涼宮ハルヒの深淵 第七話 朝比奈みくるの暴走
目を開けると、またもや俺はハルヒしかいない教室に来ていた。さっそくハルヒが寝ている窓際の最後尾へ向かう。 ──おい、ハルヒ。いいかげん目を覚ましやがれっ── やはり声を出すことは出来ないままか、くそっ。声を出すことがだめなら揺り起こすか、または以前の様にほっぺたをつまんでやるしかないな。と、思ったところで俺の足が急に動かなくなった。前回と同じく俺の足を床から生えた手がつかんでいたからだ。よく見るとその手はうっすらと青白く光っていた、以前見た神人と似ている。びくともしない両足からハルヒの方に顔を向け、心の中で叫ぶ。 頼むから、寝てる時ぐらい大人しくしといてくれないか。お前にとってはとんでもないくらい愉快な状態になってるかもしれんが、俺にとってはまったく落ち着かない世界になっているんだ、それに──ここで一気に床に沈み込んでいく俺。急に床がなくなったように落ちていく感覚。俺はまたもやハルヒを起こすことが出来なかった。 気がつくと俺は瓦礫の中にいた。ここはどこだ? 目が慣れてきたのか、暗く狭い空間だがうっすらと周りが見えてくる。とりあえず、現在の自分の状況の把握につとめる。どういう訳か、服はボロボロだったが、なぜだかどこも怪我はしていないようだ。かすり傷一つない。運がよかったのか、はたまた宇宙人あたりが何かしてくれたのかわからんが、とにかく無傷だった。 しかし、やけに冷えるな、ここは。さて、一体何が起こったんだっけ?ちょっと記憶が混乱してるな、思い出してみよう。と、いうわけでこうなった経緯のあらすじだ。 えーと、たしか放課後の出来事だったな……。 部室に行くと長門と古泉が床に正座させられていた、シュールな光景を目の当たりにして唖然とする俺。俺は宇宙人と超能力者を正座させてなにやら説教をしている人物を見て驚愕した。それは特攻服の様な丈の長い黒の学ラン姿で木刀を持ち、グラサンをしている朝比奈さんだった。どうやら空気扱いされてることに憤慨しているようだ。当然、俺も正座させられた、長門と古泉曰く腰の黒いボタンを間違って押して変身したからだそうだ。俺が危惧していた通りの展開だな、これは。 ながい説教の間にコンピ研部長が尋ねてきた、扉をノックした後に、「ごめんください、どちらさまですか、 コンピュータ研究部の部長が長門有希さんに用事があって参りました、 おはいりください、ありがとう」と言って入ってきた。ここ、コケるとこ?当然、ブラック朝比奈さんに追い出されたのは言うまでもない。 で、次に来たのは喜緑さんだった、長門が救助を求めて呼んだらしい、だが、外見は小学校低学年ぐらいだった。ふむ、喜緑ちゃんと呼んでおこうか。それとも、きみろりさん? て、何言ってんだ、おい。いいのか? そしてきみろりさんが召喚したメカ生徒会長vsブラック朝比奈ロボの壮絶な戦いが勃発。一体どっちが悪役なんだろうか、どっちも悪役っぽいんだが。などと考えてたのがいけなかった、完全に逃げ遅れた俺は、激闘の最中、崩れていく旧校舎に巻き込まれたしまったのだ。 ───ってのが、これまでのあらすじだ。 とりあえず俺は瓦礫の中から外に出ようと試みる。今はうまく隙間にいるが、下手に瓦礫を動かすと生き埋めになりかねない。さてと、どうすっかなぁ……て、落ち着きすぎだな、俺。こういうときは先ず、助けを呼んでみるのが正解か。 こんな時、一番頼りになるのが長門なんだが、いかんせん、俺の携帯には長門の自宅の番号しか入ってない。いや、そもそも長門は携帯を持っているんだろうか、はて、どうだったかな、俺から長門に連絡するときはいつも自宅だったからな。または学校の文芸部部室に直接向かうとかだしな。 てなわけで次の候補に電話をかけることにする、古泉だ。多分古泉に連絡すれば近くに長門がいるはずだからな。 電話をかけようとして携帯を取り出したと同時に携帯が震え出した。うおっ、とと、誰からだ?取り落としそうになったが、なんとか落とさずにすんだ携帯の画面を見る。非通知だったが、なんとなく思うところがあったので電話に出た。「もしもし」『……無事?』「やはり長門か……、ああ無事だ、運良く怪我はしていない、 だが閉じ込められて出られない状態だ」『そう……、今から救出する、その場から動かないで』これで一安心だ、程なくして頭上の瓦礫が砂のように崩れて消えていった。 外に出ると、所々に雪が降ったあとが見受けられた、その中で一際雪が積もってる場所に長門が立っていた。さっき、やけに冷えると感じたのは長門のせいだったか。 「長門、お前が無事でよかったよ、おかげで助かった」とりあえず礼を言っておかないとな。長門は俺の姿をみて少々戸惑った感じにたたずんでいる。さっきまで安堵の表情だった気がしたんだが、といってもほとんど無表情に近いが俺だけが感じ取れる微妙な変化があった。 あちこち破れたり穴があいている俺の服を見れば驚くのも無理ないか、とはいえ、上着の右袖が一部無くなっているのはお前の仕業なんだが。それはともかく、俺が無傷で済んだのは長門が何かしたからじゃなかったのか。まあいい、それよりお前だけか? 朝比奈さんと古泉はどこだ?「古泉一樹はあなたの後ろにいる」なに、後ろ?何やら身の危険を感じつつ振返る、だがそこには誰もいない。あるのはさっきまで俺がいた瓦礫の山だ。あれ? まさかこの瓦礫の下に埋まってるっていうんじゃ……。一瞬、最悪の状況を考えてしまったが、そんなことはないはずだ、たしか吸血鬼になっていて弱点以外はダメージを受けないって言っていたからな。 ん? 弱点……。そう思って空を見上げた、まだ日は沈んでいない。まさか、古泉、お前太陽の光を浴びて灰になっちまったのか。なんてことだ。こんなことになるんならもう少し優しくしてやればよかったな。安らかに眠ってくれよ、間違っても赤い玉とかになって出てこないでくれ。俺、幽霊は信じない主義だからな。イエスマン古泉、スマイリー古泉、どっちがいいか?どっちでもいいか、とりあえずここに眠る──と。 夕空に古泉の笑顔がハーモニーとなってオーバーラップする。そこに一匹のコウモリが羽ばたいていた。それをみてふと思い出す。コウモリか……、そういや以前古泉が言っていたな、哺乳類の中で一番種類が多いんだっけ、たしか1500種類だったかな? 「勝手に殺さないでください」うおっ、コウモリがしゃべった。「僕ですよ、古泉です、どうやら太陽の光を浴びるとコウモリに変身するみたいですね、 一種の防御機能と言いましょうか、この姿だと太陽の光も平気なようです、 少し安心しました」 いや、平気そうに言ってるが、お前はどんどん人間離れしてるんだぞ、赤い玉になってびゅんびゅん空を飛び回るだけでも充分デタラメな能力だろが、それに加えて吸血鬼でコウモリに変態するという、なんつーか、とんでもなく常識はずれな改変されてんだぞ。いいのか。それに、無事だったのはいいが、見た目がRPGの雑魚モンスターみたいだぞ。でもまあ古泉が納得してるなら別にいいか、それより朝比奈さんはどこだ? 「朝比奈みくるは先ほどの戦闘で多少負荷がかかった模様、 現在、二年の教室でメンテナンスを受けている」無事なんだな、「……無事、それに先ほどの戦闘にも勝利した、見事」そうか、勝ったのか、普段の朝比奈さんからは想像できない戦い振りだったからな、それより、みんな無事なのはよかった。しかし、旧校舎ごと部室がなくなっちまったな、あそこにはお前の蔵書があったのにな……。 「その心配は無用、涼宮ハルヒを目覚めさせることが出来ればすべて元に戻るはず、 それに今のわたしは本を読むことが不可能、それより……」長門は少し言いよどむ、なんだ? なにか問題でも発生したのか。心なしか表情も曇っている様に感じる。「それより……あなたが倒壊する校舎に巻き込まれた時……」長門は吸い込まれそうな瞳を俺に向け。「一瞬だけ涼宮ハルヒの存在を探知した。 ……おそらく、あなたが危機的状況に陥ると、 涼宮ハルヒは何らかのアクションを起こすと推測される」 そういや、ハルヒのいる教室に行けたのは、昼に襲われた時と倒壊に巻き込まれた時だったな。「そのことについて少し確かめたいことがある」長門がそういった瞬間、冷気を帯びた風が俺の左側を駆け抜けた。だが、風だと思っていたのだが違っていた、それは長門自身だったようだ。左後方に振り返ると後姿の長門が居たからだ、ゆっくりとこちらに向く長門。 その長門の右手に持っている光る物を見て、俺は背筋が凍りついた、一瞬ナイフに見えたからだ、それに今は夕方、この状況はいやでもあの時を思い出させる。よく見ると長門が持っているのは氷だ、だが、なにやら殺傷能力がありそうなほど鋭く尖っている。ひょっとして、長門に襲い掛かられたのか、まてまて、そんなことはありえないはずだ。だが、既にボロボロだった上着の左袖が鋭利な刃物で切り裂かれていた。 まて、何が起こったんだ、なんで長門に襲われてるんだ?それに長門はなんて言った。 ──ユニーク── って、違うっ、いつの話だそれは。 ──大丈夫、わたしがさせない── 今襲い掛かってるのはどこのどいつだぁい?……お前だよっ! て、突っ込みをしてる場合じゃない。 ──ならば、せめてわたしを前面に出すべき、 さらにシリアス展開に発展すれば支持も得られやすい。 それなら、わたしが適任。甘いのも得意、スイーツ(黙)── これも違う、と思う。それに、全然スイーツ(笑)じゃないって。 ──おそらく、あなたが危機的状況に陥ると、 涼宮ハルヒは何らかのアクションを起こすと推測される── これだ。 いくらなんでも本が読めなくなり、部室の蔵書が破壊されたからって、襲い掛かってくることはないだろう、長門。それに悪いのは俺じゃなくてハルヒだろ、逆恨みって言うんだぞそれは。 「冗談はやめろ、長門。いいからその物騒なものをどこかに置いてくれ」 この際だから正直言おう、長門が本気なら、最初の一撃で致命傷を与えることぐらい造作もないはずだ。俺も完全に無防備だったしな。服が裂けた程度で済んだのはあえて長門がギリギリを狙っているんだろう。俺を危機的状況に追い込んでハルヒを目覚めさせるってのが目的なんだろうが、いくらなんでもそれは短絡的すぎないか?普段の長門ならもう少し確実的な論理を展開してきそうなんだが……。 「……終わった」ぽつりと言う長門。なにがだ?まさか、お前はすでに死んでいる、などと言い出すんじゃないだろうな。「検証」そう言うと手に持ってた氷の武器が光の粒子に変わって消えていった。俺が消えていくんじゃなくてホッとする。そういや、確かめたいことがある、っていってたな。 どうやら長門はいつもの長門だったってことで俺は安心した、で、何の検証してたんだ? て、訊くのはやめておこう、どうせ俺には理解しがたい言語が出てきそうだったからな。だからここではこう訊くのが正解だと思われる。 「元の世界に戻す方法でもわかったのか?」「おそらく」また曖昧な答えだな、だが昼休みの時点では『無力』だったのが、方法が見つかっただけでもすごい前進だ、それに長門の『おそらく』ってのはほぼ正解に近い正攻法だろう。ただ、100%ではないって意味だ。ちなみに一匹のコウモリがずっと頭上をパタパタ羽ばたいてて、非常にうっとーしいことこの上ない、どっか行け、しっしっ。 「で、どうすりゃいい?」長門はぼんやりと崩れてしまった部室棟を見つめながら、「まず、破壊された校舎を元に戻さなければならない」そう言って長門はまたもや不安げな瞳で俺を見る。ああ、あんまり見詰められると吸い込まれそうです、雪女の魔力はおそろしい。俺は目線をそらし、咳払いをして、お前なら元に戻せるんじゃないのか、と、軽く返した。 「今のわたしは物質を再構成する時にある制限がかかっている」そう言って長門はいつもの早口呪文を唱えた。すると振動音が背後から発生、反射的に振り向く俺。そこには氷で出来たたたみ2畳ほどの壁が出来ていた。なぜ氷? 「再構成時にノイズが発生、すべて氷に変化する」ハルヒに雪女の属性を付加されたからそんなことになってるのか。「……そう、このまま校舎の再構成を実行しても氷では強度が足りずに崩壊する」そうか、参ったな、なんか他に方法はないものか……。「先ほど喜緑江美里にも確認したが、わたし以上に能力が制限されている、 よって協力は不可、涼宮ハルヒの情報改竄能力は我々のそれを遥かにしのぐ」そりゃ小学校低学年になってたからなぁ、ふむ……あ、そうだ朝倉はどうだ? 「現在存在している朝倉涼子は我々のような存在ではない、 涼宮ハルヒの中にある記憶が存在の基盤となっている、 ただのクラス委員長としかいえない存在」やっぱりだめか。ふーむ、何かいい方法がないだろうか。何かありそうな気がするんだが、古泉、何かいいアイデアはないか?近くの木に逆さにぶら下がっている古泉に話を振ってみる。 「ふむ、そうですね、今の僕には何もできない、 ってことぐらいしかわかりませんね」無駄だったか、役にたたんやつだ。「でも鶴屋さんが昼間見せてくださった、 壊れた窓をなおした装置は役に立ちそうな気がしますが」 それだ! それがあったな。でかしたぞ古泉。さすが副団長。と、褒めておき、「じゃ、早速鶴屋さんを呼んで来てくれ、 校舎に入ればお前も元の人型に戻れるんだろ、 コウモリのままのお前と話をするのは正直落ち着かん、 シャミセンがしゃべった時より不気味な情景だからな」と言って古泉に鶴屋さんを連れてくる用事を押し付けた。ふむ、いい気分だ。 程なくして鶴屋博士がやってきた。「やあっ、キョンくん。無事でなによ……、おっと!? ほんとに無事なのかい? 重症だと言ってもおかしくない位の姿だけど」「ええ、服はボロボロになっちゃいましたがどこも怪我なんてしてませんよ、 まあ、悪運が強かったんでしょうねぇ」とはいえ、やっぱりこの姿は誰もが驚くようだな、俺もおどろく。普段なら長門に直してもらえるかもしれないが、今だと氷に変化してしまうからな、右袖がなくなってるのはそれが原因だし。 「しっかし派手に暴れてくれたねぇ、みくるはっ」瓦礫と化した校舎を見て鶴屋博士はなぜか楽しそうに言う。「いやー我ながら驚きっさ、こんだけの破壊活動をして、 ちぃっとばっかののオーバーヒートで済むなんてさっ、 やっぱみくるはあたしの最高傑作にょろ」あっはっはっはっは──っと高らかに笑い出すマッドサイエンティスト、瓦礫と夕日と高らかに笑う鶴屋さんは一枚の絵になりそうなぐらい似合ってますが、お呼びしたのは笑い声を聞く為ではないんですよ。 「めんご、めんご、校舎を元に戻すんだったにょろね~」めんご……ってそれは死語ですよ、いや、絶滅語か。「でも、このみくるリムーバーじゃこれだけの大きさの物は直せないっさっ、 直せるのは……」そう言って俺に向けてそのスイッチを押す鶴屋さん、みるみるボロボロだった服が元に戻る。やっぱ便利だ。って、感心してる場合じゃない。もう鶴屋博士しか頼れないんですよ。 「まあまあ、キョンくん落ち着くっさ、 元に戻す方法が無いってわけじゃないからねっ もともとキョンくんに頼まれなくても元に戻すつもりだったからさっ、 うっとこのみくるのしでかした事は責任を持って元にもどすっさ」不適な笑みを浮かべる鶴屋博士、「天才科学者たるもの、どんなときでも不測の事態に備えておくものなのさっ」鶴屋さんはそう言って指をパチンと鳴らした。と、同時に地面が揺れ始めた。うおっ! なんだ? 瓦礫の山が崩れ始めた、校舎のあったあたりの地面が沈んでいき、とうとう、その場所に大きな穴があいた状態になった。「なにが起こっているんですか? 鶴屋博士」なんか間抜けな助手みたいなセリフを吐く俺。「まあ、見てればわかるっさ」 ゴゴゴゴ……と振動音を鳴らしながらさっきの穴から、巨大な建造物がせり上がってきた。それは、まったく同じ物だった、そう、旧校舎、部室棟だ、古びた感じまで同様のものだった。「…………」俺は完全に言葉を失ってしまっていた。長門もいつもの無表情だが驚いている様にみえる。そして最後に鶴屋さんはこう言って締めくくった。 「こんなこともあろうかと、バックアップ、つまり予備をつくっておいたのさっ」 ────おみそれいたしました。 つづく
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