kick start, my heart.
she loves him.~ 俺が住んでいる街は割合規模が大きく、デフォルメされた犬だかよう分からんマスコットキャラを常時闊歩させておける程の、来場者数と敷地面積を誇る遊園地なんかも経営している。しかし、冬ともなれば遊園地なんてのは畳半畳分のコタツよりも足を伸ばされない物である。が、本日はそんな遊園地にハルヒ、長門、谷口そして俺の四人で訪れている。
何故か。その答えに含まれる物の一つは、谷口が長門に対してはっきりしないからだ。…もっと詳しく言えば、長門はあの消失事件以来、徐々にコスモサイキックな能力を自制し、段々と人間味を帯びてきていた。そして、谷口と一緒に居る時間が増えてからというもの、その傾向は先日のバレンタインの時のように態度にも顕著に表れ始めた。俺は、それはとても良い事なんだろうと思う。相手が谷口なのは、何とも言い難いのだが…まあ近頃の谷口を見る限りでは、そこまで遺憾を覚える事は無いかと思う。
そしてもう一つは、丁度俺もハルヒと一緒に遊園地なんて所にでも行ってみるかと検討していたからだ。つまり、そう。何を隠そうものか現在俺とハルヒは、いわゆる恋人同士という関係になっている。
ん?なんだって?…長門と谷口より俺達の恋愛事情が知りたい?一つ言っておこう。そんなもんを聞いちまった奴は、きっと引っくり返ってこう叫ぶだろう。
「なんてヘタレな奴だ!」と。
つまりハルヒというじゃじゃった放れ駒は、手綱を誰かに握られているいまいに関わらず、常に脳内イメージの人参を求めて特攻的猛進を貫くのであるからして、ヘタレという言葉が成す意味の通り、俺の術でハルヒを制御せしめる事など到底出来やしないのである。それに実際はハルヒの頭の上に人参が乗っかっている様なものなので、あいつが匂いを感知して興奮しっ放しなのは仕方が無い事といえばそうなんだろう。
え?じゃあ付き合ってても今までと変わらんじゃないか?という事になると思うが、それが今までとはちょっと違う。…俺もハルヒも、お互い隠していた所を見せ合える程に、少しだけ素直になる事が出来るようになったのさ。といっても、別に変な意味じゃあない。むしろその、なんだ。キ、キ…それすら口に出せない程度だ。
って、そんな自滅的な話に陥っている場合じゃ無かった。今回のこの遊園地での遊楽の目的は、未だに友達以上恋人未満の状態から昇華出来ないでいる長門と谷口に、ここで何かしらの変化をみさせるって事の方が大きいのだから。
…もしかしたら俺のこの狙いは、ピンポイント爆撃系統の長門に恐らく付いているであろうコアなファンが、俺を贄にあげて長門神に捧げる儀式を行う理由になり得るかも知れないな。
なので、注意喚起しておく。今回、この遊園地の中で長門と谷口の関係を昇華させるどころか、存在が予見される長門ファンの前から俺が蒸発しなければならないような事態が発生した。
…実はこの遊園地でのイベント中、俺はセレブ人が愛玩犬と散歩をするかの如く心に安寧を持って過ごしていた。何故ならこのイベントの流れは俺が握っていたからで、いつものように俺が振り回される事は無かったからだ。しかしそんな中、俺が握っていたリードから忽然と姿を消したように、遥か彼方へ、いや、宇宙の始まりにまでぶっ飛んでいき「お父さんただいま!」とでも言わんばかりの行動にまで及んでしまった人物がいる。誰か。…それは既に分かっているかも知れない事であるし、またすぐに分かる事なのであえて名前は伏せておこう。
あと、ちなみに俺は今、観覧車のゴンドラの中でハルヒと二人っきりという状況にある。ここから話を始めるのも何なので、まずは俺達四人が園内に足を踏み入れた時の事から辿っていこうと思う。
俺達は園内で待ち合わせ、そして合流後すぐさまハルヒと谷口は……
「ちょっと谷口!あんたが何でここにいるのよ!」
「おっ俺だってキョンに呼ばれて来てるんだよ! それにこの遊園地に来るなんて、聞いてなかったしだな…」
入場ゲートを通ってすぐの園内広場のど真ん中で、ギャアと言えばワアと返しているのはハルヒと谷口だ。施設内は休日のおかげで寒さが厳しかろうとも程々に人がごった返しているんだから、あまり騒いでると道行く人々の視線を引っ掛けてしまうぞ。二人とも。
「キョンっ!これどういう事?早く訳を話しなさい!」
あちちっ、火の粉が飛んできた。しかしこうなるのは分かっていた事さ。
「まあ、落ち着けハルヒ。確かに黙ってたのは悪かった。 でもいいじゃないか。長門もいるんだし面子の数も丁度良いだろ?」
「それはともかく、谷口とここの遊園地ってのが嫌なの! 中学の時に一回こいつに誘われてここに連れてこられたんだから」
なるほど。谷口、じゃあまた明日学校でな。
「そ、そりゃないだろキョン!…って、有希もそんなに睨むなよ…」
長門の目から「ふうん」という言葉がプレッシャーをかけられて谷口に向けられている気がする。谷口はその視線が突き刺さってオドオドしながら、
「っていうか涼宮、昨日は普段にも増してご機嫌だと思ってたら、 遊園地でキョンとデートするからだったんだな?お邪魔して悪かったよ」
「――べっ別に!久々に遊園地なんて行くもんだから少し期待してただけよ!」
「でもお前、中学の頃に俺と来た時は遊園地なんてつまらないって言ってただろ?」
「あんたと来たからつまんなかったのよ!」
「じゃあ、やっぱりキョンと来るから楽しみにしてたんじゃねえか」
「なっ!ちっちが………馬鹿っ!もう行きましょ有希!」
おお、珍しい事にハルヒが捨て台詞を吐いて口論が終わった。…って、いそいそと長門と二人で歩いて行ってどうする。
「ハルヒ。俺と谷口で遊園地巡りをさせるつもりか? 俺としては男女ペアで行きたいんだが」
「だって有希が可哀相でしょ」
谷口が可哀相である。
「…いい」
否定では無く肯定の色で発音された長門のこの言葉に、「へっ?」と言う顔でハルヒと谷口が長門に視線を向ける。
「私は構わない」
そう話した長門をハルヒがまじまじとした目で見回し、
「…有希って最近谷口とよく一緒に居るみたいだけど、 あんなバカがアホの皮被ってマヌケな踊りをしてるよーな奴のどこがいいの?」
「…いや流石にそれはバカ過ぎるだろ…」
谷口が声を漏らす。確かにまずそんな皮を被って何に擬態したいのか不明だし、またそんな踊りを舞っていればもはや全ての行動目的が不可解である。そいつはおおむね変な物が落ちてるのを見つけて、被ってみたら何だか楽しくなって踊り出したのだろう。…なるほど。つまり、何も考えてないって事か。山田君を呼ぼう。
などと俺が妙な感心を抱いていると、今までずっと何かを考えていた長門が得心したような面持ちでハルヒの質問に返答した。
「…暖かいところ」
「…へっ?」
長門の言葉を聞き、俺とハルヒの頭上には小さなのクエスチョンマークが浮かぶ。谷口もまさか自分の体温を褒められるとは思っていなかったらしくポカンとしている。どうやら長門が谷口を好きってのは、湯たんぽと同等の意味合いでしか無かった様だ。
…って訳じゃないだろうな。多分。おそらく長門の言葉には、元気が良いとか明朗とかいった要素が含まれていそうだ。
「そっそうなのか…?じゃあ手でも繋いで行くか?」
何気に谷口がどえらい頑張りを見せている!
「調子にのるなっ。あんたに有希は渡さないんだから!」
そして潰えた。
「…………」
…長門の手は微動だにしていなかったが、俺には、長門は出そうとした手を引っ込めた様に見えた。
「…まあそろそろ動き出そう。そうだな、まず…」
ジェットコースタ、
「お化け屋敷ね!」「お化け屋敷だな!」「…………」
…ああ。そう言うだろうとは思ってたさ。なんせそこら中に「絶叫と戦慄の廃病院!ついに建設完了!」とかいう何だか矛盾した内容を広告しているのぼりが立てられているんだから。しかしな、お化け屋敷か……
「何よ?あんたお化けが怖いの?」
「違う。お化け屋敷は、子供の頃に飛び出してきた人形で顔面を強打してから好かん」
「じゃあ別に良いじゃねえか。早く行ってみようぜ!」
……行くのか?
「なに言ってんのよキョン!むしろあたしは本物のオバケと友達になりたい位だわ。 どっかに紛れ込んでたら面白いのにね!」
今にも施設内アルバイト脅かし役の悲鳴が聞こえてきそうである。新設のアトラクションに早くもオカルト要素が付属されそうだなと思っていると、ハルヒは持ち前の馬鹿力で俺を廃病院まで牽引し、行き渋る俺を施設内へと引きずり込んだ。
「…俺達も行こうぜ。有希」「…………」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~…お化け屋敷が作られた理由なんてのは一つしか存在せず、極めて単純だ。人を驚かせる為である。そこに入る理由も単純で、平凡なる日々から脱却し、戦々恐々とスリルを味わう為だ。
だから俺のように日常が非日常な輩にはお化け屋敷なんてもんは必要なく、それに恐怖を味わいたいのならハルヒにNOと言えば良いだけなのであって…
「キョンっあれ見てよ!あの受付の看護士さんって人形かな?」「……ど、どうだろうな………」
早速病院のロビーには血みどろのナース服を着用した女性という、絶対にお世話になりたくないランクで断トツであろう風体の人物が鎮座している。
「ちょっと見てくる!」
…おいおい、そういった仕掛けってのは近づいたら作動するもんだから一気に近寄ると…
「……きゃっ、」「っおわあああああああああああああああ!!!!」
「…………………。」
…………ハルヒが俺を見ている。…まさか看護士が走ってくるとは思わなくてだな…
「…じゃあ次っ!」
何かを仕切り直さんとばかりに、ハルヒは病棟の廊下をズイズイと歩いて行く。だからそんなに早く歩くと…
(バンッ!!!!)
「ひゃっ、」「っなああああああああああああああああ!!!!」
……ハルヒがジト目で俺を見ている。…いきなり病室のドアが開いて顔面包帯男が出てくるとは思わなくてだな……
「……もうっ!ほら!さっさと行く!」
何故か拗ねたような態度でハルヒが俺の腕を掴み、奥の通路へとグイグイ引きやる。
『…うおあっ!!……』
…後方から谷口の悲鳴がこだましてきた。あいつも突進ナースの洗礼を浴びた様だ。…何だか妙な仲間意識を感じるな。
「キョンっ!何してんのっ」「あ、ああ……」
~~長門と谷口バージョン~~
「…うおあっ!!…お、お前いきなり抱きつくとびっくりするって!」「……不意を突かれた」「そりゃあ突くだろ!?…まさか、お化け屋敷苦手なのか?」「……得意」「そっそうか…。怖かったら、俺を掴んでてもいいからな!」「…………」
………
……
…
「…おわっ!!ゆっ有希、だから急に抱きつかれると心臓止まるって!」「…予測の範疇を超えている」「うん?」「あの肉体は活動の限界を超えているはず。動くのは妙。」「…確かに内臓見えてるけど、あれ着ぐるみだろ?」「…………」「…お前、顔が赤いぞ?…可愛い奴だな!」(ポンポンと長門の頭に触れる谷口)「…………」
『…っおわあああああああああああ!!!!』『うっさい!…』
「…涼宮とキョンの奴、一体なにしてんだ?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「なっさけないにも程があるわっ! そんな調子じゃ、宇宙人や未来人や超能力者を見つけた時が思いやられるってものよ!」
俺が何故ハルヒから糾弾を受けているのか。
その理由は、俺にとっては施設に入る前から分かっていた事だ。前述の通り、お化け屋敷なんてのは人を驚かせる為に存在している。そして驚かせる仕掛けなんてのは大勢の一般的な民衆に効果があるように仕向けられているのであり、その一般的という広い範囲のど真ん中に位置する程の中庸さを備えている俺には、そんな仕掛けの狙いがもはや場外ホームランと投球が同じ数字を出すかの様に、全て見事にクリーンヒットしてしまうのだ。なのでさっきの廃病院内での俺はもはや歩く絶叫マシンでしかなく、また奇声を発するだけしかギミックのない俺という絶叫マシンをハルヒが楽しむ訳も無く…という事だ。そろそろ泣いていいかな?
…しかし、未知との遭遇に関しては、俺には耐性が充分付いてると思うから大丈夫さ。
「その自信は一体何処からくるのよ?是非教えて欲しいものね。 それにさっきのお化け屋敷であんたが驚かなかったのってドラキュラだけじゃない。 しかもあれ、単に突っ立ってただけだったし」
…昭和の風情が漂う病院に、どうして耳をとがらせた黒衣の男というコンセプトクラッシャーがいたのかについてハルヒは疑問を持たなかったようだ。俺は当然その疑問を抱いたのだが、恐らくあの男は家族で遊園地に遊びに来ていて、子供が空腹を訴え出したので「よーしお父さんがご飯を買ってきてやるぞ!」とかいって、ついつい習性で病院にパック詰めの物を取りに来てしまったんだろう、という結論を得て納得した。あれの素性や何処から来たのかを深く考える事は、ここではナンセンスである。
「…まあいいわ。面白そうな事も見つかったし」
などと、ハルヒはまるで新しい玩具を貰った子供がそれをどう弄ぶか企んでいる様な目で俺を見てくる。
もはや教室での位置関係が恐怖でしかなくなっていると、
長門がジェットコースターを望んでいる。
「…よし、次はジェットコースターだな」
…ジェットコースターでは谷口が「WA、WAAAAA!!」っと魂を置き去りにしてきそうな悲鳴を上げ、長門は小さく感慨詞を発しそうな程度に目と口で小円を作り、俺とハルヒは乗車中の記念写真で笑ってしまう位に同じ顔で楽しそうな顔をしていて、それを見ながらまた笑っていた。
その後俺達はソフトクリームを食べながら園内をねり歩き、その間も谷口のアイスを長門がじっと見ていて谷口が試食を勧めてはハルヒがそれを阻止する等があった。
一通りアトラクションを楽しんだ俺達は、最後の締めにと当遊園地が誇る大観覧車へと向かった。
「…谷口」「なんだよ?」「お前も、そろそろはっきりしといた方が良いように思うが」「…なにがだよっ」「だから、それだって」「ぐっ…まさかお前からそんな事を言われるとは思っても無かったぜ…」「…気張ってこいよ」
俺は長門と谷口を先にゴンドラへと向かわせ、その後に俺とハルヒは後続のゴンドラへと乗り込んだ。
――そしてそれが起きたのは、俺達を内包した観覧車が夕焼けの空に一番近付こうとしていた時だった。
-~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あのな、…聞きたい事があるんだ。良いか?」
「…もう半年になるかな。俺が有希に声をかけ出してから。 でな、答えにくいとは思うんだけどな……嫌、じゃなかったか?」
「ふぅっ…ひと安心だぜ。首が縦に振られたら…正直、どうするか考えて無くてな。 …ありがとよ。それとな、実は…あと一つあるんだ。聞きたい事が」
「それはな、本当は一番最初の…、 あの時、俺が文芸部室に入る前に…聞いとかなきゃいかん事だったかもな。 …まず、な。俺が好き好んでずっと喋り掛けてたのはさ… 何だかお前が…俺には、えらく悲しそうだった様に見えたからなんだ。 そして、だ。俺があの部屋に入り浸るようになったのは、 こんな俺の話でも…聞いてくれている有希の顔に、段々生気が戻ってきた…ていうか、 何だか楽しそうにしてくれてるみたいで…嬉しかったんだ。だからな、俺さ…」
「…お前の傍に、…居ても良いか?」
「…」
「……いやっ!駄目ならいいんだ! 俺は鬱陶しいだけの奴かもしんねえし、 お前みたいな美人と俺が一緒に居るなんておかしい……って、 …なななっ!有希!?どうし……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
…観覧車も、恋人と乗るなら暇にはならん物だな。俺はそんな事を、はしゃいでいるハルヒを柔らかい視線で見ながら考えていた。
「…ちょっとキョン!聞いてんの!?あんたも見てみてよ!ほら!…」
「ああ、すまん。お前を見てた」
「―ぐっ!?い、いきなり何言ってんのっ!」
「…思えば、ただ向き合うだけの時間ってのは、 こういったゴンドラの中にしか無いような気がしないか? いつだって一緒に居ても、顔を見合わせるのは 喧嘩してる時とか飯食ってるだとかで、意外と少ないもんだ」
「へっ?…う、うん…。」 「…良いよな。こんな時間ってのも」
俺のそんな気の抜けた言葉に、目前のハルヒは
「……。じゃ、じゃあ…言わなくちゃいけない事…あるんじゃないの…?」
…ああ。今の俺なら素直に言える。
「…ハルヒ。愛し――って、…なんだそりゃあっ!?!?」
「もういい」
「まっ待て!ハルヒ!違うんだ!」
ちょっと待て!あれは何だ!?よっよし落ちつけ……ふう……なんだありゃあ!!!!!
……あれは長門と谷口が乗っているゴンドラだよな?俺達より先に乗り入れた筈だから、俺の目の前のゴンドラがそれの筈だ。
あの後頭部は谷口だよな…長門は……。…ほう。なるほど。長門もちゃんと目を閉じるんだな。あいつの事だから、それの時もマネキンみたいに近づいて来るのかと心配だったんだが。うん?指を揃えた両手で谷口の頭を持っているのは…ああ、目標を固定する為か。さすが長門だ。仕事が確実である。だが、何をしているんだ?長門。それじゃまるで、お前が身を乗り出して…
「…キッ、キス!!??」
「―ばっ!?馬鹿っ!ち…違うでしょ!?このエロキョン!」
「す、すまん!誤解だハルヒ!違うんだ!」
「…?あんた一体何見て……」
…いかん!ハルヒが見たら色々とまずい!
「……ハルヒ!」
「?、なによ……ってキョン!?あんたなんで近づいて…………わぶっ!」
「………ぶはっ!!」
「…!?なっ、どどどどうした有希っ!?何でお前……」
「……?」
「…相互の認識に、齟齬が発生した」
「…はっ?」
「…言葉を用いて情報伝達を行う際、人は情報を圧縮した形式に変換し、 それらの情報を言語に付加して伝達する場合がある。 そして、私は今までそれらの形式を認識する事が出来ず、 その情報はエラーとなって私の中に積み上げられてきた。 そんな中、あなたが私にもたらした多くの理念、概念は、 私の中にある情報と寄り添い、関連付けされ、 そして遂には新たなプログラムの形成にまで至った。
だから、私は…あなたに感謝している」
「…?そっ、そうか…」
「しかし先程、あなたは私から疎んじられていると誤解し始めた。 …私は拡大していく齟齬を修正する為、 あなたによって作られたプログラムで蓄積されていたエラーを解析し、 現状を打破する為の対策を試算した。 そして、この問題を言葉によって解消する事は困難と判断した為、 私があなたに抱いている感情を表すのに相応しいと思われる行動を実行し、あなたに示した」
「…わかったような、良くわからんような……って、お前っ!何で泣いてるんだ!?」
(長門有希はいつもと変わらぬ表情を顔に貼りつけていたが、 その瞳からは粒々と涙が溢れ出されていた。そして、 その姿をみて動揺していた谷口に、彼女はこう言い放った)
「…泣いてない。これは…………雪。」
「…ゆき?」
「……私の心は虚無だった。 故に、私の心の中で何かが音を立て、 心に響く事などは無かった。 しかしある時期を境に、 私の胸の中では、雪が降り出ていた事に気が付いた。 …それでも、それが音を立てる事は無く、 次第に私はその降り積もる雪の中に埋もれて、 自分の姿をも見失おうとしていた。 どれだけもがこうと、降り積もる雪は丈を増し、 …そして私は、姿を無くしてしまった。
…そんな私を救ってくれたのは彼だった。 自分でも見失っていた私の姿を、彼は見つけ出し、 そして…元の居場所へと連れ戻してくれた。
…その時に感じた温もりによって、 私は、自分が…凍えていたという事を知った。 でもそれに気が付いてしまったとしても、 私は、人の温もりを感じられる所へなど…行けない。」
「…そこへ現れたのが、あなた。 あなたがずっと私の傍に居てくれた事で、 あなたの温もりが、私の心の中へと伝わり、 …降り積もった雪を解かし出してくれた。 そして今、解かされた雪は私の中で奔流を起こし、 ついには胸の内で抑える事が出来なくなってしまい、 あなたを見ている目から…溢れた。 だから…この暖かい水は、雪。」
「…な、なるほど。…でも良かったぜ、ホッとしたよ。 あとな、もう、どうしても伝えたい事があるんだ。」
「なに?」
「…俺な、有希の事が……」 「…………」
「…好きだ」
「……私も、」
(長門有希は双鉾に『雪』を残しながら、頭を刹那ほど右へと斜に傾け、彼に微笑みかけて、 次の言葉を紡いだ)
「……大好き。」
「ん……んくっ…………コクン………」
俺とハルヒは身体の境界線を無くしてしまおうかという程、互いに身を寄せ合わせていた。俺の肩を掴むハルヒの手の力が、徐々に強みを増していく……。
「んっ……むぐっ!んむむぅ~~~~~~!…ぷはっ! ――ちょっとキョンっ!…いきなり何すんのよ!?」
…はて?今、俺は何をして………うん?ハルヒの顔が真っ赤だ……あれっ?………へっ!?!?
「――ななっ!何してんだ俺っ!?」
「そ、そんなのこっちが知りたいわよっ!あたしを窒息させて殺す気!?」
「こっ殺すつもりは無いんだ!信じてくれ!」
「…………は、はぁ?」
ハルヒは俺にキョトンとした表情を向け、プクプクと笑い出した。
「何言ってるのよキョン。すっかり毒っ気が抜けちゃったわ。 てか、あんたさっきからオカシイわよ?」
「あ、ああ…すまん」
すると先程まで笑っていたハルヒが急にふくれっ面になり、
「……いや、只で済むもんじゃないわっ! いきなりあんなじゃ、味も素っ気も無いじゃない!許さないからね!」
味も、の単語に俺はギクリとした。その反応をハルヒが見て顔を焼けた鉄の様に赤く染める。…俺の顔からも、打ち頃の鉄のような超高温を感じる。
「だからっ、」
そう言ってフイッと面を横に向けたかと思うと、すぐさま俺の方へ視線と右手の人差し指を向けて、
「やり直しっ!もっ、もう一度チャンスをあげるわっ!」
「………」
…そうだな。ちゃんと仕切り直そう。
「…ハルヒ。………また今度な」
「…キョンっ!」
「もう終着だ」
ハルヒは視線を下降させ、まだ朱に染まっている顔でぶすくれた表情を作り、こう呟いた。
「……じゃあ、明けイチで貸しにしとくから…」
…じゃあ、十日程返済を待ってて貰うとするかな。
「…馬鹿っ!エロキョン!」
「…おいキョン。涼宮と仲睦まじいのは結構だしな、場所もいい選択だと思うぜ。 けど、もう少し時を考えてみたほうが良かったんじゃねえか?」
ゴンドラから地へと足を運んだ俺達から俺を捕まえ、谷口が話しかけてきた。
「…何の事だ?」
「せっかくの観覧車なのに、あんな地面に近くなった頃までずっとキスしてたんじゃ 周りの観衆から丸見えだぜ?」
…なるほど。谷口、オートマグを持ってきてくれないか?今の俺なら迷わず自分に引き金を引ける。いや、やっぱり出来ない。俺はハルヒとの約束を果たすまで死ねないんだ。
「何言ってんだよキョン?…混乱してるのは分かるけどな」
ズバリ谷口の言う通り、俺は混乱していた様だ。…というか、結構前から。俺は自分の情事が衆目の的に晒されていた事実と、先程まるで瀕死の勇者が再度魔王に戦いを挑む際の決意表明紛いの事を口走っていたの事を、脳内ファイルにまとめてゴミ箱にぶち込み、それを無かった事にして冷静を取り戻した。…そして谷口よ、
「…元はといえば、お前等がテロ行為じみた事をしていたからじゃないか」
「…はあ?」
「良かったな。長門とキス出来て」
「…なぁっ!お前、見てんなよ!?」
「俺はもっと見られて………無かったな。そういえば」
「いやお前は今でも周りから見られてるぜ」
「…まあ、聞くまでも無いとは思うが、長門とは上手くいったのか?」
「……ああ、まあな」
「…?なんだ、歯切れが悪いな?」
「いや、…有希な、泣きながら……」
俺は谷口から、長門が話したという雪の話を聞いた。こいつは長門の涙が少し気がかりで、素直に喜べていないようだ。
…その雪の話は、あの事件以来の長門の心境の変化を表しているに相違ないだろう。泣いていた理由は、きっと、
「こらキョンっ!あと谷口!女の子を待たせるんじゃないのっ!早く行くわよ!」
…俺と谷口は目で言葉を伝達し、そしてその言葉を声に出してハルヒ達へと歩き出した。
「…そうだな。」
オレンジ色のスクリーンを背景にハルヒはこちらへと手を振りしだき、その横で、長門がまぶしい物を見るかの様に目を細めている姿は…
見ているこっちが眩んでしまいそうな程に、輝いていた。
fin.
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