インターフェースのとある未来
「なーんもないわね」 朝倉涼子の発言に対して、喜緑江美里が答える。「延々と続く大地があるではありませんか」 彼女たちの目の前には、赤茶けた大地が延々と広がっていた。「人類的な表現を用いるならば、朝倉涼子の発言も妥当と思われる」 長門有希は、律儀に突っ込みを入れた。「まったく、人間ってバカよね。くだらない理由で戦争して、この有り様じゃね」「その点については、同感ですね」「…………」 地球規模での大戦争。 対消滅反応兵器の応酬。 その結果として、地球上の有機生命体は全滅していた。 とはいっても、人類が絶滅したわけではない。彼らは、火星にも金星にも木星の衛星群にも、勢力を拡大していたからだ。 人類領域全体から見れば、これは地球という一つの惑星における内戦にすぎなかった。 三人は、会話をかわしながら、ただ歩いていた。 三人がここに派遣されたのは、この地球に満ち溢れる情報生命体──人間がいうところの幽霊──を観測するように情報統合思念体から命じられたからであった。 そんなものは大量の情報探索因子をばらまけば済むような話であったが、情報統合思念体はインターフェースによる観測にこだわっていた。 さっきからひっきりなしに幽霊からコンタクトがある。しかし、三人は無視し続けた。今回の任務は観測であって、幽霊とのコミュニケーションではない。だいたい、怨念や悲嘆に染まりきった幽霊と会話をしても面白いものではない。 長門有希は、とある場所でふと足を止めた。「どうしたのかしら?」 朝倉涼子が問う。「私の座標認識が正しければ、ここは……」 いいかけた言葉を、喜緑江美里が引き継いだ。「ああ、そうですね。何とも懐かしい場所というべきでしょうか」 そう。ここは、かつてすべての中心ともいえた場所であった。 すなわち、北高が存在していた場所だ。 しかし、赤茶けた大地が延々と続く風景の中に、かつての面影は微塵もない。 ここにかの校舎があったのは、もう何千年も前のことだ。 彼女たち三人は、情報統合思念体によって創造されて以来、情報連結解除と再構成を繰り返しながら、その年月を過ごしてきた。 100年前後をインターフェースとして費やし、情報連結を解除されて50年ほどの永眠期間を経たあと、再構成されて再び100年ほどを過ごす。彼女たちは、それをただひたすら繰り返してきた。 主たる任務は、涼宮ハルヒの子孫の保全と観測。子孫の中から、涼宮ハルヒのような力の持ち主が再び誕生する可能性を否定できないがゆえに、その任務はいつ終わるとも知れず延々と続いていた。 そして、三人がこうして同年代の設定年齢で同一時間平面に存在するのも、実に久しぶりのことなのだ。 長門有希は、目を閉じた。 精密に記録された自己の記憶をたどれば、かつての光景と出来事を思い出すことは容易であった。 忘れることを許されぬ存在。 それが幸福であるのか不幸であるのかは哲学的な大問題であろうが、彼女は幸福であると思いたかった。SOS団とともにあったあのころのことは、彼女にとって何物にも代えがたいものであるから。 「そうか。ここは、私が長門さんと最初に戦ったところじゃないの。記念に再戦してみる?」 朝倉涼子がそんなことを言い放った。 長門有希は目を開き即答した。「攻撃があれば、応戦はする。容赦はしない」 過去の回顧を中断されたためにいささか不機嫌だ。「冗談よ」「冗談だとしても、不穏当な発言はいけませんね。情報統合思念体に通報しておきます」「勘弁してよ」「というのは、冗談です」「あなたたちは、冗談がすぎる。まじめに任務を遂行すべき」「長門さんがまじめすぎるのよ」 三人は、たわいもない話を続けながら、ただ歩き続けた。 もちろん、観測を怠っているわけではなく、データを情報統合思念体に送信し続ける。 情報統合思念体から幽霊観測任務の解除を言い渡されたのは、その三日後。 彼女たちは、それぞれの任地に散っていった。朝倉涼子は火星へ。喜緑江美里は木星へ。長門有希は金星へ。 それぞれの星に、涼宮ハルヒの子孫がいる。 彼らを保全し観測し続ける。そんな日常に、三人は戻っていったのだった。 終わり
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