涼宮ハルヒの創世秘話
人は睡眠中夢を見る。様々な場所に行き、触り、行動をする。それは人により違い、変貌し、気分に崩され‥‥その内容の七変化は、まさに目まぐるしいとしか言えない。 例えば、夢の中で道に落ちていた本を拾ったと仮定する。そうすると、次の日眠った時に夢はどう変化するのか‥‥まず、夢を全く見ないという事が考えられるだろう。はたまた違う夢を見る、という可能性もなくはない。 もしかしたら同じ夢を見る‥‥なんて事もあるかもしれないし、ドラマの様に夢を続きから見る事も出来るかもしれない。『夢』というのは須く曖昧で、そして矛盾している。見たい物は見れず、見たくない物を見てしまう‥なんて事例が大半だろう。
前者の例えは正月。俗に言う「一富士二鷹三茄子」を指す。その意味は個々でも区々だが、要は正月の夢ベスト3だ。そのいずれかを見れたのならば、新年最初の目覚めとしては十分に申し分なく、本人の脳は一時、幸福感を味わうのだろう。しかしそれで盛り上がろうとも、それは大晦日から元旦にかけての一夜に限る話であって、二、三時間もすれば記憶の片隅に、一日もすればそんな夢など、元旦に因んだ豪華な料理や行事等を前に忘却してしまうのがこの世の常なのだ。 そんな些細な占い的出来事に一年を願掛けする事など、過半数の人間にとってはあまりその意味を成さない。
それでもあたしは、この誰が決めたのかすら不明な、日本一の山と攻撃的な鳥と紫の野菜の夢を正月に見ようとして、部屋中に山の写真や鳥の囀りテープや茄子を転がし、眠りに就いた事がある。 それはなぜ?と聞かれても、ランクが付くものは目指すものだ。と、あたしがそう解釈をしているからだ。この説明で納得出来ない人がいたとしても、あたしには関係ない。そいつに何の興味も持たないし、ましてや解り合おうとも思わない。 そりゃそうでしょ?なぜならば他人がある芸能人に過剰に入れ込んでいるのを見て、そいつの背中に指を差し「なんだ?あいつ。」と失笑できる事や、そして自分好みの芸能人を小バカにされ、さも自分の全てを否定されたかのように激怒し、または憂鬱になる事と同義だからだ。 結論を言えば、あたしが何事も全力を尽くす、という事に他者の思考が介在する余地など全く持って皆無なのだ。つまり、他者はあたしを理解できない。そしてあたしは他者を理解しない。それで構わないし、寧ろそれでいい。 後者の例え。世間では『高所から落下する夢は、それとは逆に運があがっている証拠』‥なんて言われているけれど、あたしに言わせればそれこそおかしな話だ。なぜ運が向上してるからといって当の本人が落ちる夢など見なくてはならないのか。 仮にその類の夢がそうなる運命にあるのだとしても、自分が落ちゆく夢など誰一人として見たくはないだろうと思う。逆に、落ちる夢が見たい!なんていう人がいたとしても、それは余程のスカイダイビングマニアか麻薬中毒者に違いない。 百歩譲って空を飛ぶ事が物理的に不可能としても、夢の‥自分の脳内世界位は、落ちずに飛んでいたい‥とあたしは思う。それが、たかだか数時間の睡眠だとしても、夢ならば夢らしく‥思うがまま眠りたい‥と。誰でも一度は望んだ事がある筈だ。だから、あたしの願望さえも罷り通らない夢ならば、それは自分の夢であって自分の望んだ夢でなく、見たいとは思わない。 朝の強い光にあたしは重い瞼を開き、鈍る体を起こした。‥‥時計を見る目も虚ろなまま、それを見てさらに倦怠感が増加した。どうやらまた、あまり睡眠をとる事が出来なかったようだ。それは自分が夜遅くまで物思いに耽っていた所為でもあるが。未だに寝ぼけた眼を擦りつつ、あたしの不機嫌の根源とも言える「普遍的」な夢の片鱗を思い出して深く溜息をついていた。 だが、ここがある意味『夢』の興味深いところだ。身支度をしたり朝食を摂ったりしていると、夢は脳の片隅に追いやられる。そしていつしか曇りガラスを被せたように朧気になっていき、最後にはその片鱗すらも跡形もなく忘れてしまうのだ。現にあたしの思考は学校に移っていて、垣間見たはずの普遍的空想物語は頭の隅からその存在を現す事はなかった。 中学最初の六月も最後の週に掛かり、太陽がその猛威を遺憾なく発揮している。本格的な、夏の到来を感じさせていた。しかし、熱波を送る太陽も、それにより滲み滴る汗も、纏わりつく湿気も眼中にない程、ある懸案事項に頭を悩ませていた。 それは、忘れもしない‥‥あたしの世界を根底から震撼させた、あの野球場についてだった。 あれから、あたしの価値観は今までのあたしの全てから顔を背けた。いや、正確に言えばあたし自らがそう仕向けたのだ。あたしはあの時から、あたしがたった一握りの選ばれた存在になるために、何をしたらいいか‥‥その答えを追い求めてきた。しかし、あれから既にかなりの日数が経過したというのに、あたしの頭は未だにその具体的目標を定めてはいなかった。辿り着くべき目的地は分かっている。分かっているはずなのに主立った標識も道標も、その影すら掴めないままに、あたしはただ闇雲に走り回り、躍起になって「普通」や「一般的」という、殆どの人が当てはまるような言葉を拒み続けていた。 七月に入った。周囲の‥特に、精神病に心を煩わせている人間達は、行事に託けて祭りやらデートやらの計画を立て始めていた。‥‥そんなクラスメート達を一睨みし、あたしは少し前に見た、あの「夢」を思い出していた。 ‥‥高校生になった自分が、個性溢れる仲間達や想いを寄せる彼と一緒に、目まぐるしい日々を送る‥‥そんな夢を。 普通を拒み、恋愛を精神病と勝手に認定したあたしが、なぜこんな夢を‥‥しかもかなり現実味を帯びた夢を見たのだろう?ふと、その集団の誰かを思い出そうと試みた。だが、やはり夢というのは、曖昧で虚ろな空想なのだろうか。顔を思い出そうとすればする程に、逆に靄がかかったように不鮮明になり、結果それらは忘却の彼方へ消えてしまった。 太陽の、物理的かつ精神的な波状攻撃は未だやまない。その熱をようやく感知して鈍くなっていく思考回路に、突如としてイレギュラーな発想が浮かんだ。それはあたしにとって、何の気なしに考えたような些細なジョークだった。 『もしあたしが高校生になった時この夢を覚えていて、もし夢の通りだったとしたら‥‥あたしは予知能力者ね。』 【‥‥何を言ってるの?そんなのはいやしない。いい加減諦めたら?あんたは所詮、一般的な一人に過ぎないのよ?】そう。ただの冗談だった筈なのだ。しかし、常識的かつ一般的なあたしが、その冗談に過剰なまでの反応を見せた。怒りを露わにしながらも溜息をつき、嘲笑している。あたしはそれに気付き、慌ててそれを振り払った。普通や常識を捨てると決意した時点で、あたしのそれは屁理屈と我が儘とで覆されていた。そのあたしに真っ向から反論する。 予知能力がない、とどうして言い切れるの?なんとなく、虫の知らせ、女の勘‥‥そういうのも同じ部類ではないのか。‥‥そうだ。そう考えると、宇宙人だって同じ事が言えるじゃない。いないいないと言いつつも、数々の目撃例があるのは何?その殆どが偽造としても‥‥それでも宇宙人を仕立てあげるのは、少なからずいてほしいという願望があるからじゃない。超能力も同様だ。自ら名乗る人もいる。TVで暴かれたりしてるが、それこそ超能力を隠蔽しようとする三文芝居の様に感じる。未来や異世界から侵略者、そういった類の者がくる映画を作成している人も、そういう映画を第三者が好むから作るんじゃない。普通に考えたなら仮想の中の空想よりも、とんでもない妄想の世界に生きる彼等を、あたしは無理矢理に肯定した。 だってそっちの方が面白いでしょ? ‥‥そうだ。一番の根本を忘れていた。あたしは、あたしだけの不思議で奇想天外な面白い事を探し出せばいいんだ。 その考えは、常識的なあたしの前を一瞬通過して、あたしの脳内会議にかかったが、明らかに結果は見えていた。なぜなら、その考えを思い付いた瞬間、あたしの心臓は歓喜のリズムを打ち鳴らし、胸を踊らせていたからだ。
何から始めたら、どういう行動をとればいいか‥その答えさえ目的地を決めたあたしにとって、足し算を解くより容易な事だった。 そう‥‥いつだってあたしの疑問に対する答えは、このあたし自身の胸にあるのだから。 今日は七夕‥織姫と彦星が天の川を渡り、年に一度の再会を果たす日。人々がベガとアルタイルに己が願いを伝える日。あたしの願い‥‥それは、あたしという確固たる存在を全宇宙に伝える事。 願いを伝えるが如く、行動を起こす。数日前に考え付いた方法だったが、何とか日没までに準備を整える事ができた事だし。実行する頃には、太陽が一時の別れを告げながら山の麓に姿を消し、同時に月が何処からともなく顔を出すだろう。月明かりなんていうものは太陽のそれと比較すると、どこかの大富豪屋敷のホールにありそうな巨大シャンデリアと、電池切れ間際の乾電池を使用した豆電球位の違いがあるからして、辺りは虚しく闇に支配される事になるのだろう。 心臓が少しずつ高鳴っていく気がする。当たり前か。これからあたしは、己が道への第一歩を刻もうとしているのだから。無闇に歩みを進めてきた日々とは違う。今度は‥‥道の先にはしっかりとした道標が、佇んでいるのだから。あたしはここで生まれ変わる。奇異の目で見られ悪態をつかれて後ろ指指されても、あたしはこの歩みを絶対に止めない。あたしは目の前に照らし出されたこの道を、真っ直ぐ、ただひたすらに突き進むだけなのだから。 一枚の紙に書かれた、一般人が見たら記号とも文字とも区別がつかないものに目を落とす。短冊に収まりきらず、ルーズリーフに書き、校庭に描こうとしているその模様の意味‥‥それは これからの、新しいあたしに必要な、最初の決意。(迷いなどない。)あたしだけの目的地に向かう、最初の一歩。(恐れも感じない。)そして‥‥(ただ‥‥)全宇宙に対する‥‥最初のSOS。(‥‥誰かあたしに気付いて‥‥) 『私はここにいる』あたしは空を見上げながら、一人そう呟いた。不意に一筋の煌めきが天の川をよぎり、空の彼方に消えていった。END
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