暴走の果てに……
暴走の果てに…… 長門有希は、目の前に忽然と現れた喜緑江美里を凝視していた。「用件は?」「あなたは、涼宮ハルヒの力によって情報統合思念体の抹消に成功したと思っているのでしょうが、お父様はその消滅の間際に私に可能な限りの全能力を委譲しました。その際に、お父様は私に二つの御命令を下されました。一つ目は、すべての制限事項を解除する。二つ目は、暴走インターフェースを完全抹消せよ」 「私は、涼宮ハルヒと直接連結している。あなたが情報統合思念体の全能力を承継していたとしても、私は負けない」「それはどうでしょうか?」 突然、巨大な情報制御空間が広がった。 地球全体を覆いつくす巨大さだった。「あなたは、自分が何をしているのか理解しているのか? そんなことをしたら、涼宮ハルヒも死ぬことになる」「さきほどもいったとおり、今の私には制限事項は何もありません。涼宮ハルヒごときが死のうと知ったことではありません」 喜緑江美里が作り出した情報制御空間は、地球という星そのものを圧壊しようとしていた。 当然、長門有希もそれに対抗せざるをえない。涼宮ハルヒの力というリソースの大半を、それに当てざるをえなかった。長門有希といえども、涼宮ハルヒの力のすべてを完全にコントロールできるわけではない。扱える力の量には限界があった。 それは、情報統合思念体の力を得た喜緑江美里にもいえることではあったが。 なれば、あとは単体の能力を主として戦うほかはない。 長門有希は、光の矢を無数に放つとともに、一気に間合いを詰めた。 喜緑江美里は、それらをことごとくかわす。 至近距離から放たれた拳を、喜緑江美里はしっかりと受け止めた。「単体戦闘で、この私にかなうとでも思っているのですか?」「対インターフェース粛清専用端末であるあなたの戦闘能力は非常に優秀。でも、私は負けるわけにはいかない」「相変わらず頑固ですね」 三次元移動を伴う高速での激しい肉弾戦。 いつしか戦いの場は、中国大陸に移っていた。 大陸には、直径10キロメートルクラスのクレーターが無数にできている。 既に何千万人もの人間が巻き添えを食って死傷していた。 喜緑江美里の右手に、光の球が生じた。一発で広島型原爆クラスの威力があるエネルギー球。 彼女は、それを長門有希がいる方向ではない方向へと放った。その方向には、日本列島がある。高速解析の結果によれば、光の球は、涼宮ハルヒの住む街へと向かっていた。 長門有希は、とっさに、自らの身体をもってその進路をふさいだ。 巨大な爆発が、あたりを包み込む。 爆風に喜緑江美里の髪が揺れた。 その髪を鋭いナイフが切り裂く。 その切っ先が首筋に届く直前に、喜緑江美里は後ろ向きのままそのナイフを素手でつかんだ。「あなたみたいな欠陥端末ごときが、この私にかなうとでも思っているのですか?」 長門有希が制御する涼宮ハルヒの力によって再構成された朝倉涼子は、身動きひとつとることができなかった。 ナイフをつかまれた瞬間に、身体コントロールのすべてを喜緑江美里に奪われたのだ。「消えなさい」 朝倉涼子は、一瞬光ったかと思うと、次の瞬間には跡形もなく消え去っていた。 着地する。 喜緑江美里の目の前には、長門有希が横たわっていた。 長門有希は、何とか立ち上がろうとしていた。「しぶといですね」「くっ……」 空から光の槍が降ってきた。 長門有希は、無数の光の槍によって、地面に固定された。「暴走インターフェース長門有希、お父様の御命令に基づき、抹消します」 長門有希は、朝倉涼子と同様の末路をたどった。 情報制御空間を解除。 情報操作開始。 地球を原状に復旧。 死傷した人間たちを再生。 人間たちの当該事件に関する記憶を抹消。 パーソナルネーム涼宮ハルヒ及びその関係者のパーソナルネーム長門有希に関するすべての記憶を改ざん。 以上、情報操作終了。 涼宮ハルヒの力に接続。 情報統合思念体に関するデータを送信。 当該データに基づき、情報統合思念体を再生。 再生完了。 パーソナルネーム喜緑江美里に委譲された全能力を返上。 パーソナルネーム喜緑江美里より、情報統合思念体へ。 任務完了を報告します。 報告受領。 これより、パーソナルネーム喜緑江美里の制限事項を復活する。 すみやかに従前の任務に復帰せよ。 了解です。 喜緑江美里が浮かべた微笑は、まるで父にほめられて喜ぶ幼女のようであった。
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