遠距離恋愛番外編1.GWの対決 第十一話
第十一話 勝負の行方 物産展終了の16時が近づくにつれ、双方のブースの動きが慌ただしくなってきていた。残り時間で1つでも多く販売をしなければならないからな。双方の売り上げ数を正確に把握しているのは鶴屋さんだけなのだが、その鶴屋さんはさっきから姿が見えないが、そろそろ最終集計に掛かっている頃か。 俺は休憩ブースの中でやきもきしながら備え付けのお茶をちびちび飲んでいた。う~ん、長門や朝倉のお茶を飲んだ後だと何とも味気なく感じてしまうね。ティーバッグの緑茶をポットのお湯で煎れた物だから、これはしょうがないことなのだが、こんな時こそ正真正銘、本物の朝比奈さんのお茶が飲みたいぜ。 「そろそろ販売終了ですよ。見に行かなくて良いんですか?」俺の向かいに座っている呉服屋の若旦那……古泉は、0円スマイルを貼り付けた顔で聞いてきた。そうだな……だが俺が行っても何の役にも立たんし販売を邪魔するようなことはしたくない。俺はここでこの勝負の行方を見守るさ。「そうですか……ところで、あなたはどちらに勝って欲しいと思ってるんですか?」う~~ん、正直どっちにも勝って欲しいし、どっちにも負けて欲しくはない。佐々木の方は「老舗の高級和菓子」という高級感を演出していたし、漬け物というアクセントをうまく使ったことで、試食会場は凄い人気だった。特に、年配の方々がまるで自分の孫でも見ているような顔で、佐々木と朝倉を見ていたのが印象に残った。 ハルヒの方は逆に、今まで「高級和菓子」には興味がなかった層を引き込んでいたな。若い親子連れって言うのは、今まで「高級和菓子」には興味がなかっただろうから、そういった層にアピールしたのは凄いと思う。 特に子供と若い母親達を取り込んだのは、ある意味盲点だったかもな。二人とも、よく頑張ったと思うぞ。だから、引き分けってのが俺的にはベストかな。 そこまで話した俺は、こちらを真剣な目で見つめている古泉に気がついた。……なんだ?何か言いたいことがあるのか、古泉?「涼宮さんと佐々木さんが、何故こんな戯れの勝負事に拘っているのか、考えたことはありますか?」ん?それはほら、お互いに負けず嫌いって言うか、意地の張り合いってヤツなんだろ?「当たらずとも遠からずですが……では、何故涼宮さんと佐々木さんはその意地の張り合いをして居るんでしょう?」東京周遊チケットが懸かっているからじゃないか?女ってのは商品が懸かるとマジになるって言うしな。「……間違っては居ませんが、彼女たちが意地を張り合っているのは、その商品が『ペアチケット』だからなんです。あなたはそれを理解していない」何故俺が理解する必要がある?例えどっちが勝ったとしても、俺には関係のない話だろう?そこで、会話が途切れた。ふと古泉の方を向くと、哀れみと羨望と非難が混じった目で俺を凝視している。 「……本気でそう思っているのですか?」気圧されるような勢いで問いつめられた。いや、待て待て。俺は何も変なことは言ってないぞ?確かに俺は関係者ではあるが、この勝負に関しては部外者だ。張本人のハルヒが言ったんだ、お前も聞いていただろ? 「確かにそうですが、それでも僕は…………いや、良いです。ですが、まさかこれほどまでとは」先ほどの気圧されるような雰囲気が跡形もなく消えた古泉はため息をついて腕を組む。「勝敗の結果については、我々機関も関知していません。もちろん長門さんを始めとするTFEI達もです。それでも……恐らくは、涼宮さんが望んだ形になると思います」 そうか、ならそれで良いじゃないか。有る意味、いつも通りだろ?「それはそうなんですがね。相手が佐々木さんで無ければ、ですが……と、そろそろ時間ですね」古泉が壁に掛かった時計を見る。俺もつられて時計を見たその時、物産展終了のアナウンスが流れ始めた。 「いやぁ~~~、疲れた疲れた!めがっさ疲れたよっ!」その言葉とは裏腹に、まだまだ元気一杯の鶴屋さんが休憩ブースに戻ってきた。お疲れ様でした、鶴屋さん。「おお~~、キョン君!有り難とさんっ!キョン君のおかげで、売り上げ目標突破したよっ!」それは何よりでしたね……って、俺のおかげですか?売っていたのはハルヒと佐々木と長門と朝倉で、俺は何もしていないのですが。「ふっふ~~ん、分からないなら良いにょろ!何はともあれ、鶴屋饅頭は来年もこの物産展に参加することになりそうっさ!あたしは来られないかもしれないけどねっ!」 そ……そうですか。ところで、あいつらはどうしました?「ハルにゃんと佐々木さんかいっ?有希っこと朝倉っちと売り場の後片付けしてるよっ!もうそろそろ来るんじゃないかなっ!……って、噂をすれば来たにょろ!お~~い、こっちこっち!」 俺が入り口の方を振り向くと、和服姿に襷掛けの佐々木と朝倉、バニースーツに燕尾服のハルヒと長門が丁度入り口に姿を現したところだった。「いや~~、みんなお疲れさまっ!とりあえず、ここに座って座って!」ハルヒと佐々木にぶんぶん手を振った鶴屋さんは、俺の座っているテーブルを指し示した。 バニースーツに燕尾服というダンスの時の格好そのままで俺の右手側に座っているハルヒと長門。和服に襷という姿で左手側に座っている佐々木と朝倉。その奥両側には古泉、会長、喜緑さんの姿も見える。で、俺はと言えばテーブルの端、議長席のようなところにいるわけだ。え、何で? 「さあさあ、では結果を発表するよっ!じゃあキョン君、読み上げてっ!」え、俺ですか?でも俺は今回は部外者みたいな立場ですから、脇の方で見てますよ。慌てて席を立とうとする俺を、鶴屋さんは俺の両肩をがっしりと掴んで座らせ直した。 「何言ってるのかなっ?君が逃げちゃいけないにょろよっ!」何言ってるんですか……そう言おうとして改めて場を見回すと、ハルヒと佐々木の射るような視線がこちらを捕らえていた。なんだ?俺は確か今回は部外者のはずなんだが……まあ、しょうがないか。 俺はため息を一つつき、鶴屋さんを振り返った。「結果を見せて下さい」 「では、発表します!まず、実売数!」だららららら……と、鶴屋さんが後ろでドラムの真似をして盛り上げてくれる。ああ、いいですよ鶴屋さん。そこまでしなくて。「こんな時にはやっぱり効果音が無くっちゃねっ!キョン君は気にせずに発表してくれれば良いっさ!」……そんなもんですか。気を取り直した俺は、目の前の紙に目を落とした。 「ハルヒブース、販売数644。193,200円!」ほう、というため息とも付かない声が流れた。俺は続けてその下に書いてあった結果を読み上げる。「佐々木ブース、販売数588。176,400円!」よっしゃ!という声が俺の右手側から聞こえる。もちろんハルヒだ。奥の方を見ると古泉がほっとしたような表情でこちらを見ていた。ただし、反対側の佐々木と朝倉は一瞬引きつったような顔をしていたが。 「こっちのブースは親子連れが多かったからね。一組のお客さんが幾つも買ってくれるのよ。あたしの狙いは当たったわ。やっぱりこういうのは基本に戻らなきゃ!ね、有希?」 自慢げに感想を話すハルヒと、その脇で微かに頷く長門。お前はさっき大道芸がどうのとか言っていたが、あれが基本なのかよ。 「確かに実売数では負けたけどね、まだ完敗した訳じゃないよ、涼宮さん?」ハルヒの言葉を聞いた佐々木が、珍しく抗議の言葉を口にした。「こちらのブースは主婦の方やお年を召された方が多かったんだ。その場で飲食されないで、お使い物として購入された方も多い。手放しで喜ぶのは、次の結果を聞いてからでも遅くはないと思うんだが」 ハルヒに抗議の言葉を投げかける佐々木の隣で、朝倉がうんうん頷いている。 「こっちだってそれなりに予約・注文してくれる人もいたのよ?アンタのところに負けるとは思えないけど」「それはこっちのセリフさ。まあ結果を聞けば、あなたにも理解できるだろうね」火花を散らした二人の視線は、そのまま俺の顔を直撃した。 「キョン!さっさと結果を発表しなさい!」「キョン!さっさと結果を発表したまえ!」 「………え~~と、次に予約・注文数の発表です。まず、ハルヒブース」ハルヒと佐々木の視線に焼き殺されそうになった俺は慌てて手に持っていた紙に目を落とした。 「10個パック5つ、18個パック7つ。総数176、52,800円」ふふ、と微笑むハルヒ。既に勝利を確信したのか、俺に早く先を告げろとでも言うように視線を送ってくる。それとは反対に、佐々木はいつもの平然とした顔ではなく真剣な顔をして俺を見上げた。 「佐々木ブース……10個パック7つ、18個パック9つ。総数232、69,600円」え、と言うハルヒの驚いた顔。一瞬にして先ほどまでの余裕が無くなったようだ。だが佐々木と朝倉も唖然とした表情をしている。奥に座っている古泉も、先ほどの0円スマイルのまま固まっていた。 計算の速いコイツらのことだ、結果がどうなったのかは理解して居るんだろう。ハルヒ、佐々木、長門、朝倉、古泉、会長、喜緑さん……全員の視線が俺に集まる。 「最終結果を発表するよっ!ハルにゃんブースには合計820個売り上げて貰って246,000円!対する佐々木さんブースも合計820個、246,000円!」俺の後ろに仁王立ちした鶴屋さんは、この勝負の結果を朗々と読み上げた。「従ってこの勝負、引き分けにょろ!ハルにゃん、佐々木さん、お疲れさまっ!」 唖然、呆然、愕然……その場にいた俺たちが浮かべていた表情は、そんな物では言い表せない物だったろう。ただ一人、鶴屋さんを除いてな。 「えーと、つ、鶴屋さん?」いち早くハルヒが混乱から抜け出し、鶴屋さんに問いかけた。「ん??何かなっ?言っとくけど、数え間違いはないからねっ!厳正な数量計算で出てきた結果だよっ?」「そ、そうなんだ……じゃ、じゃあ、ご褒美はどうなるの?東京周遊3日間の旅・ペア宿泊券は?」「ん~~、そうっさねぇ……」ハルヒと鶴屋さんの会話に聞き入っていた俺がふと周りを見渡すと、会長と喜緑さんの姿は既に無く、その代わりハルヒと鶴屋さんの会話に真剣に聞き入っている佐々木、長門、朝倉、古泉の姿が俺の目に飛び込んできた。全員爛々と目を光らせ、ハルヒと鶴屋さんの会話を一言も聞き逃さないように、耳を欹てている。 暫く考え込んでいた鶴屋さんは、ぱっと顔を上げた。だがその顔にはいつもの笑顔は無く、真剣な光が宿っていた。「勝負の結果が引き分けだから、昨日約束したご褒美をあげるわけにはいかないねぇ!それはハルにゃんも佐々木さんも分かってくれるよねっ?」「……そ、それは分かってるけど……」と、諦めきれない様子のハルヒ。「……悔しいが、そう言う約束だったからね」と、複雑な表情の佐々木。確かに引き分けでは件の『ご褒美』とやらは貰えないだろうな。ただ……ハルヒも佐々木もあれだけ頑張ったんだ。お互いに作戦を立てて、それぞれ全く違うアプローチで、この地域には全く知名度のない『鶴屋饅頭』を、当初の売り上げ目標を達成するほど売り込んだんだ。それを幾ら引き分けとはいえ「お疲れさまっ!」の一言では終わらせて欲しくないよな。 そんな顔をしていた俺の顔を覗き込んだ鶴屋さんは、まるで俺の考えを読み取ったような顔でウィンクした。 「でもねっ!うちの商品を頑張って売ってくれたみんなに、な~んのお礼もしない程、あたしは恩知らずじゃないよっ!」悲痛な沈黙に支配されたような休憩ブースを打ち破るように、鶴屋さんの明るい声が響いた。「今回の販売応援に参加してくれたみんなに、ささやかなお礼をしたいと思うっさ!」ん?と全員が顔を上げる。鶴屋さんはそんな俺たちを一通り見回してから佐々木に問いかけた。「佐々木さんと朝倉っちは、まだ時間あるかなっ?」「は……ええ、大丈夫です」「ええ、大丈夫よ」突然の問いかけに、お互い顔を見合わせながら答える佐々木と朝倉。それを見て「うんうん」と大きく頷いた鶴屋さんは、今度は古泉に目を向けた。「古泉くん?君たちは確か今日の夜行で帰るって言ってたよねっ?」「……ええ、その予定です」「実はね、あたしもその夜行で帰るんだよっ!だから……」 鶴屋さんはそこで再び皆を見回して宣言した。「時間までご飯でも食べようじゃないかっ!場所はもう押さえてあるよっ!もちろん、み~んなあたしの奢りだからさっ!何でもかんでも食べ放題っ!あ、お酒はダメにょろよ?……まあちょろっとなら良いかなっ?」 その言葉に真っ先に反応したのは長門と朝倉の両TFEIだった。「……行く」「じゃあ、着替えてくるわ」椅子を揺らして立ち上がる2人。おい、お前ら昼にあれだけ食ったのに、まだ食う気か? 「……そうね。終わったことをくよくよしてもしょうがないわ。アタシも行く」「既に結果が出てしまったことだし、今更悩んでもしょうがないというのは僕も同感だ。僕も行くとしよう」あっけにとられた俺が休憩ブースを出て行く長門と朝倉の後ろ姿を見送っていると、ハルヒと佐々木も立ち上がった。 「じゃあ、決まりだねっ!着替えたら裏の従業員出入り口に集合っさ!ハルにゃんと佐々木さん、悪いけど有希っこと朝倉っちにも集合場所伝えてねっ!」ぱんぱんと、鶴屋さんはまるで小学生の遠足を引率する教師のように合図をする。それにつられるように俺と古泉も席を立った。……そうだな。俺たちもさっさと着替えようか。 女性達が従業員用の更衣室に向かうのを見送り、俺と古泉は休憩ブース脇の簡易更衣室で着替えを始めた。「なあ、古泉」「なんでしょう?」しゅるしゅると帯を解きながら俺は隣の更衣室にいる古泉に話しかけた。 「お前としては納得のいかない結果だったんじゃないか?」「……そうですね。まさか、引き分けになるなんて夢にも思いませんでした」「俺としては希望通りというか、願ったり叶ったりってところだが……」「ええ。そうですね。でも、この結果を涼宮さんが望んだのでしょうか?」「分からん。つーか、お前は俺よりもアイツの考えを理解出来るんじゃないのか?ハルヒが望んだからこそ、この結果になったんだろ?違うのか?大体、それはお前が言ったことだぞ?」 「分かってますよ。だからこそ、夢にも思わなかったと言ったんです」「まあ、ハルヒも佐々木もお互いのことを認めた、だからこんな結果になった……と、こういった解釈で良いんじゃないか?あんまり深読みすべき事じゃないと俺は思うぞ」 「……確かに現時点では、それが一番納得のいく回答ですね」先ほどまで着ていた和服を丁寧に畳み、側にあった脱衣かごに入れる。シャツを身につけ、ジーンズを履く。簡易更衣室のカーテンを開けると、それとほぼ同時に古泉も隣から出てきた。「……閉鎖空間は発生していないようです。やはり、涼宮さんはあの結果で納得されているようですね」「そっか。アイツも大人になったと言う事さ」「やはりあなたの方が涼宮さんのことを、より理解していらっしゃると言うことですかね?」「何のこった」「いえ……それより、早く行かないと、また涼宮さんの機嫌が悪くなってしまいます。さ、行きましょう!」俺たちはそそくさと、まだ喧噪の残る休憩ブースを後にした。 その後、鶴屋さんが押さえてくれた駅前の高級イタリアンレストランの支払いが果たして幾らになったのか、俺は知らない。ただ、俺たちが店を出るときにキャッシャーの方から「……にょろ~~ん」という呆然とした声が漏れ聞こえてきたのは俺の聞き間違いではない、と思う。 ご馳走様でした、鶴屋さん。
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