第二次雪山症候群 第三話 ヒトメボレの行方
第三話 ヒトメボレの行方 翌日早朝。部屋を出ると広間の椅子に中河が座って居た。「おお、キョンか」「よう、中河。随分早起きだな」まだ6時前だ。「目が覚めたからな」まあ、そうだろう。8時起床だから目覚ましをかける必要は無い。「昨日は楽しめたか?」「当然だ。雪合戦なんて何年振りだろうな」「そりゃ良かった」中河の向かいの椅子に腰を下ろす。「大半が知らない奴だっただろ。窮屈じゃないかと心配してた」これは割と本心からだ。「そんな事はない。皆愉快な奴だったからな」俺は奴等が愉快過ぎてたまに頭が痛くなってくるよ。「しかし、ほぼ一年ぶりに電話が掛かってきたと思ったら、いきなり雪合戦しないか?とはな…」ほう。まさかお前から一般常識についての会話に持ち込もうと言うのか。「その一年前に自分がしたこと覚えているか?」電波な文章読み上げやがって。「ん、ああ、まあ、な…」そりゃ覚えているだろうな。忘れるとしたら情報操作だ。「長門さんには本当に申し訳ない事をした」そう思うか。実は俺たちは原因を判っているのだが。「長門は別に怒ってはいないぞ」多分だが。「そうか。…よかったよ」どうやらこいつも普通に戻ったようだ。思念体にアクセスすることはもう無いのだろう。 「どうだった?久々に見た長門は。」 俺の何気無いこの質問に黙り込む中河。何だ、この間は? 「…中河?」「……綺麗だったよ」俺は一瞬、かなり焦った。「去年見た時よりずっと綺麗だった」中河にまた妙な能力が蘇ったのかと思って。「オーラ、とか神々しさ、とかそんな物じゃなかった」しかし、その疑いは次第に晴れていった。「今日一日同じチームで戦ってみて判った」今の中河の感情が、本当に中河の感情だろう。「俺は…多分、長門さんの事が…好きだ」自信なさそうに言う中河。間違いなく本気だ。「去年の事もある、やはり自信が無いがな」違う、あれはお前のせいじゃ無いんだ。「去年の事はもう忘れろ。…あれは仕方ない事だ」誰だってそう言うだろう。「仕方ない事じゃないだろう。あんな失礼な事をしたんだからな」中河はそう言い切った。「…俺は勉強を続けるよ。例の夢物語を実現するつもりだ」この男は本当に大人物になる。そう保証出来るだけの何かがあった。「さて、一旦部屋に戻るか。もう少し眠れそうだ」そう言って立ち上がり、中河は部屋にむかう。その後すぐにハルヒが登場した。 その後すぐにハルヒが登場した。無言でさっきまで中河が座って居た席に座る。「…聞いていたのか?」尚も無言で首を縦に振る。俺も黙り込む。見事な静止画の完成だ。ややあって遂にハルヒが口を開く。「…去年中河君の将来設計、笑い飛ばしちゃった」そりゃあんな文章聞いたら誰だって笑う。「有希に一方的に告白して、翌日一方的に振ったからもっと程度の低い男だと思ってた」俺もだ。もう原因も聞いたので誤解も解けたが、こいつには説明する訳にはいかない。「彼を見直したわ。決めた!SOS団準団員に認定する!」ハルヒが高らかに宣言した。俺も異論は無い。まあ中河が喜ぶかは解らないが。 「せっかくだし、このまま今日の作戦を練る事にしましょう!」賛成だ。今日は古泉に雪玉を飽きるほどくれてやるつもりだからな。そのまま集合時間まで戦略について議論した。7時頃には長門に九曜、喜緑さんも起きて来たので、そこで議論を打ち切った。危ない危ない、喜緑さんは敵チームだ。 二日目、第一セット「逃がすかぁ!」大声を上げながら喜緑さんを追い詰めるハルヒと随伴する俺。この隙に会長、鶴屋さん、多丸さんが俺たちを包囲し、俺とハルヒに一斉攻撃。ここまでは昨日と同じ。だが、しかし!「うっ!?」「んのわっ!!」──今のは会長と鶴屋さんの断末魔。さらに…「くっ…!」──今のが多丸さん。更に更に…「…っ、やられましたね…」──喜緑さんをも仕留めた。……説明しよう。一斉攻撃と同時に会長を中河、鶴屋さんを長門がそれぞれ背後からの奇襲で倒し、敵から放たれた雪玉には俺が盾となりハルヒを守る。多丸さんには後方部隊から谷口・朝比奈さんを差し向け、喜緑さんはハルヒが倒す。 被害は俺一人と会長たち四人。完璧な作戦だろ?ここまではな。 「有希っ!中河君っ!」何と伏兵国木田により主力二名があっさり倒されたのだ。これは予想外。残念ながら俺はここで退場だ。 (キョン退場につきまして、ハルヒ視点でお送りします)あたしは国木田を射程距離に捉えた。「よくも有希達を…!」かなり凄みを効かせたが、国木田は平然と、「ふふっ、後ろを見てみなよ」等と言ってのけた。その言葉に素直に振り返ると…後ろには谷口を牽制する森さん、その向こうに、がら空きのフラッグに近付く古泉君が見えた。「試合終了、だよ」国木田がそう言った、が…甘い。甘過ぎるわ。 古泉くんに黒い影が近寄る。古泉くんが振り返り驚愕の表情。そして黒い影に雪玉を当てられた。「九曜ちゃん!ナイス!」言いつつ目の前の国木田に突然の速球を投げる。玉は見事に命中して国木田も退場。これで残りは森さん一人! あたしは未だ抵抗を続ける森さんに、全力で雪玉を投げ込んだ。そして… 新川さんのホイッスルが試合終了を告げる。ハルヒが森さんを討ち取った。谷口組の勝利である。 「よっしゃあ!」谷口が勝鬨をあげる。 ハルヒが満面の笑みを見せつつ戻って来た。「よくやった!ハルヒ!」「当然よ!次も勝つわよ!」そう言って最高の、眩しい位の笑顔を見せた。 その後の戦いは勝ったり負けたりが続き、昼食の後の第三試合でようやく古泉に俺からの会心の一撃を与える事に成功した。 今回、せっかくの雪山で、降雪量も申し分無い。雪合戦以外にも楽しむ方法はある。ハルヒがそう言い出したのは午後の2時頃だ。 例えば俺が小学生の頃は鬼ごっこのような遊び、通称『雪鬼ごっこ』もした。それをハルヒに伝えるとハルヒは、「なかなか面白そうね…よし、それ採用!」と明るく言った。 ルールは想像に任せる。この雪玉鬼ごっこをやるに当たって鬼は増やしていく方針に決定。範囲は雪合戦コート4面に宿泊棟2棟を含む半径100メートル位。最初の鬼は谷口、古泉、新川さんからスタート。携帯も圏外ではなく、長門に喜緑さん、九曜もいるんだ、妙な事は起こらないだろう。 鬼のカウントダウンは一桁に入り、しかし俺は鬼から5メートル位の距離の壁の後だ。俺は、この種目のプロだ。人間心理の裏をかくのさ、普通まずは辺りを見渡すだろう?そして最初に目につくのは、遠くを逃げる朝比奈さんだ。当然そちらを追う、と見せかけて、実はそうでも無い。何せ逃げている人数だけで12人、4方向に三人ずついる計算だ。出来るならまずは強者を確保したいだろう。更に俺が今潜んでいるのは谷口の左斜め後、最も安全な筈の方角だ。何故かって?奴がとても単純、更に古泉と新川さんは集団を重んじる性格だからさ。多分あいつは何も考えずに前方へと進軍する。つまり新川さん、古泉らを引き連れどんどん俺から遠ざかって行く。何?敢えてここから離れなかった理由?恐らく鬼達は、楕円形の範囲の端まで行った後、左右どちらかに進む筈だ。そのまま引き返しはしない。ならば最初はここに潜伏、徐々に鬼達の進路を追跡するのが最も安全だ。 おっと、鬼がカウントを終了したらしい。……ここからが博打だ。 俺の予測は適中した。離れていく鬼達。安心して溜息を吐く。「見事な作戦でしたね」そうでしょう。俺から提案する位です、自信あるんですよ。「本当に新川、古泉を出し抜けるなんて思いませんでした」いや、あれは谷口を出し抜いただけです。新川さんに勝った訳じゃな…い…?「森さん、いつから其処に?」危うく悲鳴挙げる所だった。「あ、迷惑なら離れますけど…」迷惑だなんてとんでもない。孤独による不安感も無くなりますし、正直助かりますよ……と、ここで携帯にメールが来た。古泉から?【今、国木田君を確保しました。】森さんにも同様のメールが届いたらしい。ならば事実か。……不味い!「森さん、ここを離れましょう!」当然小声だ。「え?」「国木田は俺の動きを読み切っている!きっとすぐに戻って来るはずです!」…多分、二手に別れてだ。その時近付いてくる足音に気付いた。もう一刻の猶予も無いだろう。「多分逃げ切れます…一気に走り去りましょう」俺の提案に森さんも賛同した。壁の裏から鬼と反対側に走る。谷口と国木田が10メートル程離れた所をこちらに歩いて来ていた。 「キョンと森さんだっ!」谷口が叫ぶ。しかし既に追い付ける距離ではない。雪玉を投げても掠りもしない。 「……逃げ切りましたね」「そのようですね…先程は本当に見事な判断でしたね」「俺は鬼ごっこは昔から得意だったんです。国木田とは小学生の時から戦って来ましたし」今は宿泊棟裏に潜伏中……と、ここで再びメール受信。 そんな…にわかには信じられないな。「タイミングからすると、新川と古泉でしょう」あぁ、それなら納得だ。古泉も運動出来るし新川さんはこういうゲームは相当強そうだし。 ──ザクッ、 突然の足音に驚いて振り返ると、そこにはハルヒと長門がいた。 「ハルヒに長門か、無事だったようだな」 「当たり前よ!」「……無事」 新川さん達は恐らく反対方向へ向かっている。鬼が今こちらに来るとすれば谷口・国木田組だろう。 「国木田君の奇襲は驚異ですね」俺もハルヒも長門も何度となくやられましたよ。「リベンジのいいチャンスね!」鬼に攻撃するなよ。許される勝ち方は逃げ切りだけだ。「……来た」
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