切ない同窓会
北高第○期生同窓会は、全クラスを集めて盛大に執り行われていた。 会場は、北高に近いホテルの宴会会場だった。 実態としては、大人になった当時の生徒たちが飲んで食べて騒いでいるだけだ。こういう行事は堅苦しくやるものではない。 「キョン。さっさと注ぎなさい」「へいへい、団長様」 涼宮ハルヒのコップに、キョンが日本酒を注ぐ。 そんな様子に、谷口がちゃちゃを入れてきた。「おお、キョン。相変わらず尻に敷かれてるな。ところで、おまえらどこまで行ったんだ?」「ハルヒとはそんな関係じゃねぇよ。何度言ったら分かるんだ」「おいおい。いっつもつるんでて、それはないだろ。本当のこと言えよ」「あのなぁ……」 キョンがさらに言い募ろうとしたときに、涼宮ハルヒが大声で割って入った。
「フラれたわ!」 盛り上がっていた会場が一気に静寂に包まれた。 その場のほぼ全員の視線が二人に集中した。 例外は、食と酒を黙々と体内に取り込んでいる長門有希と、小さな溜息をついた古泉一樹だけだった。 「お、おい……フラれたってどういうことだ……?」 谷口が呆然とした表情でそう尋ねる。「そのまんまの意味よ!」「おい、ハルヒ。そんなことはこんなところでいうことじゃないだろ」「あんたは誤解されるのが嫌なんでしょ!? 誤解を解いてあげた私に感謝しなさい!」 涼宮ハルヒは、コップの酒を一気に飲み干し、酒瓶を手にとって自ら酒をコップに注いで、また飲み干す。 「ハルヒ。おまえ、酒弱いんだから、そんな飲み方するな」「飲まなきゃやってらんないわよ!」 涼宮ハルヒは、キョンの忠告を聞き入れることなく、ガブガブと酒を飲み続けた。 場は一気にしらけてしまった。 誰も二人に話しかけることができない。 三十分後。 涼宮ハルヒは完全な泥酔状態にあった。「まったく、しょうがない団長様だ」 キョンは、涼宮ハルヒの腕を肩にかける形で持ち上げた。「俺は、こいつを実家に送ってくるから、先にあがらせてもらうぞ。楽しいはずの同窓会をしらけさせて悪かったな」 二人が去っていったあと、男女数人が古泉一樹のもとに集まった。 代表して谷口が問い詰める。「おい。これはいったいどういうことなんだ?」「どういうこともなにも、涼宮さんがおっしゃられたとおりですよ」 古泉一樹は、無表情を維持していた。こういうときにどんな表情をしていいものか、彼にも分からなかったのだ。「なんでだよ? あんなに仲がよかったのに」「今でも、その仲は変わりませんよ」「なら、なんでだよ?」「彼に言わせば、SOS団の仲間はみんなかけがえのない親友だということです。だから、恋愛感情の対象とはなりえなかった。涼宮さんは友人関係を超えるものを望んだけれども、彼にとっては彼女との関係は友人以外のものではありえなかった」 「キョンらしいといえば、キョンらしいね。中学時代の佐々木さんともそうだったし。キョンにとっては、女性との間の友情も極々自然なことなんだろうね」 国木田が、そう感想を述べた。 谷口は、長門有希の方をちらっと見たあと、古泉一樹に問い詰めた。「おまえら、涼宮がフラれるのを黙ってみてたのかよ!?」「僕だって、彼に理由を問いましたよ。そうしたら、さっきのような答えが返ってきました。僕はさらに問い詰めましたが、彼にこう言われてしまいました。『なら、おまえは、好きでもない相手に対して好きなフリをすれとでもいうのか? それはハルヒの真剣な気持ちを侮辱するも同然だ!』とね。僕は、反論することができませんでした」 沈黙が場を支配する。 「涼宮さんは、今でもキョンくんのことが好きなのね」 阪中がぽつりとそうつぷやいた。「そうでしょうね。だから、それ以上前進することができないと分かっていても、彼の一番の親友という今の位置から後退することもできない。それゆえに、二人の関係は、高校時代と変わらずですよ」 キョンは、涼宮ハルヒを実家に送り届けていた。 彼女の母が出迎えた。「ごめんなさいね。ハルヒがご迷惑をかけてしまって」「これぐらいは迷惑のうちには入りませんよ。ハルヒは大事な友人ですからね。これぐらいは当然です」「友人ね……あなたとハルヒが、それ以上の関係だったら……いや、これはいまさらいっても仕方のないことね。ごめんなさい」「すみません……」 キョンは、そういうと、その場から立ち去った。 一次会が終わり、古泉一樹と長門有希は連れ立って歩いていた。「これからどっかの居酒屋で二次会でもどうですか?」「あなたの配偶者に連絡をとらなくてもよいのか?」「森さんには、遅くなると予め言ってあります。涼宮さんのことですから、SOS団の四人で二次会になると予想していたものでね。その予想は外れてしまいましたが」 「四人ならばともかく、あなたと私の二人だけでは、あなたの配偶者に誤解を与える可能性がある」「SOS団の仲間はみな友人です。森さんだって、それぐらいは理解してますよ」「現在発生している閉鎖空間に対応しなくてもよいのか?」「現在頻発しているのは、小規模なもので短時間で消えるタイプです。僕が出るまでもありません。涼宮さんの精神もすっかり安定してきたということですね。それはひとえに彼のおかげですよ。ですから、その結末がこんなことになってしまって、僕はやるせない思いでいっぱいです」「…………」「こんな愚痴をいえる相手は、長門さんぐらいしかいないのでね。付き合っていただけますか?」「了解した」「ありがとうございます」 ここで、間をおいてから、古泉一樹はこう切り出した。 「しかし、長門さんはいつも淡々としてますね。あのときもそうだった。まあ、長門さんの感情の変化を読み取れるのは、彼ぐらいですけど」「私の任務は観測だから」「こういっては何ですけど、長門さんは彼に恋愛感情を抱いたことはないのですか?」「ない」 それははっきりとした断定だった。「私は生殖機能を持たない。よって、生殖本能を根源とする恋愛感情なるものを持つこともありえない」「なるほど」「私は、彼を含めてSOS団の仲間は大切な親友だと思っている。彼も私のことをそう思ってくれている。私にとってはそれで充分」 涼宮ハルヒは、ベッドにつっぷしていた。 実家までキョンに送られてきたことは認識していた。 彼は優しい。でも、それは、友人だからであって、好きだからではない。 それぐらいは、理解している。 涙が出そうになるのをぐっとこらえる。 フラれたときに一晩中泣きはらしたあと、もう泣かないと決意した。 だから、彼女は、シーツを握り締めたまま、ただただこらえ続けていた。 キョンは、自分の実家へと向かっていた。 あんな姿の涼宮ハルヒを見るのは、正直いってつらい。 それが自分のせいだとなれば、なおさらだった。 しかし、自分にはどうすることもできない。 彼女に告白されたときの自分の行動が間違っていたとは思わない。 いや、それは間違っているとか正しいとかいう問題ではない。 自分は、彼女のことを一番の親友だと思っていて、かつ、彼女に対して恋愛感情を全く抱いていなかった。それは厳然たる事実であって、それ以外ではありえなかった。 だから、彼は、一番の親友である彼女のために祈らずにはいられなかった。 彼女を幸せにしてくれる奴がいつか現れるように、と……。
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