彼の名は『部員B』
学校側が定期的に催し、そして俺らが義務的に行わなければならない『テスト』という俺と谷口の宿敵とも今期はもう合間見えることはなくなり、あとは進学を待つのみという開放感を大いに感じながら、教室の窓の外から吹いてくるそよ風に前髪をなびかせて悠長に今後の世界平和について途方も暮れないことを考えていると、後ろの席の奴にツンツンとシャーペンのペン先でつつかれた。 「ねえキョン、何か面白いことないの? 最近暇なのよねえ。」 何言ってんだ、つい先日大森電器店でパーティをしたばっかりじゃねえか。「それとこれとは話が別よ。」「どう違うんだよ。」「もっと、そうね……エキサイティングな面白さが必要なの。そう、誰かが突然謎の失踪を遂げちゃうとか!」 それのどこがエキサイティングなのか俺は非常に疑問に思うが、こいつと俺の内部の仕組みは蟻と恐竜くらいの違いがあるということはとうの昔から知れていたことなので、俺はこいつにとって一番無難な答え方をしておく。 「ああ、そうかもな。」「あら、珍しいわね。あんたがあたしの意見に賛同するなんて。」 賛同したつもりは無かったんだが。「そっか、あんたもそう思ってるのねー……うんうん、そうなんだ。」「なんだ、どうかしたのか?」「別にー。」 そう言ってハルヒは机に突っ伏した。それを見届けた俺は前に向き直り、岡部が淡々と話している連絡事項を耳の中に取り込むことに専念した。 そして、今回の事件の起点――放課後。 いつものノックを欠かさず部室に入ったが、少しばかり深刻そうな表情でオセロの駒を弄んでいる古泉を俺は見逃さなかった。「珍しく悩みでもあるのか?」「え、ああ、少し厄介なことが起こりましてね……」「まさか、またあいつのトンデモパワーか。」「ご察しの通りです。どうやら……人が1人、消えてしまったようなんです。」 少し、嫌な予感がした。「……どういうことだ?」「あまり詳細は解明されていませんが、となりのコンピ研の部員が1人、謎の失踪を遂げてしまったようなんです。……何か知っていませんか?」 謎の失踪。このフレーズ、どこかで聞いたことがある……なんて誤魔化しだな。朝ハルヒが言っていたこと、それが今の現状にピッタリ一致しているらしい。「朝、涼宮さんがそんなことを? ……一応訊いておきますが、その時あなたはどういう対応を?」「んっと、『ああそうかもな』って返した記憶があるな。それをハルヒは俺もそう思っていると勝手な解釈をしたらしいけどな。」 すると古泉は背もたれによりかかり、溜息をひとつはいた。「……なんてことです。」 その古泉の言動に俺は首を傾げながら、「そういえばなんでコンピ研の部員なんだ?」「恐らく――僕の推測ですが――、涼宮さんにとって一番どうでもいいような人間が選ばれたのでしょう。これは少々辛口な言い方ですがね。」 そういえばあいつ最近退屈がってたからな。それくらいの刺激が欲しかったのかもしれん。「人が1人消えるということでも大事件です。この事件の引き金を引いたのは他でもない……」 古泉は、名探偵が犯人を見事見破った時のような、まるで「犯人はあなただ!」とでも後に続けそうな表情で言った。「あなたですよ。」「…………」 俺はまるで自分が事件の発端者かのような罪悪感を感じて、それをすぐ振りほどいた。「おいおい、どうして俺なんだよ。」「涼宮さんに自分も賛成していると認識されそうな態度をとっただけでそうなります。特に、あなたの場合はね。」 どういうこった。「あなたと同じ『楽しみ』を共有したい、ということなのでしょう。そろそろそういうことは自覚してもらわねば困りますよ。……とにかく、このことが涼宮さんの耳の内に入らなければいいんですが。」 俺が反論の言葉をなかなか考えれずにいると、部室に扉のノックの音が響き渡った。「どうぞぉ」 コスプレメイドの舌足らずな声により、扉がやや乱暴気に開かれる。「たのもうSOS団! 話があって来た!」 勇ましく姿を現した男は、お隣さんの研究部の長、コンピ研部長さんに他ならない。「うちの部員・Bが消えてしまったのは知っているかい?」 自分の部の奴くらい名前で呼んでやれないのか。「もしかしてこっちの破天荒な団長に捕われたのではないかと踏んで来てみたんだが……どうやら、今は不在のようだね。」 そのくらいならやってのける女ですが、あいにく今は面白いことが無いかと学校中を彷徨ってますよ。「彼の喪失の原因については、我々は何も知りません。ですが解決の方法に心当たりがあります。少しばかし、任せてくれませんか?」「む、むう? それなら助かるが……」「あと、このことは涼宮さんには決して話さないようにしてください。いいですね?」「解かった。用件はこれだけだ、では失礼する。」 部長さんは、どこか不満げな顔で部室を出て行った。真っ先にウチを疑うとは、俺らはかなり危険組織として見られているらしいな。まあそう思うのも頷けるが。「長門、あっちの部員Bって奴は本当に居なくなったのか?」 長門は読んでいた本から目を離し、当然の理を答えるように言う。「彼は今、この世界に存在していない。彼の全てが全消去されている。しかしバックアップの復旧は可能……涼宮ハルヒの思惑さえ無ければ。」 人間のバックアップなんてあったのかよ。最初からそうする気はなかったが、長門に頼っても無理だそうだな。「それで古泉、解決の方法ってなんなんだ?」「それはですね。」 古泉は名探偵が犯行のトリックの説明をする直前のような憎たらしい笑みをこぼす。お前、昨日推理サスペンスの小説でも読んだのか?「涼宮さんはちょっとした好奇心と、あなたの賛成の意思によって今回の事件を起こした。このふたつがあったからこそ今の状況になっているんです。どちらが欠けてもこうはならない……ならば方法は簡単です。」 焦らさずに早く言えよ。「手厳しいですね、少しくらい余興に浸らせてくださいよ。……話を戻しましょう。その方法とは、『人の失踪はあっちゃいけないことだということとあなたがそれを望んでいないことを涼宮さんに伝える』だけでいいのです。」 「……本当にそれであいつがやめるのか?」「きっとうまくいくはずです。ええ、きっと。それをどう伝えるのかはあなた次第ですがね。」 結局俺なのか。まあ原因は俺なんだそうだから、いっちょ罪滅ぼしにでもやるしかないか。「健闘を祈ります。」 俺は制服をさっと掃い整えながら立ち上がり、扉を閉める際に古泉は見ず朝比奈さんだけに会釈をしてハルヒ探しを始める。 捜索すべき団長さんはすぐに見つかった。屋上でフェンスに肘をつきながら黄昏ているハルヒを見つけるのはさほど難しくはなかったのだ。「よう。」「ん……キョンじゃない。」「面白いことは見つかったのか?」「ぜーんぜんダメね。ちっとも見つかんないわ。」 どうやらこの件についてはハルヒは知らないようだ。「その、朝お前が言ってたことについてなんだけどさ。誰かが謎の失踪を遂げるとかなんとかの。」「うん?」「人が消えるなんてことは良いことじゃないぞ?」「……どうしたのよ、いきなり。」「ええとだな……どんなにお前にとって些細な人間でも、そいつが消えたら悲しむ奴は居るってことだ。解かるよな?」 ハルヒが俺を頭のイカれた奴を見るかのような目で凝視する。「あんた何言ってんの?」「例えば、だ。もし朝比奈さんや長門、古泉が突如として消えたらお前はどう思う?」「もちろん嫌に決まってるじゃない。」 ハルヒはアヒル口で応答しているが、これでは俺の伝えたいことが伝わっていない気がする。「そう、俺がもしここで消えたら?」 突然ハルヒの顔つきが、うんざり顔から心配顔へ変わった。「い、嫌よそんなの。何、もしかして転校とか……するの?」 なんか話がズレてきたな。「いやしないが。」「朝、あんただって賛成してたじゃない。」「それは違う。もし誰かが、もしお前が居なくなったら俺は絶望的に悲しむに違いない。」 ……経験談だが。「えっ……」「そう、どうすればいいのか解からなくなる。」「キョ、キョン……」 なんとか話を戻せそうだが、なぜハルヒの顔は赤らんでいるんだ?「だから俺はそんなの望んでいない。人が失踪するなんて、あっちゃいけないことなんだよ。」「……うん、そうよね、あんなこと言ったあたしが馬鹿だったわ。」「さ、部室に戻ろうぜ。」 俺はそう言い、ハルヒに手を差し伸べる。「う、うんっ。」 差し伸べた手をハルヒが握り――さて、俺は手を差し伸べる必要があったのかね――、俺らは文芸部室へと帰還した。 本当にこれでいいのか? 古泉。 戻って来た俺は、古泉からの伝言で部員Bが戻って来たことを知る。 ハルヒに俺と古泉の話を悟られないため、俺らは部室前で立ち話を始めた。「しかしまあ、本当にめちゃくちゃな言い分で上手く丸め込みましたね。」 お前、まさか聞いていたわけじゃねえだろうな。「さあて、どうでしょう。しかし結果オーライです、よくやってくれましたね。」「ちょっと、キミたち!」 振り返った先にはコンピ研部長さんの嬉々とした表情があった。「戻って来たんだよ、うちの部員が!」「それはそれは、良かったです。」「もし部員Bの誕生日を祝えなかったらどうしようかと思っていたよ。あ、コンピ研は全員の誕生日をきちんと祝うのが風習なんだ。」 誕生日? 今日は彼の誕生日なんですか?「ああ、そうだよ。何をしたかは知らないがキミたちには感謝しておこう! それじゃあ!」 ……やれやれ、誕生日にこんなことがあったとは、部員Bも災難だったな。不思議がられるかもしれないが、あとで謝っておいたほうがいいかもしれない。 今ここで密かに祝わせてもらおう。ハッピーバースデイ・トゥ・部員B。 彼の名は『部員B』 end ……これは、ヤスヒロさんの誕生日に掲載させていただいたSSです。
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