SOS団の未来
冬も本番に差し掛かった十二月。いつものハイキングコースは体を暖めるには丁度良かったのだが、朝の寒さに耐えきれずギリギリまで家に籠もっていた俺にとっては地獄の様なものだ。遅刻寸前に到着して教室の扉を開ける。担任がもうすぐ来るため、みんな自分の席に着いて騒いでいる。しかし、いつもと雰囲気がおかしい。俺の席の後ろにいるはずの人物の姿が無い。 もしかしたら……。 そんな事が……。 去年のあのときの事を思い出していた俺は、教室に入れないでいた。 そこに、教室に入ろうとしない俺の肩を誰かが叩く。朝倉でないことを祈り、叩かれた肩の方を振り向こうとしたとき、そいつが声をかけてきた。「じゃま!」力強いハルヒの声。こんなことを言うとあれだが、今日はハルヒの声が聞けて安心する。「そんな所でアホな顔して立ってないで、早く中に入りなさいよ」「ああ、わかってるよ。て、アホな顔とは何だ?」「いつも考え事をしているときの、その顔よ!」その顔よ、て、俺が考え事をしているのは、大半はお前が関係しているというのに。 「ああ、遅れて……。何をしてる?早く席に着け」朝から見事に無駄な話をしていた俺とハルヒは、担任の岡部の注意により、自分の席に戻らされた。 この日は特別にする事はなく、といっても試験も終わっていたため、あるとすればSOS団の行事ぐらいなものだ。 したがって、本日の授業が終わり、終業のベルがなると同時に俺とハルヒは教室を飛び出していた。ハルヒに引っ張られて。 部室棟二階、文芸部室に集まった俺たちは、SOS団の年中行事の話し合いをしていた。二十五日のクリスマスの日にある地元の子供会に向けての話で、去年と同じ俺がトナカイになり朝比奈さんがサンタになるという。ただ今回は、古泉のトナカイと長門のサンタというオマケつきの心温まるイベント。そのため、今日は古泉と長門の衣装の材料を買って団活が終わりを告げた。この時までは、いつもと変わらない日常になるはずだった。 ―――――――――――― 衣装の材料を買った帰り道。それは突然のこと。俺の家の前に平穏な日常を壊すそいつがいた。顔を隠すように深く被った帽子にマスクとサングラス。膝まであるだろうロングコート。見るからに怪しい男がそこに立っていた。「待っていたぞ」……待っていた?何のことだ。俺は見ず知らずの人間に待たれるようなことはしていない。「すぐにわかるさ。お前は俺だからな」お前は俺……。普通の人間なら意味がまったく分からないだろう。これは俺だからこそ分かることだ。(いや、俺は普通の人間なんだが)そこにいるのは多分、未来の俺かもしれない。「そうだ。俺も同じことが10年前にあったからな」「10年前……。何でそんな未来からやってきたんだ?何が目的で……」「俺は未来のために来た。『ジョン・スミス』として。ハルヒを止めるために」ハルヒを止めるため……。いったい何が起きた。なぜ10年後の俺がこの時代にくる必要があった?なぜか聞きたい事が山ほどでてくる。だいたい、こういうのは朝比奈さんの仕事じゃないのか?「俺に聞きたい事があるだろうが何も聞くな。俺から言えるのは、ほんの少しだけだがな」さすがに10年後の俺だけあって、今考えている事はお見通しらしい。というより、よく覚えていたもんだ。で、俺にいったい何を教えてくれるんだ。 「教えると言うより忠告といったところかな。これから起きる出来事に首を突っ込むな。お前は見ているだけでいい。この事は他の奴らに話すな」何が起きるんだ?傍観してるだけでいいのか?それに他の奴に話すなと言われても、気付いていそうだが。「気付いていない。今の俺には何とかフィールドと言うのが張られているらしいからな。あの長門でも気付かないさ」そこまでする理由は何なんだ。せめて何時、何が起きたのかだけでも教えてくれないのか。「すぐに分かるさ!」 そう言ってあいつは……、ジョンは暗闇の中に消えていった。 何もするなと言われても、これから起きる出来事に俺は対処しないといけない。今までに忠告を受けて良いことなんて無かったし、10年後の俺が『ジョン・スミス』として何をするのか知りたい。これが既定事項なら10年後のために知っておきたいしな。部屋でじっくり考えるとしよう。 ―――――――――――― 家に帰った俺は、やるべき事と妹の相手を終えて部屋に閉じこもり、ベットに横たわって外での出来事を思い出していた。10年後の俺が来た理由は知らないが、ハルヒが関係している事は事実らしい。今のハルヒが世界を改変するとは思えないが、10年後の俺が来るぐらいだから、とても大事な事かもしれない。助言なら未来の朝比奈さん(大)が来ればいいだけだしな。以外にも10年前にハルヒとした約束の可能性もすてがたい。これなら他の奴に知られたくはないしな。 ところで、なぜ『ジョン・スミス』なんだ……。同じ時代に同じ顔立ちで同名の人間がいるのがおかしいからか?もっと別の事が関係しているのか。長門や古泉に朝比奈さんが関係している可能性だってある。 今回は古泉達に事情を説明して助力をもらいたいが、話てはいけないみたいだからな……。せめて何が起きるかぐらいは教えてほしかった。これだと、本当に為す術が無いな。たくっ……。ジョン・スミスよ、もっとヒントをくれても良かったんじゃないのか……。まあ、いない人間に言っても仕方がない。と、いっても10年後の俺なんだがな。 ―――――――――――― 昨日の出来事が頭から離れることがなかったせいか、妹の必殺布団はぎを受けることなく目が覚めた。傍らで寝ているシャミセンは、いまだに眠っている。後で来るだろう刺客によって目を覚ますのも時間の問題だろう。と、思ってるそばから妹が部屋に入ってきた。「あれぇ?もう起きてる。今日は早いね。あ、シャミー、ごっはんだよー」にこにこと言いながらシャミセンを叩き起こした妹は、重そうに猫を抱いたまま部屋をでていった。時計を見るなり普段より早く起きたわけでも遅く起きたわけでもないが、家でごろごろして遅刻ぎりぎりに行く辛さを自覚したため、やる事をすませて早々と学校に向かった。 ―――――――――――― 例によって学校に早くついた俺はハルヒがいないか確認した。まだ来てないようだ。数えるだけの人数がいるなか勉強でもすれば良いのだが、俺は眠りについていた。 起きたのは担任の岡部が入ったときだ。眠い目を擦り、何を言っていろのか分からないまま、ホームルームを終えた俺は、もう一度、眠いについた。とりわけ移動授業がなかったせいか、ずっと眠っていたせいか、四限目の終業のベルがなるまで異変に気付かなかった。 今日は機嫌が良いのか悪いのか知らないが、背中をシャーペンでつつかれることがなかった。俺は今日初めてハルヒの顔を見ようと後ろを振り向いたが、そこにハルヒはいない。学食でも食いに行ったのかと思ったが、弁当を一緒に食おうと近づいてきた谷口と国木田の言葉で、俺は弁当も食わずに教室を飛び出していた。 「おい、キョン!今日は何で涼宮は学校に来てねーんだ?喧嘩でもしたのか?涼宮が無断で学校を休むなんて、俺が首相になるより無い事だと思ってたんだが」と、谷口。「まだ休みとは決ってないよ。それより、君が首相になるより涼宮さんが休む確率のほうが高い気がするけど」と、国木田。会話の後半はどうでもいい事で、注目すべきことは最初のほうだ。ハルヒが学校に来ていない。これは、俺にとっては異常なことだった。ただでさえ、昨夜に未来の俺が忠告しに来ているだけあって、何かあったかもしれない。そう思ってしまった。 教室を飛び出した俺が向かった先は、一番近いクラスにいる古泉。実際は長門が近いのだが、今のこの時間帯は部室にいるから後回しだ。 九組のクラスを確認するが古泉の姿がない。仕方なく、文芸部室にいるはずの長門のもとに俺は急いだ。 部室棟二階、部室のドアを開いたそこに長門はいた。おまけに古泉と朝比奈さんまで。まるで、俺を待っていたかのように。 「どうしてお前らはここにいるんだ?ハルヒが学校にいないのと関係しているのか?」「お待ちしてました。実はその事で、話し合いをしていたんです」何が起きたんだ?事故か?病気か?誘拐なんてことはないだろうな。昨晩に、未来の俺が来たせいか、余計に心配になって仕方がない。「なんと言ったらよいでしょうか……」「七時三十分、涼宮ハルヒの消息が途絶えた……」愕然とする言葉を、長門はいとも簡単に言ってのけた。それが本当なら、ハルヒを探さないといけない。それなのに、ハルヒの消息が途絶えたというのに、お前らは何で落ち着いていられるんだ。「……三時間三十分後、涼宮ハルヒの消息を確認した。今現在は、学校に登校している」「と、言うわけです」 意味がさっぱり分からん。俺は、ただの一般人だ。もっと解りやすく説明してくれ。「分かりました。それではまず、消息が途絶える前の話をします。我々『機関』は涼宮さんに何かあってはならないため、常に監視をしている者がいます。普段通り家を出た涼宮さんを監視していたんですが……。突然、姿が消えてしまいました。別に監視がばれたわけではありません。視界の範囲内でぱったりと消えてしまいました。涼宮さんの野外行動は我々の中でもプロのメンバーで構成されていたはずなんですが、想定外です」「その七時三十分。その時間に涼宮ハルヒの消息が途絶えたのは、情報統合思念体も観測している。その後、天蓋領域と思われる情報粒子の波を観測した」おい、それって九曜がハルヒに接触したということか?「天蓋領域によるヒューマノイドは、一体までしか観測されていない。事実、光陽学院内にいることは分かっている。よって天蓋領域と接触した誰かが涼宮ハルヒに関係している可能性が高い」俺は一瞬、未来からきた『ジョン・スミス』を思い出していたが、その可能性を振り払った。未来の俺が九曜と手を組んでるとはおもえない。あいつは、ハルヒが起こすであろう事件を止めるために来ている。問題を起こしにきたとは思えない。そうなると別の人間。未来人か超能力者の誰かになる。橘か藤原あたりかもしれない。朝比奈さんを誘拐した前科もあるしな。それなら、未来からハルヒを助けに来たと思っていいかもしれない。「その事なんですけどぉ、わたしも未来のほうに問い合わせてみたんです」「何か分かったんですか?朝比奈さん」「涼宮さんが誘拐された事件は、未来の記録に載ってません。起きてはいな事を私達は、してはいけないんです。だけど……」「だけど?」「未来からこちらに来た人はいないはずなのに、昨日からこの時代に誰かが入り込んだ痕跡が残ってるんです。だからその事で上に掛け合ってるんですけど、全く相手にしてもらえましぇん」朝比奈さんは少し涙を浮かべた瞳で、自分の無能さを俺に訴えてきた。 その未来からきた人物には心当たりがありすぎるが、それは言う事ができない。ジョンに忠告されているからだ。しかし、ハルヒが誘拐された事件がないのなら誰がハルヒを消したんだ。 「どうしました?」古泉が何か感じ取り、長門も似たような視線をよこすが、俺はそれを受け流して続きを求めた。「それでは、涼宮さんの姿が消えてからの話です。涼宮さんが消えたことにより我々は身の危険を感じました。涼宮さんに何かあったら、宇宙人、未来人、超能力者である僕達の存在そのものが危うくなります。しかし、その一時間後に閉鎖空間が発生しました。それはとても小規模なもので、先に駆け付けた者たちでなんとかなるほどのものです」お前らの存在そのものが危険になるなんてハルヒの力は危ないな。しかし閉鎖空間がどう関係しているんだ。それを俺はどう受け止めればいいんだ。「簡単な話ですよ。涼宮さんはこの世界にいる。消されたわけではない。ただ、僕達には見えないだけなんです」「そう。姿が見えないだけで、情報統合思念体には位置まで特定できていた。涼宮ハルヒの消息が途絶えてから三時間三十分後、光陽園駅前公園にて確認できた」おい、ちょっと待て。それは本当なのか?と言うか、本物のハルヒなのか?偽者じゃないだろうな。「本物である可能性は98.57パーセント。ほぼ同一人物」「この確立なら、本物といっても良いでしょうが、調べてみないことには……」だろうな。雪山の時のような偽者の可能性があるしな。で、その時の偽者はどんな特徴だったっけ。 「それはもう……」と古泉。「積極的……」と長門。「恥ずかしいですぅ」と朝比奈さん。確か、朝比奈さんの所にはハルヒが来て、古泉と長門の所には俺だったな。いったい何が起きたんだ。と言いたいとこだが、止めておこう。俺も似たようなもんだったからな。しかし気になるな。なぜ、古泉の所には俺なんだ。「そのことは置いときましょう。今回の問題は涼宮さんですから。本物かどうか確かめないといけませんから、実際に会ってみたほうが早いかもしれませんね」「そうですねぇ」「そう」そのほうが早そうだな。で、誰が確認するんだ。自称ハルヒの精神科医の古泉か。それとも、性格無比な判断をくだせる長門か。まさか、朝比奈さんが体をはって確認するのか。 「「「…………」」」 と、いつもより余計に長い沈黙と視線をあびたわけだが、何か変なことでも言ったか。 「確認するのは、あなたですよ。まだ午後の授業が残っているので、僕達が直接会うわけにはいきませんから」「そうですねぇ。キョン君ならクラスも一緒ですし、涼宮さんと過ごした時間は私達より長いですしぃ」いや。だからといって、正確な判断がだせる自信はありませんが。ここは長門のほうが……。「あなたならできる……」「決まりですね。長門さんにそこまで言わせたのですから」「よろしくお願いしますぅ」 わかったよ。やればいいんだろ。しかし、どう確認すればいいんだ。俺には変な力はないんだぞ。「ただ会話をしてもらえば結構です。遠回しに今日の事を聞いてもらえば」「大丈夫。あなたなら違和感を感じ取ることができる」まあ、長門の表情分析なら得意分野の一つだが、ハルヒとなると心配だな。長門がそこまで言うからには受け持つよ。「これで決まりましたね。後のことはお願いします」と言って、古泉達は部室を早々と出ていった。俺も教室に戻るとしよう。腹が減って仕方がないしな。 ―――――――――――― で、俺は教室に戻ったわけだが、俺は弁当を食えなかった。別に授業が始まったからではない。俺の弁当を食べた前科を持ってる奴がいたからだ。「おい、ハルヒ。誰の弁当を食ってるんだ」「さあ?誰のかしら」「お前は、知らない人の弁当を食べることに罪悪感を持ったことがないのか」「あいにく、あたしはそんなものは少しも持ってないわ。これ、キョンのだし」ほらみろ。やっぱり俺のじゃないか。これだから……。「いいでしょ。減るもんじゃないし」いや、減っている。俺の弁当は確実に減っている。ついでに、俺のお腹も減っている。それに比例して、俺の怒りのパラメーターは上がっているがな。「しょうがないでしょ。今日はいろいろあって遅れてきたんだから。おかげで食堂はいっぱいだったし、購買のパンは売り切れてるし」それとこれは関係ない気がするが、ちょうどいから聞いておこう。遅れてきた理由を。「今日は遅かったじゃないか」「ちょっとね。家の用事があったから……仕方なくよ」解りやすい嘘だな。お前が光陽園駅前公園にいたのはお見通しだというのに。 「どんな用事があったんだ」「別にいいでしょ。あんたにはデリカシーてものがないの」あいにく、お前が罪悪感を持ってないのと同じで、持ち合わせていない。「……あんたに聞いたのが間違いだったわ。もういいから、今日のことは聞かないで」……分かったよ。言いだしたらお前は頑固だからな。たくっ、これだと本物かどうか解らないままだな。 「……」 何だ。なぜ俺を見ている。視線を感じ取った俺は、思わずハルヒの瞳を見詰め返した。見詰めあっていると言ってもいいかもしれんが、実際には睨み合っていると言ったほうがよさそうだ。「やっぱり、ちょっと違うかな……」「何がだ。何が違うんだ」「……何でもない」俺はいったい誰と比べられている。意味がわからん。と言うより何なんだ。 「……ちょっとキョン。聞きたいことがあるんだけど」何だ?朝比奈さんの新しいコスプレ衣装のことか。あの人はもうすぐ卒業だから送別会の話でもするのか。まだ、早い気もするが。「違うわよ。あたしが聞きたいのは『もしも』の話よ」「何なんだ。その『もしも』と言うのは」「えーとね。もし未来を変えられるならなら、どうしたいか。て、事なんだけど」いや、それは困る話だな。とくに朝比奈さんが。まあ俺も困るな。未来が変わったら朝比奈さんに会えなくなるし。てことで答えは……、 「未来を変えるきはない」「何で?理由は」「未来を簡単に変えられたら、未来人が可愛そうだからとでも言っておこう」「確かにそうね。だけど……、うーん。別の質問をするわね」次はどんな質問だ。お前が俺に質問する事じたい珍しいのに、二度もしてくるとは。言ってみろ。簡単な質問なら答えるよ。「それじゃ、大切な人がいる世界と、いない世界ならどっちを選ぶ」「そんなの決まってる。いる世界だ!」そうでなければ、俺は去年のあの日に決意した意味がない。俺はこの世界が好なんだから。「そう。いる世界……か。そうよね。そっちのほうが良いわよね」そう言って、ハルヒは俺から視線をはずし、窓の外を眺めた。で、この質問はいったい何なんだ。俺にとっては、まったく意味の分からない質問だった。 その後は、授業の終わりのベルが鳴るまでに、何度かハルヒに話かけたが、俺は本物であるかどうか見分けることができなかった。 団活も始まり、クリスマスに向けて衣装作りに励み、一通り終えたところで団活も終わりを告げた。 俺達はハルヒのいなくなった部室で、今日のハルヒについて会議をはじめた。結果だけを言うならば……、分からないとだけ言っておこう。このハルヒには全く違和感を感じ取れなかった。長門や古泉でさえも。偽者とは思えないほど、いつものハルヒだった。ただ、ハルヒが俺に質問した事だけを除けばだ。しかし、これが切っ掛けだったのかもしれない。今日の深夜に起きた事件の……。そして、この質問が意味していることが理解できたときには、事件が起きてしまった後である。またこの事件こそ、ここにいるハルヒは本物である証拠になっていた。 その事件とは、特殊な閉鎖空間の発生による世界の改変だった。 俺はその時まで何も気付くことが出来ず、ただ眠りについていた。 ―――――――――――― 俺は夢を見ていた。一度起きた事だからこそ、これが夢であると理解できた。そう、去年のあの日の事を。世界の改変が起きて、朝倉にナイフで刺される苦い夢を。刺された俺は倒れ、二人の朝比奈さんが目の前に来て、俺の朝比奈さんが体を揺すって声をかけてくれた。「……キョ……キョン君」そう。こんな感じだ。朝比奈さんの声が、ハッキリと……。あれ?夢のはずなのにどうして。 何故か体まで揺さ振られているのが分かる。あの時と同じように。「…キョ…ん……お…てく…い。…起きてください」俺はこの声に反応して目を開いた。……固いじめん。上半身を跳ね上げる。俺を覗き込んでいた朝比奈さんの額に頭をぶつけた。痛い……。「ううぅ……。痛いですぅぅ」痛いのはお互い様なんですけど誤っておきます。すいません……。ついでに目が覚めました。ところで、何で朝比奈さんがここに……て、ここは何処どこだ?「ううぅ……、ここはぁ……」「閉鎖空間ですよ」声のする方え振り向くと、微笑をうかべた顔で古泉がたっていた。その傍には長門までいる。まわりをよく観ると夜空のはずなのに、建物が灰色の影となってそびえている。制服姿で俺達四人は学校にいた。 ここが何処か分かったが、何で俺がここにいる。もしかして、古泉……お前が俺を誘拐して閉鎖空間に連れ込んで来た訳じゃないだろうな。「まさか、その様な事はしません。それに、自分でもここに入ることに驚いているんですよ」いつもと変わらない0円スマイルで古泉は答えた。本当に驚いているのか。「ええ。最初は驚いたんですよ。僕がこのような閉鎖空間にいることに……」妙なニュアンスを含んで答えてきた。「このような閉鎖空間」とは、どういうことなんだ。「前回、あなたと涼宮さんが閉じ込められた閉鎖空間と同質のものです」ということは、ハルヒが世界を改変しようとしているんだな。未来の俺から忠告があったからだろう。我ながらこの様な状況になっても驚かないとは意外なものだ。「ところで、ハルヒは何処にいるんだ」「……寝ています」古泉は俺の方を指で示し、後ろにいると告げた。振り向くとハルヒは制服姿で寝ている。こいつはこの状況に気付いているのか。「多分……、気付いていないでしょう」古泉がやや言いにくそうに、「我々がこの状況に気付いたときから涼宮さんはずっと眠ったままなんです」ちょっと待て。それだと結構な時間がたった後みたいな言い方だな。「かれこれ一時間は過ぎてますね」 「ということは、俺は一時間近くここで寝ていたのか。どうしてすぐに起こさなかった」「いえ。すぐに起こしても良かったのですが……、この閉鎖空間の状況を調査していたので、朝比奈さんに貴方達の事を任せていたんです」てことは、ついさっき朝比奈さんはやっとのこと俺を起こしたのか。「……ごめんなさい。すぐに起こしたかったんですけど、キョン君の寝顔を見てたら……その……起こしにくくて……」いいですよ。朝比奈さん。これが、あなたの優しさでもあるんですから。ところで、古泉が言っていた調査とは何なんだ。「簡単に説明させていただきます」そして、古泉の簡単?な弁論がはじまった。 ―――――――――――― 全部を説明すると大変なので、俺が分かった範囲で言うならば、外との連絡と能力の使用限界とハルヒが本物である事と、いったところだ。外との連絡については出来なかった。長門も古泉も朝比奈さんも。ただ、外側から一人の超能力者が入って来たみたいだが、ほんの数分で消えてしまったらしい。その超能力者は「全てを見届けろ」と言っただけで、他の有益な情報を持って来なかったようだ。未来にも、情報統合思念体にも連絡ができない以上、有益な情報がこの世界に入ってくることはなさそうだな。能力の使用限界については、古泉は赤い光球になることができなかったらしいが、通常の半分くらいの能力は発揮できるようだ。長門の情報操作は今のところ物質に対しては使えるらしい。朝比奈さんにいたっては、俺達の面倒をみていたので何もしていない。ハルヒに関しては、この閉鎖空間がハルヒ独特の造りになっていて、あの質問は世界を改変させる要因になっていると仮説がたった。ハルヒが本物なら、《神人》が出るのも時間の問題だろう。そんなわけで《神人》が出て来たら勝てるのか心配だ。「その心配は、必要ないみたいです」古泉が無駄に爽やかな笑顔で言う。「《神人》が表れる時間はとっくに過ぎています」「それは本当なのか?」「ええ。僕の経験によると、ですが……」まあ、その経験というものに頼るとするよ。で、これからどうするんだ。ハルヒを説得しなくていいのか。本人は寝ているが。「起きてくれないことには対応が出来ません。……今回は破壊による世界の再構築ではなく、大切な人がいる世界ですから、死人まで生き返りかねませんね。困ったものです」嫌になるほど爽やかな笑顔で言う。本当に困っているのか疑わしい。実は楽しんでいないか。「ええ。実のところは……。僕も涼宮さんに選んでもらえて嬉しいんですよ」たくっ。お前という奴はこんなんでいいのか。 朝比奈さんはハルヒを起こそうとしているが起きる気配が全く無いし、長門にいたっては何処から持ってきたのか本を読み始めていた。さすがにハルヒが起きない事には何もできな。いい加減な虚無感からか、俺はグランドの方を何気なく眺めた。そう、何気なくだ。その何気なく眺めたはずのグランドの一部が、妙に歪んだような気がした。 パタン いつのまにか長門は本閉じて、俺が眺めていた方を凝視していた。古泉も同じように。急に俺の頭の中で警報が鳴り響く。何かがそこにいると。そいつは危険だと。長門もそれを感じ取り先に動いた。腕をそれに向けて聞き取れない早さの言葉を唱えた。 木が揺れて風がおこる。その風がそれを通り抜けた瞬間、バチバチと音をたて、歪んでいた空間から一人の人間が表れた。サングラスやマスクや帽子を着けていない、ただのロングコートを着た男がそこにいた。ジョン・スミスが……。 「なぜ、この閉鎖空間の中に他の人間が……。彼はいったい?」「……彼の10年後の姿と認識が可能」長門が俺に指をさして言った。確かにそうだ。あいつは俺だ。けど、何でこんなときに。「言っただろ。俺はハルヒを止めるため未来から来たと」これで分かった。未来から俺が来た理由が。この閉鎖空間をどうにかしてくれる。 そんな期待は、次のジョンの言葉で崩れ去った。「ああ。だからおとなしく見ておけ……。ハルヒが死ぬのを」何を言ってるんだ。お前はハルヒを、俺達を助けてくれるんじゃないのか。「涼宮さんを殺すつもりのようですね……」「返答を要求する」古泉と長門が未来の俺に言う。 「これは既定事項なんだよ。ハルヒはここで死ぬ。長門も古泉も朝比奈さんもここでの存在は消える。すべては決まっている」 ……そうなのか。ならお前は10年前にハルヒを見殺しにしたのか。「俺はハルヒを見殺しにした。俺には力が無かった。ハルヒを守るだけの力が。だから俺は鍛えた。この10年間。橘や藤原や九曜の協力のもとに。力を手にして俺は帰ってきた」橘、藤原、九曜……。なるほど、昼間にハルヒに接触したのはお前だったわけか。未来の俺、ジョンは何も気にすることなく、続きを答えた。「そして……俺は気付いてしまった。あの惨劇を作ったのは今の俺ではないかと。力を手にしたこの俺がハルヒを殺したのではないかと。自分の足でこの道を選んだときから、未来は決まっていたのだから」 そう、未来は決まっているかもしれない。俺一人ではどうすることの出来ない未来が……。「そ、そんなの決まってません!未来にはいくつもの可能性を持っています」「ええ。その通りです。僕達の未来は決まっていません」「そう。決まってない」……決まってない。本当にハルヒが死なない未来があるのなら、俺はその未来に掛けたい。しかし10年後の俺は、その事もお見通しと言わんばかりに、「……あの時も、お前達はそう言っていた。しかし、変わることのない現実があることを、この俺が教えてやる……」ジョンが踏み出す。しかし、それよりより早くに古泉は動いていた。「涼宮さんに手はださせません」そう言って、古泉は手の平だいの紅球を作り出す。カマドウマのときより大きい紅球を。「相手が相手なので、手加減しときすよ……。ふ~もっふ!」 ガスか何かが爆発したような音が鳴り響く。カマドウマのときよりも大きい音が。本当に手加減したのか疑わしい。これなら普通の人間は死んでいてもおかしくない。……だが、そいつは立っていた。傷一つ、ホコリすら付いていない。10年後の俺は、『ジョン・スミス』は平然としていた。「言ったはずだ。俺は力を手にしたと……」ジョンの動きは、眼で追うのがやっと早さで古泉に襲い掛かる。 「させない」横にいた長門の声。聞き取れない早口で何かを唱えていた。すると地面から鉄の槍が突き出す。ジョンの動きを止めるが体にはとどかない。ジョンを襲うはずの槍は砂のように消えていた。情報操作……。「そうだ。九曜が施しただけに、長門の情報操作も寄せ付けない。これが俺の力……」ジョンの右手には、古泉と同じ紅球が握られていた。放たれた紅球を長門が何らかのシールドを張り、弾けた紅球から爆音と強烈な風だけが俺達を襲う。 10年後の俺は、常識的な一般人ではない。肉体を鍛え上げ、長門と古泉の力を持った本物の怪物になっている。そう思うと体が震えて動けない。未来の俺に恐怖を覚えていた。 「あなたは動かないで」長門の一言で俺は一時的な混乱がとけた。戦えない俺はこの状況では邪魔者でしかない。俺は何もできない。ただの人間でしかないことが、今は悔しい。長門と古泉に何としても勝ってもらうしかない。 「古泉一樹。彼の情報操作能力は私より上。その能力を解除するため、私は一時的に行動がとれない」「その間、彼を引き付けとけばよろしいのですね」「そう」未来の俺を、ジョン・スミスを倒すためとはいえ、長門が戦闘に参加できないのは古泉にしたら辛いはず。この《神人》のいない特殊な閉鎖空間では古泉の能力は半減している。それでも、赤い光球になれない古泉は、赤いオーラを体に纏いながら戦いだした。 ジョンには古泉の紅球が効かないため素手の格闘をするしかない。超能力によって浮遊した古泉は猛スピードでジョンに突っ込んだ。両者の体が激突したと同時に、上空に飛び上がる。超能力があるにせよ、紅球を使えない古泉の力では、鍛えられた肉体と能力を持った相手に格闘は不利なものだった。古泉に不利なその格闘のなか、ジョンは古泉と同じ紅球を作り出していた。それを0距離で古泉に放つ。古泉は寸での所で避けるが、体には擦り傷や火傷のような跡が増えていく。 古泉は苦痛の表情をうかべ、避ける動作が遅くなってきたそのとき、大きな爆発が古泉とジョンの間に起きた。 おもわず眼を閉じていた俺は、開いたとき愕然としていた。そこにいるはずの古泉の姿が無く、ジョンしか立っていなかった。 俺はすぐに古泉の姿を探した。瓦礫の崩れる音が数十メートル離れた場所から聞こえる。音のなる方え振り向くと校舎の一部が崩れていた。その瓦礫の上にはボロボロになった古泉が横たわっている。俺は古泉のもとに駆け寄った。息をしているが、気絶していた。さいわいにも出血はしていない。命に別状はないはずだ。 俺は古泉がここまでやられるとは思いもしなかった。古泉を倒したジョンに、俺は向き直った。何事も無かったかのようにコートについたホコリを叩いている。古泉との戦いで疲れをみせていなかった。「終わったな……」ジョンは何か呟きながら直立不動の長門に近づく。古泉が負けたことに気付いた長門は、先頭態勢をとるかに思えたが、動こうとはしなかった。「長門……お前はすごい奴だ。だが、あますぎる。朝倉の情報操作に手間取り、そして九曜に先手を打たれ、自分を危険にさらしすぎた」未来の俺が言う。そして距離を詰める。それでも長門は動かない。「安らかに……眠れ」そう言って伸ばした右手が長門の頬に触れた。その瞬間、長門の体が動いた。ジョンに一撃を与えたわけでも、距離をとったわけでもない。操り人形の糸が切れたかのように崩れ落ちた。ただの人形のように表情一つ変えずに、長門は地面に倒れた。人形のように……。 戦いは終わっていた。古泉との戦闘中に、ジョンは長門に情報操作による攻撃を与え、長門の意識のみを消し去っていた。 「全ては10年前と同じ。変わることはない……」ジョンの指先にビー玉程の紅球が作られ、朝比奈さんに投げ付けようとしていた。「避けろ!朝比奈さん!」俺は叫んだ。ジョンが紅球を投げるよりはやく。それなのに、朝比奈さんはジョンを睨み付けていた。「わ、わたしが……すず…さんを……まも…す……」眠り続けるハルヒを背に、涙を滲ませた瞳で全てを受け止めていた。紅球をもろに受けた朝比奈さんは数メートル後方に吹き飛び、地面に突っ伏した。朝比奈さんの最後の言葉……。聞き取りづらい小さな声は、俺にはしっかり届いていた。「私が涼宮さんを守ります」と。 これが現実なのなら、全てを呪いたい。しかし、今は後悔してる場合ではない。長門や古泉はハルヒを守るために戦った。戦うことのできないあの朝比奈さんだって、ハルヒを守るために体を盾にしたじゃないか。それなのに俺は何をしていた。未来の俺に恐怖し、皆に頼りっぱなしじゃないか。俺だってハルヒを思う気持ちは誰よりも劣ってなんかいない。たから俺が……、俺がハルヒを守るんだ。 そう心に誓った瞬間、体がかってに動いた。走っていた。ハルヒのもとに。全速力で走るなか、ジョンがアーミーナイフを取り出し、構えたのが視覚にはいった。 ジョンは俺がとる行動を知っているだろう。だけど俺はハルヒのもとに飛び込み、ハルヒの体を隠すように覆い被さった。ジョンが振るうナイフを俺が受けるつもりでいたが、ナイフを振り下ろす音や、体に痛みがはしらない。その代わり、ジョンの声にならない驚きがあがった。「!」 不思議に思った俺は、ジョンの方に視線を向けた。振り向いたその先で、ナイフの刃を誰かがつかんでいる。「お前は!?」いつかどこかで見たような光景。俺はナイフをつかんだ奴を見た。ショートカットの女。医者や学者が着ていそうな白衣。背丈はやや高く感じるが、長門が成長したら……そんな感じの女性がそこにいた。 「長門……?どうしてだ……俺の未来に、お前はいないはず……」驚きを隠せない顔でジョンが言う。「そう。あなたの未来に私は存在しない。だから……消えて」長門?が言った瞬間、ジョンの持っていたナイフの先が砂のように消えていく。それを見たジョンはナイフを捨てて後ろに跳躍する。ナイフは跡形もなく消え去り、コートの一部も消えていた。「どういう事だ……。貴様等はいったい何者なんだ!」 ジョンが言う。この言葉は長門?だけに対して言ったものでないと俺は気付き、後方を見た。 「俺達はSOS団だ!」振り向いた先にいた男が……ハルヒを殺そうとした……ジョンと同じ姿をした男……それよりも若い、数年後の未来の俺がそこにいた。その横には朝比奈さん(大)が、朝比奈さん(小)を抱えている。「今はおとなしくしていろ。事情は後で説明する」未来の俺が、今の俺に言ってきた。「…わかった」未来の俺が二人もいるのが理解できないが、今は事情を聞いてる暇はない。ジョンをどうにかしないことには……。「わかったなら、それでいい。それと朝比奈さん」もう一人の、未来から来た俺が言う。「はい」「あそこに倒れている長門と古泉も頼みます」「わかりました」朝比奈さんがそう言った瞬間、長門以上の早さで古泉と長門と朝比奈さん(小)を俺の横に連れてきていた。「今のは、どうやったんですか」「TPDDの応用みたいなもので、秒単位で指定した場所に時間遡行しただけなんですけど……ここからは禁則事項」「よくは知りませんが体に悪そうですね。ところで、三人で俺達を助けに来たんですか。古いず……」俺が朝比奈さん聞こうとした質問は、爆音によって掻き消された。 爆音のした方向に振り向くと、ジョンは更に数メートル離れていた。もといた位置には、大きな丸い穴ができている。「く……古泉か……」ジョンが俺達の上空を見て言う。見上げたそこには、やけにかっこつけた男がいた。古泉だ。「やはり、僕の紅球では駄目ですか……」「……あたりまえだ」「それならもう一度、僕と踊ってくれませんか」新川さんのようにお辞儀をして、気持ち悪い言葉を投げ返してきた。「……気持ち悪いな」 ジョンも同じ心境のようだが、古泉の言葉を理解していたジョンは戦闘体勢をとっていた。 それを見た長門もすぐに反応し、ジョンを睨む。「私も戦闘に参加する」長門が言うと、古泉は了承の返事をした。「それでは行きましょう」その言葉を合図に二人は動きだす。二人の急速な接近に対し、ジョンも動きだした。 「……まずは」先手をとったのはジョンだ。ジョンは大きめの紅球を長門に向けて放つ。長門はそれを前方にシールドを張ってで弾くが、ジョンはその紅球に隠れるように長門に接近し、背後に回っていた。「後ろです!長門さん」古泉が叫ぶ。「ハッ!」ジョンは長門に一撃を与えようと拳を振るう。「……無駄」古泉の言葉に反応した長門は、拳を受け止め投げ飛ばす。「く……」投げ飛ばされたジョンは数メートル後方に着地するが、そこに古泉が上空から接近し、空中から踵落としのような縦の回転蹴りを放った。「ハァー!」その蹴りは、長門がジョンを投げ飛ばしてから、数秒の間に起きた。ジョンは長門のように反応をすることが出来ず、両腕をクロスして防ぐ。「うぅ…」上空から加速した古泉の蹴りは重く、ジョンの脚が地面にめり込み、動きを止める。そこに長門は早口で何かを唱える。ジョンの回りの地面から草が生え、蔦が伸び、ジョンの脚に絡み付く。長門が自分を捕まえようとしていることに気付いたジョンは、紅球を足下で爆発させた。蔦を焼き、古泉を吹き飛ばし、ジョンは上空に飛び上がった。 「うわっ!」古泉は吹き飛びながらも、超能力を使ってバランスを保ち、上空に飛び上がる。 長門の情報操作によって、ジョンが飛び上がった後のグランドは樹林と化していた。ジョンを捕まえようと蔦が伸び上がるが、特定の距離でジョンの情報操作によって砂のように消えていく。「さすがに辛いな……」成長しているであろう古泉と長門を相手に戦うのは不利と判断したのだろう。「……ならば古泉から」ジョンは長門を避け、古泉との接近戦を選んだ。「やはり、そうきましたか……。しかし、先程のようにはいきませんよ」古泉のその言葉をジョンは鼻で笑うが、すぐに認識を改めることになる。ジョンと古泉の格闘は、ほぼ互角といっていい程の戦いであった。「強いな……古泉。しかし……」ジョンは紅球を作り出す。「お前は、これに耐えられるか」ジョンの言葉に古泉は微笑を返し、その紅球を古泉は小さい紅球を使い、爆発させ、軌道をずらして応戦した。「なに…」ジョンの驚きの声があがる。「言ったはずですよ……先程のようにはいきません、と」そう言った古泉は、ジョンとの格闘中に手の平から無数のビー玉程の紅球を飛ばす。「無駄だ」それはジョンに群がるが、ただジョンの回りを飛び交わしている「これは僕のサポートですよ」古泉が言った瞬間、飛ばした紅球は爆発と同時にまばゆい光を放つ。ジョンは、その光に瞼を閉じ、腕で塞ぎ、動きを鈍らせる。たそこに古泉の拳がジョンにダメージを与えていく。「どうしました……。貴方の力はこの程度ですか」古泉が追い打ちをかける。「く……こざかしい」ジョンが唸り殴りかかる。その腕を古泉は掴み、背負い投げの用法で地面に向けて投げ飛ばす。「くそっ」地面に落下するなか、ジョンは手の平で紅球を作り出し、樹林と化したグランドに投げ付けた。 樹林を焼き尽くし、黒煙や土煙が上がる。その中に落下したジョンは、煙の中に体が消えていく。「……不可視遮光フィールドを確認」「わかりました!」長門の言葉に反応した古泉はグランドに降り立ち、土煙が視界を包み込むなか無数の紅球を四方に飛ばした。紅球の飛び交うその中で一部の空間に紅球が触れた瞬間、消え去っていた。古泉はその空間に飛び込み、腕を伸ばし、何もない空間から何かを掴みあげていた。「もう終わりです」古泉が微笑をうかべる。何もない空間から一人の人間が姿を表す……。古泉の手は、ジョンの胸ぐらを掴んでいた。「まだ、終わっていない……」ジョンは手の平を古泉に向ける。が、何も起きない……。「ど……どうなって……」ジョンの驚愕の声。「……情報操作及び閉鎖空間内での能力の解除を確認」この長門の言葉が、ジョンに決定的な打撃を与えた。「貴方を殺しつもりはない」「く……そ……」古泉は掴んでいた胸ぐらを放すと、ジョンは力なく崩れ落ちた。 これで終わったのか……。「これで終わり」長門が言う。「それでは、教えてもらいましょうか」古泉は笑みを消してジョンに問い掛けた。しかし、ジョンは黙っている。「と、ちょっと待て。お前達は何も知らないのか?」「ええ、貴方が何も教えてくれなかったもので」どうしてだ?なぜ話さなかったんだ?これは俺にとって疑問に思ったが、今はそれどころではなかった。ジョンの方が先だ。 「……あまり時間がない。早く説明してやれ」何も話そうとしないのを見兼ねて、もう一人の未来の俺がジョンに言う。何かを隠している十年後の俺と、事情を知っている数年後の俺の視線があう。「全てお見通し……か」「俺は今回で二度目になるんだぞ。知ってなくてどうする」「……そうだな。話すとするか」こうしてジョンは、自分が何者なのか、何をしに来たのか話しだした。 「俺は十年後の未来からきた。もう一つの世界の……」思いがけない言葉。突然ジョンは異世界人宣言。「勘違いするな。俺がいた世界とお前がいる世界は一つだったんだ」どういう事だ?「……ある日、世界が分裂した。俺がそれを知ったは佐々木たちのおかげだ」佐々木たちが……。他の奴らはどうした?古泉は?長門は?朝比奈さんは?「いろいろあってな。頼れろ奴が、佐々木たちしかいなかったんだ……」ジョンのその言葉から、古泉、長門、朝比奈さんは存在していない。そんなふうに考え付いた。なら、そのある日とは何時なんだ?「お前達にしてみれば一昨日。しかし、問題はその日じゃない。その次の日。昨日に事件が起きた」ジョンが言う。昨日といったら、ハルヒが学校に遅刻してきた日。「お前にしてみたら、そうだろう。だが、実際には朝の八時~十時の時間帯にハルヒが死に、世界が変わった」ジョンの言葉は、古泉達が存在しないと思った時から、ハルヒが死んでいるかもしれない。そう思い、覚悟はしていた。しかし、衝撃はそれなりにあるが、どうしてハルヒが死んだんだ。「……強硬派の連中がハルヒを殺した」どうして、ハルヒが殺されないといけなかったんだ……。いったい誰がそんな事を……。「教える気はない。これはお前等が知るべき事ではない。知って辛くなることもあるからな……」「いいえ……。教えてください」古泉が話に割って入ってきた。「話して」「教えて下さい」長門が言い、朝比奈さんも尋ねる。「知って、どうする……」「それは……」古泉が言葉に詰まる。「見つけだします」朝比奈さんが言い、「見つけだして、どうする……」「…排除する」長門が返答する。「……それで、何が残る」俺達が強硬派と戦って残るものは何もないだろう。「一つ間違えれば……超能力者、宇宙人、未来人の三者との争いの火種になる」ジョンのその言葉は、俺達のために言ったのだろう。だから、未来の古泉達は何も知らないし、俺が教えようとしなかった訳か……。ジョンが俺達を心配してくれた事は分かったが、何で俺達を襲ったんだ?それに、この閉鎖空間はどうするんだ?「ああ……それなんだが、この閉鎖空間は俺にとって予期していなかったんだ。ハルヒとの接触についての記憶は、夜明けに消えるようにしておいたから大丈夫だと思って」この原因を作ったのは、お前か……。「だから俺は、閉鎖空間をどうにかするために、ここに来ているんだ」なるほど。で、どうやって閉鎖空間に入ったんだ?超能力者でも数分としか入れないのに。「……最初からいたぞ」ジョンが言い、「俺達もだ」未来の俺が言う。「ちなみに仮説だが、この閉鎖空間はSOS団のメンバーを対象にしているみたいだ。閉鎖空間発生前に来たら、どういう訳かこの中に入り込んでいたよ。ハルヒにしてみれば、今も未来も、SOS団には変わりないんだろうな」確かにハルヒらしいな。……しかし、どうして教えなかった!助けなかった!「俺は記憶通りにやっただけだが…」変なところに気をつかうようになったな……俺。「俺は、この閉鎖空間の解決策を考えていた」ジョンの方がまともだが、考えついたのか?「ああ。…それをすぐに実行しても良かったんだが、ちょっと確認したい事があってだな……」その確認したい事とは何なんだ?俺達を襲った事と関係しているのか?「そうだ。それは俺が見失っていたもの。お前達にとって、ハルヒはどれだけ大切な存在だったのかを……」それで俺達を襲ったにしては、やりすぎじゃないのか?古泉は死にかけているし、長門は動きもしないし、朝比奈さんは意識がないんだぞ。「いや。あれで良かった。事情を説明するにあたって、強硬派の名前がでてくるからな。それに加減はしといた。数時間後には体の傷も、意識も回復するようにしている」納得はしないが、そう言う事にしておく。しかし、未来の古泉達に話して良かったのか?「ええ。今の僕達が何かしないとはかぎりませんよ」「お前達を見れば数年の歳月を過ごしていたのが分かる。今から調べても証拠も残っていないはずだ」それが本当なら仕方がないだろう。長門は別の自分とリンク出来ないようだし、未来人の協力がなければ無理と言える。 「これで十分だな」いや……。まだ一つある。この閉鎖空間をどうやって消すつもりだ。「……それは、佐々木の力を使う」佐々木の力、て、いったい? 「……観ていろ」そう言ってジョンは、俺達から数メートル離れ、手の平を胸にあてる。ジョンの体を光が包み込み、真っ白な球体となった。 いったい何が起きるのか見ていると、小石が球体に向けて転がっている。一つ。また一つと球体に吸い込まれていく。次第に、大きな石、瓦礫と吸い込んでいく。思わず寒気を感じた時には、周りの光景が歪み、球体に向かって近づいている。 まるで自分達まで吸い込まれているような、天地が逆さになったような錯覚までしてしまう。時間遡行の比では無い。あれ以上。おかげで足下が覚束無い……気分が悪くなってくる……吐き気すら覚える……意識も遠退いていく。足が縺れ、倒れたその時、俺の意識は完全に途切れた。 ―――――――――――― あれは夢だったんじゃないのか……。これは、俺が目を覚ました時に思った言葉。しかし、体には疲労感と鮮明な記憶が残っている。あれが現実なら、忘れてはいけない。近い未来、俺は皆と行かなければならないから……。 ―――――――――――― 全くといっていい程、寝る事が出来なかったが、学校にはいつも通りの時間に着いていた。眠い目を擦りながら、教室の扉を開ける。俺の後ろの席では、ハルヒが紙束を机の上に置いている。「どうしたんだ?その紙」「ん?これ。これはね、SOS団を今後どのように存続させていくか、あたしの考えをまとめてみたの」その書類を見てみると、A4の用紙に「これでもか」と言わんばりに、意味の解らない文字で埋め尽くしてある。枚数はざっと三十くらい……。これだけの量をよく書いたもんだ。「結構大変だったのよ。一週間前から寝る間を惜しんで書いたんだけど、昨日やっと終わってね、昨夜はぐっすり眠れたわ!」なるほど。あの惨状に気付かない程、ぐっすりと眠れたのか……。一度、精密検査を受けさせてみたいな。「何よ?」「なんでも。……ところで、昨日の事を覚えているか?」俺はハルヒに聞いてみた。ハルヒがジョンの事を覚えていたら厄介だから、遠回しに。「昨日?何かあったかしら」昨日は学校に遅れて来ただろうに。忘れているのか。「学校に遅れて?あたし遅れて来たかしら?あれ?んー……」本当に忘れているのか。「あぁー……思い出せない!」忘れているなら、それでいい。聞いて悪かった。「何か、一日無駄に過ごしたみたい……」こんな事で憂鬱になるとは、ハルヒらしいな。 ―――――――――――― トイレに行った帰りの休み時間。俺は古泉に昨日の事を話していた。ジョンと強硬派の事を除いて。未来の俺達が助けに来て、ジョンを倒し、閉鎖空間をどうにかしてくれた、と。「……他には?」鋭いな。しかし、俺が言えるのはここまでだ。「話せる日はくるのですか?」「当事者に聞いてくれ。ジョン・スミスに……」「となると、数年後ですか……。分りました。それまで、体を鍛える事にしときます」そうしてくれると助かる。お前が、ジョンと互角以上に戦えないといけないしな。「それが僕の課題ですから。それでは」そう言って、古泉は立ち去った。 ―――――――――――― 昼休みに顔を出した文芸部部室では、長門がいつもの情景で本を読んでいた。「私は、貴方と涼宮ハルヒを守れなかった」長門の第一声。「どうでもいいよ。そんな事より、長門は大丈夫なのか?」昨夜の戦いでの長門は、まるで死んでいるかの様な状態だった。その影響が残っていないか心配だし、情報統合思念体が長門の処分を検討していないともかぎらない。「大丈夫。ただ……」長門は本を見ながら言う。「今回の件で情報統合思念体はヒューマノイドの強化に取り組むことになった」強化って、どうなるんだ?肉体強化でもするつもりか?ターミ○ーターみたいに……。「……有機生命体及び涼宮ハルヒから今までに入手した情報《進化の可能性》から、進化及び成長をヒューマノイドに取り込むことになった」つまり……。「情報操作能力の向上及び有機生命体同様に私も成長する。よって、涼宮ハルヒの観察は私が継続する事になった」この時だけ長門は顔を上げ、俺を見つめた。「これからも、貴方達と一緒」 ―――――――――――― 放課後の部室。そこに朝比奈さんはいた。「大丈夫ですか?」「ええ。就職や進学はしませんから」いや、体の心配をしたつもりなんですけど……。「はい。大丈夫です」「そうですか」麗しのマイエンジェルが怪我をしていないのなら安心だ。「今回、役に立たなくてごめんなさい……」唐突な朝比奈さんの一言。「私は戦う事が……キョン君や涼宮さんを守ることが出来ませんでした」そんな事はない。朝比奈さんは、ハルヒを守るために自分を盾にしたんだから。「そんなんじゃダメなんです。これからもキョン君達と一緒にいようと思ったら強くならないといけないんです……。だから、未来に帰ったら勉強します。そして、キョン君達を裏で支えてみせます」この朝比奈さんの言葉は俺を幾度も助けてくれた、朝比奈さん(大)の第一歩なのかもしれない。 「こら、キョン!あたしをおいて先に行くなー」戸口からハルヒがいきよいよく入ってきた。「たく。キョンにこの書類を持って行かせようと思ったのに……。と、みくるちゃん、これよろしく」そんな事は思っても持たせるな。朝比奈さんに渡すな。「これ何ですかぁ?」朝比奈さんは、そう言って中身を読み始めた。「SOS団を今後どう存続させるか、あたしが考えたもの」ハルヒが言い終わるより早く、朝比奈さんの顔は硬直していた。「こ、これは……」朝比奈さんの顔から察するに、またとんでもない物をハルヒは作り上げていたようだ……。 俺はここにきて、ようやく大きな溜息をついていた。「やれやれ」 END? ―――――――――――― 「本当に行くのかい」「ああ。俺は行く」「死ぬかもしれないのに……」「それでも構わない。未来を変えるためなら……」「……そうか。仕方がない」そう言って、佐々木は視線をそららした。佐々木にかける言葉が思いつかない。それを見兼ねた橘が今回の目的を確認する。「いいですか。この計画は絶対に成功させて下さい。強硬派が涼宮さんに手を出す前に、貴方の力で世界を変えるのです」分かっている。ハルヒが死に、バランスが崩れ去ったこの世界は、力を持たない佐々木には重すぎた。あれから十年。今のこの世界も僅かな時間しか残っていない。だから、俺が十年前に戻りイレギュラーを起こし、ハルヒを救う。強硬派を相手に一人で戦うのは辛い。橘達は手伝う事が出来ないようだし。「仕方ありません。私達が加入すれば、涼宮さん側の組織と佐々木側の組織の争いに成りかねません。立場的には貴方が最適なのです」事情は分かっている。ただ、お前達と一緒にいられないのが辛いとは言えない。「時間だ」藤原が言う。「分かったよ」藤原の支持に従い、目を閉じる。もうこの世界ともお別れだ。「……キョン」佐々木の声。口元に温もりを感じ思わず瞼を開けた時、佐々木の唇が触れていた。「これは僕からの御守りだ……」佐々木のその言葉が言い終わらぬうちに、俺は十年前の世界に旅立った。 これ以上、佐々木と一緒にいたら……辛くなるから……。
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