すき焼きミッドナイト
夏には冷たいものを、冬には温かいものをと古泉一樹は言ったが、ならば夏にすき焼きというのは矛盾するのではないか。そんな疑念も生まれることだろうが、物語の進行上、それは些細な疑問に過ぎずどうでもいいことなので、胸の中に閉まって墓場まで持って行って頂きたい。という投げやりなカンペがどこからともなく現れたので、声に出して読んでみた。「有希、何ぶつぶつ言ってるの?」「なんでも」
買出しに行って戻ってきた古泉一樹を彼らはニヤニヤ顔で向かえ、生暖かい視線で私と彼を見比べたあと、その夜、すき焼きパーティが開かれた。「どう?涼宮ハルヒ特製すき焼きのタレのお味は」「とってもおいしいです~夏の暑さも吹っ飛びますね」「流石は涼宮さんですね。最高です」「…美味」彼女は満足そうに頷いた。「ちょっとキョン、食べてばっかないで感想くらい言いなさいよ」「ん?ああすまん。あまりに旨くて忘れてたよ。大したもんだな」「ま、あたしにしたら当然のことだけどね!」彼に褒められて100万Wの笑顔を更にパワーアップさせた。「みんなじゃんじゃん食べなさい!」
みんな、と言ったが、実際『じゃんじゃん』食べているのは私と涼宮ハルヒだけだ。朝比奈みくるは具の盛り付けや火加減を担いながら、ちまちまとハムスターのように食べている。「お前に与える肉はない」一方彼は古泉一樹の皿にシラタキばかり盛り付けている。「ところで古泉君、やっぱりあんた有希のこt」「ああああああなっ長門さん!肉ばかりでは栄養が偏ります。野菜もしっかり摂らないと‥」「シラタキしか食べていないあなたよりはマシ」「ぐっ‥それは…」と彼を睨んだ。私は少し考えてから、皿にあった肉を一切れ箸で掴み、古泉一樹の口元に差し出した。俗に言うと、あーんと呼ばれるやつ。「食べて」「…ながっ長門さん?」「有希…」「どひぇ~」「長門…」「その…気持ちは嬉しいのですが…」いつもの饒舌はどこへやら、彼はしどろもどろになり固まった
ここから古泉サイド
ここは食べるべきだろうか。いやいや僕のキャラ的には「お気持ちだけで充分です」と爽やかに断るべきか。しかしせっかくの好意を無下にするのは人としてよくないし、個人的にもちょっと嬉しいハプニングだ。どうする俺?…助けを求めるべく周囲を見渡してみる。
ターゲット01:涼宮さん「………(食べなさい。あんた有希の気持ちを無下にする気?)ターゲット02:朝比奈さん「………(食べてあげてください。長門さんだって一生懸命なんですよ)」よし。ここは有り難く頂くことにしよう。いや、これは涼宮さんの希望なのであって、僕自身が長門さんの初あーんをあやかりたいわけでは…ゲホン。妙な視線を感じ、ふと隣を見ると険しい顔つきで彼が僕を睨んでいた。「………(古泉、お前何をしてるかわかってるのか。いい年した若いモンがあーんだと?何てはしたない。鼻の下伸ばしやがって長門が汚れるぜ。そういうのは正式に交際を申し込んでだなぁ…)」無言の説教タイム。何これ。今更だけどいつの間にテレパシーなんて習得したんだ僕。てゆうか…どこの親バカですかあなたは!いつから長門さんの父親になったんだ!彼から発せられる猛烈親バカオーラに気負され、精神的ダメージが。
なんてもたもたしてるうちに、長門さんは諦めたのか、するすると席に戻り肉を自分の口に入れた。…「……はぁーー」わざとらしいため息をつく涼宮さん。朝比奈さんに至っては、ああダメだなコイツみたいな感じで悲しげに目を伏せている。長門さんは黙々と食べているが、先程よりもペースダウンしている。あれ?もしかして…「あの、長門さんさっきは…その」………「長門さん?」………もしもし?起きてます?………ボチャ「あなたにはシラタキが相応しい」と言い放ち、鍋にあるシラタキを箸で掬い上げ僕の皿に放り込んだ。目にも止まらぬ早さで、鍋中のシラタキを器用に拾って僕の皿に投下していく。見事な技だ。なんて感心してる場合ではない。「ちょっと…長門さんいくらなんでもそれは…」あつっ!汁とんだ‥「手が滑った」悪びれる素振りさえみせずに、どんどん、どんどん放り込む長門さん。一同唖然としてその光景を眺めている。とうとう僕の皿は長門さんによってシラタキ地獄になってしまった。シラタキが嫌いというわけではないけれど、いくらなんでもこの量はないだろ。それにタレと卵が混じって見た目がちょっとグロテスク。トラウマになりそうだ。どうやら完全に彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。シラタキがなくなると、彼女は冷蔵庫に向かい更にシラタキを出そうとした。「おい長門、それ以上古泉にシラタキを与えるな。ちょっとやりすぎだぞ」彼に諭され、彼女は渋々席に戻り己の肉取りに専念した。…「元気出せ古泉。白菜くらいならやるからさ」有難うございます‥てゆうか元はあんたのせいですよ。「ほら、まだまだ一杯あるんだからどんどん食べちゃいましょ!」気まずい空気を断ち切るように、涼宮さんは仕切り直した。
先刻の殺伐とした空気はどこへやら、再び賑やかさを取り戻した。長門さんは話すどころか目も合わせてくれなかったことを除けば。ようやく食べ終わり(ほとんど涼宮さんと長門さんだが)お開きとなった。ちなみにシラタキは全部食べました。一ヶ月はあの姿見たくないです。「あとはあたし達で片付けるから、あんた達は先に帰っていいわ」
帰り際、長門さんが何か物言いたげにこちらを見ている。僕は意を決して彼女に歩み寄り、「明日の放課後、例のかき氷屋さんに行きませんか。先程のお詫びを兼ねて‥二人きりで」と囁き、ぎこちなく笑顔を作った。彼女はカクンと頷き、うつ向いたまま台所へ去っていった。
再び長門サイド
さっきの私はどうかしていた。何故あのような行動に出たのかわからない。もやもやしたものが胸の中を渦巻いている。そんな時、彼がまた誘ってくれた。二人きり、という言葉に妙に反応してしまう。今までの比じゃないくらいのエラーが込み上げてくる。身体中が熱い…胸が苦しい…これは一体何?
後片付けも終わり、私達はリビングで寛いだ。
「さて。邪魔者は消えたわ」と、涼宮ハルヒは「前から思ってたんだけど、有希、あんた最近変よね?」私が?「私もそう思います…部室で私と長門さんの二人きりだった時に、本も読まずに古泉君の席をずっと見ていたような…あと古泉君を見つめていたかと思えば視線が合うと急に反らしたりとか…」「単刀直入に聞くけど、あんた古泉君のこと好きなの?」「どうなんですかぁ?」二人とも身を乗り出して私を見ている。‥『すき』という感情。私にはよくわからない。「ふぅむ‥よぉく考えてみて。彼が他の女の子とイチャつくのを見てむしゃくしゃしたりとか、二人きりの世界で、『実は俺眼鏡っ娘萌えなんだ。いつぞやの眼鏡姿のお前は反則的なまでに似合っていたぞ』みたいなこと言われてキスされる夢を見ちゃったりとかない?!」と、ここまで興奮気味に語りだした。鼻息が荒い。すると、我に返ったのか軽く咳払いをして、「ちなみあたしにはそんな経験ないけどね。ないったらないんだからね!」と慌てて付け足した。非常にわかりやすい。私が黙っていると、彼女はそれを肯定だと判断したらしく「恥ずかしがることないわ。古泉君はかっこいいし優しいし、あなたが惚れるのもわからないこともないわ。あたしは恋愛なんて面倒だから興味ないけど、人様の恋路を邪魔するほど野暮じゃないわ。寧ろ大いに応援するわ。いい?有希。古泉君はモテるんだからもたもたしてちゃだめ。ぼさっとしてたらどこの馬の骨とも知れない尻軽女に取られちゃうわ。みくるちゃんもそう思うでしょ?」と一気にまくしたてた。「えぇ?あぁはい、そうですよねぇ~(てゆうかそんなにわかってるならキョン君にさっさと告白すればいいのに)」「…みくるちゃん?あなた今余計なこと考えなかった?」「(ギクッ)い、いえ何も…(何で分かったんだろう…)」「ふ~ん…まぁいいわ。そんなことより有希よ」私には心を読むことは出来ないが、朝比奈みくるが思ったであろうことは推察出来る。おそらく朝比奈みくると私は同意見。「それで、告白する予定はあるの?ううんそうじゃなくて!有希、あなたの本当の気持を聞かせて。古泉君のことどう思ってるの?」朝比奈みくるも真剣な顔つきで私を見ている。「…うまく言語化出来ない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。でも聞いて」いつか彼に話した時と同じ前置きをして話し始めた。「…私の中で小さなエラーを発見したのは一週間前。古泉一樹と帰り道が一緒になり、かき氷を奢ってもらった時。それから…」私は私自身の中で渦巻く膨大なエラーを慎重に言葉にしていった。「…彼が他の女子生徒と会話しているのを見るととても不快になる。また彼と目が合う度に心拍数が増加し、体温が上昇するのも確認した。最近は彼の写真を肌身離さず携帯しないと落ち着かなくなり、、髪を洗う時は彼の名前の数だけポンプを押さないと汚れが落ちない気がする。それから…」「あーもういいわ。ストップ!あんたの気持ちはじゅーぶんわかった。ご馳走様、お腹一杯!」「そう」私としてはまだ言い足りないのだが、それでも上手く伝わったらしい。それにしても涼宮ハルヒが顔を真っ赤に染め、居心地悪そうにもじもじしているのは何故だろう。心当たりでもあるのだろうか。「すごいです長門さん。そんなに古泉君のことを…私にもいつかそんな人が出来たらいいなぁ」朝比奈みくるは片手を頬に添えて夢見る表情で宙を見ている。彼女が何故そのような感想を抱くのかわからないが、どうやらこのエラーは悪いものではないらしい。「まさかそこまでベタ惚れしてるのに気付かないなんて。案外鈍感なのね」「涼宮さんこそ、キョン君のことどう思ってるんですかぁ?」「キョンは…って今は有希の話をしてるの!なんでキョンが出てくるのよ!余計なこと言うのはこの口かぁ!?」「あぅ~いひゃいれすいひゃいれす~」朝比奈みくるとじゃれ合っていたが、暫くすると手を離し、「そうと決まれば計画を立てなくちゃね!」実に楽しそうに瞳を怪しく輝かせながら言った。「私も応援します~」「そうだわ!鶴屋さんも呼んで盛大に計画を練るべきね!」「あ、じゃあ私電話してみますね~」何だか大事になってる気がする。私はまだ何も言ってないのだが。鶴屋という人は、明日も学校だというのに快く賛同してくれたらしい。さすが、というべきだろうか。「やっほー!!なんか有希っこが面白いことしてくれそうなんだってね?お祝いにスモークチーズをめがっさ持ってきたにょろよ~」私の家は益々賑やかになった。夜はまだまだ終わりそうにない。
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