遠距離恋愛 第七章 準備.
第七章 準備 編入試験も無事終わりトンボ返りをしてきた俺は、自宅に付いて頭を抱えた。 何故かそこにはSOS団の全員が居て、母親や妹と共にいそいそと荷造りの手伝いをしていたからだ。当然、俺の部屋もそのターゲットになっており、もうそれだけで俺は部屋に入る気も失せてしまったのだが、着替えがあるのでそうも言ってられず渋々ドアを開けると、部屋はそれはもう無惨な姿に変わり果てていた。 ハルヒのニヤニヤ笑いと朝比奈さんの頬を赤らめた姿を見て、まぁある程度予想は付いていたのだが、隠していたお宝DVDや雑誌などが綺麗に机の上に並べられていた。 「事前に告知したじゃない。処分しなかったアンタが悪い!」はいはい、そーでしたね。でも、引っ越し便が来るのは明後日だぜ。引っ越しを手伝ってくれるのは、その日だけで良かったのに。「アンタ大丈夫?引っ越しでも何でも、余裕を持って準備しておかないといけないでしょ?それに……」ハルヒは俺に人差し指を突きつけて言い放った。 「SOS団全員が揃って活動できるかもしれない最後のチャンスなのよ?一日だけじゃもったいないわ!」なるほど、これが春休みイベントの代わりとか言ってたな、こいつ。わかったよ。俺のプライバシーは既に無いも同然だから、付き合ってやるぜ。そうだな、じゃあ明日は谷口や国木田も呼ぶか。一応準団員だしな。 「ただし!机の上にある物体は、引っ越しの最後までそこに飾っておくこと!」何を言い出しやがりますか、この女。これはどんな拷問だ?羞恥プレイか? 俺は部屋の真ん中で天を仰いだ。 翌日、朝九時。 近くの公園の桜が満開だというニュースをお袋から聞きながら朝食を取っていたら、チャイムが鳴った。 そこには昨日に引き続きSOS団全員が揃っており、それに鶴屋さん+谷口&国木田を加えた総勢7人がいた。しかも、妙にテンションが高い。もしかして、こいつら暇なのか? 「まだまだ来るわよ!」おいハルヒ。引っ越しは明日だぞ?あと誰が来るのか正直に言いなさい。せめて俺の机の上にあるもの位は目に付かないところに移動したいからさ。「却下だっていったでしょ?キョンの真実をみんなに晒し出してやるんだから!」待てコラ。SOS団だけならともかく、他の面々にだな…… 「すいません、シュークリーム作ってたら遅れちゃったのね」「……ごめんなさい、遅刻しちゃいました」 聞き慣れた声に戦慄が走る。恐る恐る振り向くと、そこには可愛いケーキの大箱を抱えた阪中とジャージ姿のミヨキチの姿があった。おい、こいつらも呼んだのかよ。「あ~~ミヨちゃん、来てくれたんだ~~~」俺が驚愕の声を発するより早く、妹がミヨキチに抱きついた。妹よ……ミヨキチを呼んだのはお前か。 「昨日、涼宮さんが電話くれたのねん?キョンくんのお引っ越しの、お手伝いしてくれないかって。ルソーの恩人のお引っ越しなら、やっぱりお手伝いしないとねん」阪中、その気持ちとシュークリームだけ、有り難く頂いておく。「お引っ越しのお手伝いをしたいと思って。明日は塾の試験だから、今日しかこれなかったんです……お邪魔でしたでしょうか?」いや、そんなことはないぞ、ミヨキチ。春休み中なのに悪かったな、それより塾の試験勉強の方はいいのか?がんばれよ。 さ~~~て俺は自分の部屋の片付けを……ってオイ、ハルヒ!手を離せ! 「な~~に言ってんのキョン?まずこの二人にアンタの部屋のブツを見て貰わなきゃね!」はああぁぁぁ?????止めろ、マジでマズイって!!ハルヒに羽交い締めされた俺は、阪中とミヨキチをとっちらかった俺の部屋へいそいそと案内する妹に向けてダメ!ヤメロ!とありったけの視線を向けた。だが妹はその視線を華麗にスルーすると、階段を掛け上がっていった。 ……30分後、俺の部屋から出てきた二人の態度は、妙によそよそしいものだった。 「キョンくんって……ああいう趣味だったのねん??」ああ、妙な誤解をしないでくれ!せめてクラス会には呼んで欲しいぞ!そう佐伯には伝えてくれ、阪中!がっくりと肩を落とした俺に、ミヨキチが耳元で囁いてくれた。 「……あの、えっと……お兄さんがああいうのが好きなら、あたし……」いや、何を考えているんだミヨキチ?あくまでもあれは一般高校生男子の性癖に収まる物であってだな…… 「私ちょっとびっくりしましたけど……でもお兄さんも普通の男の人だって判ったら、凄く安心したって言うか、その……えっと、気にしないで下さい!」あー、ミヨキチ。色々気を遣ってくれたのはありがたいが、この世から消えてしまいたいぞ、俺は。いろんな意味でな。……ハルヒ。いくらイベントとはいえ、そこまで人を貶めるか。人を指さしちゃいけませんって、学校で習わなかったのか?つか、鶴屋さんも、そこまで笑わなくてもいいでしょ? 何だかんだで引っ越し準備も終わりに近づき、お袋がSOS団全員+有志の連中にお茶を出していたときだ。突然ハルヒが立ち上がった。「キョン、ちょっとこっちへ来なさい」脊髄反射で、訳も分からず付いていく俺。この反応速度は、自分でも賞賛に値するね。妹よ、ニヤニヤするんじゃありません。谷口と国木田、その笑いを含んだ顔をやめろ。気色悪い。 玄関をくぐり、家の前に出たあたりでハルヒは振り返った。ふと気付くと、俺の後ろには段ボールを抱えた古泉と、それに付き従うように朝比奈さんと長門がいた。 「みんなで相談した結果、アンタに餞別をあげることに決定したわ。喜びなさい!」餞別?俺に?朝比奈さんや長門のものなら是非とも頂きたいが……「何?何か文句でもあるっての?」イイエ、ゴザイマセン。 「よろしい。では、古泉くん」「はい、閣下」古泉はうやうやしく段ボールを掲げ、俺に手渡した。満足そうなハルヒの顔を見ながら、俺は箱を開けようとした。と、途端にハルヒの声が飛んできた。「ダメよ、ここで開けちゃ!」何でだよ。別に良いじゃないか。「う……と、とにかく絶対ダメ!そうね、新学期が始まったら開けなさい!団長命令だから!」新学期て。じゃあ何か、もう半月近くもこれは封印しとけってのか? 「そうよ。別に生ものとかは入っていないから、安心しなさい」いや、そう言う事じゃなくてだな……そう言おうとした俺は、その後のハルヒの言葉に耳を疑った。 「じゃあ、お返しを貰うわよ」はあ??何のことだ??「何言ってんの?餞別貰ったら、お返しするのが当たり前でしょ?アンタ、人として常識が足りないんじゃない?」お前にだけは言われたくない台詞だな。しかも突然そんなこと言われても、こっちは何も準備していないぜ? 「あら、良いわよ。キョンの私物を貰うだけだから」って、おい!待て!何を持っていく気だ?俺にだって大切なものはある。持って行かれたらマズイものだってあるんだぞ? 「あったり前じゃない!あたし達だって泥棒じゃないんだから、アンタの許可くらい取るわよ」そ……そうか。なら、良い……のか?何だかよく分からないうちに丸め込まれてしまった俺は、玄関先にある俺の荷物が詰まった段ボールを物色している3人を見て、盛大にため息をついた。 「……これ」長門が差し出してきたのは、俺のくたびれた北高の制服だった。まあ、もう北高に戻ることはないから、もう不要と言えば不要なんだよな。ブレザーとネクタイ、ズボンか。長門に掛けた迷惑を考えるとこれでも安いくらいかもしれない。いいぜ、持っていけ。 「……ありがとう」長門の頬が少し赤らんで見えたのは、俺の錯覚では無いと思いたい。 「あたしはこれが欲しいですう」朝比奈さんが取り出してきたのは、私服のジャケットだった。あー、良いですけど、これもかなりくたびれてますよ。俺の私服なんで、そんなに高いものじゃないですし。「いいんです。これって、一番最初に不思議探索したときに着ていたものですよね?」ああ、そうか。あの時の。朝比奈さんが、実は未来人だと聞かされたときの服だっけ。「ええ、だからなのかな。キョンくんはこの服のイメージがあるんです」光栄です。差し上げますよ。「ありがとうございますぅ~~」「じゃあ、僕はこれを」古泉が持ってきたのは、レトロな感じのボードゲームだった。あれ、これは確か……「ええ、これは僕があなたに唯一勝つことが出来たゲームです。是非、記念にと」ああ、そうか。でもそれ、パソコン版が出てるぜ?英語だがな。「ええ、知ってますよ。でもこの手のゲームは、やはりアナログでないと面白くありませんし、何よりあなたに勝ったという記憶に価値があるのですから」そんなにご大層なものじゃないと思うが。いいぜ、くれてやる。「ありがとうございます。このゲーム盤を見ると、僕に負けたあなたの悔しそうな顔が今でも鮮明に思い浮かびますよ」前言撤回。お前には何一つ、くれてやるものはない。「冗談です。大切にしますよ」 「あたしは……これ!」ハルヒは段ボールからのお宝発掘をやめて、玄関の脇に止めていた俺の愛車に手を掛けた。自転車?お前、自前の持ってるんじゃないか?「持ってるわよ。でも、これが欲しいの」それ、俺が中学の時から乗ってる奴だから、もうボロボロだぜ?整備なんかもまともにやってないしな。「分かってるわよ」……そうか。良いよ、持っていけ。 満足そうに頷くハルヒを見て、俺はほっとした。コイツのことだから、別のとんでもないものを要求されるんじゃないかと思っていたからな。例の青少年御用達DVDとかな。 「さて」それぞれ満足のいくものを貰い満足そうな顔をしているSOS団全員の顔を見渡したハルヒだったが、ここでコイツは俺が全く予想もしなかった行動に出た。 「鶴屋さ~ん、こっちは全員貰ったわ!あとはみんなで引っ越しの手間賃を選んで!」ななななななななななんですとぉぉぉぉぉぉぉ!!???? 「了解っさ~~、さあ、みんな!引っ越し賃を貰いに行くにょろよ!」は~~い、とか、う~~すとか、各々元気の良い返事で玄関先に出てきた面々は、それぞれ勝手に俺の荷物の入った段ボールを漁り始めた。 もうあきれ果てて声も出ない。勝手にしてくれ、もう。
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