涼宮ハルヒの軌跡 情報統合思念体からの独立(前編)
「つまり、こんな感じになる訳よね」ハルヒがどこからともなく作り出したホワイトボード上に相関図を書き終えた。その内容はこうなる。機関は情報統合思念体の思惑によって、その目的を変更する。ハルヒが自覚しない限りは主流派は基本平穏なハルヒの人生を望む。しかし、自覚した場合は情報統合思念体の意思に従い、人類滅亡を回避しつつも、ハルヒとその影響下の人間の抹殺に走る。未来人はハルヒの保全に全力を尽くす。目的がハルヒの排除に変更になる可能性がある機関とは敵対関係――抹殺対象。ただし、機関が超能力者を保持している場合は、閉鎖空間と神人の対処のため、手を出せなくなる。これにより、機関と未来人は対立しつつも均衡状態になる。あと、未来人がいると言うことは、情報統合思念体による排除行動は発生しない未来が存在していると言える。そのためにはあらゆる【既定事項】を満たしていこうとし、その結果どんな犠牲でも払う。…………つまり、俺的にまとめてみると、超能力者と未来人は両方とも存在していれば、前回までのような悲劇は起こらないのだ。例えば、機関強硬派が暴走を起こしてハルヒにちょっかいを出そうとするなら、未来人は時間平面の改竄でも何でもやってそれを阻止するだろう。逆に未来人は、機関――超能力者の協力を得られなくなるため、その意向、つまりはハルヒが力に無自覚で平穏に人生を終えるということに大きく背くことはできない。俺は自信満々に説明するハルヒを納得しながらも、釈然としない部分を持ちながら見ていた。どうやらハルヒは超能力者と未来人を作れば、うまくいくと考えているらしい。だが。それでは情報統合思念体はどうなる? もっとも強大にして超能力者・未来人ともに与える影響は最大。こいつのせいで両者が奔走していると言っても良い。情報統合思念体の目的は変わらずハルヒの観察だが、万一力を自覚した場合はその影響下にあると思われる地球人類もろとも抹殺。これに関しては現在に至るまで明確な理由は不明だ。だったら、結局は情報統合思念体を何とかしない限り、危険は排除されていない。そう断言できる。その鍵を握るのは長門有希だと俺は考えているんだが……「だから、何度も言っているでしょ!? 奴らにわざわざ接触する必要なんてないんだって!」俺の次は宇宙人――情報統合思念体との直接接触を行うべきだと主張したわけだが、超能力者・未来人で事足りると判断してしまったハルヒは全くそれを受け入れようとはしない。ハルヒの言わんこともわからんでもないんだ。超能力者・未来人で均衡が取れるのは事実だし。しかし、一方で俺の世界では長門の活躍も大きかった。朝倉の暴走を止めてくれたし、カマドウマ退治だってあった。冬のあの一件は、まあ長門の暴走の結果でもあるが、脱出プログラムを用意してくれたのも長門自身であって、さらに雪山遭難も長門がいなければどうなっていたことやら。俺はその辺りもふまえて、情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用インターフェースとの接触を図るべきと言っているんだが、やっぱりハルヒは首を縦には振らない。「何度も言っているけど、あんたの世界を成功例としてあたしは見ていないのよ? そんな隣に地球破壊爆弾を抱えている状況なんてまっぴらごめんだわ。いるなら古泉くんとみくるちゃんで十分」長門を危険物呼ばわりするハルヒに、俺は少々どころかかなりむっとしてしまうが、すぐに鎮火する。このハルヒが今まで情報統合思念体にどんな目に遭わされ続けてきたかを考えれば、この警戒心は納得できてしまうからな。とはいえ、SOS団を否定されるようなことを言われて、俺もおもしろいわけがない。なんとかハルヒを説得しようと、延々と言い争い状態を続けてきたが、「駄目ったら駄目! あたしは絶対に奴らと直接接触なんてしないんだからね!」ハルヒは一方的に話を打ち切って、団長席(仮)に座り込んでしまった。腕を組んで、こっちの意見はもう聞いてやらんと言いたげに口をへの字に曲げている。なんて頭の固い奴だ。俺も頭が相当ヒートアップしてきたので、一旦俺専用と化したパイプ椅子に座る。この調子で話を続けていても恐らくハルヒは絶対に俺の要求を受け入れないだろうな。どうしたものか。ん。待てよ?「おい、もしお前がここで超能力者・未来人だけで行くって言うなら、俺はどうなるんだ?」俺の問いかけに、ハルヒははっと仰天したように目を開ける。そして、どういう訳だかあわてたような素振りを見せ、「そ、それは……まあ、あんたはもともと部外者だし、元の世界に返すわよ。返す先はわかっているからそれについては安心しておいて」「それはいいんだが、次の世界に俺は入れるのか? きっとなんにも知らない真っ当な凡人の俺がいるだろうが」「ええっと……うーん……」ハルヒはしばらく首をひねっていたが、やがてなぜかしぶしぶと言わんばかりに口を細めて、「……その時に考える」何だか素直じゃない反応を見せてきた。確かに、未来人でも超能力者でもない俺が必要か?なんていわれたら、確かにいらんだろうけど、それはそれでなんか寂しいのも事実だ。って、その時にハルヒの隣にいるのは、別の世界の俺であって、俺じゃないけどな。ここでハルヒはふんっと荒い鼻息を一つ吹くと、「まあ、あんたの言うことも一理あるわね」「は?」「情報統合思念体に接触するって話よ。確かに連中の真意がわからないままって言うのも気味が悪い話だし、そういった方面で上手く――あんたのいう長門有希だっけ? そいつから聞き出せれば得るものは大きいわ」俺がいる・いないってのは全然関係ない話だったのに、突然ハルヒの論調が変わった。さっきまでの強硬姿勢はどこに行ったんだ? 全く気の変わりやすい奴だよ。と、ここでハルヒが立ち上がり、びしっと指を立てると、「ただし、条件があるわ。情報統合思念体のインターフェースに接触するのはあんたの仕事にする。どんな手段を使っても良いから、連中から情報を聞き出しなさい。あと、あたしは今回は関わらない。作った世界に一緒に行きはするけど、基本的に遠くから眺めているだけよ。あんた一人でやる。元々あんたの主張なんだからそれで異存ないわよね?」ハルヒは俺に迫るように言ってきた。俺一人だと? いやハルヒもいるにはいるようだが……しばらく腕を組んで考えていたが、悩んでも仕方ないと思い、「わかったよ。それで構わん。やってくれ」そんなこんなで、俺がハルヒに呼び出されてから三回目の世界。超能力者も未来人もいない、情報統合思念体だけのいる世界へと俺たちは足を踏み入れることになった。◇◇◇◇そんなわけで入学式。俺は一体何度北高入学式を体験すればいいんだと少々うんざり気味で過ごす中、ハルヒは憮然としたまま俺の後ろの席に座っている状況だ。表情を見ると、とっとと古泉や朝比奈さんと会いたくてたまらんのがよくわかる。「東中出身、涼宮ハルヒ。以上」今回はこの世界を構築する前に交わした約束通り、ハルヒは基本的に動かず、俺が積極的に長門に接触することになる。そんなわけでハルヒの自己紹介も控えめだ。ただし、不機嫌全開で言うもんだから、クラスに与えた印象は最悪だろうが。北高の入学式から数日後、俺はぼちぼち動き始めた。とにかくまずは長門に接触だ。それには文芸部室に行ってみる必要がある。6組に行けば逢えるのだが、どうも他クラスに乗り込んで話をするのは居心地が悪い。できれば二人っきりの方がいいからな。俺は放課後になってから部室棟――旧館に乗り込んだ。そして、懐かしいあのSOS団の根城である文芸部室の前に立つ。そして、少々緊張気味に扉をノックする………………だが返事はなかった。何度かノックを繰り返してみるが、やはり同じことだった。俺は念のためにノブを回してみる。が、鍵がかかっているらしく扉が開くことはない。ひょっとして……無人なのか?まさかと思いつつ、俺は部室の扉の窓から部屋内の様子をうかがってみる。そこには机と本棚しかない殺風景な部屋がただ広がるばかりで、人の気配すらなかった。つまり……「長門は文芸部には入部していない……?」驚愕の事実に、自然と驚きの言葉がこぼれ出てしまった。「文芸部?」「そうです。既存の部員とか、新入生で入ろうって人はいないんですか?」長門のいない文芸部。想定すらしていなかった事態に、途方にくれてしまった俺はとりあえず確認にと職員室へと足を運び、担任の岡部へ文芸部の現状を確認しようとしていた。むろん、ハルヒがハンドボールバカと呼んでいる担任兼ハンドボール部顧問の岡部が文芸部のことなんて知っているわけがないんだが、他に頼れる人間がいないのだから仕方ない。岡部は職員室の自席に座ったまま困った顔をして後頭部をかき、「とは言ってもな……そうだ、他の詳しそうな先生に聞いてみる」そう言って、年配っぽい他の教師へと話を振りに言った。カップラーメンが伸びかけになるぐらいで話を終えた岡部が戻ってきて、「残念ながら、文芸部はみんな卒業して今は部員ゼロ、さらに今のところ新入生の入部届もゼロだそうだ。このままだと休部として扱うことになるらしい。元々部員不足に慢性的に悩まされていて、部活の規定人数割れはずっと前から続いていたため、例え新入部員がいても場合によっては廃部の検討もあるみたいだな。ただ、最近同好会・研究会などの新設要望がないため、その検討については長らく放置されていただけで」俺はその情報を聞き終えると、担任岡部に礼のお辞儀を一つすませると、職員室から出た。さて困ったことになってきたぞ。長門と接触するために文芸部に行ってみれば長門はいない。だが、前述したとおり6組に行くのも躊躇する。越クラスして女子を追いかけるなんてことをすれば、不審者どころかストーカー扱いされない。ふと俺は思う。なんで長門は文芸部に入っていたんだろうな? あいつが読書狂なのは元から付いている性癖みたいなもんだと勝手に思いこんでいたが、よくよく考えてみれば北高に入学前の長門は何もない部屋でただじっとしているだけだった。情報統合思念体に作り出されたときから本の山の中にいたわけではない。何かが発端となって文芸部に入った。それはなんだ?…………ふと思い出す。冬のあの事件の時、3年前に戻って朝比奈さん(大)とともに長門にあった時のワンシーン。そして、俺が彼女にかけた言葉の一つ。――また会おう、長門。しっかり文芸部で待っててくれよ。俺とハルヒが行くまでさ。確かこんなことを言った憶えがある。ってことは、長門が文芸部に入ってそこでずっとSOS団団長が乗っ取りに来るまで待機していたのは俺の差し金ってことになる。もっとも、それを言ったときの長門は未来の自分と同期したとか言っていたから、俺の言葉だけが決定的になったってのは自意識過剰にもほどがあるだろうが、一端を担っているのは間違いないだろう。そう推測すると長門が文芸部にいないことも合点が行く。なぜならこの世界では俺は少なくとも三年前に長門へそんなことを言っていないし――待て待て。そもそも、この世界と俺の世界を時系列で重ねていくと、俺が三年前でその台詞を吐くのは冬のあの事件のときだ。ってことは、文芸部に長門がいない=この世界では冬まで待ってもあの事件は起こらない。あるいはその前にハルヒがリセットを実行するような事態が発生してしまうということになるんじゃないか?……ええい、何だかよくわからなくなってきたぞ。当時も思ったが、よく俺の体内時計が異常動作を始めないもんだと感心したくなるね。だが、そんな推論と事実の闇鍋思考から、俺は絶望的な異臭を感じ取り始めていた。正直に言おう。俺は初めてこの世界のハルヒに呼び出されて状況説明を受けたときに、だったら俺の世界と同じようにSOS団を作ればいいと安易に考えていたし、機関の暴走・未来人の既定事項への執着心を目の当たりにした今でもその気持ちは残っていた。だからこそ、ハルヒは超能力者・未来人だけで良いというのを拒否して、今長門に接触しようとしている。しかし、考えれば考えるほど俺の世界を取り巻いてきた流れ――描いてきた軌跡は恐ろしく難解で、凡人脳しか持っていない俺には到底説明しきれないほど複雑怪奇な代物であることを思い知らされる。――俺はバカ野郎にもほどがある自分への怒りで、手近な壁に拳を叩きつけた。そんな奇っ怪な世界をただまねすればできる? 甘いなんてもんじゃない。例え完璧、忠実に再現しようとしても同じものができあがるとはとても思えない。誰かが書いたシナリオならマネは可能だが、あいにく俺は執筆者を知らないし、そんな奴がいるのかもわからん。同じ世界を作るなんて不可能。むしろ傲慢な考えと表現してもいい。この時点でこの世界でも長門を無理にSOS団じみたグループに取り入れる必要がなくなってしまったとも言える。だったらハルヒの言うとおり、ハルヒ自身は自らの能力自覚を隠し続けるだろうし、超能力者・未来人は自覚する――実際には自覚していることがばれるようなことにならないよう粉骨砕身でフル回転するだろう。つまり情報統合思念体はハルヒが能力を自覚していないと認識したまま、ただじっと観察し続ける立場を取るため、人類滅亡という行動は取らない。内部の過激派が動いても、あくまでも内部で処理を行うだろうしな。俺の世界と一緒になんてできない。俺の世界と一緒にする必要なんてないんだ。すでに条件は満たされている。だったら、長門にはこのまま6組でただじっと座っていてもらっていればいい。何の感情もなく、誰とも触れあうことなく、ただじっと座り続けてハルヒの観察を続ける。それでいいじゃないか。それ以上、望むのはただの贅沢じゃないのか――……………………「……ダメだ」俺は必死に自分を納得させようとしたが、ダメだった。長門は完全ではないにしろ、古泉に言わせりゃ一人の少女らしくなっていくことができるんだ。俺はそれを肌身で感じ取っていたし、無表情ながらその身から発する感情オーラのキャッチもできていた。その可能性があるのに、世界が違うからといって長門をただの人形状態にしておく? んなことできてたまるか。ああ、わがままだとか自己中だとか罵る奴もいるだろうよ。だがハルヒ・古泉・朝比奈さんが仲良くしているのに、長門だけぽつんと孤立している状態……こんなのゆるせねぇ。ここまで来たんだ。何とか長門もその環に入れてやりたいんだ。――それが俺の想いだ。◇◇◇◇当初の予定通り長門と接触することに決めた俺だったが、手だてがないのも事実だ。文芸部にいない、かといって6組に乗り込む理由も存在していない。まさに八方ふさがりな状態である。翌日の昼休み、6組を覗いてみると次の授業の教科書を机の上に並べたまま、微動だにしない長門の姿があった。ちなみにメガネはかけたままだ。何だろうね、視力が悪いわけでもないのにあれを付けている意味はよくわからん。昼飯も食べる様子はなく、入学してから数日で長門という人物がどういうものなのかすでに他のクラスメイトたちは悟っているのか、言葉をかけられる気配すらない。この状況、他クラスの俺がのこのこ入っていけば異様な光景になってしまうだろう。きっかけが欲しい。しかし、あの無表情状態の長門に対してどうすれば――「何をしているの?」突如背後からかけられた声。俺はぎょっと驚きジャンプ+スピンで振り返ってみれば、そこには朝倉涼子の姿があった。両手に二つの弁当らしきものを重ねて持ったまま不思議そうな顔をこちらに向けてきている。俺はできるだけ平静を保ちつつ、適当な言い訳をしようとしたが、朝倉が先に6組の教室内をのぞき込み、「なーんだ、長門さんを見ていたのね。なに? 実はちょっと気になっちゃったりしている?」そう悪気はないが詮索するような視線を俺に向けてきた。いかん、このままでは長門に気があるように思われてしまうかも知れん。またまた俺は何とか言い訳を考えようと脳細胞の血流を快速モードに切り替えるが、そんなのお構いなしに朝倉は俺の手をつかむと、「ほら、こんなところでじっとしていても始まらないよ。わたしが一緒について行ってあげる。ちょうど今日はお昼を長門さんと取るつもりだったから、一緒にどう?」「おいおい、ちょっと待て! 何か勝手に話を進めているようだが――」とここまで言って俺は考え直す。これはもしかしてチャンスか? 見たところ、朝倉に悪意は感じられない――いや、俺を殺そうとしていたときも悪意なんてかけらも見せなかったからこれは関係ないか。何にしろ、手詰まりだった長門への接触が果たせる。ここは何とかごまかしつつ朝倉の誘いに乗っておいた方がいいかもしれない。強引に俺を6組に引き込もうとする朝倉に、俺はタンマをかけると、「……わかったよ。とりあえず、自分の弁当持ってくるから先にいっていてくれ」そう観念した口調で告げる。朝倉はにこやかに笑みを浮かべると、「そうそう。こういうことは初めが肝心なのよ。きっかけがないと何も始まらないからね」その表情はインターフェースでも殺人鬼でもなく、谷口曰くAAランクプラスの美少女クラス委員のものだった。ってなわけで、俺は自分の弁当を持ち、再び6組の教室に入る。朝倉は長門の席に隣のものをくっつけ、昼飯のセットを完了していた。ただ、何事か朝倉は他人には聞こえないように長門の耳元でささやくようにしゃべっている。最初に言っておくが、俺は読唇術なんて学んでもいないし、ましてや聴力が猫並みなんて言うこともない。ただ、朝倉の唇の動きからたった一つの言葉だけどういうわけだかはっきりと聞き――いや、読み取れたものがあった。ほどなくして、朝倉はこちらに気が付き視線を一瞬俺に向けた後、また一言二言長門にささやくと自分の昼食用席に戻る。そして、いつもの柔らかな笑みでこちらに手を振って俺を呼んできた。涼宮。朝倉ははっきりと長門に向けてこの名前を言っていた。気のせいってこともあるかもしれないが、それを聞いたとたん、じっと黒板の方を向いたままだった長門の視線が俺の方に向けられたことも確信に拍車をかける。どうやら朝倉は何か思惑があるようだな。何だかんだで入学当時から周りとまるっきり接触しないハルヒが唯一会話を許しているのが俺だ。ハルヒを観察しているインターフェースどもにして見れば、俺も気になる存在なのだろう。……こいつは警戒しておいた方がいい。この場で宇宙人ネタ晴らしの可能性やいきなり暴走ってこともないと思いたいが。俺はゆっくりと6組内を歩き、朝倉によって用意されていた席に座る。「ど、どうも……」一応長門とは事実上の初対面だ。適当な挨拶をしておくことにする。一方で朝倉は用意していた二組の弁当の内、一つを開け長門に手渡した。まさか弁当までおでんじゃないだろうな?と一瞬どうでも良いことを思ってしまうが、その内容は俺のオフクロが作るものと大差ないごくごく普通のものだった。「紹介するわね――」朝倉は俺に手を向け、長門へ簡単な紹介を始める。まるで男女の出会いをセッティングした仲介役のように、手際よく俺の名前・クラスなどを説明し始めた。全く良くできたインターフェースだよ。ほとんどこの時点では人形と変わらない長門とはえらい差だ。作った奴は同じなのに、一体どうやったらここまで差が出るんだろうかね。まさか本体とバックアップの関係で、某猫型ロボットの兄妹のようにどっちかに性能が偏ったなんていうことがあるとも思えないしな。ほどなくして朝倉は紹介を終える。俺とハルヒのことも何気なくいうのではないかと思っていたが、その点には触れなかった。事前に言ってあるから必要ないと考えたのか。その紹介を聞いた長門は、メガネの位置を整えてたった一言だけ。「長門有希」そう自分の名前を告げた。俺の世界で初めて名前を告げられたときと同じように、目・唇に何の感情も浮かんでいない無表情レベル・マックスのものである。こうやってSOS団なしの長門を見てはっきりと認識できるのは、やはり俺の世界の長門は相当変化しているってことだ。相変わらず口数も少ないし、無表情で喜怒哀楽なるものを持ち合わせていないかのような顔のままだが、なんつーか取り巻いている空気が全然違う。古泉の言っていたとおり、長門は本当にパトロンからの独立を果たそうとしているんだろうと強く認識させられる。……だったら、この世界の長門も同じようにできるはずだ。何としてでもそうしてやりたい。俺は自分の後頭部をかきながらよろしくとだけ言い、自分の弁当を開ける。すでに食べる準備万端だった長門は挨拶一つせずに箸を持ったかと思うと、ベルトコンベヤーの流れ作業のごとく取っては食べての単純動作を高速に開始した。一方の朝倉は箸を手に、礼儀正しくいただきますと言ってから弁当に手を付け始める。やっぱり差がありすぎだ。そんな中、俺もゆっくりと弁当に箸を付け始めた。うむ、相変わらず食べ慣れているとは言えオフクロの味は絶妙だ。………………………………6組内ではざわざわと喧噪が広がっているが、俺たち三人の間には全く会話が生まれない。朝倉も長門もただ無言で箸を進めていた。正直、大変居心地が悪い。何というかせっかくの美味のメシが無味に変化してしまいそうだ。参ったな、話題作り用に谷口と国木田も連れ込んでおけば良かったか? しかし、ある理由によりあの二人とは……正直こんなペースではたまらないので、一応疑問だったことを口に出してみる。「なあ、朝倉。おまえいつも彼女――長門さんの弁当を作っているのか?」初対面でいきなり呼び捨てはまずいから、念のため「さん」付けにして置く。朝倉は箸を置き、優雅にハンカチで口をぬぐうと、「同じマンションに住んでいて、ご近所付き合いがあってね。朝のお弁当自分で作っているんだけど、ついでだから長門さんの分も作ってあげているわけ。でないと、ろくな物を食べない――それどころか、昼食抜きでぼーっとしていることが多いから。それだとクラスから浮いちゃうじゃない?」そんな説明に、長門は全く反応することなく自動車工場の自動組み立てマシーンのごとく取る・食べるの動作を繰り替えし続けている。そういや、長門は何も食べなくても良いと自分で言っていた憶えがある。ってことは朝倉の言っているのは、食生活うんぬんではなく何も食べないのは周囲から奇異の目で見られるのを避けるための処置だろう。毎日、昼飯も食わずにいたら不審に思う奴も出てくるし、心配する奴も出てくる。それだと目立って仕方がないからな。できるだけ長門を周囲にとけ込ませるのが、自分の仕事――長門のバックアップとしての仕事だと思っているのか。他にも何かしゃべろうかと思ったが、結局何も思いつかず、その内に長門は弁当を平らげ、これまた自動機械のごとくそそくさと弁当箱をかたづけると朝倉の元に返す。渡された朝倉はそれを脇に寄せ、自分の食事を続けた。次にこの微妙な沈黙トライアングルに言葉が飛んだのは、俺が自分の弁当箱を空にした辺りだった。「あ、そうだ。一つ聞いて起きたんだけど」言ってきたのは朝倉だ。見れば、彼女の弁当箱も空になっている。俺は自分の弁当箱を片づけつつ、その言葉に耳を傾けた。「涼宮さんのことなんだけど」朝倉の言葉に、俺の時間が止まった。弁当箱をナプキンで包む作業も停止する。いかん落ち着け。別に同じようなことを言われた後に、ナイフで斬りかかってきたことはあったが、今は人が沢山いる昼休み中だ。それにまだ入学して数日しか経っていない。これでいきなり俺を殺しにかかるとは思えん。俺は額や首周りに浮いているのは冷や汗ではなく、弁当を食ってカロリー摂取したせいだとさりげなくアピールするためにワイシャツの襟首あたりをばたばたと引っ張り肌に直接空気を当てながら、「ハルヒのことがどうかしたのか?」「今日学校に来ていないみたいなんだけど、あなたは何か聞いていない?」困ったような表情を浮かべる朝倉。言い忘れていたが、今日ハルヒはどういう訳だか朝から学校に来ていない。昼になっても姿を現さないし、なんかあったら連絡してくる携帯電話の方にも音沙汰無しだ。全く人には散々逐一報告しろと騒いでいるくせに、自分は独断で行動し放題とは勝手にもほどがある。今度あったら文句の一つも言っておこう。なんてことは言えないので、俺はぱたぱたと手で額に風を当てつつ、「知らねえよ。別に俺はあいつの保護者でも何でもないしな。気が向かないって理由で休んでも何の不思議もない奴だから特に心配もしてないが」「ふーん、入学してから随分仲良く話しているから、何か聞いているのかと思ったんだけどな」「俺はあいつの報道官でも何でもないから、知らんもんは知らんとしか言いようがない。そもそもあいつとは――そうだな、何か話が合うから話している程度だ。付き合っているとかそんなレベルじゃねえよ」そう俺は何も知らないと言うことを強調しておく――実際に知らないんだから答えようもないんだが。と、ここで朝倉は頭の上に電球が浮かんだような表情を浮かべ、ポンと手を叩くと、「あ、そっか。わたしはてっきり涼宮さんと付き合っているとばかり思っていたけど、そうしたら長門さんにアプローチをかけたりはしないもんね。まさか、二股とか見境なしに手をかけようとするほど甲斐性があるようにも見えないし」悪かったな、プレイボーイとは正反対の存在で。あと、別に長門を口説こうと思っている訳じゃないぞ。こいつをナンパできる奴がいるならぜひとも人間国宝に認定してやりたいほどに、難攻不落ぶりを発揮しているんだからな。とはいえ、長門を気にかけているのは事実な訳で……ええいややこしい。この世界に来て何度言えば良いんだ、この台詞は。そんな話をしている間に、朝倉は長門の分の弁当も片づけ終えゆっくりと立ち上がる。気が付けば授業開始五分前になっていた。長門はまた教科書類を机の上に並べ、じーっと黒板を見つめ始める。確かに朝倉がある程度世話をしておかないと、クラスから浮きまくっているな。俺の世界で会ったばかりの長門より酷い気がするぞ。俺は席を立ちながら、「なあ、明日も来ていいかな?」「好きにして」長門は蒸留水のような無機質な声で返してきた。とりあえず拒否はされなかったから、良しとしておくか。今後どうするかはじっくりと考えていくことにしよう。で、その後に俺を待ち受けていたのは、廊下から俺たちを覗いていた谷口と国木田の手荒い冷やかしだった。「おまえなー、まさか美ランクAA+とA-といっしょに昼飯とはいい度胸じゃねえか。ああん? この学校の女を独り占めでもする気か?」そんなことを言いながら俺にヘッドロックをかます谷口に、「朝倉さんはさておきあの考える人のオブジェみたいな女の子をターゲットにするなんて、やっぱりキョンは変な女が好きなんだね」のほほんとこれで何度目だと反論する気も失せることを言ってくれる国木田。本来なら俺はとっとと二人の冷やかしから逃げるところなのだが――「……ちょっと待って谷口。キョンの様子がおかしいよ」「ん? お、おお、すまん。加減していたつもりだったが強すぎたか? すまねぇ」一向にヘッドロックに抵抗しない俺に、二人は戸惑いを見せ、谷口はすぐにそれを解く。俺は黙ったまま肩と首を回すと、顔を覆うように前髪を書き上げると、「いや、大丈夫だ。何でもねえよ」そんな取り繕ったいつもどおりの俺の表情に二人は安堵を見せる。ただ俺の精神状態はかなりの動揺に満ちていた。いい加減なれてきてほしいものだが――入学以来、この二人と顔を合わしたり、言葉を交わすたびに、前回の世界で起きたジェットコースター事故の惨劇、といっても声だけだが、あれが脳内によみがえってくるんだ。完全にトラウマになっちまったな、やれやれ……◇◇◇◇翌日、今日も学校にきていないハルヒはこの際だから放っておき、昼休みに再び長門との昼食に望む。ただし、今日は朝倉は不参加だ。俺のクラスのほうで弁当を食べる約束があるらしい。あと、自分の代わりに面倒を見てくれる人ができたと思ったようで、俺に長門用の弁当だけ渡して、「じゃ、あとよろしくね」そう言って仲良しグループの元へと行ってしまった。俺はどうしても消せない周囲の視線を引きずりつつ6組に入り、長門の席へと向かった。「よっ、朝倉からの差し入れだ」「そう」長門は必要最低限の言葉だけを返しつつ、弁当を受け取りまた機械的作業でそれを食べ始めた。俺も横の席を隣接させて自分の弁当に手をつけ始める。…………なんつーか、二人そろって無言で食事を進めるというのもすごく居心地が悪い。まるで家庭崩壊した険悪極まりない食事シーンみたいだ。さらに無駄に周囲からの雑音が耳に入ってくるため、やっぱり奇異の視線を浴びせられているような気分になってくる。自意識過剰なだけかもしれないが。仕方なしに、俺のほうから話題を振ってみる。「いつも朝倉から弁当を分けてもらっているのか?」「こちらからは頼んでいない。朝倉涼子が気を利かせているだけ」「なら、朝と夜はどうしているんだ? まさか食べていないわけじゃないだろ」「こないだ、飲食物を確保できる手段と場所について把握した。確保不可時間帯が存在していないため、朝と夜はそこから入手している」24時間確保可能……それってコンビニのことか?「通俗的にそう呼ばれていると情報を得ている。しかし、この施設での行動制限を課せる論理的規約事項ではこの時間帯にその確保場所へ移動するのは不可能。そのため、飲食物の確保ができなかった。そこで朝倉涼子が代替手段を提示し、わたしに飲食物を渡している」なんやらネットの翻訳サイトで日本語→英語→日本語に翻訳してみたような言い回しだったが、ようは朝と夜はコンビニで飯を買っているが、昼休み中じゃそこにいけないから食べられないってことか。って、だったら学食に行けばいいだろ。「わたしは学食なるものの情報は持っていない」あっという間に弁当を平らげた長門はそれを片づけづつ、無機質に答えてきた。だめだこりゃ。一般常識が明らかに欠落しすぎている。情報統合思念体ってのは何を考えているんだ。人間の中に送り込むエージェントならもうちっとましな知識を植え付けておけってんだ。そういや俺の世界でも長門の学校生活はあまり見ていなかったな。大抵は文芸部室の付属品のような状態だったし。だが、ここの長門には決定的な違いがある。それは……「ちょっと聞きたいんだが、読書に興味はないのか?」「言語を表現した文字の羅列体が記された固定物体の黙読・朗読を意味するなら、わたしはそれを行う必要性を感じてはいない」わざと難しく言っているんじゃないかと伺いたくなる長門のしゃべりぶりだ。いやまあ、いつもこんなやつといえばそうだが。俺の世界で文芸部室に居座っていたのは、『俺がそう言ったから』だったと思うが、読書までしていろとは言った覚えがない。そうなると、あの読書狂になったのはおそらく暇つぶしに文芸部室に置いてあった本を読んでいたことが発端なのかもしれないな。普段から無感情・無表情なこいつだが、コンピ研とのゲーム対戦のときに見せた勝利への執着を見る限り何にも興味を示さないということはないはずだ。そう考えると、ダメ元で本を読ませてみれば意外とあっさりはまるかも知れん。このまま無趣味・無感動のままぼーっとしているのも、なんつーかかわいそうになってくるからな。自分から趣味を探すという行為そのものを知らないんだから、誰かが教えてやるしかないだろうし。俺はやることをが決まったので、とっとと弁当を平らげると、「すまん、用事を思い出したからここらで引き上げるよ。で、ちょっと聞いておきたいんだが、部活とかは行っているのか?」その問いに長門は頭を横に振って否定する。「なら、放課後に渡したいものがあるから、6組の教室の前で待っていてくれないか? 時間はあまり取らせないからさ」「わかった」俺の要望に、長門は簡素な言葉だけ返すと、午後の授業の準備を始めた。俺はそれを尻目に走って教室を出て、図書室へと向かう。そして、適当に手続きを済ませた後、あるコーナーの前に立った。そこに並ぶめまいをしそうなほどの本の羅列を順番に目に通し、目的のタイトルのものを探し始める。探し始めてから数分後。「……あった」その本を手に取ったのと同時に、午後の授業の始業チャイムが鳴り響く。俺は慌ててそれを手に、借り出しの手続きを済ませて自分の教室へと走っていった。◇◇◇◇その日の放課後。俺はホームルーム終了後に6組前で待っていた長門の元に向かった。長門は廊下の隅でたいした理由もなく飾られている公園の銅像のように硬直したまま立っていた。手にはすでにかばんがあるところを見ると、俺との用事を済ませるととっとと帰るつもりなのだろう。「すまん、待ったか?」「23秒ほど。しかし、わたしの活動スケジュールに影響をきたすことのないレベル」「そ、そうか……」普通ならいいえとか、ちょっとだけと返すところだが、何秒待ったかなんて淡々と言うのは長門ならではか。俺は手にもっていたあの昼休みに図書室から借りてきた本を長門に差し出した。それは俺の世界で長門が読んでいた本の一冊――あの俺から面白いか?と聞かれて「ユニーク」と返したアレである。文芸部室で長門が最初に読んだ本がわかればそれをもってきたんだが、あいにくそれが不明だったため、唯一長門が自ら読んだものの評価を下したのを聞いたこの分厚い大作SF小説を選んでみた。実のところは俺がこれを読んでいなかったりするが。さて、長門がこれを受け取るかどうか。「普段暇そうにしているから、これ貸すよ。かなり分厚いし読み応えもある。暇つぶしにはもってこいだと思うから」「わたしは待機時間について、別の行動によりそれを差し替える必要性を感じていない」長門の透き通った声。拒否されたのか? 相変わらずわかりにくい話し方だが、意思が読み取りづらい。俺は少々強引気味に長門にその本を手渡すと、「そう言うなって。暇つぶしでなくても面白いから読む価値はあると思うぞ。いや、読書なんて嫌だって言うなら、無理強いするつもりはないけど」「…………」長門は手に持ったその本の表紙をじっと見つめていた。その目には少し――俺の勝手な思い込みかもしれないが、少しだけ弁当を食べていたときの無表情とは異なっているような気がした。ほどなくして長門は数ミリだけ頭を縦に傾けると、「わかった。あなたからの提案を受け入れて読んでみる」そう言ってカバンにしまう。俺はその返事にほっと胸をなでおろしていたが、すぐに長門は、「他に用事ある?」そう聞いてきたので、俺は手を振りながら、「今日の用事はこれだけだ。すまねえな、付き合わせちまって」「そう」長門は必要最低限の言葉だけ言うと、すぐに俺に背を向けて帰路についた。やれやれ、とりあえず興味は持ってくれたようだな。「ふーん、長門さんに読書を勧めるとはね。確かに彼女そういうの向いていそうだし」突然背後からかけられた声に、俺は口から飛び出しそうになる心臓を慌てて飲み込みつつ振り替える。見れば、どうやら一部始終を見ていたらしい朝倉がいつもの笑みを浮かべて立っていた。不意打ちを食らわされて少々むっと着た俺は憮然と、「何だよ。立ち話を盗み聞きとはいい趣味してやがんな」「そんなんじゃないよ。ただ帰ろうと思ったら、二人の姿を見かけて。何をやっているんだろうなぁ、とちょっと様子を見させてもらっただけよ」盗み聞きと大差ないだろと言ってやりたかったが、きりがないんでここらにしておく。朝倉は続けて、「でも、長門さんに趣味を持ってもらうのはいいことかもね。あの調子じゃクラスでも浮きっぱなしだもの。趣味を持てば、自然と気の合う人もできそうだし」やれやれ。朝倉に感謝されるとは世も末か? それとも人格者のクラス委員モードなら光栄と見るべきなのかね?その後、朝倉はクラスの仲良しグループに呼ばれ、一緒に帰宅の途についた。さて、俺も今日はやることを終えたし帰るか。ふと、俺は教室内のハルヒの席に目をやる。そういや、あいつ今日も来ていないんだよな。二日続けて学校に来ないなんて本当になんかあったのか?「……電話してみるか」俺はそうつぶやきながらハルヒの携帯にかけてみる。が、返ってきたのは【電波の届かないところか~】の不通を知らせるメッセージだけだった。連絡が取れないんじゃ仕方ない。俺はため息を吐きつつ帰宅部の活動を開始した。◇◇◇◇翌日の朝。さっぱり音信不通だったハルヒが、二日ぶりに学校に来ていた。しかし、机に突っ伏して普段の行動力に似合わない可愛らしい寝息を立てて爆睡中ときている。しばらくしたら起きるだろ、と思ってそのまま放置しておいたが、よっぽど寝不足なのか疲労でもたまっているのか、何と授業が始まって眠ったままだった。あまりの堂々とした熟睡っぷりに授業ごとにやってくる教師たちも見て見ぬふりをするほどである。さすがにこのままでは放課後まで眠りっぱなしになりかねんと、昼休みに入って俺は起こしにかかる。この二日間何をやっていたのか問いつめていたいのもあるからな。が、睡眠薬でも決めているのか、はたまたそういう長門的インチキパワーでも使っているのか、一向に目を覚まそうとしやしない。だんだん、俺の起こし方も乱暴になって頭の頂点部をつかんで揺さぶったりしたところ、「……んあ?」マヌケな声を上げてハルヒが目を覚まして――いや、まるで半分眠ったような半目でこっちをじーっと見つめる。そして、「ふん」と俺の右頬にそこそこ痛烈な右ストレートをかますと、またバクの胃袋に自ら閉じこもるように机に突っ伏して眠り始めてしまった。ダメだこりゃ。この調子じゃ自然に起きるまで手出しできん。これ以上無茶をして起こすと暴れ出してヘッドロックどころかパイルドライバーでも決められかねないからな、こいつの運動能力を考えると。仕方なしにハルヒは放置しておくことにして、俺は弁当を片手に長門のクラスに向かおうとするが、「おーいキョン。今日もあっちのクラスにお出かけか? たまには俺たちと一緒に昼飯喰おうぜ」そう嫌らしいニヤケ面で言ってきたのは谷口である。隣には国木田の姿も。俺はいつものフラッシュバックを頭の隅に追いやってから考える。確かにあまり越境弁当ばっかりやっていると、自分のクラス内の評判を落としそうだな。今日はこっちで飯を食った方がいいかもしれん。この二人が聞きたがっているのはどうせ長門や朝倉のことについてのことだろうが。「あら、今日は長門さんのところには行かないの?」弁当二段重ねを持って俺の前に現れたのは朝倉である。どうやら今日は長門のところに行く予定のようだ。俺は下心見え見えの二人を横目で見て、「ああ、どうしてもこの二人が俺と弁当を食いたいらしくてな。スマンが、長門にはそう言っておいてくれ」「……へえ、もう呼び捨てで呼び合う関係になったんだ。昨日結構進展したりしたの?」思わずいつもの癖で呼び捨てにしてしまったことを後悔する余裕も与えず、朝倉は的確に突っ込みを入れてきた。それに対して俺よりも早く真っ先に反応したのは谷口で、「何だと? お前二日でそんな関係になったのか!? 是非ともそのテクニックを俺に伝授してくれ!」「うるさい。少なくともお前が考えているような邪な関係とかなんかは全くねえよ。呼び捨てにしたのは、クラスは違うとは言え同級生を『さん』づけするのもどうかと思っただけだ。現に俺はここにいる谷口・国木田・朝倉はいつも全員呼び捨てだぞ」谷口を一蹴しつつ、自分のミスをフォローしておく。このまま『長門さん』だとやりづらいから、ここらで『長門』という呼び方を正当化かつ定着させておくのもいいだろう。朝倉はそんな俺の返答にクスクス笑いながら、「確かに同級生でかしこまっているのも変よね。じゃあ、わたしは長門さんのクラスに行ってくるから」そう言って教室を出て行った。やれやれ、何とかごまかせたか。そんなことを言っている間に、谷口と国木田は隣の席に座り、すっかり尋問モードに突入している。「さーてキョンよ。今日はいろいろと聞かせてもらうからなー。いろいろとなぁ」悪巧み満載のツラを見せる谷口に、今日の昼飯はあまり旨くなさそうだ、すまんオフクロと心の中で手を合わせることにした。昼休み終了後、俺は谷口と国木田から浴びせられまくるジャブを一つ残らずガードできたことに満足感と、何をやってんだ俺はという無駄な時間を過ごした疲労感を背負いつつ次の授業の準備をしていたところ、長門との昼飯を終えた朝倉が戻ってきて、「ちょっといいかな?」そう聞いてきた。俺は一瞬放課後の呼び出しか?と身構えるが、まだ早すぎると頭を振ってそれを窓からふるい落とすと、「何だよ」「あなた、昨日長門さんに本を貸したじゃない。あれについて話したいことがあるらしいから放課後に会いたいって言ってたわよ。昨日と同じく教室の前で待っているって」そう告げたタイミングで午後の授業の始業を知らせるチャイムが鳴り響いた。朝倉はあわてて自分の席に戻っていく。昨日の本? 何か問題でもあったのだろうか。やっぱりつまらないから返すとか言われたりしないだろうな?俺は背後で始業チャイムがなっても相変わらず眠りこけるハルヒを尻目に、そんなことを考えていた。そんなわけで放課後、長門の教室の前で待機モードとなっていたところへと足を運ぶ。見れば、帰宅モードながらその手には俺が貸したあの分厚いSF小説が握られていた。「これ」簡潔な言葉と共に、長門がそれを俺の方に突き出す。俺はそれを受け取りながら、「随分早いが、もう読んだのか? それともおもしろくなかったから途中で投げ出したとか……」「19時間12分を消費して文字列の視覚による認識、及びその内容の解析を完了した」俺の不安の混じった問いに、長門はそう返してくる。ほっ、なら一応全部読んでくれたみたいだな――って、待て。19時間ちょっとってことは、まさか寝てないどころか、授業中までずっと読み更けていたのか?その問いに長門は頭を数ミリ下げるだけ。俺は念のためにいつぞやの時と同じことを聞いてみることにした。「おもしろかったか?」「ユニーク」「どういうところが?」「全部」反応は全て同じだった。よかった、俺の世界の長門と同じくそれなりに気に入ってくれたんだろう。俺はそれを脇に挟むと、「そうか。ならこいつは俺が図書室に返しておくよ。また何か良さそうなのがあったら持ってくるから――」そう言いつつ長門の元から立ち去ろうとしたが、接触面積はやたらと小さい割に身体を停止させるには十二分の力が俺の進行方向とは逆の方向にかけられ、歩みが止められてしまう。なんだと思って振り返ってみれば、「…………」長門が無言・無表情のまま俺のブレザーの端をつかんでいた。指でつまむようにしている割にはやたらと強い意志のようなものが長門の指を通して感じてきた。そして、長門はすっと俺の脇にあるSF小説を指差し、「それ」長門の指摘に俺はもう一度長門の前にそれを掲げるように持ち、「これがどうかしたのか?」「その書物の最終ページから逆算して数ページに渡り、別の本についての紹介文章が載っていた。その情報によれば、その本には続きがあると推測できる」最初長門が何を求めているのかわからなかったが、程なくして俺はその意味を悟り、「……ひょっとして続きがあるなら読みたいのか?」そう言ってみると、案の定長門はこくりと少し大きめに頭を縦に降った。こりゃ想像以上にはまってしまったのか?俺はこの分厚さだけでめまいがしそうなんだが。俺はそのSF小説の後ろの方に並んでいる広告一覧を読んでみると、なるほど確かに続編と書かれたものが載っていた。ちょうどいい。どうせこいつを図書室に返してこようと思っていたから、ついでに続編とやらをその場で借りていくことにするか。「図書室に行けばあるかも知れないが、一緒に来るか?」「…………」長門は無言のまま俺のブレザーから手を離す。最初は拒否のポーズかと思ったが、図書室へ歩き出した俺の背後をコバンザメのようにくっついて歩いてきたので、OKということか。ちなみに長門と二人っきりで歩いていたりしたら、ハルヒが何か睨んできそうな気もするが、現時点でその心配はない。なぜならあいつは5時限目の授業終了と同時に、忽然と学校から姿を消してしまったからだ。理由なんて知らん。俺がトイレから手を拭きながら教室に戻ってきたら、谷口から血相変えて出ていったがなんかあったのか?と聞かれた状況だったからな。全く何考えてんだあいつは。そんな不満を胸にぐつぐつと煮込んでいる間に、図書室までたどり着いた。俺はカウンターで返却の手続きをしている間に長門は本まみれの空間に酔いしれてでもいるのか、辺りをグルグルと見回している。とっとと返本手続きを完了させ、あのSF小説があった場所と同じ棚へと俺たちは向かった。最近の読書離れが原因なのか自習に使っている勉強机以外の場所は人気がなく、ほこりと本の臭いが混じった独特の臭いが鼻につく。「さて、多分この棚にあると思うんだが……」そう言って俺は棚を端から端へと見回していく。長門も俺を追跡するように首を動かしていた。が。「……ねえな」俺は一通り棚を見回してみたものの、目的の続編のタイトルのものは見当たらなかった。謝って見過ごしていないか念のためもう一週見回してみたがやっぱりなく、長門にも聞いてみたが、「…………」無言のまま首を小さく横に振った。心なしかその表情――いやオーラとか気配と言った方がいいかもしれないが、少し残念そうに見えた。そういや、この時期でも長門の全身発生オーラによる感情表現はあるにはあったのか。ただ単に付き合いが長くなった俺がそれを悟ることができるようになったってだけで。しかし、これは困った。貸して興味を引かせた手前、続編はありませんでした残念で済ますのは、何というか後味が悪い上に、罪悪感すら感じる。俺は少し考え、ひょっとしたら間違えて別の場所に置かれている、また誰かが借りていっているという可能性があるという結論を導き出した。ってなわけで、図書委員に聞いてみることにした。そのSF小説のタイトルと告げて、図書室にはないか?と尋ねてみると、二人いた図書委員は旧型のパソコンを使ってタイトルの検索を始めた。ありますようにと祈っていたが、返ってきた答えはNOだった。どうやら最初の一巻だけだけ置いてみたものの誰も借りていかないため続きを置くことにはならなかったようだ。そういや、さっき最終ページをちらっと見たとき、貸し出しのスタンプも俺が最初になっていたしな。図書室になければ、あとは近場の図書館にでも足を運ぶしかないが、今の時間ではたどり着く前に閉館してしまうだろうさてこれで八方塞がりになってしまったわけだが……「残念だが、ここにはなさそうだ。今日は諦めて週末に図書館にでも行ってみればいい。ああ、場所がわからないなら呼んでくれれば案内ぐらいはするぞ」「そう」長門の言葉は最小最低限のものだが、醸し出している雰囲気は落胆しているようだった。そんなこいつを見ると何とかしてやりたくなるが、これではどうしようもない……と、ここで図書委員の一人が、その続編のタイトルを見たことあると言い出した。もう卒業した去年の図書委員の友人が確か休み時間に読んでいたのを憶えていると。それだけなら個人的に家から持ってきただけじゃないのかと思ったが、次にその図書委員から出てきた言葉に、俺は思わずにやりとしてしまいそうになった。――それを読んでいたのは文芸部に所属している人でしたよ。善は急げ。ハルヒのモットーみたいな言葉だが、今は俺が実践するときだ。――長門が読書に興味を持ちつつある――そして、その興味を示している本が文芸部室に存在している。俺の世界では当たり前のようにつながっていた糸が、この世界でようやく紡がれたんだ。とは言っても文芸部室は監禁部屋のごとく鍵がかけられて入れない。てなわけで、担任岡部の元へと向かい、何とか文芸部室の本を貸し出せないか交渉してみることした。「文芸部室? あそこにある本が欲しいのか?」「はい。俺じゃなくて、この6組の長門有希さんの方の要望なんですが」俺の言葉に、岡部はうーんと唸り、「何とかしてやりたいのは山々だが、部員じゃない人間が勝手に部の備品を持ち出すのは問題だろう。部員の許可があれば話は別だが、部員ゼロの状態の文芸部じゃ許可を取る相手もいないし、顧問の先生も別の部の顧問に異動してしまって今は誰もいないんだ」岡部の言葉からは何とかしてやりたいがという意思は感じられる。しかし、言っていることは正論だ。俺は思案しながら、長門の方をちらりと見てみる。長門は岡部の方を見ているのか、それともその背後のどこか遠くを見つめているのか知らないが、じっと固定状態でただ立っていた。さあどうするか。って、やることは一つしかないよな。「なら俺が文芸部に入りますよ。そうすりゃ、そこの備品は好きにできるでしょう?」俺の言葉に、それなら問題ないと岡部が返してくるものだと思っていたが、結果はかなり異なったものだった。「……それなんだがな。さっきも言ったとおり入部申請が全くなかったから、廃部にしようと話が出ているんだ。顧問の先生も替わって今は不在だろう? あまり健全な状態とは言えないし、毎年部員の定員割れが続いていたから。良い機会だから部室を別の部か研究会・同好会に置き換えようっていう話も出ている。このタイミングで入部しても部室がなくなったり最悪廃部になるかも知れない」さてこいつは予想外だ。確かに入学式からそろそろ新入生が学校に慣れつつあるかな、という時期まで全く新規の部員が入ってこずさらに現部員・顧問が誰もいない状態ではそんな話になるのも無理もない。ふと、俺は文芸部室の中にある本棚を思い出し、「万一廃部になって部室を明け渡すことになった場合、中の本はどうなるんですか?」その問いに、岡部は自分の推測でしかないがと付け加えた上で、「恐らく図書室に寄付するか……置き場所がないなどの問題が発生した場合は最悪破棄もありうるかもな」「そうですか……」そこで図書室への移動が確約されれば文芸部に無理に入る必要はないが、破棄されるのではダメだ。やっぱりここは無理にでも何でも文芸部に入るしかない。あそこには――俺の世界では長門が読書狂になった原因の本が大量にならんでいるんだ。俺は決意を固めると、「やっぱり俺入部します。それ自体は何の問題もないはずですから」「それはそうだが……」岡部は腕を組んで考え込む。この調子じゃ文芸部廃部の流れは確定的な形で動いていたのだろう。それを覆すのは結構困難なのかも知れない。だが、入ってしまえばこっちものだ。部員がいる部活を簡単に潰したりはしないはずだ。俺はとっとと岡部から入部届を受け取ると、それにサインする。顧問がいないため暫定的に岡部に渡してどうするかは今度の職員会議で話してみるとのことだ。おっと俺はそれでいいが、長門はどうするんだ?「…………」長門は無言を貫いたままだったが、入部届にはしっかりとサインしていた。どうやら部室内の本にかなり興味を抱いているようだ。適当だったが、とりあえず入部手続きを終えた俺たちは、職員室に置かれていた部室の鍵を片手に文芸部室へと足を運んだ。旧館の目的地にたどり着いた頃には、ぼちぼち日が傾き廊下が赤く染まりつつあった。俺たちは扉の鍵を解き、部室内へと入る。中は長らく人の気配がなかった上に、換気もされていなかったためか、カビくさい空気で覆われていた。俺は本棚に向かう前にまず窓を開けて部屋内の空気の入れ換えを始める。一方の長門は、本の魔力にとりつかれたかのようにべったりと立ち並んだ本棚に張り付いていた。ほどなくして目的のSF小説の続編を発見し――続編だけでなくシリーズ一通りそろっていた――、それを手にとってページをめくり始める。俺はその光景にほっと胸をなで下ろし、近くに置かれていたパイプ椅子に座った。長門もそれに続くように座り、熱心に――無表情だが――それを読みふけり始めた。俺はその姿に安堵しつつ、退屈しのぎに本棚の適当な本を読み始めた。俺は一向に読書を停止する気配を見せない長門に、いい加減部活動終了の時刻も迫り、辺りも暗くなりつつなってきた頃合いを見計らって、「……今日はこのくらいにしておこうぜ。校門がしまっちまうからな。続きがすぐ読みたいって言うなら家に持ち帰ればいいさ」「…………」長門はいつものように無言に首を縦に傾ける仕草を見せた。さて、今日はこのくらいでとっとと帰るかね。俺は自分の読んでいた本を鞄にしまい、俺は自分のそれを本棚にしまい、帰り支度を始めた。と、長門がそんな俺をじっと見つめていることに気が付いた。その目からは何か言いたいような意思を感じる。「なんだ? 言いたいことがあるなら言ってくれた方がありがたいんだが」「……なぜここまで?」長門の短すぎる問いに、俺は恐らくどうしてここまでしてくれるのかその理由を知りたいと聞いていると解釈し、「わからん」そう言って肩をすくめる。ついでに補足するように続けて、「昼休みとか休み時間とか一人でぼーっとしているのを見て、何かかわいそうになってきたんだよ。こう言うとお節介だと思われるかも知れないけどな」「そう」長門から返ってきた言葉は文字に直すといつものものだったが、少しだけ――ちょっとだけトーンが違った。ただそれがどんな意味を持っているのかまではわからなかったが。その後、俺たちは帰り支度をすませるとそれぞれ帰宅の途についた――◇◇◇◇んで持って翌日の昼休みの話だ。ここに来てどうやら俺はちとまずいことをやらかしていたらしいことが発覚してしまう。とは言ってもハルヒ絡みじゃないぞ。また今日もいないし。それは昼休み後半に朝倉に呼び止められて初めて発覚する。「ちょっといい?」6組に言ってみたものの長門は不在だったため、結局谷口たちと弁当を食べていた俺の前に現れた朝倉は珍しく困ったような顔を浮かべていた。そういや今日は昼休み冒頭からどこかに出かけていたが、長門に弁当を渡さなくていいのか?「それはもう渡したわ。それよりも、ちょっとここだとまずいから廊下で話さない?」「お、おう……」朝倉の呼び出し。この展開だけで俺の心臓はバクバクものだが、強引に腕をつかんで引っ張っていくもんだから逆らうこともできやしない。ついでに、背後で何であいつばっかりと愚痴る谷口と、ニヤニヤ顔の国木田はこの際完全に見なかったことにしておく。廊下に連れ出された俺が聞かされた話は、確かにちょっと困ったことだった。しかも俺が原因の一端を担っている。「あなた、長門さんにどういう読書の勧め方をしたの? 昨日から休み時間どころか、授業中もずっと読みっぱなしよ。それこそ、教師がいくら注意しても完全に無視。おかげで今日の昼休みは生徒指導室に連行されちゃったんだから。長門さんだけだと話にならないから、わたしもついていったんだけどね」なんてこったい。長門の奴、そこまで読書にはまっていたのか? 確かに俺の世界の長門も隙あらば本を読んでいるような読書中毒ぶりを発揮していたが、さすがに授業までさぼって……いや、実はそうだったりしたのか?考えてみれば、SOS団以外の長門についてはあまり俺は知らないぞ。「趣味を勧めてくれるのはいいけど、これじゃやりすぎよ。生徒指導室でも全然教師の言うことに耳を傾けるつもりはないみたいだし。この際だからあなたの方から言ってくれない?」思わず何で俺がと言いたくなったが、考えてみれば長門に読書を勧めたのは俺だから、授業放棄の原因を作ったのは俺ということになる。参ったな。まさか憶えたてのサル――いや、この表現は下品か。純真無垢な子供にとても楽しいおもちゃを買い与えてしまった状態かよ。さてさてこれはどうしたものか。とりあえず俺は肩をすくめつつ、「わかったよ。どっちかつーと、勧めた俺の責任でもあるしな。ああ、昨日二人で文芸部に入部したんだ。今日も部室に集まる予定だから、その時授業はちゃんと受けろよと言っておく。ただし、素直に受け入れるか保証はないが」「そう言ってもらうと助かるわ。じゃ、よろしくね。わたしは長門さんのところにもう一回行ってくるから」朝倉はそう言って6組に走っていった。てなわけで放課後。部室で待ちかまえていた俺の元に、本の交換にやってきた長門が現れる。「おい長門。成績がぼろぼろでまじめに授業を受けているとは言えない俺が言っても説得力に欠けるかも知れないが、さすがに授業中まで読書にふけるのは良くないと思うぞ。そんなに読みたいなら休み時間にここに来て読んでいてもかまわないから。鍵は職員室にあるのは知っているだろ?」その言葉に、長門は読み終わったあのSF小説の続編を本棚にしまいつつ、「その話なら今日の昼休みに教員からこの施設領域における論理的規約事項に違反していると指摘を受けた。朝倉涼子からも同様の指摘があったため、午後の授業からはすでに改善を実行している」そう返してきた。ただ全身からは少し黒いものが発散されているように感じる。どうやら読書の邪魔をされて不満だったらしい。長門自身が、それを「不満」と認識できるかどうかはわからないが。何はともあれ、長門は自制してくれたようだ。これで正常通りになるだろう。だが、文芸部の活動はこれから多難に巻き込まれていくことになる。◇◇◇◇文芸部に入ってから二週間後のある日。俺と長門はすっかり日常となった放課後読書会を満喫していた。部活動といっても本を読むだけというシンプルなものだったが、読書に没頭する長門の影響を受けたせいか、俺の中にある一時期離れていた読書魂が復活しつつあるらしい。今では読んでも全く苦にならないどころか、次々と読み進める始末だ。ちなみに主役であるはずのハルヒは、学校に来たり来なかったりの繰り返しの状態だった。来ても大抵眠りこけているし、それでも何度か言葉を交わす機会はあったが、今何をやっているのかは教えてくれなかった。どうやら話すと面倒事になるようなことを抱えていてそれの対処中らしい。まあ、ハルヒが一人でやってくれるなら俺としても長門と一緒に読書を満喫できるわけだから別に不満がある訳じゃないが、その面倒事というのにもちょっと興味があるのも事実だ。片づけたら教えてくれると言っていたから今は我慢しておくことにするが。廃部という話も最初に岡部から聞いた後、全く聞かなくなり文芸部は安泰の状態だった。大体、長門ととの意思疎通も取れるようになってきたし、まれだが読んだ本についての意見交換もしていた。相変わらず長門の説明の仕方は短すぎて説明になっていなかったり、詳細だと今度は辞書の画数の多い文字をひたすら並べまくった奇っ怪な内容になったりだったが。ただ俺の世界の時とは違い、未だに自分の正体とハルヒについてのカミングアウトはされていなかった。まだタイミングが悪いのか、それとも最近ハルヒと疎遠気味になっているので、重要人物扱いされていないのか。まあ、焦る必要はない。ゆっくり行けばいいさ。今日も平穏無事な読書の一日で終わってくれれば良かったんだが……「――おわっ!」突然発生する地鳴り。同時に旧館が激しく揺さぶられ、本棚から大量の本がぼたぼたとこぼれ落ちる。地震だ。それもかなり大きい。俺はあわてて机の下に潜り込んだ。こいつはかなりやばいクラスの地震だ。天井が崩れてきてもおかしくないほどに。一方の長門はさすがに読書は続けていなかったが、立ち上がって揺れを感じていないのか直立不動のまま周囲を見渡していた。もともと本棚と机、椅子以外何もない部室だから、揺れで倒れてきたものに押しつぶされるということはないだろう。一分近い長く激しい揺れがようやく収まってくる。俺は机の下から顔を出し、周囲の安全を確認した。幸いなことに部室内は本棚の本が落ちた程度で壁や天井、床は壊れていない。念のため廊下から顔を出してみたが、他の箇所が倒壊しているといったこともなかった。窓から校舎も確認してみるが、窓が割れているなどの被害は出ていない。やがて校内放送が入り、学校内にいる人間はすぐに校庭に集まるように指示が出た。余震がすぐに来る可能性があるので建物内から速やかに避難することだそうだ。一方の長門は散らばった本を持ち上げ、片づけを始めようとしていた。こいつにとっては大切な本だからな。床に散らばったまま放っておけないという気持ちはわかる。しかし、「長門、本の整理は後にしようぜ。余震が来たら、旧館ごと倒壊しかねないからさ。片づけは明日やろう。俺も手伝うよ」「……わかった」長門は渋々オーラを無表情で放出しながら、俺と共に校庭へと向かった。◇◇◇◇さて、その後数度の大きめの余震はあったが、特に街中に被害が出ると言うこともなく、その日は全部活をそこで中断とし生徒全員が強制帰宅となったわけだが、事態が動いたのは翌日になってからである。放課後日課となりつつ文芸部室へ足を運ぼうとしたときに、「あん?」見てみれば、旧館の周りにいかにも建築屋という感じの連中がうろついて何やら工事を行っていた。さらに旧館入り口には立ち入り禁止という札が置かれてしまっていた。「どうしたの?」ふと背後から聞こえてきた声に反応して振り返ってみれば、同じく部室へと向かっていたのだろう長門の姿が。俺はどうもこうもないと肩をすくめ、「昨日の地震でどっかがいかれちまったみたいだな。残念ながら今日の部活は中止にするしかない」「そう」長門のいつもの「そう」でも今日のは少し残念気味のものだった。長門としては散らばったままの本をそのままにしておくのは忍びないんだろうな。翌日、旧館の補強工事が終わったのか、旧館は開放状態になりいつも通りの活気を取り戻していた。俺たちは床に散らばっていた本を片づけた後、部屋の掃除を行っている。隣の部屋では阿鼻叫喚の叫び声が聞こえてきていた。お隣さんは確かコンピ研だったからな。きっとパソコンが地震で倒れて動かなくなってしまったとかトラブルが続出しているんだろう。「これ」唐突に長門がほうきで壁の方を指した。見てみれば、黒板の隅から延長するように大きなひび割れが壁を走っていた。確か一昨日の地震前にはこんなものはなかったから、建物にかかった衝撃は半端じゃなかったんだな。いきなり倒壊したりしないだろうな? そうならないための昨日の工事なんだろうが。ほどなくして掃除を終えた俺たちは再びいつもの読書大会に突入した。外はすっかり夕焼けに染まり、カラスの鳴き声がそのオレンジ色の度合いを強めている。と、部室にトントンと言うノックの音が響いた。誰かお客さんがやって来たらしい。こんなへんぴな文芸部室にやって来る物好きがいるとは驚きだ。俺が扉を開けると、そこには担任の岡部の姿があった。予想外の来客に俺は戸惑っていたが、「……なんか用ですかね?」「ちょっといいか? 話があるんだ、お前たち二人に」岡部の声質はどこかシリアスだった。どうやら俺たちに良い知らせを持ってきたわけではなさそうだ。俺は岡部を中に通して椅子を用意する。長門も読書を止めて、岡部の方を注視し始めた。悪い予感を受け取ったのだろう。岡部。悪い予感。思いつくのは一つしかない。しかし、なぜ今頃?しばらく岡部は椅子に座ったままどう切り出すか迷っていたようだが、やがて腕を組み、「まだ完全に決定事項ではないし、さっき職員室で話し合ったばかりのことで生徒に話すのはお前たちが初めてになる」そう前置きをしてから続ける。「一昨日の地震の件はわかっているな? あと旧館に損傷が出ていることについてもだ。これに関しては日常生活で使う分には問題ないと昨日の調査で判明しているが、次に大地震に見舞われた場合、構造上耐えられないという結果が出された。それに基づいて、学校側は旧館を取り壊して、新しく部室棟を立てると言うことがほぼ決定した」岡部の説明。あのひび割れを見ると確かに無理もない。次に地震が発生したらただでは済まないように感じる。しかし、それが俺たち文芸部と何の関係があるんだ?さらに岡部は続ける。「で、その時に放置状態になっていた部活の統廃合の件も出たって訳だ。正直、北高は部活・研究会・同好会が開店休業状態だったり、ただの遊び場になっていたりと無駄に多すぎる。この際だから、そう言った活動を廃止させて、新部室棟は一部屋をもっと大きくしようということだ。現に同好会の中ではたばこや酒を飲むための隠れ家として使われているようなところもあってな。表沙汰にはならなかったが、問題もたびたび起きている」「……で、その巻き添えを食った形になった弱小部である我が文芸部であると?」俺の言葉に、岡部は脱力するように少し背もたれにかける負担を強め、「そういうことだ。文芸部は毎年会誌は作っていたが、大きな活動も行っておらず、さらに部員も定員割れが続いていた。さらに顧問も今も不在のまま。この際だから本を読むだけなら、なくても構わないだろうという話が出ている」岡部の言葉に俺は怒りよりも先に酷く落胆が全身を襲った。確かに定員割れは確かだし、活動内容もゲーム制作までやっているコンピ研に比べれば雲泥の差だ。俺の世界じゃ、それで生徒会から難癖付けられたしな。ま、あれは古泉主導の一芝居だったが。つまりだ。このままだと文芸部は廃部となって、俺たちはここから追い出される。本は最悪破棄されてしまうと。……なんてこった。地震がいつ起きるかなんてわからんから仕方がないが、あれがきっかけでせっかくここまで来たのが台無しになりかねないとは。俺はちらりと長門の方へ視線を向けてみる。やはり良い感情は持っていないようで、全身から否定的なオーラをむんむんと発生させていた。そういや俺の長門感情探知レーダも精度がさらに向上しているな。「何とか切り抜ける方法はないんですかね?」俺はダメもとで岡部に尋ねてみる。それに対して、うーんと天井を見上げて、「新部活棟建設はもう確定路線だが、廃部にする部活についてはまだ決定じゃない。候補に文芸部が挙がったというだけだ。だから、人数はどうしようもないが、活動内容を充実させてアピールするしかないと思うぞ。活動内容が不明瞭だからそんな意見が出てくるなら、逆にはっきりさせてしまえばいい」何だかんだで岡部の話はわかりやすくて良い。やる気のない俺のクラスでもきっちりまとめ上げているだけのことはある。何とかしてやりたいという想いで、俺たちへこの話を持ってきたのだろう。とはいえ、活動内容を明確にしろと言っても文芸部ってのは地味の固まりみたいなもので、ド派手な活動なんてどうやっても無理な気がするんだが。「それはお前たちが考えるしかない。俺にできるのはここまでだよ。一応、二週間調査してから廃止する活動を決定することになっている。かなり短い時間だが、そこまでに何とかやってみるしかないな」岡部はもうわけなさそうに頭を下げてくるが、いやいやこれだけの情報を事前にくれただけでもありがたい。対応策はまだわからないが、少なくても考える時間は多めに確保できた。やがて、岡部は自分のハンドボール部へ戻っていった。後は俺たちが何とかするしかない。俺は長門の方を振り返り、「で、まずお前の意思を確認しておきたい。廃部を受け入れるか、それとも回避するためにあがいてみるかだ。ただし、あがいたところで結果は変わらないって可能性も十分にある。どうする? 本を読むだけなら確かに文芸部の本をうまい具合に理由を作って自宅に持ち帰れば良いだけでいい」「…………」俺の問いかけに長門は二ミリほど首を横にかしげる。それに俺はほっと安堵のため息を吐いた。それは長門の特有の拒否の意味合いだからだ。つまり、俺たちの取るべき道は文芸部存続のために、徹底抗戦を構えるって訳だ。「とは言っても、何をすればいいのやら。まずはそれを考えないとならんな。5分考えて出てくるものじゃないが。とりあえず、今日明日考えて良い案があったら持ち合うって言うのはどうだ?」「わかった」俺たちはその後あーだこーだと打開策を考えていったが、結局いい案は思い浮かばず今日は解散ということになった。◇◇◇◇「ほーむぺーじ?」唐突に俺から語られた言葉に、長門が首をミリ単位で傾けて疑問の反応を見せた。やっぱりHPについてはまったく知らないのか。長門の家にはパソコンなんてなかったから、ネットめぐりなんてする機会もないだろう。「そうだよ、HP。文芸部のHPを立ち上げるんだ。会誌を作るっていうのも考えたが、学校内だけへの影響じゃ教師たちへのインパクトも小さいだろうから、この際俺たちの存在をネットを通して全世界に発信しちまえばいいんだよ」俺は一緒にHPというものがどういうものか大体のイメージを長門に伝えた。うまく理解してくれるか不安だったが、元々理解能力は高いおかげかあっさりとしてくれた。昨日の夜、俺は風呂に入りながらつらつらと廃部回避の手段を考えて、ふと思い至ったのがHP作成だった。さっきも言ったが年一冊の会誌を週間とか月間にして作ることも考えたが、印刷などの手間が大きい。幸いなことに俺の世界ではまったく役に立っていないあのSOS団のHPの作成経験があるので、アプリさえあれば、HP作成は可能だ。それを聞いた長門は、「しかし、そのHPという情報回線網の一領域に提示できる材料をわたしたちは持っていない」「お前、この数週間で何冊ぐらい本を読んだ?」「28冊。すべてフィクション。ジャンルは多岐にわたる。ただしこの数値には、この部屋だけではなくこの学校施設内の図書室から貸し出して読んだものも含まれる」まるで統計情報を公開するような口ぶりで長門が答えた。俺はそれにぴんと指を立てつつ、「なら十分に公開できる量だろ。つまり、俺たちの読んだ図書一覧を作るのさ。その本の簡単なあらすじと俺たちの感想もつけてな。それのHPをつくりネット上で公開する。どうだ、立派な文芸部の活動だろ?」「だが、先ほどあなたから提供された情報によれば、そのHPを作成し公開するにはある程度のパソコンという機械と情報回線網領域の使用申請が必要だと判断できる。今のわたしたちはその手段を持っていない」「それについては、協力してもらうんだよ。お隣さんに」俺は親指で部室の壁――その向こう側にあるコンピュータ研究会をさして言った。「余ったパソコン?」「そうです。パソコンで余っているのはありませんか? 型は古くても良いですから」俺と長門は隣のコンピ研に乗り込み、パソコンの譲渡の交渉に臨んでいた。もちろん、俺の世界のように朝比奈さんの胸を握らせたセクハラ写真をでっち上げて最新型パソコンを強奪なんていうことはせずに、普通に旧型でも何でも良いから余っているものがあればもらおうというわけだ。突然の押しかけにコンピ研部長はしかめっ面を浮かべながら、「いきなり言われてもねぇ……文芸部だっけ? HPを作るのは良いけど、あの部屋LANもないからインターネットにもつなげられないじゃないか。どうするつもりなんだい?」ネットにつなげられないのは百も承知だ。まさかハルヒの如く無理やり脅してコンピ研にネットワークを文芸部室まで伸ばさせるわけにも行かないからな。ただ、HPのコンテンツをつくるだけなら、ネットに接続している必要はない。幸い自宅に家族共有のPCがあるから、文芸部室で作るだけ作って外部記憶メディアに保存して家からネットに反映すればいいのだ。あとその話をするのと同時に、文芸部が廃部の危機にあることも伝えておいた。そういう状況だと言えば、コンピ研側も同情してパソコンの一台ぐらいポンとくれるかも知れないと期待したからだ。コンピ研部長はなるほどと頷きつつも、「だけど、残念ながら余っているパソコンはないんだよ。あるのはこないだ地震で倒れて動かなくなったのが一台だけあるけど、それじゃどうにもならないだろう?」確かにそんな粗大ゴミをもらっても困るだけだ。動かないパソコンほど意味のないものはない。うーむ、こいつは困った。ノートPCとか色々あるみたいだから買い換えた型落ちパソコンの一台ぐらいはあるものだと思っていたんだが……「どれ?」唐突に声を上げたのは長門だ。辺りを見回しているところを見ると、今のは壊れたパソコンとやらはどれか?と聞いているのだろう。「ああ、そこの床に置かれているものだよ。起動テスト用に古いCRTディスプレイもつなげてあるから、試してみるかい? 万一動くようになったらあげても良いよ。代替のパソコンはもう買ってきたからね」コンピ研部長は部屋の隅の机に置かれている古めのPCを指さしつつ、ホクホク顔で自分の席に置いてあるパソコンをかわいがるように撫でた。それはあのハルヒが強奪していったものと全く同じ型のもので、相当そのパソコンが気に入っているところを見ると、俺の世界のコンピ研部長がどれだけ悲しんだのか涙を禁じ得ない。もっとも朝比奈さんの乳モミの代償に比べれば安いもんだと付け加えておくが。俺たちはその故障したというパソコンの前に立ち、とりあえず電源を入れてみる。ほどなくしてファンの回転が始まり、パソコンのピッという起動音ぽいものが聞こえてきたが、それ以降は虚しくファンが回り続けるだけでディスプレイは真っ黒のままだ。やはり壊れているのか。俺は諦め気味に電源を一旦落として、再度起動にチャレンジしてみようと電源ボタンに指を伸ばすが、「わたしが」そう言って代わりに長門が電源を入れてしまった。同じようにファン回転と共に起動音が鳴り響く――とそれに続いてパソコンのメーカー名がディスプレイに映し出され、さらにOSの起動が開始された。背後からこれを見ていたコンピ研部長は仰天して俺たちの元に駆け寄り、「い、いったいどんなマジックを使ったんだ!? 僕たちがメモリチェックから分解・掃除・組み立てまでやり直してもBIOSすら起動できなかったって言うのに!」それに対する回答は簡単だな。起動したのが長門だからだ。そうとしか言いようがない。恐らく何からの宇宙的マジックを使ったんだろう。パソコン素人の長門が、コンピ研総掛かりでも動かせないパソコンを復活させる方法といえばそれ以外にない。しかし、いいのか? こんな私事に超パワーを使っちまって。「ぶ、部長……そのパソコン……」ここで部員の一人が何やら部長に耳打ちをした。同時にみるみると血の気の引く音が聞こえそうな勢いで真っ青になっていった部長がOS起動直前のパソコンのディスプレイの前に立ち塞がり、「とりあえずだ! 約束通りこのパソコンは文芸部に譲ることにするよ。新しいのもあるし、こいつも古くなったからもう必要ないからね。ただ、ちょっとコンピュータ研究会の極秘ファイルがいろいろ詰まっていたりするんで、OSのクリーンインストールをさせてくれないか? それが完了次第、すぐにそっちの部室に持って行くからさ」どうやら見られたらまずいものが入っているらしい。大方パソコンの起動もできないから消すこともできなかったんだろう。とにかくだ。これでパソコンの確保はできたわけだ。「よっし、これで第1段階はクリアだ。あとは俺たち次第だな」俺の言葉長門はこくりとうなずいた。ぼちぼち部活動終了時刻が近づいた辺りで、OSのクリーンインストールとやらを終わらせたコンピ研一同が文芸部室へパソコンの搬入を行った。ついでにサービスと言うことでLANケーブルを文芸部まで引っ張りインターネットへの接続までできるようにしてくれた。そこまでしてくれなくてもと俺は遠慮しようと思ったが、やっぱりこういう作業は何だかんだで好きらしく、向こうから進んでやり始めた。まあ、こっちもそれなら助かるんだが。「よし完了だ。これでネット接続もできるよ。HP作成ツールはフリーウェアだが、使いやすいやつをインストールしておいた。あとは好きに使ってくれ」「何から何まで済みません。助かりました」俺は本気で感謝しつつ、部長氏に頭を下げる。そんな俺に彼はいやいやと手を振って、「困ったときはお互い様さ。どのみち処分に困っていたパソコンを引き取ってくれたおかげでこっちも助かったしね。そっちも廃部とか問題を抱えているみたいだけど、がんばってくれ」そう俺の肩をポンと叩くと、部員を引き連れて自分たちの部屋に戻っていった。さてと。ここからは俺たちのターンだ。こいつを使って廃部の危機に立ち向かわなきゃならん。「で、HPを作ることに長門は異存はないで良いんだよな?」「ない」最低限の回答を返す長門。そうなると、さっき言ったとおり読んだ本の感想を載せた批評サイトっぽいものを作ることになるが、ある程度目標と計画を持っておかないとならない。長門はすでに28冊読んだといっていた。こいつの能力を考えればきっと全部の内容を全て頭の中に記憶しているだろう。ただあらすじはかけるかも知れないが、感想はどうだ?『ユニーク』『波瀾万丈』とか最小単語の感想ばっかりがならびそうだが……ま、そこは何とかやっていくうちに修正をかけていくしかあるまい。実際に幻想ホラーというお題で小説は書けたんだ。当時の長門とこの世界の長門ではまだまだ異なる点が多いだろうが、同様にそういったことができるようになる可能性は高い。「じゃあ、目標と立てておこうか。期限は二週間だが、あと何冊ぐらい読めそうだ? 俺は正直適当に流し見しかしていなかったから、事実上現在0冊になっちまうんだが……」俺の言葉に、長門は少しだけ思考のためか停止状態を取ったのに、「わたしの計算によれば、自分の機能最大で100冊までは可能だと推測できる。ただし、これは書物の解析作業とその概略的要素のとりまとめのみに作業内容を絞った場合にのみに達成可能。HPという情報網の一領域作成作業に携わった場合はある程度の低下が予測される」なるほど。なら役割分担は決まったも同然だ。長門が本を読み、俺がそれをまとめつつHPの作成を行う。それでいいか?「問題ない」決まったな。じゃあ早速明日から作業開始だ。そんなわけで、俺たちの文芸部存続をかけた戦いの日々が始まった。作成コンテンツの名前は、ずばり『長門有希の100冊』だ。~涼宮ハルヒの軌跡 情報統合思念体からの独立(中編)へ~
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