Think of H
もう3月か。カレンダーを捲ると俺があのハチャメチャな3年間に終止符を打った日付が目に入る。何してんだろうな、あいつ。大学でも同じような事やってんのかな。まだ、あいつの周りには朝比奈さんや長門、古泉みたいなのがいるかもしれん。……俺みたいなのもな。信じたくないが。
SOS団卒業パーティーの後、俺はハルヒにキスをした。思い出しただけで顔を覆って死にたくなるようなそんなやつをな。古泉曰くどうやらそれが引き金になったらしい。ハルヒの力が、消えた。だからだろうか。朝比奈さんは未来に帰ってしまい(あの時の事を考えるだけで3時間は落ち込める)、長門は行方不明、古泉とは時々連絡を取り合っていたが、それも最近はご無沙汰だ。 もちろんハルヒにも会っていない。そりゃ俺だって会おうとしたさ。一人暮らし先を探したり、根気強く電話したりな。(そこ、ストーカーとか言うなよ)でもあいつは俺に会おうとはしなかった。見つからない家、繋がらない電話。それは俺を困惑させるのに十分だった。なあ、お前も同じ気持ちじゃなかったのか?一緒にいたいって思わなかったのか?なあ、ハルヒ。
と、こんな事をずっと考えながら俺は提出を迫られているレポートに朝から向かっているわけだ。同じ行を何回も読んでいるような気がするが、気のせいでは無いだろう。とにかく進まんのだ。頭の中であの黄色いカチューシャがチラついてな。
「マッガーレ↓」ああ、これは俺の携帯の着信音だ。気にするな。長門がいつもの笑えない冗談で勝手に登録しただけさ。未だに別のものに変えられない俺も俺だが。……もうあれから1年か。と、さっさと出ないと。携帯がキョンたんとか言い出しかねないからな。あのニヤケスマイルが頭をよぎる。
「何だ古泉」「お久しぶりです。キョンたん」「切るぞ」訂正。よぎるんじゃなくて、こびり付いてる。何のつもりだ、気持ち悪い。でもこんな古泉の笑顔でさえ懐かしいんだ。いや、変な意味じゃなくてだな。
「今日はあなたに協力をお願いしたくて電話を差し上げたのですが……もうお分かりですよね?」ハルヒか。そう言おうとしたが喉が妙に粘ついて声にならなかった。そんな俺に構わず古泉は話を続ける。「涼宮さんです。彼女の能力が消えてからは僕達と彼女との無意識の連絡は途絶えていました」無意識の連絡ねえ……誰かお前に空想スピーチコンテストを紹介してやってくれる人はいないのか。お前ならきっと良い成績を収めて帰ってくるだろ。ああクサイ台詞大賞でもいいぞ。 「それは……無理ですね。これは事実なので。それに僕は恥ずかしくてクサイ台詞なんてとても」少し困った様に肩をすくめる(気がした)。まあ、そうだろうな。クサイ台詞云々は置いといて、事実なんだから仕方ない。なに、懐かしくて少しからかってみたくなっただけさ。「で、本題なのですが」
―――――――
なんてこった。ハルヒがそんなふうに考えていたなんて。俺は椅子に掛けてあったコートをひっ掴んで家を飛び出した。春とは言っても夜はまだ寒い。息が白い。高校の時から愛用しているママチャリのペダルを乱暴に蹴る。変な音がしているが気にしている場合ではない。お願いだ。少しの間でいい。壊れないでくれよ。ハルヒが今どこにいるかなんて知らない。だがわかっている。夢中でペダルを漕ぐ。
なあ、言うぞ。好きなんだ。ハルヒ。お前が。友情とか恋愛感情とか愛情とかそんなの関係無い。好きなんだ。お前の我が儘も自己中心的な言い分も上げたらキリがない悪行も……100Wの笑顔も、全部。
「う、わああああああ!!!」普通、こんな風に叫びながら自転車漕いでる奴見たらどん引きするだろ。と頭の隅でやれやれ。と言ってる奴がいたが、気にしないことにする。 ぴちゃ、ぴちゃぴちゃ顔に何か冷たいものが当たる。雨か?始めはそう思ったが違うらしい。雨はこんなに冷たくないはずだ。勢い良く上を向いた。白い、粉のようなものが自分に向かって降って来る。「キョン!雪よ!雪だわ!」どこかで聞こえた気がした。いや、今のは確実に幻聴だろう。あいつが今どこにいるか位わかってるつもりさ。
「・・・・・・閉鎖空間か?」「そうです。一年ぶりの」相変わらずのニヤケスマイル(想像)は指を組んで俺を見つめてくる。(これも想像だ)「しかし、以前とは違うことがひとつ」何だ?それは。「神人はそこにはいませんでした。しかし、」勿体ぶらないで早く言え。「はい。・・・・・・そこには、北高の制服姿の涼宮さんがいたんですよ。一人で。」何だって?大体、閉鎖空間はハルヒが力を失くしたんだから消えたんじゃないのか?「ええ。ですが、その仮説自体が間違っていた様なのです」俺は呆然とした。仮説は所詮仮説という事なのか。
古泉曰く、ハルヒは力を失っていなかった。しかし、何故力を失っていないにも関わらず閉鎖空間を生み出さなくなったり、非常事態が起こらなくなったかというと、ハルヒが”普通の女の子”になりたいと思ったかららしい。 そして今回、寂しさが極限まで達したハルヒが閉鎖空間で擬似北高を作り上げ感傷に浸ってた、と。まあこれも仮説だがな。「ええ。でも確かに力はずっと発動していました。その証拠が僕達です」俺の頭の中で話す古泉(実際は電話で)は少し困ったような、でも嬉しそうな顔をした。「何故、あれほどまで団結していたSOS団がバラバラになったと思います?」
「涼宮さんが望んだから。ただ、それだけです」
はあっと溜息を漏らすのは俺だ。あいつは自分なりにけじめをつけようとしたつもりだったのかね。微妙にずれているような気がしないでもないが。ということはあれか。「長門も、朝比奈さんも、そこにいるんだろう?」「よく解かりましたね」少しびっくりしたような声を上げる。わかってるぞ。それ、演技だろ。俺はお前の声よりも朝比奈さんのエンジェルボイスが聞きたいのだが。「キョ、キョンくぅん・・・お久しぶりですぅ・・・」泣かないでください。朝比奈さん。って泣いてる俺が言えないけど。「・・・私もいる」分かってるよ。長門。ところでお前一体どこにいたんだ?「・・・禁則事項」・・・そうか。本当はもっと再会(声だけだが)を味わっていたいがそうもいかなくなった。「涼宮さんは、あなたに最も会いたがっています」「早く行ってあげて下さい!」「・・・迅速に」
それぞれが俺にエールを送りだしたからな。エールというか、催促というか。
それにしても、なんてこった。俺はてっきり嫌われていると思っていたのに。ハルヒは俺に会いたがってる?一番に?
――――――――
夜の学校に忍び込む、なんて周りくどいことは俺はしなかった。まあ、今のハルヒならそうしないだろうな。と思ったからな。真っ先に事務室に向かい来賓手続きを済ませる。名簿には確かに「涼宮ハルヒ」と書いてあった。何だか、俺の知ってるハルヒじゃないみたいだな。
足繁く通った部室への道のりを簡単に忘れるほど俺の身体も馬鹿では無かった。何も考えずに、実際はハルヒにあった時に何て言うかを考えながら歩いてたら自然と元SOS団の部室の前に来ていたからな。今は文芸部と書かれた表示を見ると胸が詰まる。これが正しいはずなのにな。俺にとっちゃここはSOS団の部室なんだ。朝比奈さんにお茶を淹れて貰い、長門が本を読んでいるのを横目で見つつ、古泉とゲームに興じ、団長様の我が儘に振り回される。俺にとってはそんな空間なのさ。恐る恐るドアを少しだけ開ける。いるのは分かってるさ。さっき電気が点いてるのを見たからな。
そこに居たのは、ポニーテールをした、憂いを帯びた目の女性だった。
気絶しそうだ。本気でな。そりゃあハルヒが美人だってことは知ってたさ。でもな。これは反則だろう。ポニーテールな事は俺個人の趣向だからな。置いておこう。だがな、あの横顔はまずい。伏せた目が睫毛で覆われている。すまん、正直たまらん。
さて、その女性もとい涼宮ハルヒは先ほどからずっと携帯の画面と睨めっこ状態だ。どうしようか。とりあえず電話でもしてから考えよう。数え切れないほど目にしたナンバーを軽快なテンポで押してゆく。何故だ?何だかワクワクしている。不謹慎だな、まったく。携帯のコール音が俺の心臓と合唱している。それに続いてハルヒの携帯のバイブレータが入ってくる。そして最後にハルヒの足音だな。随分うろたえてるな。らしくないぞ。とうとう覚悟を決めたらしいハルヒはひとつ大きく息を吸った。「もしもし」「・・・・・・よお」
久しぶりに聞くハルヒの声は今の俺にとって爆弾だった。しかも、必死に泣いてるのを隠してる姿なんか見せられたら更に、な。すぐにでも抱きしめたい。そんな衝動に駆られる。どれだけでも言ってやるよ。好きだって。
でも、情けないことに先に言われちまった。「好き。好きすぎてどうにかなっちゃいそう。どうにかしなさい」ってな。
いや、どうにかしなさいって言われてもな。どうするもこうするもこうするしかないだろ。俺は勢い良く部室に転がり込むとすかさずハルヒの背中を抱きしめた。そこ、ドラマみたいとか言うなよ。実際はそんなんじゃないぞ。現実に一回ドアに躓いたしな。ハルヒの体温を感じようと、ぎゅうっと力を込める。お前、身体冷たくないか?
そうそう、お前に何言おうか考えても思いつかなかったからこれでいいよな?伝わってるだろ?「俺も、どうにかなっちまいそうだ」ってな。END
キョンたん甘ーい!!
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