遠距離恋愛番外編1.GWの対決 第五話
第五話 物産展 俺たちは、さっき後にしたばかりのショッピングセンターに舞い戻っていた。このショッピングセンターは郊外型のかなり大きな4階建ての建物だ。日用雑貨や食料品のみならずブランドショップも入っているらしい。国道にも近いため比較的交通の便も良く、土日は結構混む。駐車場も広く、3,000台以上収容できるそうだ……ああ、これは全部親父とお袋の受け売りだがな。 ショッピングセンター入り口脇のドーナツショップで佐々木と朝倉の姿を窓の外から見つけた妹は、中にいた二人に向かって手を振った。佐々木と朝倉も妹に気付いたようで、こちらにやって来るようだ。「佐々にゃ~ん、涼子ちゃ~ん、お待たせ~~」「妹さん、お待たせ……あら?」「キョン君戻ってきたの?……あ、涼宮さん、長門さん、お久しぶり~~」俺たちの顔を見てにこやかに微笑む佐々木と、こちらに向かって小さく手を振る朝倉。かたや引きつった笑みを浮かべるハルヒと、何時にも増して無表情な長門。何だか、物凄く居心地が悪いのは何故だろう?変な汗が出てきそうだ。 「お久しぶりね、佐々木さん、朝倉」「うん、久しぶりだね。お元気そうで何よりだ、涼宮さん」にこやかに笑いながら挨拶を交わすハルヒと佐々木。何となく火花が見えるのは俺の気のせいだろう、多分。「アタシはいつも元気だわ。ところで佐々木さん、アタシ達もお昼ご一緒して良いかしら?妹ちゃんとお母様にはOK貰ってるんだけど」「僕は構わないよ。朝倉さんはどうだい?」「あたしも構わないわよ?」「……ふう~~ん、そう。キョン、アンタはどうなの?一緒でいいのね?」え、俺か?そうだな、俺んちに行くのを止めて、わざわざここに戻ってきたんだ。腹も減ってきたことだし。お前らが良いって言うなら、俺は構わんぞ?何気なくそう答えた俺の体に、2つの痛い視線が突き刺さった。ハルヒ。お前の視線で焼き殺されかねないから、睨むのは止めろ。佐々木、お前もこっち睨むな。冷たい視線で凍死しそうだ。……てか、なんで俺はこんなに精神的に瀕死の状態になって居るんだ? 2匹の蛇に睨まれた蛙のように俺が固まっていると、そんな雰囲気など無視したように妹が寄ってきた。 「ねえ、どうしたの?早く行こうよ」はたと我に返る俺とハルヒと佐々木。 「そ、そうね。じゃ、その『全国旨いもの物産展』とやらに行くわよ!みんな!」そう言うとハルヒは、エレベータに向かって歩き始めた。おいおい、お前が仕切るなよ……と言いかけたが、俺は言葉を飲み込んだ。この状況を抜け出したいのは俺も山々だったからな。 「おやおや」と言った顔で向こうにハルヒが歩いていったのを見ながら、佐々木が側に寄ってきた。「キョン、久々の涼宮さん達との活動はどうだった?」ああ、正直疲れたぜ。久々ってのもあったが、なんつーかこう、精神的にな。俺は去年まであんな事をやってたってのが自分でも信じられないくらいだ。「くくっ、それはそれは。思いの外、楽しかったようだね」はぁ?お前何言ってるんだ?お前もたまによく分からんことを言うな。「分からないならそれで良いよ。そろそろ行かないと、涼宮さんのご機嫌がまた悪くなるみたいだし」ふと見ると、エレベータ乗り口のところで腕を組んでこっちを睨んでいるハルヒが居た。「おお、怖い怖い。さ、行こうかキョン」 俺たちはエレベータに乗り、催事場のある4階に向かった。 「いらっしゃいませ。ただいま催事場では『全国旨いもの物産展』開催中です。どうぞお立ち寄り下さい」エレベータが開くと、扉の脇に居たはっぴを着た女性がパンフレットを差し出してくる。何気にそれを取って眺めようとしたら、その女性から声をかけられた。「あら、皆さんお揃いで」 顔を上げるとそこには喜緑さんのたおやかな笑みがあった。 「あれ?喜緑さん?どうしてこんな所にいるの?」思いも寄らない喜緑さんとの再会に驚いたハルヒは、パンフレットを眺めるのもそこそこに話しかけた。「どうしてって……アルバイトですよ」「アルバイト?へぇ~~、でも、なんでここで?」「ええ、それは……」喜緑さんが催事場の方を振り返る。同じくはっぴ姿の若い男性が、何かを抱えて小走りにやって来た。 「喜緑くん、パンフレットはこのくらいで良いか……ね……」その場で固まる男性。その手から、先ほどまで喜緑さんが配っていたパンフレットがばさばさと床に落ちる。「……会長?」唖然としたハルヒと呆然とした会長を交互に見ながら、喜緑さんはころころと笑った。「……ええ、こういう事なんです。アルバイトと言っても、会長のお手伝いなんです」「こんな所で会長のお手伝いって、わざわざあっちから来たの?あなたも暇ねぇ……って、あ、そっか」「ええ、そう言うことです」「わわわ、分かったわ。キョン、お邪魔しちゃ悪いわ。さっさと行きましょ」ハルヒは俺の腕を掴むと、催事場に向けて歩き出した。 「どうぞごゆっくり」おっとりとした笑顔で俺たちを見送る喜緑さん。床に散らばったパンフレットを片付けている会長の脇をすり抜けるとき、会長が苦虫を噛み潰したような顔でいたのは俺の気のせいかもしれない。 「キョン。彼らは知り合いなのか?」俺とハルヒを追いかけてきた佐々木は、何のことだか分からないといった風で聞いてきた。ああ、前の高校の生徒会長と書記だった人たちだ。「……君たちSOS団とは犬猿の仲だったという人たちかい?」そうだな。そのせいで、何だか良くわからん文芸部の会誌なるものをでっち上げなければならなくなったりしたんだ。更に、去年の文芸部新入会員の勧誘の時もだな…… 「ちょっとキョン、余計なことは言わなくて良いから!」へいへい、分かったよ。あー、佐々木。また後でな。 『全国旨いもの物産展』とやらは、小さな運動場ほどの面積を持つこのショッピングセンター4階フロアのほぼ半分のスペースを利用して開催されているらしい。フロアの奥の方からは喧噪が伝わってくる。しかも、催事場が近づくにつれ、次第に良い匂いがしてきた。おそらく全国各地の名物、名産品の試食会をやっているのだろう。パンフレットに寄れば、簡易食堂もあるそうだ。 こちらに来てから全くこういうイベントには無縁だった俺は、ほえ~とアホみたいな顔をして催事場を眺めていた。すげーな、よく全国からこれだけのものを集めたもんだ。これでよく収益がとれるもんだな。 「すっご~~い!見たこと無いものもいっぱいあるよ~~!お母さん、あっち行って見よ!」妹は既に大はしゃぎと言った状態で、母親の手を引っ張りながら喧噪の中へ消えていった。……って、おい!一緒にメシ食うんじゃなかったのかよ! 「まあ、今は食堂に行っても随分待たされそうだ。丁度昼食時でもあるしね」「そうね、それまで色々見て回りましょ。さ、キョン。行くわよ!」ああ、分かった。だが、悪いが先に入っていてくれ。古泉に集合場所が変更になったことを連絡したいしさ。……俺の家の前で呆然と立ち尽くしている古泉の姿を想像すると、少々笑いが出てきてしまうのは何故かね? 「そ、そうかい。じゃあ、僕は朝倉さんと……おや?」「……早く戻って来ないと罰金だからね!じゃ、行くわよ有希!……って、あれ?」先ほどまでそこにいたはずの長門と朝倉は、忽然と姿を消していた。おそらく試食会会場に行ってしまったんじゃないか?あいつら手加減を知らんから、早く行かないと全ての試食品が無くなったりするかもしらんぞ。 俺のその言葉を聞いて、ハルヒの目の色が変わった。 「そ、そうね!じゃあ、佐々木さん!行きましょ!」「え……何であなたと……あっ、ちょっと待ってくれ」「当然じゃない!『袖擦り合うも他生の縁』って言うし!さあ、行くわよ!」「いや、それ用法というか、意味違うと思うんだけどっ……」 がっしりとハルヒに腕をホールドされた佐々木は俺に目で助けを求めたが、俺に今のハルヒをどうこうできる力なぞ無い。佐々木は多少抵抗していたようだが、その努力も空しくハルヒに連れられて人混みの中に消えていった。悪いな佐々木。ちょっと間、ハルヒの相手をしてやってくれ。 頭の中で佐々木に手を合わせた俺はポケットの携帯電話を取り出しながら、通話可能なスペースに向かって歩き始めた。
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