幻惑小説 エピローグ
◆◆◆◆◆ 長門がこの空間の消去を承諾してくれ、俺たちは光に包まれながら元の世界へ戻った。「……! キョンくん!」「長門さんも……!」「皆さん……待っていてくれたんですか。」「もちろんです。」「キョンくん、長門さん……戻ってきてくれてありがとう。」「長門さん……無事で、本当に良かった……」「……喜緑江美里……」 喜緑さんが無言で長門を抱きしめる。涙腺の崩壊を誘いそうなツーショットだ。「やはりあなたなら、大丈夫だと思っていましたよ。」「なんとか……だったがな。」「我々は一度ならず二度までもあなたにこの世界を助けてもらいました。本当に感謝しています。」 俺はこのまま閉鎖空間が増え続けると世界は全て閉鎖空間に侵されてしまうことを説明された。またそんな大層なことをやってのけちまったのか。「……さあ、涼宮さんがお目覚めになる前にわたしたちは帰りましょう、新川。」「そうですな。」「それじゃあわたしも。みなさん、長門さんの救済のご協力、本当にありがとうございました。思念体にもこのことは伝えておきます。」「こちらこそありがとうございました。あなたが居なければ……どうしようもなかったですよ。それから森さん、新川さんも。」 森さんと新川さんは一礼し、喜緑さんはふふっと微笑んだ後にタクシーに送られて帰っていった。「……キョンくん、長門さん、お帰りなさい。」「あ、ただいま……帰りました。」「……ただいま。」「う、ううん? ……あたしはどうなって……あ、そうだ有希っ!」 女神様のお目覚めだ。まったく、こいつは何も知らないで……まあ知らない方が色々と都合がいいから仕方がないのだが。「なに?」「ってあれっ……有希、居るじゃない……どうなってんの?」「え、ええと、それはですねぇっ……!」 朝比奈さんが裏返った声で話し始めた。どうしたんですか?「今日の放課後、長門さんはコンピュータ研究部の方へお邪魔していまして、そ、その涼宮さんは長門さんが居ないと勘違いして、それでそのまま……」 なるほど、どうやら朝比奈さんが必死に考えていた言い訳のようだ。しかしここまでわざとらしいのも珍しいんじゃないか?「涼宮さんは一目散に校舎から出て行って、でも石につまづいちゃってずこーんと頭を打って、それで……」「ふむふむ……なるほど、それで今まで気付かなかったってわけなのね!」「そ、そうそうなんです!」 どう考えたって頭を打ってから夜遅い今までの時間差を考えれば有り得ない話だということが解かるが、ここまで疑いもなく信じてしまうほうも希少価値があるだろうね。 「心配しましたよ、涼宮さん。」「……そう」 古泉と長門も口裏を合わせている。「ごめんね皆! あたしはこの通り元気百倍だからっ!」 お前はどこぞの空飛ぶアンパンか、という突っ込みは胸の内に秘めておくことにした。 なんというか、俺だってもう疲れたんだ。そう、ラスボスを倒し終えたあとのエンディングテーマを聴いている心境に近いね。「じゃっ、今日は帰りましょう! なんかもう夜遅いみたいだし、皆の親が心配する前にねっ!」 しかし……こいつのあまりの元気さを見ていると……この疲れもすうっと無くなっていくみたいで、どうも不思議だよ。 その後喜緑さんは長門は無事救済されたということを思念体に報告した。それと一緒に、長門の異空間改変はウィルスの影響を受けてのことじゃなかった、ということも。 ――さて。本日もSOS団はいつも通りに活動しており、俺は片手にコマを持ち視界はオセロ盤に集中させて、時折お茶をすするという最高のリラックス状態の中でのほほんとゲームに興じている。 先日見事な名推理を俺に見せ付けてくれた対戦相手は、今日もニヤケっ面を披露してくれている。お前は真剣な顔の方が見栄えがあるぞ。ギャップの差というもののせいもあるのかね。 「そうですか?」 コマを打ちながら話す古泉は、更にスマイル度を増量させた。いかん、やはりムカついてきた。 俺の横には、オセロの勝負をまじまじと観戦している朝比奈さんと、今日もネットサーフィンを存分に楽しんでいるハルヒと、いつものように厚いブックカバーの本を読んでいる長門の姿がある。 オセロの勝負が終わり――当然俺の圧勝――、お茶をすすって俺はイスの背もたれによりかかった。そして、安堵の溜息をふうっとつく。「平和だな……」 意味もなくそんなことを小声で呟きつつ、長門の方を見てみる。 ……いかんいかん、紅潮なんてしたらあのことがバレちまう。平常心を保て。ヘイジョウシン。「ああーっ!! ねぇみんな、見てみなさいよっ!」 ハルヒが何かに気付いたようだ。そんなでかい声を出さなくても聞こえるぞ。「ほら、雪よ、雪っ!」「わああ、すごいです……」「ずいぶんと遅い登場ですね。今年の初雪は。」「……雪……」「パウダースノーってやつか?」「違うわよ、パウダースノーってのはもっと細かくてねっ、」「……綺麗……」 ハルヒの何故か説教じみた説明は軽く聞き流し、俺の視界は長門に独占されていた。 文芸部室の窓辺にて、片手を湿った窓に当てじっくりと、ゆらゆらと落ちる雪を眺めている。 ……ふむ。冬も好きになっていいかもしれないな。そりゃあ身震いする寒さもお天道様を隠す灰色の雲は嫌さ。 だけど……こんな可愛い長門が見れるなら、冬っていう季節も捨てたもんじゃないよな。 もうそろそろだね。我等が団長さんがきっと一番に期待している日までもうすぐだ。 そうだ、欲しいものを長門から訊きだしておこう。これからくる一大時事イベントに備えて……ね。 俺らの冬に……クリスマスが――近づこうとしている。 幻惑小説 完
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