橘の香り 第2話「恋愛進行柑橘類型」
「いつもデートが病院の中ですいません」可愛らしい苦笑いを浮かべて謝る。俺はそんな橘に「いや、別に良いさ。こういう普通じゃない事も面白いだろ?」と言って微笑んでやった。「ふふっ。そうですね」あれから一週間以上は経った。古泉の粋な計らいで俺達は全てを気にせずくっ付いていた。今回ばかりは奴に感謝しないといけないな。 橘の香り~儚き君にこそ幸せあれ~ 第ニ話「恋愛進行柑橘類型」 そんなわけで俺達は腕を組んで病院内を歩いていた。と、言ってもなるべく人目につかないところだが。何か恥ずかしいからな。その、腕組んで歩いてるところを見られるのは。病院の中で病室以外に人目が少ないところという事で大抵行く場所も決まる。いつも屋上だ。「いつも思うけど、ここからの眺めは良いな・・・」町を見渡せる病院の屋上。何と言ってもでかいからな。結構高いビルに匹敵するだけの大きさを誇ってるだけあってその眺めは破格だ。夜にでもなればいつもは何でもない街灯がイルミネーションと化す程。遠くに目を凝らせば、海も見える。「・・・・・」いつも橘はその海を見ていた。憧れにも似た眼差しで。体の弱いこいつには無理な話なんだろうな、海に行くっていうのは。だからきっと憧れているんだろう。哀しいぐらいに。そんな姿を見ていると俺まで哀しくなる。それをずっと見てると我慢が出来なくなる。だから、「いつか、行こうな」自然と口が開いてそう言っていた。「え?」橘が俺の方へと向く。「海だよ、海」「・・・連れてって貰えるんですか?」「俺だけのアリス、君が望むなら」解る人には解る言葉を少しいじって言う。「約束ですよ?」「勿論だ」俺はそう言って小指を差し出す。橘は俺の小指にその細い小指を絡ませる。「「指切り拳万嘘吐いたらハリセンボン飲ます。指切った」」こんな幼い契約で良いのか。良いんだ。だって俺は絶対にこの約束を叶えるんだから。だって、橘の彼氏なんだからな。「それにしても今日は晴れると良いですね」「ん?」「空です。今日は、七夕ですから」「なるほどな・・・」そういや数日ほど前から笹の葉が屋上に合ったが、そういえば七夕なんだな。笹を見ても気付かなかった俺に自分で敬礼。「そういえば、看護婦さんが言ってたんですけど好きなように短冊を飾って良いそうですよ」「じゃあ、何か書いて飾るか?」「はい。短冊は各階のナースステーションにあるらしいです」目がキラキラしてる。やっぱり女子というのはこういうのに憧れるものなのだろうか。織姫・彦星のお話も、何となく女子が好きそうだしな。「じゃあ、取ってくるからここで待ってろ」俺は言って立ち上がった。そんな俺に「いやです」と橘が返事を返す。「そうか、じゃあ・・・え?」ビックリした。予想外の返事が返ってきたものだから。「・・・だって、離れたくないんだもん・・・」卑怯だ。切ない顔で上目使いは卑怯だ。「だけど、お前看護婦さんからあまり歩くなって言われて・・・あぁ、もう仕方ないな」上目遣いは反則だぞ、もう。そこまで言われたら仕方が無い。俺は橘を持ち上げる。だがただでは持ち上げない。最高に恥掻かせてやる。そして選んだのはまぁ、「はわわわわわ!? な、何をやってるんですか!?」いわゆるお姫様抱っこという形だ。「お姫様抱っこ。離れたくないと言ったのはお前だろ?」してやったり。真っ赤な顔の橘を見て俺はそう思った。そのままナースステーション前にある短冊(ご自由にお取りください)を二枚取り、願い事を描くために病室に戻った。途中、俺達を見て「若者はええのう」とおじいさんが言ってきて俺も橘も顔を真っ赤の真っ赤にしたのは秘密だ。病室に戻ってすぐ俺は短冊に願い事を書いた。橘も同様ですぐさま書き始めた。物凄い丁寧に書いている為、非常に遅いが。あまりに暇なので短冊に同じ願い事を二つ書いた。あれだ。流れ星に三回云々と同じような感じで。「出来ましたー」橘はそう言って万歳をする。「じゃあ、飾りに行こうか」「はい!」俺は再びお姫様抱っこで橘を持ち上げようとした。「だ、駄目です! 恥ずかしくて死にそうだったんですから! 駄目ですよ!?」「ちぇ~・・・」と、いうわけで背中に背負う事になった。この体勢、なかなか辛い。橘が何かしゃべる度に息が首筋に当たってかなり危うい。物凄くくすぐったい。古泉と違って気持ち悪くは無いが、落ち着かない。「・・・キョンくん」橘がそっと口を開く。「ん?」「もしも今日曇ってたら願い事って叶わないのでしょうか・・・?」何か不安に怯える子供のような顔でそう言ってくる。そんな顔を見ていると、叶わないと言うわけもいかない。だってウルトラマンの背中からおっさんが出てくるのを子供に見せるようなものだからな。それに俺自身が叶ってもらわないと困る。「その時は俺達の力で叶えるんだ。だから叶う。必ずな」俺はそう返した。そんな臭い言葉に対して、「・・・はい!」と元気な返事が背中から返ってきた。何となく橘の手に込められている力が強くなった気がした。屋上の笹の葉の前に辿り着く。そこにぶらさがっている沢山の願い事。そこにはそれぞれの思いが込められている。『海賊王に俺はなる』とか『神の一手を極めたい』とか。重い願いから軽い願いまで様々で、十人十色という言葉を思い出させる。そう、誰一人として同じなものはいない。だけど、確信できる。俺達は一緒だと。「さぁ、飾ろうか」「そうですね」俺達は笹の葉に短冊を括り付けた。「どうか叶いますように・・・」橘は目を閉じて手を合わせた。俺も真似して同じ事をする。「さて、何て書いたか見せて貰おうかな」「はわわわわー! だ、駄目ですよぉー!!」橘は俺の背中から笹の葉に短冊をくっ付けた。言ってしまえば、簡単に内容を盗み見る事が出来るわけだ。「どれどれ~」俺は丁寧に書かれた文字を見た。 『キョンくんとずっと居れますように。この先、好き同士で居られますように』 そう書いてあった。それを見て俺は思わずくすりと笑った。「怒っちゃったからキョンくんのをチェックしちゃいます!」「どうぞ」「え?」「俺は見られても平気だから」だってそうだろ? 見られてもやましい事なんてあるか。だって、俺が書いたのは「『橘と死ぬまで一緒に居られますように。橘と死ぬまで一緒に居られますように。橘と死ぬまで一緒に居られますように。』・・・三回書いてますね」「その方が効果的と思ったからな」同じ願い事なんだからな。しかも三回。時に神よ。あぁ、ハルヒじゃないぞ。普通の神様だ。こんな俺達の願い事を払い下げするほどお前は冷たくないよな。そう信じているぞ。それからしばらく俺達は屋上に居た。しばらくすると、既に空は暗くなり、星がきらめきだす。「えっと・・・その・・・ありがとうございます、キョンくん」「こちらこそ」俺達はお互いの願い事に感謝をした。と、 ―――ドーン。 ふと遠くで爆音と共に綺麗な花が夜空に咲いた。「わぁ・・・花火ですね」背中から橘が降りてフェンスを乗り越えんばかりの勢いで花火を見る。「そうだな」そういや近くの河川敷で花火大会が開かれるんだったっけ。「綺麗ですね・・・」「お前ほどじゃないよ」「ふぇ!? ・・・んんっ! もう! 恥ずかしいじゃないですか・・・でも、ありがとうございます」「可愛いよ、橘」無意識のうちに俺達はお互いに抱き寄せ合っていた。花火はそんな俺達に微笑むように、なおも咲き続ける。 苦々しい顔をした古泉が、影から見ていたのも知らずに。
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