第二次雪山症候群 第五話 夢
第五話 夢 場に緊張が走る。沈黙のまま時間が過ぎる5秒……10秒……15秒……顔を出して確認した所、ハルヒと朝比奈さんは一歩ずつ後退している……よし、今だ! 一気にハルヒの後ろから走る。ハルヒは驚き振り返る。ハルヒに体当りをかける。倒れるハルヒ。柔らかい雪の上なのは当然計算通りだ。ポケットから雪玉を取り出し突き付ける。 妙だ。ナゼかハルヒが大人しく、しかもナゼか顔が赤い。仕方無いので、取り敢えず勝利宣告をしておく。「俺の勝ちだ!」しかしハルヒは固まったまま動かない。雪玉はそのままぶつけてみたが無反応。おーい、ハルヒさん? 「き、ききききききキョンくん、なななな何を、」「……」「なんと、これはこれは大胆な事を」 え?皆、何を言って……「……キョン、に、押し倒され、た…」 はぅあっ!いやこれはそんな深い意味のある行動という訳じゃあ無くてただ……「キョンくん……いくらなんでも今はまだそれはやりすぎじゃ無いですか!?」「…………」「例え相手が涼宮さんでも女性を押し倒すのはまずいでしょう!」 今はまだって何ですか朝比奈さん、いくらハルヒ相手でもって何だ古泉……と……長門の沈黙が極めて怖い。 「……まさか、ずっと隠れてたの?」なんとか落ち着き、そして静かに、絞り出すような声で問うハルヒ。 「あ、あぁ」ヘタな受け答えをすると殺されかねない。嘘は吐けないな。 「……まさかさっきのみくるちゃんの質問も聞こえてた?」顔が再び赤くなっているが、殺気はある。 「……半分位は、な──」ハルヒは腕を伸ばして俺の首に手を掛けた。 「──!?……な、何をする、ハルヒ!?」 「──忘れなさい」っ、背筋に寒気が… 「──今のは忘れなさい──その方が絶対いいから」息が、意識が、 ──すす涼宮さんっ!キョンくん顔真っ青です!死んじゃいますよっ!──そろそろ止めるべき。それ以上続けると彼の命を保障出来かねる。──止めてください、涼宮さん!彼はもう意識を失いかけています!──あ、え?キョン、キョン!? 皆の声が聞こえる。どうやら頭に血が巡り始めたらしい。危ない所だった。 目を開けるとSOS団の面々が俺を覗き込んでいる。えーと、今俺はどうなっていた?……話を聞くとどうやら俺は数十秒間意識を失っていたらしい。その間に朝比奈さんにも長門が止めを刺したという。後は古泉が連絡を済ませておくので、心配せずにゲームに戻れ、と。 何か納得いかないが、まぁ仕方無いだろう。下手な事を言って、また首を絞められたくはない。 その場はなんとかそれで解散もとい脱出した。ハルヒはまだ不満顔だったが。 そして俺は今、一人で歩いている。何も省かれた訳じゃあ無くて、ただ何となく離れただけだ。 今更降りだした雪の中をサクサクと進軍する。雪玉は補給したし気力も回復したが、敵は見つからない。思えばハルヒを仕留めてしまったら、急に目的が消えた感覚がある。 そのハルヒはきっと今頃森さん辺りを探しているはずだ。雪の中に潜って隠れる森さんを空想している俺の元に新川さんのメールが届いた。 ……生き残りはこれであと二人か。メールを開いて戦友の最期を確認する。──メールは中河の戦死を無情に伝えていた。 中河はかなりの猛者だ。仲がいい訳では無かったが、奴の実力は認めていた。 森さんはおそらく普通に逃げ切っているだろう。九曜は全く見当もつかないな……!? 俺は、見た。補給所付近のごくごく自然に環境に溶け込んでいる雪だるまさん。その首の部分から僅かに覗く黒い髪。まさか……!?雪だるまさんは割と柔らかく、手で触れると雪を払い落とせる。慌てて雪を払うと、雪だるまさんの中から人の顔が出てきた。俺と、別の誰かのメールの着信音が鳴った。だが今はそれどころじゃない。 「──見つかった──」 九曜!顔真っ白じゃないか、いやそれは元からか。いやいや明らかに病的な顔色だぞ!「──寒──い─」九曜は雪だるまさんの残骸から脱出し、そのままふらついているので咄嗟に両手で支えてやる。寒いのは当たり前だ、馬鹿!風邪引くぞ!……こんな時は、取り敢えず── 「誰か、誰か来てくれ!」──まぁ助けを呼ぶわな。 「どうしたんですか?」喜緑さん!何と良い所に!「えーと、九曜が、雪だるまさんの中から出てきて……」普通はこの説明で解るはずがない。だが相手は喜緑さんだ。 「それでこの顔色ですか。明らかに病的ですね」やっぱり貴女もそう思いますか。「取り敢えず、皆さんを集めましょう。これで全員捕まったはずですから」 ──ん、あぁ、そうか。先程のメールを確認する。「……もう、戦いは終わったんですね」「はい、終わりました」 時刻は2時54分。メールの内容は、やはり森さん確保の知らせだった。 「いやはや、年甲斐もなく全力でやらせて貰いましたよ」「あの喜緑くんの妨害がなければもう少し逃げ切れたはずだ」「ここまで熱い戦いは中学校以来……いや中学校以上の戦いだったよ」「─寒──かっ─た──」「本当に楽しかったよ。でもいきなり捕まったのは残念だったな」 ……このコメントを聞く限り、皆とても楽しんでいたらしい。当然俺も楽しかったし、ハルヒも満足だろう。だから、雪が強くなってきたのでもう切り上げる、という判断に同意したのだろう。 俺の推理は外れていた。満足したのは間違い有るまい。だが普通は楽しい時間は続いて欲しい物だ。ハルヒだってもう去年とは違う。時間を繰り返したり吹雪を呼び寄せたりはしない。今回は、そういった暴走じゃない。宿泊棟の地下室に遊技場があっただけで。 卓球、麻雀、ビリヤード、その他諸々。結局、5、6時間は遊び続けた。夕食及びその片付け等々を終えた新川さんがビリヤードで神業を披露してくれたり、麻雀で古泉が無敵の弱さ、会長が無敵の強さを発揮したり、その会長を森さんがいとも簡単に潰したり。 途中、何度かハルヒと目が合った。しかしハルヒは一瞬で目を反らす。一体何なんだ? 翌日が帰宅日という事もあって、その日は思い残す事が無い位遊んだ。──まだ一つドッキリイベントが残っていたのだが。 眠りに付いた俺は、夜中に北校・文芸部室に呼び出された。 あー、えーと、これは一体どうした事だ?顔を上げるとそこはいつもの俺の席。曰く、古泉を一方的にボコり、朝比奈さんの甘露をありがたく頂き、長門をたまに眺めたり、団長をごく稀に眺めたり……──要は部室の机に突っ伏していた訳だ。 「起きた?」 ハルヒが団長席から声をかけてきた。……済まないが、状況が掴めない。 「あー、今あんたは夢を見てるのよ」 夢? 「そう、夢。本来あたしたちは今雪山で熟睡中。……今日はあんたに1つ訊きたい事が有ったから、わざわざ呼び出したのよ」 俺は内心かなり驚いていた。ここは十中八九閉鎖空間だろう。呼び出した、という事は、まさかこいつは自分の力を自覚しているのか?「それなら直接言えば良いだろ?なぜこんな回りくどい聞き方をするんだ?」 「だって、なんか直接は訊き難いし、だからあんたに訊きたいのよ」は? 「あんた、前にもあたしの夢に出てきたし、また逢える気がしてたのよ」 …で? 「夢の中のあんたなら本物じゃ無いし、訊いたら答えてくれそうだし」 本物じゃ無いなら訊いても無意味なんじゃないか?「いいのよ。あんたは嘘なんて吐かない。多分これは合ってる」 信頼されたもんだ。して、質問とは? 「うん。あんた、本当にあたしとみくるちゃんの会話、聞こえなかったの?」 殆んどは聞こえてたがな。肝心なところが聞こえなかった。 「本当に?」 本当だ。 「ふーん。じゃあ2つ目の質問」 1つじゃないのか。 「黙って答える!……何でその時の事、聞いてこないの?」 ……?どういう意味だ? 「その時、あたしとみくるちゃんが話してた内容、知りたいとか思わないの?」そりゃあ知りたいさ。かなり面白そうだしな。だが無理に聞いたら首絞められそうだしな。「……ごめん」「いや、いいさ。済んだ事だ。」しかし、こいつが俺に謝るとはな。 「あの時の会話の内容……教えてあげようか?」 …………。正直、迷った。聞かない方が良いだろう。理性はそう忠告しているのだが。ハルヒが何を思っているのか。何を考えて生活しているのか。何に悩んでいるのか。 どうしても知りたかった。「教えてくれ、ハルヒ」 「仕方無いわね。じゃあ教えてあげる。──あたしはさ、キョンの事が好きなんだ。……みくるちゃんはそれを確認してきたのよ。」 いきなりの衝撃だった。つい団長席のハルヒの顔を凝視してしまう。 「キョンはね、馬鹿でアホで鈍いけど、凄く優しいのよ」 よく解らない表情で続けるハルヒ。この団長様が俺をそう思っていたとは。 「あたしはキョンに嫌われるのが怖い。ううん、もう嫌われてるかも──」「そんな事は無い。俺が保証する。そんな事は無い」自分でも驚く位、すらすら言葉が出てきた。これが俺の紛れもない本心だ。こんなに小さくて、愛らしい少女を嫌う奴は居ない。少なくとも俺は今までそんな奴に出会ったことすらない。 「いいか、ハルヒ!キョンは、あの男はずっとお前みたいな奴に憧れてた。ずっとお前みたいな奴になりたいと思っていた。」1年半もの間ずっと隠してきた本音を思い付く限り節操をもってぶちまける。「お前みたいに真っ直ぐで純粋で、とにかく凄い奴を羨ましがっていたんだ。北校に入ってからは凄い奴が退屈を吹き飛ばすのを間近で見て来た」こいつの不安そうな顔なんてもうこれ以上見ていたく無いんだ。「嫌いになる訳が無いだろ!ずっと追い続けていた存在がすぐ後ろに座っていたんだ。あれからずっと最高の日々だ!だから──」 「もう、いいよ!」ハルヒも叫んだ。「もう、解ったわよ」そう言ったハルヒの顔に不安や恐れはなかった。だが、あと一歩。「いや、もう少し聞いていてくれ」俺は、今ハルヒの笑顔が見たいんだから。「……?何を──」ハルヒの疑問に被せるように、やや大きめの声で、「キョンは、────は、お前の事が大好きだ!」 ハルヒが硬直している。止めてくれ、気まずい。だが、そんな沈黙も長続きはしなかった。 「ぷっ、くくく、あっはっはっはっはっは……」ハルヒは大爆笑を始めた。俺は精神に深いダメージを受けた。 「ごっ、ごめん、だって、そんなセリフ、あのキョンが、言うわけ、無いと思ったら、さ……」酷い。酷すぎる。『あんたは嘘なんて吐かない』って言ったのは誰だよ。 「言っておくが、これは本当だ。俺はキョンの事は大体解るんだぜ」何しろ、俺は本人だから。しかしハルヒは笑い続ける。「そ、そう、解ったわよ」言いつつも笑う。ハルヒは目から涙が溢れる位に笑っている。 「ちっ……質問はもう終わりか?」ハルヒが笑っているおかげで、俺も安心しているらしい。眠気が来た。「それなら今日はもう休め。疲れただろ?ゆっくり眠って、続きはまた明日だ」「あ、じゃあ最後に1つ聞かせて」ハルヒは、笑顔のまま俺に聞いた。「あんた、宇宙人とか未来人とか超能力者とか、本当にいると思う?」 「当たり前だろ」もし今俺がNOと答えていたら、多分こいつの神的能力は無くなっただろう。そんな気がする。 「そう、良かった」ハルヒは俺の側に近付いて来る。 「じゃもう寝なさい!あっちの世界のキョンが寝坊で遅刻したら、……そうね、また夜中にあんたを呼び出して死刑にするわ!」 「それじゃ八つ当たりだ!それで殺されたら俺が浮かばれない!」言いつつも実は意識が危ない。もう時間が途切れ途切れにしか感じられない。「そうね、それじゃあ──」もう、限界だ…… 「──よく眠れるおまじない」それが、闇に落ちていくぶつ切りの俺の意識が最後に捉えた言葉だった。その後、何があったかは全く判らないままだ。
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