遠距離恋愛番外編1.GWの対決 第四話
第四話 前夜 俺は今、へとへとになってサルーンバスのソファーに座り込んでいた。この二日間の事を考えると、一冊の本が出来そうだ。いや確かに宇宙的、未来的、超能力的な出来事は何も……いや多少はあったのだが、それよりもハルヒと長門の暴走を止めるのがこんなに疲れるものだったとはね。 初日の水族館や遊覧船での大はしゃぎを皮切りに、投宿地のホテルではハルヒと長門の二人で6人前もの豪華海鮮料理をぺろりと平らげて古泉を卒倒寸前に追い込んだり、二日目の温泉宿では、長門が沸々と沸き立っている源泉に直接指を突っ込もうとして皆に止められたり、質素な山の幸の夕食だったはずが何故か昨日と同じ豪華海鮮料理に情報変更されていたりした。 もちろん、その対応と尻ぬぐいに俺と古泉が奔走したことは言うまでもない……疲れた。 僅か1ヶ月でも現場から離れてしまうと勘が戻るには半年かかる、などとどこぞの現場担当者が言うような台詞を思い浮かべていると、運転手と話し込んでいた古泉が戻ってきた。 「これからご自宅近くまでお送りしますので、どうぞごゆっくり」ああ、判った。でも疲れた……温泉宿ってのは疲れを癒しに行くもんだとばかり思っていたからな。考えを改めなければならないかもしれん。「そうですね。でも久々のSOS団の活動でしたので、涼宮さんにも大変ご満足いただけたようですし」古泉はいつもの0円スマイルを顔に浮かべ、サルーンバス一番後ろのラウンドソファーに目をやった。俺もつられてそっちを見る。そこには、満足そうな顔をして眠る我らが団長様と、文庫本を開いたまま微動だにしない長門が鎮座していた。ずっと見ていても一向にページをめくろうとしないので、実は寝ているのかもしれない。目は開いているが。 「到着は11時頃の予定です。ごゆっくりとお休み下さい。飲み物が必要でしたら、前の方の冷蔵庫に入ってますので」それだけ言うと、古泉はまた運転手の方に戻っていった。 サルーンバスはゆっくりと九十九折りの山道を降りていく。景色が次第に冬を感じさせるものから春を感じさせるものに徐々に変化してさまを見るのは壮観だ。そんな景色を見ながら、俺は次第に眠りの中へ落ちていった。 「……ン、キョン!起きなさい!」ん……ああ、ハルヒか。どうした?まだ海鮮料理を食い足りないのか?「何寝ぼけてんの?着いたわよ!」え……ああ、そうか。もう着いたか。顔を上げると、そこは確かに近所のショッピングセンターのバスターミナルだった。つい今まで熟睡していたおかげで、体に疲れは残っていなかった。今朝方もう一度入った温泉の効能なのかもしれん。「早くしなさい!これからみんなでアンタの家に行くんだから」……ホワッチューセイ?今何と言った?「だから、みんなでアンタんちに行くって言ってんの。早く降りて、さっさと案内しなさい!」今から俺んちだと?オイオイ待ってくれ、そんな話は聞いてないぞ。しかも今からか?そんな俺の抗議の声などあいつが聞く訳は無く、俺が大きく伸びをして席を立った頃には、ハルヒ達は自分の荷物を抱え既にサルーンバスを降りていた。俺も行くしかないって事か。渋々バスの昇降口を降りる。 古泉が手を上げると、バスターミナルの端に止まっていたどこかで見たような黒塗りハイヤーが、俺たちの前までやってきた。古泉、まさか俺の家までこれで行こうって訳じゃないだろうな?ここからそんなに遠くないぜ、ウチは。「僕と涼宮さんと長門さんの荷物を、宿泊先のホテルに置いてこようかと思いまして」「さすがは古泉君!気が利くわ~~」確かに着替えやらなにやら入った荷物を抱えてあちこち移動するわけには行くまい。不本意ながら、一時的に俺の家に置いておくことも出来るが、荷物を先に宿泊先に届けることが出来るならその方が有り難いだろう。 その方がいろいろ動きやすいだろうしな。「じゃあ、僕はホテルにチェックインの手続きと荷物を置きに行ってきます。では、後ほど」古泉は俺を除く全員の荷物を積み込むと、ハイヤーの助手席に乗り込み走り去った。ふと、辺りを見回すと先ほどまで俺たちが乗っていたサルーンバスも見えなくなっていた。 「さて。じゃあ、行きましょ!」ハルヒは俺の手を引いて颯爽と歩き出した……って、おい待て。お前俺んち知ってるのか?ずんずん歩いていくハルヒは急に立ち止まった。「知らない」……お前は一体どこに行くつもりだったんだ?そっちは俺が通っている学校だ。 改めて俺の家の方に向かって歩く。俺の右隣にはハルヒ、左隣には長門がいる。長門よ、歩いているとき位本を読むのはやめないか?端から見ていてなんだか危なっかしいぞ。 「大丈夫。へまはしない」そ……そうか。なら良いんだが。 「ちょっとキョン!あれ……」ふとハルヒが向こう側からやってくる親子連れを指さした。ん?あれは……?「あら、帰ってきたの?」「あ、キョン君お帰り~~」お袋と妹だった。 「お久しぶりです、おばさま」「……」「あら、涼宮さんと長門さんだっけ?お久しぶりね~~元気だった?」ぺこりと頭を下げるハルヒと長門、それに答えるお袋。そして、二人に抱きつく我が妹。「わ~~い、ハルにゃんと有希ちゃんだ。お久しぶり~~遊びに来たの??」「おい、二人してどこに行くつもりだったんだ?」長門の手を取ってくるくる回っている妹に俺は問いかけた。「ん~~、ショッピングセンターだよ。あのね、今あそこで『全国旨いもの物産展』やっててね」その言葉を聞いたとたん、長門の目がキラリと光った。ごそごそと手に持っていた文庫本を肩掛けのポーチにしまい込む。「……私も行く」「ホント!じゃあ、有希ちゃんも一緒に行こうよ。ハルにゃんはどうする~~?」「え、あ、あたし?」「有希ちゃんは行くって。でね、みんなでご飯食べるの~~」みんなって……お前とお袋だけだろ?まさか後で親父も来るのか?妹はそこで一旦言葉を句切ってハルヒと長門を見つめ、最後に俺に視線を移した。「違うよ。佐々にゃんと涼子ちゃんも来るから、みんなでって言ったの~~」 「アタシも行く」一瞬こちらを振り向いたハルヒは、キッと俺に灼熱の視線を送ってきた。おい、なんで俺を睨む?「宜しいですか、おばさま?」とびっきりの明るい笑顔をお袋に向けるハルヒ。口元が引きつってなければ100Wだがな。「あら~~、いいわよぉ。人数多い方が楽しいものね」あのー、母上様?貴女と妹のそんな暢気な会話とは別の雰囲気が俺を包んでいるような気がするのは、俺の気のせいでしょうか?ハルヒからは熱気が、長門からは冷気が噴出しているのが見えるような気がするのはやっぱり俺が疲れているせいですか? 「さ、きりきり行くわよ」「……」右手をハルヒ、左手を長門に捕まれ、今来た道を戻る。なんだかもの凄くここから逃げ出したいのは、俺の気のせいではないと思いたい。更に妹が俺の後ろから俺の背中を押してくる。 「あ~~、ハルにゃんと有希ちゃんずる~~い!あたしもあたしも~~!」 頭の中に「ドナドナ」が流れ始めたのを確認しながら俺はショッピングセンターへの歩みを進めた。
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