古泉一樹の家族事情
土曜日。普通の学生ならば家でのんびりしたり部活に励んだり友人と遊びに行ったりするのだろうが、我等SOS団にとって土曜日とは、不思議探索と称して街を練り歩くことが義務付けられている曜日だ。もっとも、やってることは街をブラブラしているだけだから、これも「友人と遊ぶ」のカテゴリに入るのだろうか?団長様は絶対にそんなカテゴリに入れられることを嫌うだろうがな。 というわけで、今日も例に漏れず不思議探索の日だ。これで朝比奈さんと一緒ならば天国だし、長門と一緒なら図書館でノンビリ出来る。ハルヒの場合は大変だ。そこら中を引きずりまわされる。そして最悪なのが…… 「おや、今日はあなたと二人きりですか。」「気持ち悪い表現を使うな。」 古泉と二人きりってパターンだ。……つまり、今の状態だな。何が楽しくて野郎二人で街を練り歩かなけりゃいかん、まだハルヒのがマシだ。 「おや、僕はこの組み合わせも好きですけどね?」「だから、それが気持ち悪いって言ってるんだ。」 まあ、ここまではいつも通りの光景だ。今日もいつも通り適当にブラブラして終わるだろうと思っていた。だが…… 「一樹!」 何物かのこの声によって、事態は一気に非日常へと転ずる。……誰だ?と声がした方向を振り向くとそこには…… 背広を着た、厳格そうな中年の男性が立っていた。えっと……どちら様? 「……父さん。」 な、なんですと!じゃあこの人が、古泉の父親……?だが親と会ったというのに、古泉の表情はまったく優れていない。むしろ困惑しているようだ。 「久しぶりだな、一樹。元気でやっているか?」「……何故、ここに?」「これからお前の家に向かうところだった。だがたまたまお前の姿を見かけてな、声をかけたというわけだ。」「そのようなことを聞いているんじゃありません。何故わざわざこの地に来たのかを聞いているんです。」「久々に息子に会うため、それだけだ。」「……帰ってください。話すことなんてありません。……行きましょう。」 父親を突っぱねて踵を返し歩き始める古泉。 「おいおい、久々の再会なんだろ、もっといろいろ話すことが……」「構いません。さあ行きましょう。」 俺の手を引っ張りその場を去ろうとする古泉。こんな古泉は始めてだ。明らかに動揺している。そして、古泉の父親の一言で更にその動揺の色は濃くなった。 「……母さんも来ている。」「……!」 ハッとして再び父親の方を向く古泉。その顔には焦りの色が浮かんでいるように見える。 「こちらに戻れとは言わない。だが、一目でも構わない。会ってやってくれないか。 もう4年以上も会っていないじゃないか。」「……4年前、僕があの人に何をしたのか知っていての言葉ですか?」「だが母さんは……」「僕にあの人に会う資格はありません。失礼します。」「待て!一樹!」 父親の制止の言葉も聞かずに、再び俺の手を引っ張りながらその場を走り去る古泉。ちょ、ちょっと待てよ。そんな早く走るな、俺がついていけん…… 「ふぅ……」「はぁ……はぁ……」 結局元の集合場所の公園まで走ってしまった。正直……かなりこたえた。古泉のスピードは半端なかったからな。ほぼ全力疾走と言ってもいいのではなかろうか。ようやく息も整ってきたので、古泉にさっきの出来事について疑問を投げかけることにした。 「失礼しました。お見苦しいところを。」「何故逃げる?母親と会うのがそんなに嫌なのか?」「僕には会う資格が無いんですよ。あの人とはもう会うべきでは無いんです。」「何かあったのか?4年前と言っていたが……」 言ってから「しまった」と思った。流石に人様のプライベートに深入りし過ぎた。古泉だって話したくないことの1つや2つあるだろう。ましてや家族絡みだ。家族の問題を進んで友人に話したがる高校生の方が少ないだろう。 「……気になりますか?」「いや、今のは無しにしてくれ。流石に人の家庭まで詮索するのはデリカシーが無かった。すまない。」「謝らないでください。それに僕は、あなたになら話しても構わないと思っているのですよ。 僕の置かれている立場を知っているし、何よりかげがいのない友人ですからね。」「しかし……」「それに正直、誰かに話さなければ心の整理がつかない状態でもあるのです。 僕を助けると思って、どうか聞いていただけませんか。」「……分かった。」 俺は頷いた。そして古泉は、ゆっくりと話し始めた 「あれは、僕が中1の時のことです……」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 僕は自分で言うのも難ですが、いたって平凡な中学生でした。テストも平均より少し上程度、スポーツも得意でも無ければ不得意でもない。まだランドセルを背負っていた小学生気分が抜けていない、無邪気な子供でした。クラスの中心になるような目立つ人間ではありませんでしたが、友達もそこそこ居ましたし。楽しい中学生活を送っていたと言えるでしょう。 しかしその生活は、ある日突然崩されたのです。今でもはっきりと記憶しています。7月7日の夜のことでした。その日は部活で疲れていたので、少し早めに9時頃布団に入りました。しかし気付くと、僕はまったく別の場所に居たのです。 「ここは……どこ……?」 そこは学校の校庭でした。僕の中学校の校庭ではなく、別の場所です。そして……色が、無い。昼間のように明るくも、夜のように真っ暗でもない。ただ一面、灰色。そう、閉鎖空間です。今となっては見慣れた光景ですが、始めての経験でしたから右も左もわからず、ただ混乱するだけでしたよ。 そして同じく、今では見慣れていますが、当時の僕をパニックに陥れるには充分なものも登場しました。 「な、なんだアレ……!ば、化け物!!」 半透明の青色をした巨人……そう、神人です。その怪人は校舎を破壊していました。僕はその場に倒れこんでしまいました。腰が抜けてしまったのでしょうね。 そして、神人がこちらを向き、拳を振り上げ…… 「うわあああああああ!!!」 と、ここで目が覚めました。夢かと思いましたが、その時既にそれまでの自分とは何かが違うことを自覚していたのです。涼宮さんにより「力」が与えられた瞬間と言っていいでしょう。しかし何の訓練も受けず、なんの準備もしていなかった当時の僕にとって、その「力」は大きすぎました。酷い頭痛に倦怠感、そして幻覚や幻聴と言った症状が現れたのです。その幻覚では決まって、神人が自分に向かって攻撃してくる……つまりあの夢とまったく同じものでした。 通常の学校生活もままならなくなり、僕は自室に引き篭もり、なお襲ってくる幻覚に怯えていました。そしてそんな生活が一週間続いた日のことです。 「一樹、ちょっといいか?」 父さんと母さんがドアを開けて入ってきました。 「……お前は今心を病んでいる。そして、どうやらお前と同じ境遇の人が集まっている場所があるようなんだ。」「そこで、心のケアをしてくれるみたいなの。だから一樹、そこに行って……」 しかしその親の言葉はその時の僕の耳には入っていませんでした。何故なら、この時もまた僕は幻覚に怯えていたのです。僕の意識はまだ、灰色の空間にいました。そしてまた神人が…… 「う……うわああああ!!」「一樹!」 突然叫び出した僕を心配した母さんが、駆け寄ってきました。しかしその姿が、その時の僕には迫ってくる神人と被って見えたのです。 「来るな……来るなあ!!」 そして僕は、部活で使っていたバットを手にとり…… ……母さんを、殴りました。 「……母さん?」 正気に戻った僕の目の前には、頭から血を流して倒れている母さんの姿。 「おい!しっかりしろ!!」 父さんが母さんを抱きかかえます。しかし母さんはぐったりして、それに応じることはありません。僕は次第に、自分のしたことの重大さにようやく気付いたのです。 僕は、母さんを殺そうとした。 「僕は……僕は……うわああああ!!! ~~~~~~~~~~~~~~~~ 「そしてそのまま僕は機関に引き取られました。 そこで「力」に対する心構えと訓練を受け、ようやく正常な精神を取り戻すことが出来たのです。 母は命を取り留めました。しかし、1歩間違えればそのまま死んでいたかもしれません。 そんな僕にはもう、母さんと会う資格が無い。そういうことです。」 結局長々と語ってしまいました。その間彼は口を挟むこと無く黙って話を聞いてくださいました。 「……なんというか、すまなかったな。話すことも辛い過去だろうに。」「いえ、構いませんよ。僕が話したいと言ったのですから。むしろ聞いて頂いて感謝しています。」「しかし俺なんかがどうこういう資格は無いと思うが…… あの時のお前は精神を病んでた。仕方が無かったんじゃないか?」「そのような簡単な話ではありませんよ……ん?」 突然僕の携帯がなり始めました。機関からの電話のようです。慌てて取ると、森さんの声がしました。 『古泉、緊急よ。今どこにいる?』「今は中央公園です。……閉鎖空間ですか?」『ええ。今新川と現場に向かっているところよ。途中でそこも通るから、乗せていくわ。』「ありがとうございます。では。」 そして僕は電話を切った。……女性三人の行動で何かあったのでしょうか。困ったものです。 「というわけですいません、午後の活動は……」「ああ、ハルヒには言っておくさ。」「申し訳ありません。……おや、もう来たようです。」 機関のタクシーがやってきました。……異様に早いですね。ですがそれほど緊急事態なのかと自分を納得させ、車に乗りこみます。 「ではすいません、また月曜日に。」「ああ、気をつけろよ。」 珍しい彼のねぎらいの言葉を受けつつ、車は発進しました。 「それで、閉鎖空間はどこで発生しているのですか?」「ここから2、30分の場所よ。……ところで古泉。」「なんでしょうか?」「あんた、ここまでずっと頑張っていると思うわ。」「……急になんですか。」「涼宮ハルヒの観察の最前線に立って、閉鎖空間が出ればどんな時でもまっすぐ駆け付ける。 そして世界のために自分を犠牲にして闘う……とても立派なことよ。」「妙なことを言わないでください。それに、皆さんだって同じことをしてるじゃないですか。」「それでもあんたは機関でも最年少。ホントなら無邪気に高校生活を楽しんでもいい歳よ。私だってそうしてた。 でもあんたは自分を犠牲にしてずっと頑張ってる。口には出さないけど、みんなあんたのこと認めてるのよ。……だからね。」 森さんは一呼吸おいて、言いました。 「……あんたはもう、母親に会う資格は充分にあるわよ。」 ……!?何故今その話が?確かにさっき父さんに会い、彼に事情を説明したりしましたが……そのことを森さん達が知るはずは…… 「付きましたぞ。」 着いた場所は繁華街から少し離れた場所にある、人気の無い公園でした。そしてそこに居た二つの人影を見て、僕は全てを悟りました。 「……なるほど。最初から無かったんですね、閉鎖空間なんて。」「そういうことよ。悪かったわね、騙すような真似して。 でもこうでも言わないと絶対あんた来ないでしょう?」 そう、閉鎖空間なんて始めから出現していなかった。ただ、この場所に僕を連れてくるための嘘だったのです。そしてこの場所に居るのは僕、森さん、新川さん、そして…… 「父さん、母さん……」 父さんと母さんは僕が機関に入っていることは知っていました。父さんが頼んだか、それとも機関が気を効かせたのかはわかりませんが、まんまと僕はここに連れてこられたワケです。 僕はゆっくりと車から降り、二人の元に歩み寄っていきます。 「久しぶりね、一樹。」「母さん……」 その姿は三年前とまったく変わっていませんでした。そう、僕が殴ったあの時そのままの姿で…… 「ずっと会いたかったのよ。だけど世界のために頑張ってるって聞いたから。 悪いと思って遠慮してたんだけど、機関の方が会ってあげてほしいって。」「なんでですか……僕があなたに何をしたのか忘れたのですか? 僕は絶対に許されないことをしてしまったのですよ! だから僕は母さんに会うことを自らに禁じた!それなのにどうして……」「バカね……」 母さんはそう言うと、僕の手を取り、自分に引き寄せて……抱きしめました。 「最初から、許してるわよ……」「母さん……僕は……」「だからあんたも、自分を許してあげて……それでずっと辛い思いをしてきたんでしょ? だけどもう大丈夫だから。一樹は強いから、もう「力」に負けたりしない。」「……ありがとう。」 そして僕は、母さんの胸の中で涙を流しました。そう、無邪気だった、あの頃のように。 ~~~~~~ その光景をそっと、私と森は車の中から見守っていました。母親の胸で泣く古泉の姿を見て、我々も一安心と言ったところでしょうか。 「しかし、何故このようなことをしようと思い立ったのですかな?」 そう、今回のことを企画したのは森です。そのために古泉の両親をこちらに呼び、最初に父親と会わせた。そして古泉に両親のことを思い出させ意識させた後で、我等が迎えに行き母親と会わせる。これが森の立てた計画でした。 「……もうすぐ涼宮ハルヒの能力が消える、ということは分かっているわね?」「……ええ。」 閉鎖空間はもうほとんど発生はしていない。そして世界改変のレベルも著しく低下している。このことから機関では、涼宮ハルヒの能力が終結するのはまもなくだという説が主流となっております。 「当然能力が消えたら、遅かれ早かれ機関は解散する。そしたら私達と古泉は離れちゃうじゃない。 そうなる前に、なんとかしてあげたかったのよ。 私達が動かなきゃ古泉のことですもの、きっとそのままずっと親を避け続けるに違いないわ。」「……なるほど、そういうことでしたか。」「最年少なのに1番頑張ってるからね、あいつは。 せめてこれぐらいしてあげなきゃ、機関の一員として、そして私自身として情けないわ。」 確かにそうですな。大人びた言動をしていますがまだまだ子供。本来ならばまだ親に甘えてもよい時期です。それもせずひたすら世界のために頑張ってきた。そろそろ、自分自身の幸せも考えるべき時期です。その手助けが出来たのであれば、私としても満足でございます。 良かったな、古泉。 終わり
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