新・孤島症候群 誤
鶴屋さんも妹もいなくなった、とうとうハルヒと二人だけになっちまった、 ────最悪の事態じゃねえか。 新・孤島症候群─誤解編─ 先に声を出したのはハルヒだった。「こうなるかもしれないって思ってたけど、まさか本当になるなんて……、でもどっかそこら辺に隠れてあたし達を驚かせようとしてるのかもしれないわ」 ハルヒは部屋の中を調べ始めた。ベッド下やらクローゼットの中を覗き込んだりしている。 俺はしばらく呆然とハルヒの行動を眺めていた。じわじわと思考が復活してくる。 とうとうみんな消えちまったてのか、古泉が言っていた最悪の事態じゃねえか、本当に俺とハルヒしか残ってないのか。これならまだハルヒと二人で閉鎖空間をさまよっている方がいくらかましに思えるぞ、あんときは朝比奈さん(大)や長門からヒントをもらえて脱出できたんだからな、だが、今の状況ではなんのヒントももらってないし、相談する相手も消えちまったんだ、俺はいったいどうすりゃいい? もし、もしも、この状況に陥った原因がハルヒ関連だったとしてだ、他の連中はそれぞれ特殊なプロフィールを持ってハルヒに関わっていたが、鶴屋さんと俺の妹は完全に部外者のはずだ。 俺? 俺は一応一般人だが無関係とは言いがたい、最初は巻き込まれただけだったが、今は自ら首を突っ込んでいるようなもんだ。ある意味習慣とか習性とかそんなもんだと思う。それに楽しいと思っている自分がいることもたしかなんだ。 だから俺が巻き込まれても自業自得だ。 とは言っても無関係の人を巻き込んだからとして、それはハルヒが悪いんじゃない、ハルヒは何も知らされていないんだ、そんな力を持っていることも、使い方も、なによりそんな巨大な力を持つ覚悟さえもだ、そんなことは解っているんだ、解っているんだが……。 いや、まて、さっきハルヒはなんつった? “こうなるかもしれないって思ってた”だと。じゃあ、鶴屋さんと妹が消えちまったのはハルヒがやったっていうのか、しかもそう思わせてしまったのは俺か、俺ってことなのか。俺が有名なミステリーの模倣かもしれないなんていってしまったからこんなことに……? とは言えあの時はああでもいってハルヒの不安を解消させきゃと思って必至だったんだ、でないとハルヒの不安が現実になっちまうかもしれないんだ。くそ、だったらどうすりゃよかったんだよ。 そのとき、自分の顔がどんな表情だったのか自分じゃわからなかった。近くに鏡がなかったからな。 だが、ハルヒには俺の表情が見えていたようで、「キョン、あたし気付いたことがあるんだけど」 何やら真剣な表情でハルヒが俺を見ていた。「なんだ? なにか解ったのか?」「うん、まあね。でもここじゃ何だから廊下に出ましょ」 ハルヒはゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。正直どこだっていいと思うんだが、俺は素直にそれにならう。 廊下に出ると、ハルヒは背中を向けたまま立っていた。首をねじり、横目で俺が部屋から出てきたのをチラリと確認すると、またもやゆっくりと歩き出す。「正直言うとね、ちょっと前から気にはなってたのよ」 なんだ? 何が解ったんだ、この事件の真相か? しかし、いくらなんでも古泉たちの仕組んだことだと思っているお前の推理じゃ、俺が納得できる答えは聞けそうもないんだが。「そう、はっきり言ってさっきまで確信は持てなかったんだけどね」 ハルヒは振り返らずに淡々と話している。おかげでどんな表情なのかまったくわからない。「それで、最初から考えてみると、つじつまが合うのよ、ほんとに、あたしとしたことがまんまと騙されちゃったわ」 俺は、ハルヒの推理を静かに聴きながら、何か別の、言い知れない不安に駆られていた。「あんたが言ったとおり、この事件、そして誰もいなくなったの模倣ね、一人ずつ消えていくし、そしてラストには全員いなくなってしまうのよ、でもそれじゃ事件は解決しないし、犯人もわからない」 それじゃあ迷宮入りの事件じゃないか。 「でもね、ちゃんと犯人はいるの、犯人は途中で死んだフリをした人物だったのよ」 ハルヒはゆっくりと廊下を歩いていく、何が言いたいんだ。「その人物は死んだフリをすることによって行動の自由を得たの、だって残った人物は互いに相手を疑い始めたんだもの」 ちょっと待て、それは物語のはなしだろ?「そう、それは小説でのことだけど、誰かがこの事件のシナリオを作ったのだとしたら、ヒントとして似たような状況を作り出していてもおかしくないもの、それと、みんなが消えちゃう時、共通点があったからそう言う考えになっちゃったのよね」 なんだって、共通点? そんなものあったのか。「あったの」 そう言ってハルヒは歩みをやめ、こちらに振り返った。「じゃあ、質問! みくるちゃんの姿を最後に見たのは誰?」 不意に質問をしてきた、その答えは俺と妹だ。「じゃあ、有希は?」 たぶん、俺だと思う。「古泉くんは?」 ……ちょっとまて、なんだこれは、尋問か? 確かに最後に会ったのは俺かもしれないが、それはハルヒから見てそう取れるだけじゃないのか。 「鶴屋さんと妹ちゃんもそうよね」 おいおい、まさかハルヒは俺を犯人に仕立て上げようとしているのか、なんかまずい方向に話が進んでいるぞ。 ハルヒが変な考えを起こさないようにしてきたことが全部裏目に出ちまってるじゃないか。もしハルヒが俺を犯人だと決め付けて、それがハルヒの変態パワーで現実になったらどうなるんだ? まったく想像出来ん事態だ、たのむ、誰か俺に解説してくれないか? 俺が納得できる解説をしてくれた方、抽選で5名の方に粗品を進呈してやるぞ。 ハルヒは厳しい表情で俺を見ている、いや、睨んでいると言ってもいいくらい。完全に疑っている目だ、まずい、非常にまずい、はやく何とかしなければ……。 とは言え、なにもいい考えが浮かばねぇ、どうすりゃいい。 俺は、いやな汗をかきながらハルヒの眼光に当てられ思わず後ずさり気味になっていた。 と、そこで急にハルヒがニンマリ顔になって、「でもね、そこでキョンが犯人だ! なんて言ったりしたらソレこそ誰かの思う壺なのよ、真相はもうちょっとひねってあるの、あたしはそれに気付いたのよ」 フフンって感じで腕を組んで勝ち誇ったように胸を張るハルヒ。「どういうことだ」 どうやら俺が犯人だと決め付けているんじゃないらしい、少しほっとする俺。「まあ、キョンが犯人役だったとしても、あたしを騙せるほど演技がうまくないもんね、そんな人を犯人役にしたらミステリーが成り立たなくなっちゃうし」 まあ、そうだろうな。「そこで、演技が出来る人を代役にしたって訳よ、ほんと、古泉くんたら手が込んでるわ」 代役? 誰のことだ? いきなりここで謎の人物か? 「今更何言ってるの、あんたのことよ、どっからスカウトしてきたのかしら、ほんとうにキョンそっくりなんだから、全然気付かなかったわよ。そういや古泉くん、以前はシャミセンそっくりの猫をつれてきてたわよね、で、今回はキョンそっくりの人を連れてきたってことね、まあ、顔は特殊メイクだろうけど、声としぐさは演技賞ものだわ、でも最後にちょっとシッポを出しちゃったけど」 な、何を言ってるんだ? 俺は俺であって断じて偽者とかじゃねえ! まったく何を言い出したかと思えば……て、まてよ、ハルヒがそうだと信じたらそれが……。 「あんた、演技がうますぎるのよ、キョンはね、少々のことでもしかめっ面で軽く受け流しちゃうのよ、それに鶴屋さんと妹ちゃんがいなくなった時、あたしを疑いの目で見てたでしょ。それが犯人じゃないって演技なんでしょうけど、キョンは絶対そんな目であたしを見たりしないはずだもの」 あの時古泉が、狼狽したりせずに冷静でいろって言っていたのはこんな結果にならない為だったのか?いくら冷静にいつもの態度を取れなかったからって、俺が偽者だなんてそりゃねえだろ。「ちょっとまて、いくらなんでもありえないだろ、それは。もし仮にそうだとして、誰も気づかないなんてあるのか、どんなそっくりさんだよ、双子でも少し違いがあるんだぜ、それにみんなともそこそこ長い付き合いだ、だまし通せるとは思えない、そうだろ」「まあ、あんたの言うことはもっともね、だけどそれもちゃんとしたトリックがあるのよ」 なかなかいい反撃だと思ったんだが、ハルヒの表情は崩れなかった。どんなトリックだよ。 「途中までキョン本人だったのよ、そして隙を見て入れ替わったの、きっと廊下で伸びてたときに入れ替わったのね、あの時倒れてたあんたを見てちょっと動揺してたあたしはまんまとだまされたってわけよ、よくよく考えてみたら起きた時の言動もおかしかったし、その後、無理やりあたしを誰もいなくなってる食堂に連れてってさらに動揺を誘ったんでしょうけど」 なんてことだ、どんどん立場が悪くなってるじゃねえか、ハルヒの瞳は完全に勝ち誇っている状態だ。「そのあと、鶴屋さんの部屋に行った時、あんたはボロが出ないよう考え込むフリをして狸寝入りするし、ほんと、感心するくらい騙されたわ、でもねもうネタは上がってるの、観念しなさい」 ネタもなにも俺は俺であって偽者じゃないし、だから観念することもない、断じてない!「往生際が悪いわね、じゃあこれからあんたが偽キョンだってことを証明してあげる」 ハルヒの目がキラリと光った気がした、一体何をする気だ、まさか服を脱げとか言い出すんじゃないだろうな。 すーっと息を吸い込んだかと思うと、「キョーンっ! 団長命令よっ、今すぐ出てきなさいっ!!」 ガラスにヒビが入るんじゃないかってくらい大声で叫びやがった、静寂に慣れていた耳がキーンとする。 思わず手で耳を抑える。そして、「そんな大声をだすな」 俺以外の男の声。 耳を抑えていたからはっきりと聞き取れなかったが、聞いたことがあるような声がした、て、誰だよおい!? ガチャリとハルヒのすぐ隣にある扉が開いた、確かそこは俺の部屋だったはずだが。 扉が開き、中から出てきたのは、なんと見慣れているようないないような人物、それは“俺”だった。 普段見慣れているのは鏡に映ってる俺だ、だが、今目の前にいる“俺”はそれの左右逆なのだ、写真やビデオで撮った物以外でそんな姿を見ることはない、それに自分の写真や映像なんか普段まじまじと見ないしな、ましてやナマで見ることなんて本来ありえないことなんだが、俺は二度ほどある、これで三度目か? 「何者だお前」と、これは俺のセリフ。「何しらばっくれてるの、こっちが本物のキョンでしょ、どう? 観念した、偽キョンさん」 何をいってるんだハルヒ、偽者はそいつだ、いや、まて、まさか……。 ゴクリと喉がなった。 まさか、ハルヒがそいつを作り出したってのか? そんなバカな、俺を偽者と決め付けると同時に、どこかに本物がいるはずだと思い込んで……? 「よう、本物はどうやら俺の方だ、まあ、後のことはまかせろ、うまくやるからさ」 違和感がある声がした。 さて、みんなは自分の声を録音などして聞いたことがあるだろうか?聞いたことがあるのなら話が早い、実はふだん発している自分の声とは少々聞こえ方が違うのである。 思っていたより高い声だったり、低い声だったりするのだ、それは何故かと言うと自分の声は頭蓋骨を振動させて聞いているからって訊いた事がある、それは骨伝導といわれてて、耳を使わず直接聴覚神経に伝わって音を認識するそうだ、まあ、ある種の聴覚障害を持った人でも音を認識することが出来る代物らしい、そういや最近そういうスピーカーもあるらしいな。 て、なんで俺はそんな雑学を解説してんだ? そんな場合じゃねえだろ、おい。 「と、言うわけでハルヒ、サプライズパーティはこれで終了だ、みんながあっちで待ってる、いくぞ」 もう一人の俺がハルヒを手招きして歩き出した。「ちょっと何勝手に仕切ってるのよ、それよりあたしの見事な推理、ちゃんと聞いてた?」 ハルヒがそいつの後について行く、その姿を見て俺は言い知れぬ焦燥感を感じ取っていた。 そして、もう一人の俺が廊下の奥の扉を開き、ハルヒを中に招き入れる、ハルヒはまだ何やらしゃべっていたが既になにを言っているのか俺の耳には入ってこなかった、呆然としていたんだろうな。 そいつがハルヒを部屋に招きいれた後、扉を閉める直前に俺の方を見てニヤリと笑ったのが見えた。 それを見て俺は我に返った、違う! そいつだ、そいつが犯人なんだ。俺そっくりの人物、朝比奈さんも、古泉も、鶴屋さんも、妹も、あの長門でさえも、俺そっくりだったから隙を見せて消されてしまったんだ。て、ことは……。 ──まずい、ハルヒも消されてしまう。 俺はすぐさま廊下を駆け出した、ハルヒとアイツが入っていった部屋に向かう。 くそ、間に合え、すごく足が遅く感じる、もっと早く走れよ俺の足。「ハルヒ!」 扉の前までたどり着いて叫んだ、ドアノブに手を掛け扉を開ける。よし、鍵はまだかかっていない。 俺はまだ中にいるだろうハルヒに向かって叫ぶ。「気をつけろ! そいつが真犯人だ、お前まで消されちまうぞ!」 部屋の中に俺の声がこだました。 だがしかし、俺が話しかけたい相手は既にもういなかったのだ。 誰もいないその部屋を見て一気に心拍数が上がる。「うそだろ……おい」 愕然となった、ふらふらと数歩、部屋の中に入り進んだ俺は、急に体の力が抜けて、その部屋の中で座り込んでしまった、もうこんな気持ちは二度と味わいたくないと思っていたんだがな……。 さて、どれくらいそうしていただろうか、ふと気が付くと背後の扉のところに誰かいる気配がした。 犯人か? だったら俺も連れてってくれよ、こんなところで一人残されたってどうしょうもないだろ。たのむよ。 コツコツと足音を響かせて近づいてくる、既に恐怖感などない、しかし、さっきの俺の偽者はそんな足音がなるような靴をはいてなかったきがするんだが。 そう頭の片隅で思った時、その人物が俺に声を掛けてきた。「うふ、キョンくん、そろそろ種明かしに行く時間ですよ」 懐かしく思えるその声を聞いて、気が抜けていた俺は思わず振り返った。 そこにいたのは───。 次回、解明編につづく
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