Am I father ? 第二章
2、
嘘・・・だろ?こいつが?だってこいつは・・・。
「あなたが戸惑うのも当たり前。彼女は朝倉涼子であって朝倉涼子ではない。有機生命体の言葉で表すのなら生まれ変わり。あなたの知る朝倉涼子は前世にあたる。だからこの子自身には朝倉涼子の記憶というものは存在しない」
一つ聞きたいのだが、なんでこんな事をしたんだ?最初からあの朝倉を復活させちまった方が早い気がするんだが。
「あなたの言っていることは間違いではない。しかし、そうすることはかなりの危険があなたに及ぶ。だからわたしは、朝倉涼子の再構成の条件として、何の情報操作能力も持たずに、一人の人間として観察対象であるあなたと過ごさせ、それから得たものをベースに再構成する、というものを付け加えた」
・・・つまり、どういうことだ?
「これから三日間、あなたとこの子には本当の親子の関係になってもらう。もちろんあなたにはこれについての拒否権がある」
おいおい・・・マジかよ・・・
こうして文頭に戻るのだ。
「長門、俺はな。自分自身が三点リーダを放つ間にいろいろと考えさせられたんだ。
あの夕日に染まった教室での出来事。俺が頭を撫でてやったときのあどけない笑顔。
あっちの世界での出来事。取り乱した俺のとなりで見せた心配そうな顔。
朝倉の顔と朝倉の生まれ変わりだという娘の顔が交互に頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えていったんだ」
ここで一旦話を区切って娘のほうを向いてみる。どうやら娘も俺のほうを向いていたらしく目があった。心配するな、娘よ。父ちゃんはもう決めたんだ。
「だがな、俺はそいつが知らない事について咎めたりはしたくない。それこそ逆恨みというやつだからな。あの子は俺を助けてくれた。それだけで十分じゃないのか?たとえ前世が朝倉であったとしても、だ。そんな思いから導き出されたのがあの答えだ。だから俺はあの子を責任もって育てるよ」
三日間だけなんだから預かる、のほうが適切か?育てるってのは大袈裟だったかもしれん。
「あなたがそういうのならわたしは何も反対しない。でもやっぱりわたしはあなたが心配」
大丈夫だ。何かあったらすぐに電話をかける。そしたら助けに来てくれ。
「…………いいことを思いついた」
ん?いいことってそりゃなんだ?おい、どうしたんだ、長門。お前、少し顔が赤いぞ。
「わたしがお母さんになる」
・・・・・え?
あまりに唐突な意見に脳がフリーズしたようだ。何かしゃべろうにも口をパクパクさせるだけで言葉が出てこない。
すまん、どうやらさっきの話のせいで耳が壊れちまってるらしい。悪いがまたもう一回言ってもらえるか?
えーとですね、長門さん。それは誰のお母さんになる、ということですか?
と当たり前のことを聞いてみる。でもこれが聞かずにいられるか。
「この子の」
でしょうね。それ以外当てはまる奴いないんだし。そう考えてからハッとあることに気が付いた。いや、気が付いてしまった。
つ、つまりそれは・・・。先を続けようとして俺も少し恥ずかしくなる。長門のほうも顔の赤みが強くなっていた。
「…………あなたと一時的にパートナーになる。言い換えるならばふう・・・」
「その先は言わんでよろしい」
最後まで聞いちまった日には余りの恥ずかしさで死にたくなるだろうな。
「夫婦」
はい、もう死にたいです。よりによって即答とは。こっちにも心構えする時間くらい下さい。
「で、でででもなあ、いきなりそんな事言われたって俺も困るぞ。第一どこで暮らすんだ?」
「あなたの家」
「そんなことできるかっ!親や妹になんて説明すればいいんだよ!」
そりゃそうだ。いきなり家に女の子を二人連れて帰って、嫁と娘です、なんて言えるか!
それにハルヒに知られでもしたらそれこそ一発で世界滅亡ではないか。
「大丈夫。現在あなたの家には誰もいないはず」
あ、そういえばそうだ。あまりのことですっかり忘れてた。
「だがどうしてそれをお前が知ってるんだ?」
電話にしろ会話にしろそのことは一言たりとも口にしていないはずだが。
「………情報操作は得意」
キラーンと長門の目が輝いた。はぁ、そうですか。そういうことですか。
つまりはコイツにとっては俺の家族が俺をおいて旅行に行くのが規定事項、というか旅行自体がコイツによって仕組まれたものだったわけか。納得納得。
だがもし俺が旅行についていってたらどうするつもりだったのだろうか?
・・・はぁ。こんなこと考えている場合じゃなかった。
「なあ、やっぱりお前は来なくていいぞ。さっきも言ったが、何かあったら電話するから、な?それにお前もさっきこいつは普通の人間と同じだって言ったろ。だからきっと大丈夫だ」
それ以前に親がいない自分の家で歳の近い女の子と生活だなんて耐えられるか。精神衛生上問題ありまくりだ。
「…………」
少しの沈黙。どうやらやっと観念したらしい。これで一安心だ。
「……わたしじゃ、だめ?」
前言撤回。
だあああ!!!駄目なもんは駄目だ!第一なんなんだよその反則的な顔は!頬染めて上目使いで少し涙ぐみながらそんな事言われてみろ!男として断れるわけ無いだろうが!もし断れる男がいたらそいつはきっとガチだガチ!
「駄目な訳あるか!大歓迎だ!」
・・・・・え?俺今なんと言いました?それにさっきの俺の考えは最初と最後で意見が全く変わっているような気がするのですが。
「ちょ、ちょっとまってく・・・」
「了解した。準備をしてくる」
俺が全部言う前に長門はスタッと立ち上がって自分の部屋へ引き上げていった。
やれやれ。どうしたものか。今更長門にさっきのは嘘だ、と言っても通じないだろう。だからといってこのままにしておくのもどうかと思う。
「どうすりゃいいんだよ、全く」
なあ、お前はどうなんだ、と言いかけて口をつぐむ。俺の目線の先では朝倉の生まれ変わり・・・長いから朝倉(小)とでもしておくか。朝倉(小)が小さな寝息を立てながらごろんと眠っていた。顔も完全に緩んでいる。暑さで参ってたところにクーラーの利いた部屋。最初は緊張してたかもしれないが、慣れればもはや快適空間だ。そりゃ眠くなるのは当たり前だ。
「お前はのんきでいいよな」
人差し指でやわらかそうな頬をぷにっとつつく。
「・・・・・・・んぁ」
一瞬表情を曇らせ、言葉になっていない寝言をつぶやくと顔を反対に向けてしまった。
「・・・なんだか、こいつを見てるとどうでもよくなっちまったな」
確かに今日明日明後日と色々と厄介事は多いだろうが、こんな寝顔が見れるならいいかな、と思ってしまった。幸せってもんを分けてもらえそうだしな。いや、もしかしたらすでに分けてもらってるのかもしれん。あの笑顔に。だから俺はこんな親父の役を請け負ったのだろう。
「ま、これから三日間、よろしくな」
そう言って頭をやさしく撫でてやる。
それからしばらくして長門がバックを抱えて部屋に帰ってきた。
「準備が完了した」
そうか、分かった。俺は朝倉(小)の肩を揺する。
「おい、起きろ。帰るぞ」
ユッサユッサと揺らされて少し不機嫌そうに目を覚ます朝倉(小)。
さて、どう話を切り出したものか。長門の事はちゃんと言わなければならないのだろうが、面と向かって言うのもなんだか恥ずかしい。
そんな俺の気持ちも知らずに朝倉(小)はふぁあと小さな手で口を押さえて欠伸をし、目を軽くこすってから、うーんと伸びをした。
なんだか拍子抜けだ。そんな俺を見かねたのか、長門が行動に出た。
「涼子、驚かないで聞いて欲しい」
まだ眠気が残ってる顔に、はてなマークが浮かぶ。まあこいつが考えてるのは、話ってなんだろ、とか、このおねーちゃんなんでわたしの名前知ってるんだろ、とかそんな感じだろう。というかこいつの名前も涼子だったのか。俺、初めて知ったぞ。
考えてみればバタバタしててそんなこと気にする時間は無かったし、そもそも、自分の娘に名前を聞く父親なんてよほどのことがなければいるわけないだろう。そんなことされた娘は可哀そうすぎる。
「なあに?おねーちゃん」
「あなたに伝えないといけないことがあるからよく聞いて欲しい」
うん、といまいちよく分かってなさそうな顔して頷く。
「わたしはおねーちゃんではない。あなたのおかーさん」
とストレートに言い放った。
最初はそれを聞いても朝倉(小)は目をしょぼしょぼさせているだけだったが、ん、と一旦首を傾げてからは、事の重大さに気が付いたらしく、一気に眠気が飛んでいったようだ。
「それって・・・ほんと?」
不安そうというか、不思議そうというか、そんな表情で尋ねる朝倉(小)。
長門の、そう、という俺の聞きなれた返事聞いてからは、鼻息を荒くして興奮し始めた。
「ほんと!?ほんとにおねーちゃんがわたしのおかーさんなの!?ねえほんとなの?おかーさんなの?」
と長門を矢継ぎ早に質問攻めにしたくらいにだ。だがな、朝倉(小)よ。さっきお前の返事に、そう、と答えていたのを聞いてなかったのか?
「ほんとにほんと?」
「ほんと」
「うわぁい!おかーさんだぁ!おかーさんだぁ!」
まあ本人たちがこんな感じだからいいのかもしれんが。
長門の単純且明快な返事を聞いて目の色を変えてはしゃぎだす朝倉(小)。
そんなに母親ができたことがうれしいのかね?よく分からんが喜んでるんだからよしとしよう。
用も済んだことだし、幸か不幸か長門も俺の家に泊まるようなので、一旦家に戻ったほうがいいだろう。準備とかもあるしな。
さて、そうと決まったら帰るか。よいしょ、と掛け声とともに立ち上がり、朝倉(小)のほうに向く。
「ほらほら、はしゃぐのはそれくらいにして、家に帰るぞ」
こくん、と頷く長門と聞こえていないのかいまだにキャッキャッとはしゃぎまわっている朝倉(小)。
個人的にはこれくらい元気なほうが歳相応でいいと思うのだが、その分気苦労が多そうだ。やれやれ、だぜ。
こら、いつまで騒いでんだ、と俺が注意しようとした時、長門が動いた。
「涼子、お家に帰るから静かにしなさい」
言葉は少しきついが、その目にはあたたかいものが浮かんでおり、顔も微妙に微笑んでいるように見える。
知らなかった。長門ってこんな顔もできるんだな。なんていうか、まさにお母さん、というか。
だから娘が今日始めて会ったはずの長門に向かって、
「はい、ごめんなさい。おかーさん」
と素直に謝っているのも納得できる。きっとこいつも心のどっかで長門に母性を感じ取っているのだろう。同じ宇宙人通しってのもあるかもしれんが、俺はそう信じたい。
「もういいか、行くぞ」
と言ってドアのほうへ向かう。しゅたたたっと俺の後を追う娘とそのさらに後ろをとてとてとついて来る長門。・・・ん?
「おい、長門。お前、荷物忘れてないか?俺にはお前が手ぶらにしか見えんのだが」
「安心して。すでにわたしが暮らす部屋に転送済み」
相変わらず手が早いと言うかなんと言うか。
「お前には関係ないかもしれないが、もし何かあったら呼んでくれ。隣の部屋だからすぐに駆けつけるからな」
「その必要はない」
ま、そりゃそうか。こいつに何かあったらそれは大事件が起きてるってことだ。
それ以前にこいつが一大事なときに俺が何かの役に立つとは到底思えない。
それはそれで悲しいやら情けないやら。ま、そんな簡単に事件なんぞおこってたまるか。
「同じ部屋なのだからわざわざ隣の部屋から来る必要は無い」
はい、大事件発生。
「おい、長門!いくらなんでもそれは・・・」
「わたしたちは仮にも夫婦。夫婦が同じ部屋で暮らすのは当たり前。それとも…」
と少し俯く。そして発射。
「わたしじゃ………だめ?」
「うぐぅ・・・!?」
長門が次元もびっくりな精度で俺の心を打ち抜いていきやがった!しかも今度は少し首を傾げたバージョンとは!くそう、もしこれで長門がポニーテールだったら言うこと無しじゃねえか。そうなったら俺はもう完全にノックアウトされちまうだろう。危険だ。危険すぎる。
「おとーさん、どうしたの?おかおまっかだよ?」
子供は黙ってなさい!お前はまだそんな事知っていい年頃じゃありません!それに長門もそのしてやったり、みたいな顔はやめなさい!
「えー!もういいもん。おかーさんにきいちゃうもん」
ちょっと待て、聞くな!聞いちゃ駄目だ!おい、長門!何勘違いしているのか知らんが変なこと吹き込むなよ!
「おとーさんはおかーさんの可愛さに照れている。だから真っ赤」
おいおい!断じてそんなことはないっ!断じてっ!頼むっ!信じてっ!
「ねえねえおかーさん、わたしもかわいいかな?おかーさんみたいにかわいくなれるかな?」
「あなたなら大丈夫。きっと凄く可愛くなれる。それに今でも十分可愛い」
そういって長門は朝倉(小)の頭をそっと撫でてやっていた。まるで大切なものに触れているかのように優しく。
あたたかそうに微笑む嫁とうれしそうに微笑む娘。
このとき俺は、なんだかこんなのもいいかな、と不覚にも思ってしまったのだった。
誰だってそう思うだろう。こんな二人を見たなら。まあ誰にもこのポジションをわたすつもりは毛頭無いし、見せる気にもならん。
「んじゃ、今度こそ帰るぞ」
これからの三日間へのデカイ不安と淡い希望を持って俺は長門宅を後にした。
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