第二次雪山症候群 第一話 対立
衝撃的なスタートから始まった俺の一度きりの高校生活も気付けばもう9分の5が終了している。今の俺は、北校生として2度目の冬休みの、まだ2日目の状態だ。思えばこの1年半は長いようで短く、また色々な事もあった。何度も何度も超常的な事態を目の当たりにして、中には去年の冬には痛みを伴う死の恐怖を実感した事もあった。冬と言えば去年の冬休みは九曜の親父の持ち込んだ吹雪のせいで見事に遭難したが、今年は雪山は無いだろう。2年連続で同じような目には遭いたく無いし、ハルヒだって別の何かを考えるさ、きっと。 つくづく甘かった。ハルヒの性格から考えると、休みは1日でも休むのは勿体無い、と考える筈だからな。だからといって俺が楽しんでいない訳じゃない。いや、正直に言うと楽しんでいる。現状を詳しく言えば、今、俺達SOS団+α+β+γはまたしても雪山に来ている。だが、何と今回の発端はハルヒでは無い。敵対組織も情報なんとか体も無関係。天蓋領域製の日本人形なお嬢様も生徒会のエセ会長や中学の時の同級生も、今回は巻き込まれただけだ。ついでに言うとハルヒや件の中学同級生を巻き込んだのは他ならぬ俺な訳で……だが今回の全ての始まりは、古泉と谷口からだ。まずは12月22日土曜日──昨日の朝の電話の事から説明する事にする。 『第二次雪山症候群』 今日も寒い。布団が愛しくて仕方ない。雪、降ってないかな。それも学校が臨時休校になる位に。一婁の望みを掛けて、よろよろとカーテンに手を伸ばした俺は、一瞬間を置いてから、つい声をあげてしまった。申し分無い雪の量だ。あぁ、大雪だ。だが、くそ、これでもまだどうせ学校は普段通りだろうな。鬱々とした気分で時計を見るが、2本の針が普段指さない時刻を敢えて示していた。まぁ、誰もが必ず1度は通るであろう険しい試練、要は時間との戦い、つまり…なんというか…寝坊だ。大慌てで起き上がり、直後に今日が土曜日、それも冬休み初日だと気付いた。 やれやれ……どれもこれも全てこの寒さのせいだ。俺はこの冬らしい気温が嫌いだ。 一階に降り、朝食を取り、歯を磨いてから自室へと戻る。妹もまだ寝ている様だ。降り続ける雪を見ながらぼんやりと数分間過ごし、また眠りに就く。数十分程寝た頃、携帯が振動を始めた。 ──団長、か……? ほぼ無意識に手を伸ばす。よし、今のはかなり早かったぞ。多分ワンコール以内だった筈だ。しかし、電話口から聞こえてきた声は俺の予想を裏切った。 「……随分早いですね」ああ、俺もそう思う。……あー、何だ、古泉か。「どうやらご期待に添えなかった様ですね。一体誰を予想していたんですか?」「……」──この沈黙は素直にハルヒだと答えるのも嫌だったし、時間を置けば間違いなく核心を突くし、上手くはぐらかせもしない。その迷いが現れた物だ。「まぁ、余り詮索はしませんが」「…で、用件は?」「外、見ましたか?」「ああ。用件は?」「それでは雪も見えますね?」「まぁな。用件は?」「単刀直入に言います」さっさと言え、苛つくな。「これは失礼。では…雪合戦しませんか?」「断る」即答。…当然の選択だ。「残念です。それでは」あれ、あっさり引き下がったよ。予想外だな。もうちょっと頑張っても良かったんじゃないか? 時計は9時を過ぎた頃だ。寝直すのは正直厳しい。ああくそ、ちょっと雪合戦やりたくなってきた。 カチッ…カチッ… 時計の秒針が奏でる規則的な機械音が耳に響く。20位数えた辺りでもう一度携帯が振動した。今度は…谷口? 「はい?」「おう、キョンか!」「ああ。何だ?」「ちょっと頼みがあるんだ」まぁ聞くだけ聞いてやる。「実はさっき古泉とコンビニで遭遇してな」あー、先が読めたぞ。「ほう。それで?」「雪合戦やらないか?」今承諾しても良いのだが…「まずは事情を説明してくれないか?」まずはそれを聞いておくべきだろ?「実は古泉とちょっとした勝負をしていてな」何だそりゃ?「雪合戦の参加者を自分以外で5人集める必要がある」ほう。「集めてたメンバーを味方として6対6で戦う」人望が物を言う訳だ。「あと15分で募集打ちきりだ」集まらなかったら?「いるメンバーだけで戦う」「今誰が集まっているんだ?」正直誰も参加してないと思うがな。「…俺の方はまだ0だ。古泉は大分上手く集めているらしい」ほら当たりだ。古泉はともかくこいつにそんな人望は無いだろう。 「国木田はどうしたんだ?」「古泉に先に取られた」古泉の癖に何と戦略的な。谷口孤立作戦か。「まさかとは思うが、お前、もう古泉派か?」本当に不安そうな声だ。よし、苛めてみよう。「実は少し前に電話があってな」「……」──谷口沈黙。すかさず追撃。「古泉から雪合戦の誘いだった」「………」──沈黙が続く。「雪見てると雪合戦やりたくなってな」「…………」──恐らく今絶望的な気分を味わっているはずだ。……そろそろ助けるか。「しかし断った」「そうか。なら仕方ない……って、断った!?」「ああ断った。だが今はとても後悔しているんだ。」「じ、じゃあ……」「谷口、お前のチームに入れて貰えないか?」「お、おう!歓迎するぜ!」──とても喜んでいる。「それで、他のメンバーはどうするつもりだ?」「え?ああ、どうしよう?」全く心当たりが無いらしい。それならば。「ハルヒ、とかは?」「涼宮?確かに強そうだが……」「なら俺から声掛けてみるか?」「ああ、頼む」じゃあまた後でな。「おう」短いやり取りの後電話を切り、そのまま電話帳を開き名前を探す。……あった。 「なによ」早っ!ワンコールの半分も掛かってねぇ!「あー、今日暇か?」「まあね。何で?」「雪合戦しないか?」電話口からカーテンを開ける音が聞こえた。…まさか今まで寝ていたのか?「……どういうつもり?」……はい?「これだけ寒くて雪も降っていて、何でアンタが雪合戦なんて言い出すの?」ええと、それは一体どういう意図の質問でしょうか?「だから、あんたなら絶対1日寝て過ごす方を選ぶでしょ?」失礼な!まあ当たっているが。「いや、実はさっき……」俺は極めて簡潔に説明した。「それであたしに助っ人を頼みたいと」そうだ。「上等よ!我がSOS団に挑戦とは谷口の癖に生意気ね!全力をもって叩き潰してやるわ!」 よし、説得成功……って、あれ?待った待った!「落ち着け!誤解だ!今回は谷口側で戦って貰いたいんだ」「え?どういう事?」今度こそ説明した。理解してくれたかは解らないが。 「古泉君が対戦相手か……これは相当苦戦しそうね……」やはりそう思うか。「あとのメンバーはどうするの?」「長門に話をつけるつもりだ」「有希?強いの?」多分な。一般人相手なら目を瞑ったままでも勝てる筈だ。「ああ、多分な」「じゃあ、聞いてみるわ」そういうと返事を待たずに切った。どうやら自分で連絡するつもりらしい。これで長門も参戦だろう。実際30秒も経たない内にハルヒから電話があった。どうやら長門の了承を得たらしいが、絶対説明の大半省いただろ。 なんにせよ、これであと2人。谷口に電話報告すると、谷口も1人参加者を見つけたとの事。だが後1人は俺に任せたい、と。俺ももう雪合戦に参加しそうな人に心当たりはない。朝比奈さんは申し訳無いが、役に立たなそうだ。鶴谷さんに雪合戦を申し込むのは気が引ける。よし、こんな時は……中河を使おう。 運良く中河も暇人だった。部活も今日から3連休だとか。雪合戦を持ちかけると、やけに乗り気でOKを出した。 メンバーが首尾良く集まったところで谷口に話を聞くと、どうやら古泉が会場を用意したとの事。だから10時に駅前に集合だと。2泊3日の泊まり掛けになる、だと。他の皆にも伝えておけ、と。そういう事は最初に言いなさい。やれやれ、今俺は寝間着で、時間は9時…37分といった所か。 「間に合うかボケッ!」言いつつ俺は自転車を出そうとし、結局雪を見て諦めた。歩く他有るまい。 ザクザク歩き、到着したのは10時3分。まぁ頑張った方だ。しかしまぁ、皆早いな。最後ではないが、先に来た人の方が多いだろう。そこに居たのは、古泉と長門、国木田、なぜか多丸裕さん、更に生徒会長、喜緑さん……と……「───」九曜か。まさか偶然居合わせた訳では無いだろう。……あー、雪合戦やるのか?「───そう」そうか。ええと、会話終了? そんな虚しいやり取りの後、掛ける言葉を無くした俺に古泉が話し掛けて来た。「おはようございます。やはり参加して戴けるのですね」相手チームだがな。「そうですね。…おっと、涼宮さんが到着したようですよ」 その言葉に振り返るとハルヒが走って来ていた。その第一声が、「このバカキョン!10時に集合なんて無理に決まってるじゃない!頭使え、アホ!」俺への謂れの無いバカ、アホというシンプル且つ攻撃力の高い罵倒だ。「俺のせいじゃねぇ!文句なら谷口に言え、谷口に!」その谷口はまだ来ていないらしい。全くアイツは…。 「あぁキョン。谷口はトイレだよ」元凶谷口の居場所を国木田が教えてくれた。楽しそうだな。「まぁ、雪合戦をやるなら久しぶりに本格的に楽しみたいしさ」本格的に、って…そうはいかないだろう。「大会みたいな公式ルールでやるとかって聞いたよ?」そんな真剣にやるのか?知らなかったな。 「もうすぐバスが到着します。それで会場まで移動しますので」バスね。流石は機関、と言ったところか。ハルヒは、トイレから出てきた谷口に猛然と食って掛かっていた。長門は平然と本を読み、九曜は微動だにしない。「長門、寒くないのか?」「……へいき」因みに、長門も九曜も私服だ。うむ、似合っている。 つい見とれていると、中河も到着したらしく、声を掛けて来た。 「よう、キョン。久しぶりだな、何をボーッとしているん…だ…」長門を見付けた様だ。 「あー、長門…有希さん…お久しぶり、です」対する長門は、「……」軽く、僅かに頭を下げた。両者の間に沈黙が広がる。長門はもともと何も行っていないが。数秒後に長門がぽつりと「久しぶり」といった。ようやく中河も緊張が解けたらしい、固かった表情が幾らか緩んだ。 これでこっちのチームは谷口の連れてくる残り一人だけだ。 「なぁ谷口。後一人は一体誰が来るんだ?」ハルヒの猛攻は今はもう一人の主犯格である古泉に矛先を移したらしい。「ん、紹介していなかったな。…そこの艶かな美しい黒髪を持つ知能派美少女、周防九曜さんだ!」 ハハハ、そうきたか!今日一番のビックリだ!「一体九曜とどういう関係だ?」意外性溢れる組み合わせだ。いかに冷静沈着な俺でもショックを隠し切れない。「うん?知り合いだったか?……まあ、昔ナンパした相手で、それ以来の彼女さ」まさか、あの九曜を口説き落とした?信じられん。谷口、一体何をやったんだ?「まぁ俺の魅力と人徳の高さが一番の理由かな?後は…」グダグダとご託を抜かし続ける谷口と微動だにしない九曜。やけに似合っている気がするが、この二人がデートなどに行ったりするのか… 「バスが到着しました」古泉の声で想像の海から現実を取り戻した。そう言えばお前らは人数足りてるのか?「ええ、あと一人も今到着しました」バスは大型の貸し切り、運転手はなんと新川さんだ。そして、座席には…「やっほー!」鶴屋さんが乗っていた。じゃあ古泉組最後の刺客と言うのは…「そ、あたしっさー!」鶴屋さんも相手方か……これは本格的に負けかねない。「今日これから行くのは待たしても冬の雪山さっ!雪合戦の戦場の他にスキー場も完備!宿泊施設は古泉君の一味が用意してあるっ!って事で皆様お楽しみあれっ!」おお、相変わらず有意義にテンションが高い!しかしそういうツアーなら朝比奈さんも招待するべきだったか。「うん?呼んであるよ?」へ?マジですか?随分手回しいいな。流石は鶴屋さん。バスが緩やかに発車し、一時間程度の行程を経て目的地に到着した。
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