではあるが。しかし・・・正直俺、なんて言ったら良いか解らないぞ。マジでテンポが狂うんだが。ここはとりあえず無難に返しておくか。うん、それが良いんだ。よく出来ました、俺。「・・・そうだな・・・」どうよ。これぞ全国共通の無難返答だ。「殺人事件が起きてもヘラヘラしてた癖に、本当に身近で被害が出ると不安がる。人って勝手だよな・・・」こいつ、本当の本当に真面目モードか。なら俺も真剣に受け答えしておいてやらないといけないな。ここで不真面目な相槌をするとこいつに空気読めよと言われかねん。こいつには言われたくない。言われたら青酸カリ飲んでヤドクガエル丸呑みしてトリカブト食べて首吊るわ。「あぁ、そうだな。だけど、それが人なんだ。俺達も人。仕方が無い」その返事に少しの間谷口は沈黙をしていた。らしくもないその沈黙をクラスでして欲しいね、本当に。あ~まったく。「・・・なぁ、キョン。もし俺が死んだらお前は泣いてくれるか?」ふと突如、口を開いたかと思ったら谷口はそんな事を口走った。俺は流石に凍りついたね。こいつ、何を言うんだ、と。シリアスすぎる、と。「バカ。そういう事を言うな」「・・・キョン、知ってるか?」「何をだ」「・・・後藤と葉山の死体に、血が一滴も残ってなかったって話」「・・・・・・」「・・・笑い事じゃないぐらい、今、重い事になってるんだぜ・・・俺達の町」「・・・そうだな」俺達はそこで黙り込んだ。と、いきなり後ろから強い衝撃を受けて俺は前のめりに倒れかけ、谷口は倒れた。「何してんのよ、二人とも」そこには谷口レベルのKYに昇格なさった団長様がエッヘンという生意気な態度で居られた。「ハルヒか」「ってぇな!何しやがる涼宮!!」「うるさいわね。団長様が元気付けてやろうとしてるのよ。感謝しなさい」何を言ってるんだか、俺はそう思った。谷口を見やると同じような視線を俺に向けてくる。谷口にすら見破られる仮面を被って俺たちを元気付ける?馬鹿言うな。縋ってるのはそっちの癖に、生意気な・・・ホントウニ、ナマイキダ。・・・っと、俺は何を思っているんだ。何やらオーバーな考えに至っていた気がするが。とにかく、目の前のハルヒの笑顔はどう見たって作り笑いの仮面だってところまで脳内巻き戻し、と。「そう言ってるお前は無茶してるようにしか見えないけどな、ハルヒ?」「・・・そうね・・・。無理して元気出せばボロが出るわよね・・・」ハルヒは素直に作った笑顔を引っ込めて素の感情を露にした。恐らく滅多に見れないだろう憂鬱に憂鬱を重ねた暗い顔がそこにはあった。「ねぇ、あんたたちは、大丈夫よね?」「「何がだ?」」おぉ、これは見事に谷口と声がハモッた。だからと言って決して嬉しくはない。「死んだりしないわよね・・・?」ハルヒは今にも泣きそうな顔で聞いてくる。こんな顔、見たことないな。っつか谷口と言い、ハルヒと言い、深く考えすぎにも程があるだろう。ふと横を見ると俺は谷口と目が合い、顔を見合わせた後、吹き出してその愚問に答えてやった。「当然だろ」「死ねと言われても死んでやらねぇよ」その答えに満足したらしい。ハルヒははにかんだ笑顔を浮かべて、「なら、良かった・・・」と呟いた。その眼には堪え切れなくなったらしい涙が外へと飛び出していた。俺と谷口がしばらく泣き止ませるのに奮闘したのは、言うまでもない。 ―――・・・・・・・・。 そんないざこざがあって夜になり、家に帰ると妹と朝倉が何やら真剣というか神妙というか真剣な面持ちで俺を待ち構えていた。「「キョンくん」」声が重なってるよ、一体なんなんだよ。「どうしたんだ、二人とも」「すき焼きと」「しゃぶしゃぶ」「「どっちが良い?」」「・・・は?」 ゆっくり話を聞くとこういう事だった。スーパーで牛肉が安売りしていたのを朝倉が発見し、それを購入。それでもってすき焼きの準備をしようとしていたところ妹が反旗を翻したのだという。即ち、しゃぶしゃぶだと。「・・・お前等そんな事で争うなよ」「「そんな事じゃないの! そんなレベルの話し合いじゃないの!!」」・・・解らないけど、食べ物の恨みってのは怖いんだな。ってか凄いシンクロ率。だがそれがどうした。俺だって貫きたい信念はある。そうだ。ならば俺だってここに堂々たる旗を掲げてやろうじゃないか!!「・・・ならば俺はさらに新しい提案を出す」二人の顔がこわばった。信じられないものを見るような目で俺を見つめる二人。悪いな。「その提案とは・・・キムチ鍋だッッッ!!」「「き、キムチ鍋!?」」「そうだ! だいたいな鍋っつうたら―――」俺はその後、親が帰ってくるまで延々と熱弁を振るった。ここまで演説をしたのは久しぶりだ。っつかした事ないかもしれない。きっとヒトラーにも勝てるぐらいの演説だったと思う。何故か途中で丼の話になって最終結論がネギトロ丼になったのは何のこっちゃである。しかも俺も含めて満場一致。幸いにも帰ってきた親が何故かマグロの赤身を大量に買っていたのでどうとでもなったが。しかし、鍋の素材はどうするつもりなんだろう。まぁ、良いか。「あ・・・でも、どうしよう」ふとキッチンから朝倉のそんな声がした。どうやら困ってるようだ。「ん? どうしたんだ?」「お醤油が無いの。どうしよう・・・これじゃネギトロ丼用にタレがつくれない・・・」おいおい。醤油が無くなるなんて聞いたことがないぞ。「何故だ」「さぁ・・・? 買い置きが無いからとしか言いようが・・・」「・・・仕方ない。買いに行くか」「じゃあ、そのついでにお変わり用にマグロを買い足しておきましょう。あれじゃ少ないわ」十分多いと思うんだが・・・。俺はそう思ったがそう言えば今晩は父親が出張から久しぶりに帰ってくるという事を思い出した。エプロンを外して朝倉が俺の横にひょっこりと並ぶ。「一緒に行くのか?」「うん。たまには・・・ね?」「あぁ、そうだな」「じゃあ、行きましょう♪」家族達にはもう少し辛抱していただこう。大丈夫。待つだけの価値はあるさ。朝倉の作る料理は、どんなシンプルなものでもそこらへんの店の何百倍もうまいんだからな。 * * * * * * * そんな訳で俺達は買い物に出かけた。人目の付かない路地通ってね。ここで殺人鬼の犯人やその仲間が現れると困るのだが、それと同様に長門や喜緑さんが何処にいるかわからないからな。無論、ハルヒも。あいつはワケワカメ(●緑さんじゃないぞ?)な時に出てくるからな。まるで勝手に出てくる召喚獣だ。「あ・・・・・」「ん?」朝倉の足がふと止まった。前を見れば何だか知らないが黒いコートを着た変なおっさんが一人居た。いや、「ほう・・・ここを通る人間がまだ居るとはな・・・」変なおっさんだけじゃない。無数の視線が取り巻いている。何十という数の獣も居た。「・・・囲まれてる」俺は周りにいつの間にかに現れた眸の数を数えていた。・・・無論数え切れないけどな。「犬に鹿に虎に・・・うわぁ、ものの見事に動物ばかりね」「しかも殺気立ってると来た・・・」「どうしよう・・・空間構成するのにはそれなりに時間が掛かるし・・・・・」まだ朝倉が喋っている間だと言うのに一匹の犬が飛び掛ってくる。俺は身を捩り避け、首にほぼ反射的に手刀を叩き込んだ。ゴキッという硬い物が折れた感触が伝わる。犬は痙攣を起こして、やがて動かなくなった。他の動物はそんな俺達を睨んでいる。全ての、別々の個体がたった一つの意思によって動かされてるかのように。「・・・戦うしかないか?」「・・・そのようね。動物愛護団体の皆様、ごめんなさいね」俺と朝倉は背中合わせに会話すると散開した。動物達は俺達それぞれに向かって顎を大きく開いたりして襲い掛かってくる。「キョンくん、何だか動きが前見た時より冷静になった感じだね」「ん~・・・まぁ、衝動は最近起こらないな。それに色々あったし」呑気に会話しながら次々に襲い掛かってくるそれらを徹底的に抹殺する。俺も朝倉も容赦はしない。目の前まで迫ってきたサメの口を避けて、尾びれを掴んで投げ飛ばす。そのサメに押され巻き込まれ、壁や床に叩きつけられた生物は衝突の衝撃で中身を撒き散らしてくたばる。「この場に居る動物の情報連結の解除を申請・・・」ふと朝倉が呟いた。だがすぐにその表情を顰めて、「え? 何これ・・・あの人、情報連結解除不可能って・・・」と混乱を口に出した。そういや、朝倉はこういう奴らと出会うのは初めてだったな。「相手は生の生物じゃないって事さ!」グシャッ。応えながら襲い掛かってきたクマを地面に叩きつける。内臓が飛び出てえげつない絵になっているがそんな事知った事じゃない。後ろから飛び掛ってこようとしていた虎の頭へ腕を振り下ろす。硬い物が砕ける感触が伝わる。最後に角を此方に向けて突進してきた鹿の首を千切って終わった。「そ、そげなー!」一瞬鹿が喋った気がするが気にしない。しん、と静まり返った路地裏に対峙する男。これだけの使い魔を駆使する奴は知識の中に一人しかいない。「・・・お前、ネロ・カオスだな」そう、混沌以外には居ない。「いかにも・・・」「ネロ・カオス?」「あー、なんていうか説明は面倒くさいから省く。とりあえず、動物達も含めてただの”生物”じゃない」「・・・なるほど。だから連結解除が出来なかったのね」「かくいう小娘、貴様も人間では無かろう? 血の匂いで解る・・・」朝倉の眉がぴくっと動いた。「貴様等は生かしておくと後々に面倒な目に合うのはもはや確信と呼べるな・・・」「だからどうした?」その言葉に混沌は応えた。「ならば出逢ったのは僥倖。ここで消させてもらおう」「しかし、どうする? この程度の動物達を使役しては俺達は倒せないぞ?」「ふん・・・甘いな人間。使役などしていない」俺はその時ふと気配を感じた。すぐ様、朝倉を抱えてその場から離れる。動物達が蠢いていた。どろどろとした黒い物体になって。それらはネロ・カオスのコートの中に戻っていく。「ほう・・・感づかれるとは思わなかったな・・・」ネロは余裕の笑顔を浮かべてにんまりと”嗤った”。「何で死んでないんだ・・・」確かに命は途絶えていたはずだ。なのに、形はどうあれ何故動いたんだ。「私は666の獣の因子と同数の命の混濁。故にカオス。もとより形なんて関係は無い」あー、話が難しすぎてよく解らない。だがそこで目覚めた記憶が不足分を補ってくれた。つまりは、「・・・今の全部、お前だっていうのか?」「如何にも」駄目だ。俺は言葉を補え切れてない。自分で言った言葉が意味不明なんだからな。知っているが理解できない。目覚めた知識というのは役に立つ時と立たないときがあるな。本当に家に帰ったらお風呂で整理しよう。そうしよう。それが一番だ。あぁ、そうとも。「ちっ・・・タチが悪い・・・」とりあえず悪態をついてみました。・・・笑えない。「どうするのキョン君・・・」「どうするたって・・・逃がしてくれそうにないしな・・・・・」あー、くそ、どうしたら良いんだ。天使様が助けてくれればな・・・!!なんて悩んでいると、俺の願いを聞いてくれたのか、 「駄目だねー・・・そう楽しみながらではやがて邪魔が来るかもしれないとあれほど言ったのに」 ふと幼い声が響く。その場に舞い降りる天使のようにふわりと・・・「やぁ、キョンと朝倉」岡部が降りてきた。どうやら神様は俺の願いを受け入れてくれなかったみたい。っつかショタ声で話すなきもちわりぃ・・・!!「そして、久しぶりだね・・・フォアブロ・ロワイン」本当にどこから出してるのか解らないぐらい可愛らしい声で喋っているな。これは間違いなく変質者だ。110番でもした方が良いような気がするのは俺だけじゃあるまい。ほれ見ろ。朝倉だって何となく顔がほんのり少しやや引き攣ってるだろ?「・・・貴様、何物だ」「僕の腕に話しかけられても困るよ」澄んだ声が凛と返す。それから瞬く間も無く岡部の姿がふっと消えた。それと同時に場に響くもう一つの足音。そこには一人のショタ、もといキュートな男の子が立っていた。指という指には指輪を嵌めている滅茶苦茶に神聖で可愛らしい天使のような少年。「メレム・ソロモンか・・・」ネロが憎憎しいと言わんばかりに呟いた。「その通り。忘れてるんじゃないかと冷や冷やしたよ。早速だけど再会を祝おうじゃないか」それと反対にメレムは物凄く良い笑顔を浮かべて楽しそうに語った。「断る。そんなもの不要だ。貴様との再会なんぞしたくも無かったのでな」「つれないねぇ・・・相変わらず」二人とも本音で会話しているのは一目瞭然だった。かたや喜ぶ天使、かたや現状に不満を覚える混沌。「忌々しい。これは厄介にも程がある。ここは引かせてもらうぞ」「どうぞ、ご勝手に」「次は・・・こうはいかんぞ」すぅ・・・・・・・・。そう言ってネロ・カオスはその場から身を翻して追いかける暇すら与えずに夜の闇へ溶けた。「ふぅ・・・。危なかったね」少年はそう言ってこちらに顔を向けた。こいつが・・・ねぇ。「お前が、あのメレム・ソロモン?」「そうだよ。僕は死徒二十七祖の二十位にして、埋葬機関第五位。そちらの彼女には意味不明な状況かもね」うわぁ・・・なんかすげぇ天使みたいな笑顔だ。朝比奈さんのエンジェルとはまた違うエンジェルだな。もしかするよあっちよりもこっちの方がエンジェルぽいかも。ショタコンの気持ちが解るぜ、今だけな。どこぞの少女のにぱ~☆なんて足元どころか地面どころか地中奥深くでも到底及ぶまい、これには。まぁ、俺には朝倉が一番だけどな。「ね、ねぇ、岡部先生は?」おろおろと珍しく取り乱している朝倉。死徒云々よりそっちが気になるか。「ん? あれは僕の腕だよ」メレムはにっこりと微笑んで教える。が、「え?」まぁ、何のこっちゃ、だよな。あぁ、そりゃそうだ。「ん~・・・解らないよね。簡単に言えば、今まで岡部と騙ってた、という事だね」「じゃあ、岡部先生は元々居なかったって事?」「岡部という人間なら居なかったけど、僕の腕として換算すると何百年も前から居たよ。僕がこうなった時からずっとこの腕だったんだから」「多少は理解できました」やっぱり朝倉は賢いな。俺が同様の立場なら絶対に理解出来てないな、うん。「あぁ、僕の事、くれぐれも埋葬機関の人には内緒ね」「埋葬機関?」朝倉が聞いた事の無い言葉に首を傾げる。「あ、ごめん。それも解らないよね」メレムは、多分、申し訳なさそうに謝った。「解ったよ、俺は言わない」「すまないね。ナルバレックとシエルにしか本当の姿は教えられないからね」俺は一連のやり取りを見て思った。あぁ、何か色々と面倒くさくなりそう、じゃなくてなる。かもしれない、ではなく絶対的に確信した。規模もきっと大きいものになる、と。 ぐぅ~。 「あはは。キョンはお腹が空いているみたいだね」「あ、早くネギトロ丼作らなきゃ」そうだ・・・とりあえず家に帰ってネギトロ丼食べたい。 ―――その頃。 「・・・久しぶりだな、この世界は。あの子をここに置いた日からだろうか?」 「まだ十年と経ってないんだけど・・・」 「わしは色々なところ旅しとるからな。それにしても嫌な空気だな・・・あんまり好まん・・・」 「理解しているのね。でも残念。彼は巻き込まれているわ」 「そうか・・・巻き込まれておるか。しかし、何と面白そうな事・・・わしももちろん参加するだろう、お前も」 「もちろん。だから彼と接触したのよ」 「あぁ、やっぱり。なら今から準備をしなくてはならないな。お前の事だから、準備なんてさほどいらんだろうけどな」 「冗談を。私だって準備ぐらい必要よ。足だけ人間にしても意味ないでしょう? そういう貴方はどうなのよ」 「わしか? 今のわしでは他の死徒に劣り過ぎておるからな。参加するするからには力をつけなくては」 「血飲むの?」 「勿論。さて、輸血パックでも貰いに行こうかのぉ」 「輸血パックなんだ・・・」
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