キョンの閉鎖空間2
翌日は土曜日だ。待ち合わせは10時。そこで、まぁちょっとした事件が起こる。俺が待ち合わせ場所に着いた時、そこにはハルヒ、長門、古泉の3人しか居なかった。そう、なんと一番遅かったのは朝比奈さんだったのだ。「ふぇ~、ごめんなさい~」と、声を上げながら薄い桃色ワンピースをヒラヒラさせて駆けてくる朝比奈さんは、それはそれは可愛い。もしこれがデートか何かだったら「早く貴女に会いたくて、つい早く来過ぎてしまいましたよ」とでも口走りそうなもんだ。 身を竦ませる小動物のような動作なんか、そこらのウルウルチワワなんか目じゃないくらい庇護欲をわかせる。……って、そんなに怯えなくてもいいのでは。迎える側は、何か面白そうな古泉と、なぜかいつもどおり制服無感情の長門、そして、「珍しいわねー、今日のおごりはみくるちゃんで決定ね♪」意外なことに、文句も言わず上機嫌で喫茶店に入っていくハルヒ。てっきり、文句の一言でも言うと思ったが、ご機嫌じゃないか。「いいんですか?」とこっそり尋ねる俺に、朝比奈さんはとろけんばかりの笑顔で、「あ、勿論ですよ、いつも御馳走になってますから」とトテトテとハルヒを追った。どうやら謝っているようだ。いつも御馳走になってる…か。待ち合わせ時刻には間に合っているのに、奢りとは。こう外の立場から見ると厳しいルールだな。あと、懐の痛まないオレンジジュースも中々美味いもんだ。朝比奈さん、ご馳走様です。
さて、本日の予定は花火とスイカを買うこと。アイスを食べること。不思議なことを見つけること。最後の一つはオマケのようなものか。ついでに、買ったものは明日、有効活用されるそうである。有効という言葉はこれほどに合わない女もそういないだろうな。とにかく、大した買物ではないので、花火とスイカを分担で片付けることにして、再集合後、アイスを食うことになった。
いつもどおりくじ引きで、花火組は俺とハルヒ。スイカ組は朝比奈さんと長門、ついでに古泉。スイカ運び決定、ご苦労。両手に花なんだから、妥当だ。「SOS団を盛り上げる面白いものを見つけたら、買ってもいいわよ。私が審査してあげる」ということで解散した。なんだ、UFOの破片とかか。八百屋にどんな盛り上げグッズがあるのかはしらんが、期待はできそうにない。
<スイカ組/朝比奈みくる>「朝比奈さんが最後に来るなんて珍しいですね」最初にそう声を掛けてきたのは古泉君でした。「ええ、今日着てこようと思った服が何故か見付からなくって…あ、ちゃんとクロゼットにしまってあったんですけど、奥に隠れちゃってて。落ちちゃったのかなぁ」「それは災難でしたね」「はい。お財布を忘れそうになったり、鍵を閉め忘れそうになったり」今朝は本当に何だか、いえ、もとからドジが多いんですけれど、いつもよりドジが多かったんです。はぁ……、しょんぼりしちゃいます。そのとき、後ろの長門さんが一言だけ呟いたんです。「それは偶然ではない。」え?え?どういう意味ですか?古泉君、何で笑ってるんですか?
<花火組/涼宮ハルヒ>ホームセンターなんて滅多に来ないけれど、意外と広いのね。これなら、何か面白いもんでも売ってそうだわ。キョンもホーとかヘーとか言いながらキョロキョロしてる。楽しそうなんじゃない?「あっちがパーティーグッズで、バーベキュー用品とかはあっちね!プール用具とかは奥、キャンプセットは…」あたしが何処から回ろうか予定を立ててたら、横から場内地図をキョンが覗いてきた。「どんな花火を買うんだ?」か、顔が近い!……とは言わないけど。「厚紙に花火が刺さっているようなショボいのじゃ嫌ね!円筒形のビニールバックに花火詰まりまくってるヤツを買うのよ!」キョンはやれやれって、呟いてから、「線香花火も買おうぜ」って言った。爺臭いわね。ま、いいけどっ。
<スイカ組/長門有希>古泉一樹がスイカを抱えている。ダンボールに入ったソレは、5キロ程度。スイカは、90%以上が水分。「落とすと大変ですね」と心配そうな朝比奈みくる。しかし、自分が持った方が危ないことがわかっているのだろう、すみませんや大丈夫ですかと声をかけている。スイカ。私が選んだスイカ。「どれが良いと思いますか?」と尋ねられた。「長門さんが選んだならきっと、美味しくって甘いんでしょうねー」と賛同をうけた。「糖度は12度。甘みがあり瑞々しいもの。」そう答えたら、何故か笑われた。これは私達のスイカ。
<花火組/キョン>何故かは知らんが、今日のハルヒは大変ご機嫌であるようだ。今にも鼻歌でスキップせんばかりに。なら、俺が機嫌を損ねる道理も無い。俺も上機嫌だ。閉鎖空間持ち同士(俺はニワカの上に未知数だが)が喧嘩でもした日には、どっかの誰かが過労死しそうだしな。花火は二袋カートに入っている。当然ビニールバック型のが。大漁だ。線香花火もある。「ついでだから、パーティー用品も見て行きましょ!」元気いっぱいのハルヒを見ながら、俺は昨日の古泉の言葉を思い出していた。「ストレスを発散できる週末企画を立てるのみならず、眠っている貴方がストレスを発散できる場所をも用意して下さっている」今このときも、楽しい時間を俺に提供してくれようとしているのか、などと考えるのは自惚れが過ぎるだろうか。クラッカーやらマスクを検分するハルヒは大変無邪気で、こうしていれば大変…そうだな、魅力的に見えた。
<スイカ組/古泉一樹>再集合はコンビニ前のベンチ。先に着いたのは…我々ですか。スイカはそれなりに重かったのですが、とても美味しそうです。朝比奈さんの笑顔のお陰でお安く買えたので上出来といったところでしょう。花火を買いに行ったお二人もどうやら問題無く過ごしておられるようです。いつもこうならいいんですけれどね。
「ほら、遅くなっちゃったじゃない」「お前がアレコレ買うからだろ!」
少し遅れてお二人も戻ってお出でになりました。特大の買物袋が1つ。これはこれは、打ち上げ花火でもお買いになられたのでしょうか。涼宮さんは、我々がスイカしか買っていないことを確認した後、大変眩しい笑顔で「何か不思議なことあった?」と尋ねられました。八百屋一番のスイカを長門さんが見事に選び、糖度まで言い当てたこと、それを見た店主が筋が良いと目を丸くして褒めたこと。……いえ、これは涼宮さんの不思議には入らないのでしょう。「残念ながら」と答えると、涼宮さんは「そ。残念だわ」と一言。それでもいつも以上に機嫌が良く見えるのは――さて、何故でしょうね?
<再びキョン>……なぜ、中サイズの袋2つではなく、特大買物袋1つに全ての商品を収めようと思ったのか。全くもって謎が謎を呼ぶ。ハルヒも、不思議を探す前にあのレジのねえさんを詰問すべきだ。が、が、しかし。ここに来る途中、一つ前の信号まで俺たちは、手を、手を繋いで来た。それは、偶然にもハルヒが急いでいて、俺を引っ張りたかったからで、さらに偶然にも俺の片手が空いていたからに相違ないわけで。こう暑い日に手を繋いで歩く男女なんて、文句の一つ二つ三つ四つぶつけられて然るべきなのだろうが、スマン。いざ手を繋いで引っ張られながら街ん中を急いで歩くのは、なかなか楽しかった。 嗚呼、不覚だ。何だか世界に申し訳無い。スマン。
その後、全員でベンチに座り、コンビニで買ったアイスを食べる。良い宣伝効果がありそうだな。長門は黙々とミルクバーを食べてる。それは食べるより舐めるほうがお勧めだが、何も言わん。朝比奈さんが「頭がキンとしますー」と愛らしくクビをかしげ、ハルヒは「これが醍醐味よ」とか何とか騒いでる。俺と古泉はアイスバーだ。なんていうか、こうしてると中学生にでも戻った気になる。 それにしても、今日は何だか全員の表情が、いつも以上に明るいように見える。
最後に団長から明日の予定を聞いた。「予定は秘密!だけど涼しい格好で来ること。水着を持ってきなさい!忘れたら死刑ね。みんなしっかり寝とくのよ!途中でバテちゃったーなんて言うか弱い団員は、SOS団にはいないはずよ!」熱弁するハルヒ。何故お前はそう元気なんだ。
アイスを食べ終えると、ハルヒは古泉にスイカ、俺にホームセンターのアホな大袋をよこした。学校に置いておきなさいとの命令だ。女性陣は買い物に行くらしい。水着か?水着を買いに行くのか?期待が膨らむね、これは。
さて、楽しくも無い、男2人で荷物持ち。「予定は、秘密か。」とは言え、多分、泳ぐ、花火、スイカは決定事項と見て間違いないだろうが。「涼宮さんはどうやらサプライズパーティーにしたいようですね」と古泉が答えた。重そうなスイカを持ってるのに、いつもどおり笑顔だ。ていうかお前まで機嫌が良いのはどいうわけなんだ。「おや、僕は、友人が嬉しそうだと、それだけで嬉しくなれる性質ですよ?」何だソレは。お前にそんな性質があったなんて初耳だ。
「…ところで、何故ゴミを捨てなかったんですか?」古泉が目で俺のポケットを示す。こんな小さいことに喜ぶものか、顔に出してたまるかと思いながらも、何となく捨て切れなかったゴミ。なかなか目ざといな。「見てたのか」「いえ、今日は当たりが出そうだなと、思いまして」超能力者にはそんな予知能力まであるのか、と思うほど俺はバカじゃない。「…ハルヒか?」「さぁ、あなたの運が良かったのかもしれません」溜息をついた。今日は絶賛サービス御優待デーだったわけか?どこまでが俺の運で、何がハルヒの力なのかは知らん。待ち合わせの罰ゲーム、買物の組み分け、特大買物袋、俺のポケットに入ってる当たり棒。…さて、どうだろうな?
「気を遣わせたか」とこぼすと、古泉が笑った。「まさか。涼宮さんはただ、今日1日、貴方が楽しく過ごせるように[願った]だけです。そうして、貴方が楽しそうと感じたから、涼宮さんも大変今日を楽しんでおられました。素晴らしいことじゃないですか?」
確かに今日は楽しかった。久しぶりに体調も良好だ。疲れたから多分夢見も良いことだろう。願わくばそうあれ、俺。当たり棒は、記念にでもとっておこうと、そんなことを考えながら長い坂道を登っていった。
さて、古泉も普段、涼宮ハルヒが楽しんでるから、自分も楽しいと、そう思っているのだろうかね。勿論、古泉の用意するサプライズと、ハルヒの[願い]は意図も質も内容も重みも全く違うんだろうが。
――嗚呼、ハルヒは長門と朝比奈さんを引き連れて、今頃何をしてくれているんだろう。
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