白有希姫 後篇
学校祭まであと20日、演劇は6割方進行した。俺は王子役の台詞、そして何故かアクロバットな運動を命じられ、そしてスポットライトの練習までやらされることになっている。 これならまだ『その他雑用』の方が良かったぜ…畜生。コンピ研の奴らが素直に演技の練習を続けているのが少し気がかりだが…まぁ俺は自分の事で精一杯だ。 いまいち進度が遅い為、ハルヒは文芸部室にメンバーを集め、ミーティングを開始した。 「うーん…皆はよく頑張ってくれてるんだけど…ちょっと練習時間が短いのかしら?」 いや、十分にハードなスケジュールだと俺は自負してたんだが? 「そもそも、お前のシナリオが無理矢理すぎるからいけないんじゃないか?」「まぁ大変ではあるけど…これが成功すれば、きっと素晴らしいものになる事間違いなしよ!」 この自信はどこから沸いてくるのか。もし沸き場所を知っている方が居れば連絡を取り合おうじゃないか。 「やっぱりあたしは、練習時間を増やした方がいいと思うんだけど、異論のある人はいる?」 谷口が久しぶりに発言する。 「ただでさえ長い時間練習してんだぜ?もっと短くしてもらいたいくらいだ。」「却下!他は?」 谷口の事を可哀想だと思ったのは久しぶりだ。こいつには意見する権利さえないらしい。 「じゃあこの案は可決!じゃあ早速練習開始するわよ!」 勝手に案を出して勝手に可決した総監督様は、体育館へ軽い足取りで向かっていった。対して俺は重い足取りでステージに向かい、疲れはピークに達しようとしていた。 そしてその日の練習中、事件は起きた―― 「第六章シーン8!アクション!!」「『お前が魔女様を邪魔する王子っさね!』」「『魔女様の命により、お前を倒すよ!』」 俺に奇妙な剣の切っ先を向けて喋っているのは魔女の手下その1、その2の鶴屋さんと国木田だ。まったく、どんな展開だろうね、こりゃ。 「『白有希姫は渡さないぞ!とりゃあっ!』」 俺はゆっくりと側転をしてそのまま床をゴロゴロと転がり、手下その2(国木田)を切り裂く演技をする。 「『ぐあー!!』」 その場に倒れこむ手下その2を見て、 「『ひいー!どうか命だけお助けっさー!!』」と手下その1(鶴屋さん)。 ゆっくりと近づく俺。 「『もう悪さをしないと誓えば命だけは…』」「『引っかかったねー!!』」 手下その1(鶴屋さん)は剣で俺に切りかかるが、俺はずっと練習を重ねてきたバック転を決めて軽やかに避ける。 「『終わりだ!』」 最後にでんぐり返しの後、大きくジャンプして手下1(鶴屋さん)を切り裂く演技をする…はずだった。だが俺は、ぐぎっ!という音を立て、ジャンプの着地に失敗して足を挫いてしまった。足首に激痛が走る。 「痛ってぇ…!!」「キョン、大丈夫!?」 真っ先に駆け寄って来たのはハルヒ。その後に色々なトーンの声が聞こえる。 「キョン」くん!!!!」「す、すっごい腫れてるわよ…!?」「キョ、キョンくん…!早く病院に…」 あまりその後の事は詳しく説明できないが、古泉が俺を背負ってタクシーで病院まで運んでくれたらしい。骨折までの重傷ではなかったが、2週間は安静にしていないと治らないとのことだ。…これはまずい。もちろん、俺はその後1週間半の間、劇の練習には参加できず、見学しかしていない。登校するのがやっとという感じだから無理もないだろ。俺が休む日にちが嵩むにつれ、それと比例してハルヒの不機嫌さも増していく。 「もう!!キョンがいないと練習にならないわよ!今日は終わり!!」 プンスカと帰っていく総監督様の後姿には、焦りと不安が満ち溢れているように見えた。 「…まずいですね。」 と、久しぶりに古泉が話しかけてきた。 「あなたが怪我をしてからこの1週間半、閉鎖空間の出現回数がどんどん増えてきています。」「俺のせいだと言いたいのか?」「いいえ、そんなつもりはありません。ただ、少々キツい事を申し上げると…そういうことになりますね。」 結局そうなのかよ。 「あなたがどれだけ早くに足の怪我を治すか…に、この世界の運命がかかっていますよ。」 自分の怪我がこんなに重要視されるのも初めてだな。怪我の治癒の速度が世界の運命を握るだなんて、そんな世界の真理など聞いたことない。 「とりあえず、機関の医者に治療薬を出させているので、大丈夫だとは思いますが…」「あの医者、お前の仲間だったのかよ…」「ははは、すいません。それじゃあ、頑張ってください。」 そう言って古泉は去っていった。何を頑張ればいいのか、俺はお前に小一時間問い詰めてやりたいね。まぁ7割方治りつつある俺の足は、アクロバット運動こそできないものの、普通の演技ならできてたりするんだが、完治するまで我慢した方が良さそうだ。 だから、こんな怪我の事件よりもっとでかいビックウェーブがくるなんてこの時の俺はまだ知らなかったさ。予測できた方が凄いんだがな。その日の夜、いつものように眠りについた俺だったが、突然目が覚める。堅い地面から起き上がると、俺は明らかに自分の部屋ではない何処かで寝ていた。何かのデジャヴか…これはまるっきり、ハルヒと閉鎖空間に閉じ込められた状況と全く一緒である。が、隣にはハルヒが居ない。これだけで数段難易度がアップしているよな…なんせ、前の脱出方法がハルヒとのキ…まぁいい、とりあえずハルヒを探す必要があるな。この状況下におかれてこんなに冷静でいられる自分が面白いぜ。誰も居ない校舎を一人で立ち歩くのは気が引けたが、俺は真っ先に部室へ向かった。 「誰も居ない…か。」 一人言を口走っていると、いきなりパソコンのディスプレイが明るくなる。正直びっくりした。 YUKI.N>見えてる? あの時と一緒だ、助かったぜ長門。 ああ、見えてる。 YUKI.N>通信時間も少ないから手短に話す。あなたは鍵を探さなくてはならない。 また鍵か。 YUKI.N>今回の鍵はたったひとつ。それは、涼宮ハルヒ。 今回は見つけるだけでいいのか? YUKI.N>分からない。それからは…あなたが考えて。 何処にハルヒがいるか…とか、やっぱり分からないんだよな? YUKI.N>Sleeping beauty プツン、とディスプレイの画面が消えた。…またそれかよ、長門。
とりあえず部室に居ても拉致があかないと思った俺は、グランドの方へ出た。あの神人やらは…居ないか、良かった。辺りを見回すと、赤い球体が目に留まった。こちらに近づいてきている…。 ●<今回も時間がありませんので手短にします。しかし、あなたも不運ですね。 …古泉か。余計なお世話だ、時間がないんじゃなかったのか? ●<そうでした。長門さんからのアドバイスは…もう受けましたよね? 見てたのか。 ●<目的はもう分かってるはずです。健闘を祈ってますよ。では最後に… ま、待てよ! ●<…SOS団演劇名を、思い出してください。 …だからそれはもう分かってるんだよ。何回も思い出させないでくれ。 古泉らしき球体は消えていった。俺が知りたいのはハルヒの居場所なんですが…校内を隈なく探すしかないのか。俺が歩き出した瞬間、どこからともなく朝比奈さんの声がした。 『キョンくん、聞こえてますか?』「朝比奈さん!」『今、特別な力を使って直接キョンくんの脳に語りかけています。涼宮さんの居場所…分かりました?』「まったく見当がつきません。」『ふふふ、わたしはヒントしか言えないので…キョンくん、あなたが頑張ってくれないといけないんです。』「居場所を知ってるんですか?」『それは…禁則事項です。あっ、もう時間。』「待ってくださ…」『白有希姫、第五章。もう分かりましたよね。』 朝比奈さんの声が途絶える。…ああ、皆俺をおちょくってるってわけか?いくら俺でもさすがに分かったぞ。俺は足を庇いながら走る。もちろん、目的地はあそこしかないさ。 「はあ、はあ…はあ。」 息を切らして着いた場所――体育館だ。 そのままゆっくりとステージの上へと歩み寄る。居てくれよ…総監督様!ステージの幕を除けると、ある黒い物体を見つける。…棺桶か。まったくこった演出をしやがるな、こいつも。俺は棺桶の蓋を開ける。 「よう…白雪姫さん。」 …本当に動かないようだ。…今度はフリじゃあ、ダメなんだよな。 「『可哀想な美女…魔女の毒によって死んでしまったというのか…』」 「『俺の口付けで…目を覚ましてくれ、美女よ…!!』」 俺はほんと何をやってるのか、自分で自分を疑った。雰囲気つくりのつもりだったんだが…やるしかない。
淡いキス。その瞬間、全てが光に包まれた――
閉鎖空間から戻って来た時は前と同じく、俺はベッドからずり落ちて寝ていた。目覚まし時計の時針は6を刺しつつ、音を鳴り響かせて暴れる時を待っていた。 残された日数、俺達は猛練習の日々を重ねる。俺は遅れを取り戻すためにいつになく真剣だ。 「足、見違えるように良くなりましたね。」「ああ、閉鎖空間から戻って来て以来、痛みも腫れも全く無くなっちまったぜ。」「…これも、涼宮さんが望んだからなのでしょうね。」 耳元で囁くな古泉!お前の吐息など感じたくもない。 「じゃあ、本番に向けてお互い頑張りましょう。」「当たり前だ、この1ヶ月間の苦労を無駄になんかしたくねえ。」 そして、やってきたのだ、この時が。学校祭当日。体育館には大勢の客が集まっている。「白有希姫」開始まであと5分。俺は掌に人の字を6回書いて飲み込む。今日は特別だ、いつもの倍にしておいた。 「生徒社会を応援する世界造りのための奉仕団体、SOS団による演劇『白有希姫』が始まります。それでは、どうぞ。」 放送委員のアナウンスに、観客共の盛大な拍手、そして大きなブザー音。それら全てが鳴り終り、魔女のハルヒがステージの中央へと向かう。
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